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【3章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第三章 世界樹編

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0073.b オーラン再び

 ──オーラン王宮──


 再びエスぺリサ王国の首都オーランを訪れた俺は、渋るアーシュラを港に置き去りにしてその足で王宮へ向かった。

 ラルフ陛下に巨大人型機械開発のプレゼンテーションを行うためである!


 陛下は俺の来訪を快く迎えてくれて、予想通り月から持ち帰った人型兵器に強い興味を示した。

 そんなこんなでプレゼンの場として王宮の裏手にある近衛兵の訓練場が解放され、俺のプレゼンはとんとん拍子で始まった。


「じゃあ、行きます!」


「おおっ!? 動いたぞ!」


 俺が人型兵器を軽やかに歩かせてみせると、目をキラキラと輝かせる陛下の顔がコクピットの壁面モニターに映し出される。


 分かる、分かるよ。俺も動く実物を見たときはメチャクチャわくわくしたから。

 でも、コイツの性能はまだまだこんなもんじゃないんです……よっとぉ!


「おおーっ!?」


 俺が機体をバク転させると、訓練場に拍手喝采が巻き起こる。

 さらにリゼラが魔法で用意した大岩を持ち上げたり、敵に見立てた動く的を基本武装のライフルで撃ち抜く度に大きな歓声が起こった。


「えー、では最後に、幻影ではありますが魔物との模擬戦をもってこのプレゼンを締めくくりたいと思います。リゼラ!」


「はいはい」


 俺がコクピットから観覧席のリゼラに呼びかけると、機体の前に一〇メートル大のクラーケンが現れる。

 光と斥力波を組み合わせた『触れる幻影』だ。


 突然のクラーケンの出現に観覧席にいたエスぺリサ王国のお歴々から悲鳴が上がるが、俺が幻影相手に大立ち回りを演じてみせると、悲鳴はすぐに歓声へと変わった。


「当たらなければどうということは!!!!」


 迫り来る触手の多重攻撃を踊るように躱してみせ、ビームサーベルでクラーケンを唐竹割りに一刀両断する。

 会場の盛り上がりは最高潮に達した。


 ああああ、気持ちいい! って、いかんいかん。プレゼンに集中しないと。


「────と、性能に関してはこんな感じなんですけど、どうでしょう。土木工事や巨大生物への対抗手段としても使えますし、専用の闘技場を用意して興行試合をやるとか……」


「素 晴 ら し い っ! すぐにでも予算を編成し研究開発させよう!」


「お待ちください陛下! 今年の予算はすでに割り振られております! そんな金がいったいどこに」


「頭が固いぞバンクよ! 目先の赤字に囚われてはならぬ! もっと未来を見据えるのだ! なんなら宝物庫を空にしても構わん! 楽しくなってきたぞぉ!」


「ああもう! ホントこの人は!」


「ありがとうございます!」


 よっしゃ!

 やっぱりラルフ王は話の分かる人だった!

 ラルフ王の前に機体を停めた俺は、コクピットから降りて改めて頭を下げた。


「ただ、この機体を貴国へお渡しする前に、一つだけ約束していただきたいことがあるんです」


「む、何かね」


「この機体と、これを研究してそこから派生したすべての技術、それらを未来永劫、兵器として使わないでください」


「……難しいことを言ってくれる」


 俺が提示した条件にラルフ王は難しい顔をした。


 俺だって自分が言ったことが無茶なことだというのは分かっている。

 人が人である以上、ここから派生した技術が戦争に使われることを完全に防ぐことなんてできっこない。


 それでも、戦争をしないために努力をするのと、何も対策をしないのでは未来は大きく変わってくるはずだ。


「確かに一人のロボ好きとして、実際に巨大ロボ同士が戦うところは見たいです。めちゃくちゃ見たいです! 陛下も見たくないですか!? でっかいロボット同士が戦うところ!」


