0008 VSリゼラ
──異世界生活 三〇日目──
「私と勝負しなさい」
突然リゼラに勝負を申し込まれたのは朝食を食べ終わってすぐのことだった。
トレーニングのため着替えようと自分の部屋へ戻ろうとしたところで、突然背後から呼び止められた。
寝不足なのか目の下に隈が浮き出ているし、目も血走っていてちょっと怖い。
「当然ハンデはつけるわ。私は攻撃魔法を一切使わないであげる。さあ、とっとと準備しなさ「え、嫌だけど」
「なんでよ!?」
「ちょっと何言ってるか分かんないです」
「~~~っ! だからアンタの稽古に付き合ってあげようって言ってんの!」
「いや、なんで急に……?」
「なんだっていいでしょ! ただの気まぐれよ」
今日まで俺が挨拶しても無視するか冷たくあしらってたくせに、急にそんなことある?
俺とリゼラの接点なんて、せいぜい石を探してもらったあの夜の一件くらいだ。
けどあれは俺が感謝すべきことであって、リゼラの方から稽古に付き合ってくれる理由はないと思うんだけど……。
「……何か企んでない?」
「な、なななななにも企んでにゃいわよ!?」
「めっちゃ動揺してるじゃん!?」
「うるさい! 英雄の卵のくせに逃げるの!? この臆病者!」
そこまで言われると流石にカチンときた。
なんで勝負を持ち掛けられた俺が臆病者扱いされなきゃいけないんだ。
「だったら、勝った方が負けた方の言うことを何でも一つ聞くってのはどう? それなら勝負してもいいよ」
「いいわよ別に、私が負けるはずないもの。あとで泣いても知らないから!」
「い、言ったな!?」
こうでも言えば引き下がるかと思ったのに、まさか二つ返事で了承されるとは。
よっぽど俺と勝負したい理由でもあるのか。
けど俺だって剣の腕もかなり上達したし筋肉もついた。今の自分の実力を知るいいチャンスだ。やってやる!
◇
──クラウロード邸 中庭──
「勝負は恨みっこなしの一本勝負。先に戦闘不能になった方の負けとする。ハンデとしてリゼラは攻撃魔法の使用は禁止だ。戦闘不能の判断は俺が下す。双方これで異論ないな?」
「ないわ」
「ありません」
俺とリゼラが同時に答えると、師匠は「よろしい」と頷いた。
師匠が立っている位置から真っ直ぐ線を引き、そこからお互い十歩ずつ下がった位置で睨み合う。
一応真面目な試合らしいので、服装は漢セットではなく、この世界に来たときから着ている学ランだ。
「ちなみに剣士が魔法使いを相手にするときの極意は、そもそも魔法を使わせないことだ」
「ちょっとパパ!?」
「では始めッ!」
先手必勝。
木剣を低く構えて走り出した俺に、リゼラが杖先を向け魔法の照準を定める。
させるか!
「っ!?」
俺が木剣を投げつけると、驚いたリゼラの動きがワンテンポ遅れた。
その隙にリゼラの懐に潜り込み、足を払って芝生の上に押し倒す。
「まだやるか?」
「っ!」
ベルトに差していた短剣のおもちゃを喉元に突きつけ降参を促す。
リゼラは悔しそうに歯噛みして俺を睨み返すばかりで何も言わない。
ここ数日、俺は筋トレの合間に剣だけでなく予備の武器の扱いも師匠から教わっていた。このおもちゃもそのときに使ったものだ。
「勝負あり。ヒロトの勝ちだ」
「なっ!? 剣を投げるなんてずるいわよ!」
「剣を投げてはいけないなんてルールはない。やはりまだお前に一人旅は無理だ」
「……どうしてっ。魔法さえ使えてたら絶対私が勝ってたのに!」
俺が短剣をベルトに納めると、飛び起きたリゼラが師匠に食って掛かる。
「命懸けの実戦でその言い分が通用すると思うのか?」
「……っ」
「実戦ではいつも自分の有利に事が運ぶとは限らない。現に今だってヒロトの行動に驚いて魔法の発動が一瞬遅れただろう」
「で、でも……っ」
「リゼラ。お前はまだ未熟なんだ。才能はあっても心が弱い。だから想定外のことが起きると動揺して動けなくなる。やはりお前に一人旅はまだ無理だ」
「……どうしてよ。どうしてパパはいつもいつも……っ!」
父親と視線を合わせようともせず、リゼラが徐々に語気を荒げていく。
「……私には罪を償う資格も無いの?」
「最初からお前に罪なんてないんだ! アリア様がお前を恨んだりするものか!」
「違う……っ、違う違う違う! 私は赦されちゃいけないのよ! 私は間違えた! アリアは、私が殺したのよ……っ。私が……っ!」
首から下げたペンダントを握りしめ、リゼラは痛みを堪えるように奥歯を強く食いしばる。
その顔は酷く追い詰められたようであり、自分自身に言い聞かせているようにも見えた。
師匠は辛そうな顔で拳を握り込むばかりで何も言わない。
しばらくして、やっとの思いで言葉を探り当てた師匠が、視線を逸らしたまま口を開いた。
「……あのときアリア様を救える魔法はまだこの世に無かったんだ。お前の責任じゃない」
「だったらどうして、前もってそれを教えてくれなかったの……? あの子がいずれ死ぬ運命にあるって! 知ってさえいれば、少なくともあんな間違いは起こさなかった!」
「そ、それは……」
「……知らない。パパなんて大っ嫌い」
最後にそう吐き捨て、リゼラは裏庭から走り去ってしまう。
痛恨の一撃が余程効いたのか、師匠は石のように固まったまま動かない。
……見てるこっちまで胃が痛くなってきた。師匠がリゼラの成人祝いのプレゼントに何を送るかで三日も悩んでたのを知ってる分、余計に堪える。
「まったく、あの子の不器用なとこ、あなたにそっくりよ」
いつから見ていたのだろうか。いつの間にか俺の背後に立っていたマリエラさんが師匠に苦笑を向ける。
「か、帰ったのかマリエラ」
「パパなんて大っ嫌いですって」
「ぅぐぁ……」
ゲッソリした顔で振り返った師匠に、マリエラさんが容赦なくトドメを刺した。
やめたげてよぉ!