「見たい!!!! なんなら私が操縦したいぞ!」


「でしょう!? でも、コイツが人殺しの道具として使われているところ、見たいですか?」


 ラルフ陛下と、王国のお歴々がギガンテスを見上げる。

 鋼鉄の巨人を見上げるその瞳は、お台場に集まったオタクたちと同じ光を宿していた。


「……それは、嫌だな」


「俺が言いたいのはそういうことです。だからそのための努力を惜しまないと、この気持ちを未来へ必ず伝え繋いで、それをさせないための仕組みを作ると約束してください」


 それは実際に自分の手で動かせる人型ロボットに触ってみて気付いたことだった。

 ロボットが戦争しているのを見るのはアニメやゲームの中だけで十分で、このロマンの塊が実際に世界を破壊するところを見たいわけじゃない。


 この力は、どうか人々の笑顔を増やすために使われてほしいと、一人のロボット好きとして切に願う。


「……そうだな。これは世界を面白くするために使われるべきだ。海の神に誓おう」


「ありがとうございます!」


「うむ、君の情熱は確かに伝わったぞ。オーロット!」


「はっ! ここに」


「魔法誓約書の準備を頼む。内容については専門家の頭を借りて詰めていこう」


 ラルフ陛下の命を受け、臣下の人たちが慌ただしく動き始める。

 文面については後でリゼラたちの頭も借りてしっかり考えよう。

 完全に穴を塞ぐことはできなくとも、この約束が今後の未来を大きく左右するはずだから。


「それより中はどうなっているのだ!? もっとよく見せてくれ!」


「どうぞどうぞ! ほら、こことか凄くないですか!?」


 陛下を操縦席へと招き、俺たちは時間の許す限り巨大メカへの情熱を語り合った。


 ────ああ、楽しい。

 波長の合う人と語り合うのってこんなに楽しいんだ。


「あ、それと、できたらでいいんですけどもう一つお願いが……」


「言ってみたまえ」


「俺の専用機が欲しいんです」


「救国の勇者の頼みだ。勿論いいとも。ただしいつ完成するかはわからんぞ?」


「ありがとうございます!」


「いつか専用の闘技場で私の専用機と手合わせ願おう。きっと大いに盛り上がるはずだ」


「はい! 楽しみにしてます!」


 こうして俺の願いは聞き入れられ、プレゼンは大成功のうちに幕を閉じたのだった。




 ◇




 ──港の酒場──


 夕方。

 俺のプレゼンは大成功に終わり、魔法誓約書の文面も満足のいく内容に纏まった。


 今後は交わされた誓約を元に法律が定め、それから研究と開発を進めていくそうだ。

 ひとまずは工事作業用の重機としての実用化を目指す方針らしい。


 いつかこの国発祥のロボット競技が世界中に広まって、いつでもどこでもその様子を見られる時代が来たら────ああ、考えただけでもワクワクする!


「この上なく浮かれてらっしゃいますわね」


「ヒロトが楽しそうで何よりよ」


 と、ほくほく顔で港の目の前にある船乗りの酒場へ向かうと、アーシュラの姿が見当たらない。

 おかしいな。ここで待ってるって言ってたのに。


「どこ行ったんだろう」


「アーシュラちゃんなら子供たちに連れて行かれたぜ」


「ああ、やっぱり」


 酒場の入り口でキョロキョロしていると、近くの席で飲んでいた船乗りのおじさんが赤ら顔で教えてくれた。

 やっぱり想像通りになったと三人で苦笑しつつ、俺たちはマーサさんの孤児院へ向かった。



 ◇



 ──さざなみ孤児院──


 俺たちが孤児院に着く頃には、噂を聞きつけて集まってきたオーラン出身の冒険者たちが庭で宴会を開いて大騒ぎになっていた。


「俺たちの英雄の帰還にカンパーイ!」

「いやーめでたい! アーシュラちゃんが帰ってきただけで酒が美味い!」

「うおーーん! 姉さーん! 元の姿に戻れてよかっただよぉぉ!」

「ザック! 飲み過ぎだぞ! お前はもっとプロとしての自覚をだなぁ! ひっく!」

「男、ビリー・マクガロン! 姉さんの無事の帰還を祝して歌いますっ!」

「アハハッ! いいぞビリー! 姉さーん、アタイにも冒険話聞かせておくれよー」

「アーシュラ姉ちゃん! 遊んで遊んでー!」

「おねえちゃんはあたちとあそぶのー!」「それより冒険のお話聞かせてよ!」「あー! ピピちゃんだ!」「ヒロト兄ちゃんも来た!」


 わちゃわちゃガヤガヤ。

 辺りには空の酒瓶がいくつも転がり、すっかり出来上がった大人たちに混じって子どもたちがアーシュラの周囲に群がっている。


 こうしている今も噂を聞きつけた街の人々が食べ物やお酒を持ち寄って続々と集まってきており、孤児院の広い庭はすでにパンク寸前だった。


「楽しそうだね」


「ぜってーこうなると思ったから帰りたくなかったんだよッ!」


 俺が声をかけるとアーシュラが不機嫌そうにむっすりと顔を背けて悪態をつく。

 が、尻尾は嬉しそうにブンブンと激しく揺れているので、内心嬉しく思っているのは丸わかりだった。


「おねえちゃん、わたちたちのこときらいになっちゃったの……?」


「やだー!」


「ち、違っ!? 誰もそんなこと言ってねぇだろ!? あーもう! 泣くな泣くな! こちょこちょこちょこちょ!」


「「きゃーははは!」」


 港町の英雄も泣く子には敵わないのか、あっという間に世話焼きお姉ちゃんに逆戻りである。

 なんだかんだ言いつつ楽しそうでなによりだ。


「あんなに楽しそうなあの子も久々に見る気がします」


 子供たちと戯れるアーシュラを遠巻きに眺め、マーサさんが嬉しそうに皺を深めた。

 アーシュラが俺たちについて来たのは、両親のことを知りたいという冒険心もそうだけど、その根底には淫魔王への復讐がある。


 できることなら憎しみに囚われないでほしいとは思う。

 けどそればっかりは本人の問題だから俺がとやかく言えることではない。


 とはいえ、こうして息抜きを楽しめているということは、アーシュラの心にも少しは余裕ができたのかな。


「旅は順調ですか?」


「はい。一歩ずつですけど、前に進んでるとは思います」


「そうですか。それは何よりです」


「あ、そうだ。もし何かご存じだったらでいいんですけど……」


 俺は世間話がてら、緑の口の海賊酒場で手に入れた情報をマーサさんに共有した。

 かつて大海賊ギオドラを育てたという彼女なら何かヒントを知っているような気がしたのだ。


「古代獣人文字で書かれた文章と、【換毛】ですか」


「何かご存じありませんか?」


「そういえば、古代獣人文字は文字の太さで意味が変わると聞いたことがあります。もしかしたら換毛とはそのことかもしれませんね」


「っ! アーシュラ!」


「おう! バッチリ聞いてたぜ!」


 聞き耳を立てていたアーシュラが例の手