「リゼラちゃんの誕生日に間に合うようにどうにか仕事を片付けて帰ってきたら、いきなりこれなんだもの」
「面目無い……」
二人の間に胃の痛くなるような沈黙が垂れ込める。
どうしよう。気まずい。
「────っと、ごめんなさいね。すっかり巻き込んじゃって」
「あ、いえ……。居候させてもらってる身ですし」
すっかり家庭内の事情に巻き込まれた俺に、マリエラさんが謝罪の言葉を口にする。
私が殺した。なんて、なんとも穏やかじゃない。
というか今日のリゼラは一から十まで全部変だった。
「あの、いったい何がどうなって……」
「やっぱり。最後の課題で躓いたみたいね」
俺が尋ねると、マリエラさんは心配そうな顔でリゼラが走り去った方角に視線を向ける。
「課題って、旅立ちを認めるために出したっていう?」
「そうよ。リゼラちゃんに出した最後の課題は、あらゆる病と傷を癒す完全治癒魔法の習得。……旅に危険はつきものだもの。あの子がトラウマを克服しない限り、危なくて旅立ちなんて認められないわ」
「トラウマ?」
「……あの子は昔、たった一人の親友を自分の魔法で死なせてしまったの」
「っ!?」
「この国の第二王女──アリア様とリゼラちゃんは、唯一無二といっていい親友同士だったわ。けど、アリア様は生まれつき不治の病を患っていた……」
事件が起きたのは、二人が十歳の頃だったそうだ。
アリア姫の病状が悪化して、それをリゼラが魔法で治そうとしてのことだったらしい。
だけど当時はまだアリア姫の病を完全に治療する方法はこの世に存在せず、通常の治癒魔法も原理的に病との相性が悪かった。
「苦しむ親友を救おうと使った魔法はたった一人の友達を殺してしまった。そのことであの子は深く傷ついて、今でも自分を許せていないの」
「で、でも、どうして相性の悪い魔法なんか……」
「……アリア様が不治の病に侵されていることを誰もリゼラちゃんに伝えていなかったからよ」
「そんな、どうして!?」
「アリア様から口止めされていたのよ。彼女にとっても気兼ねせず話せる友達はリゼラちゃんだけだったから。……お互いたった一人の親友同士。それを引き離すなんて、そんな残酷なこと、誰にもできなかったのよ」
血を吐くように呟かれた言葉は、マリエラさんの偽らざる本心が含まれているように聞こえた。
アリア姫の気持ちは俺にも少しだけ分かる部分がある。
俺も昔は心臓が弱くてなかなか家の外に出られなかったし、友達と呼べる存在は美乃梨だけだったから。
……もしも。
小学四年生のあの日、自分がもうすぐ発作を起こすと知っていたなら、やっぱり俺も美乃梨にそのことを伝えなかっただろう。
たった一人の友達が自分のせいで悲しむ顔なんて見たくないし、それが原因で距離を置かれたらと思うと……怖くてたまらなかったはずだ。
「だからアリア様の死は私たち大人の責任。だけどあのときあの場にいて治癒魔法を使ったのはリゼラちゃんで、そのことが今でもあの子を苦しめている」
そこまで聞いて、俺はふと、お守りの石を無くした夜のことを思い出した。
あの顔は、そういうことだったのか。
「だから私はあの子の旅立ちに向けて、あらゆる病を治療できる唯一の魔法を開発した。そしてそれを習得することを最後の課題にしたのよ」
「でも、そんなの……」
「それが酷なことだというのは分かってるわ。でも今この壁を乗り越えられなければ、あの子はこの先もずっと自分を赦せないままになってしまう」
きっとリゼラはマリエラさんからの課題が上手くいかずに焦っていたんだ。
だから俺にハンデ付きで勝負を挑んで、父親に自分の強さを見せつけて旅立ちを認めさせるつもりだったのかもしれない。
「……リゼラに真実を伝えていれば、あの子はここまで自分を追い込まなかったはずだ。責任のすべては俺たちにある」
「けど、だからこそ私たちは厳しくあらねばならないわ。今のあの子に必要なのは人から与えられる優しさでも、ましてや同情でもない。自分を赦すに足る理由だもの。そしてそれはあの子自身が見つけなくては意味が無い」
そう口にした二人の顔には、やりきれない想いが色濃く滲み出ていた。
……これはクラウロード家の問題で、俺が首を突っ込んでいい話じゃないのは分かっている。それでも、ここで誰かが追いかけてやらなかったらリゼラは一人ぼっちになってしまう。
このままリゼラと師匠が仲違いしたままじゃ、居候の俺も気分が悪い。
────やっぱり、親子は仲良くあって欲しいから。
轟ォォォォ────ッ!!!!
俺がリゼラを追いかけようとした、その時だった。
街のあちこちから巨大な火柱が次々と上ち昇り、異常を知らせるサイレンが響き渡る。
にわかに暗くなった空を見上げれば、無数の飛竜が翼を広げて飛び回り、地上に向けて次々と火球を吐き出していた。
「飛竜だと!? 都市の結界が破られたのか!?」
「ありえない! あれはあらゆる魔族と魔物の侵入を拒絶する絶対防御結界なのよ!? 外から破れるはずがないわ!」
「この世に絶対など存在しませんよ。結果はご覧の通りです」
「「っ!?」」
いつからそこにいたのか。
炎柱を背に、背の高い男がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
恐ろしいほど美しい男だった。長い銀髪を頭の後ろで一つに纏めていて、瞳は血のように赤い。
どこかの軍人なのだろうか。金のラインが入った黒い軍服を着こなし、禍々しい装飾の施されたサーベルを腰に帯びている。
「銀髪に赤い瞳……。貴様、放浪の魔王か!?」
一瞬で完全武装した師匠が剣を構えて間合いを測りつつ、声を荒げて問う。
すると男はくつくつと笑いを噛み殺しながら口を開いた。
「確かにそう呼ぶ者もおります。ですがここは『魔具職人』と名乗っておきましょう。あなたを前に魔王を自称するほど自惚れてはいませんのでね」
「何……?」
「────あぁ、やはり何度繰り返しても慣れないものですね」
魔具職人が薄く目を細める。その瞳はここではないどこかを見つめているようだった。
不可視のプレッシャーが俺の喉を締め付ける。
苦しい。息をするのがやっとだ。
本能の部分が全力で逃げろと警鐘を鳴らしている。今の俺じゃアイツには絶対に勝てない。
「……ヒロト。リゼラを頼む」
「あれはちょっと、私たちじゃないと手に負えそうにないわ」
師匠とマリエラさんが俺を庇うように魔王の前に立つ。
俺がここにいては二人の邪魔になる。悔しいけど、認めるしかない。
「……っ、二人もどうかご無事で」
二人に背を向けた俺はリゼラを追ってその場から逃げ出した。
屋敷の敷地を出ると、外はすでに酷い有り様だった。
建物はどこもかしこも燃やされ、燃え盛る家から飛び出してきた人々を飛竜が空へと連れ去り、落とす。
地面には弾けて折れ曲がった死体がいくつも転がり、あちこちに血だまりができていた。
まさか、遊んでるのか。
「わぁぁぁ!? 来るな! 来るなぁぁぁっ!!!!」
「うわっ!?」
突然、目の前に若い男の人が飛び込んできて、俺は驚いて尻もちをついてしまう。
それが命運を分けた。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
飛竜の吐いた火球が俺の頭上を掠め、目の前で爆ぜる。
火球の直撃を受けた男の人は生きたまま炎に巻かれ、次の瞬間には真っ黒な炭になっていた。
理解が追い付かず呆然としていると、遠くで建物が崩れていく。
小さな子どもを抱えたお母さんが出口に向かって走るが、間に合わず二人一緒に下敷きになった。
ダメだ。こんな、こんなの……!
ドクンッ!
心臓が大きく跳ね、竦みそうになった足に力が戻る。
そうだ。こんなところでボーっとしてる場合じゃない! リゼラを助けに行かないと!
闇雲に探している時間は無い。
自分を信じろ。リゼラに教わったあの感覚を思い出せ!
呼吸を整え、魔力を励起させる。
少しすると身体の奥底、へその少し下あたりで熱が渦巻き、生体魔力が燃え上がった。
その魔力に強く願う。
────俺をリゼラの下へ!
すると指先から光の糸が遠くにむかって「つぅ」と伸びていく。
失せもの探しの術式改変、失せ人探しの魔法。毎日こっそり練習した甲斐があった。
「頼むから生きててくれよ……!」
顔も知らない神様に祈り、俺は燃え盛る町へ飛び出した。




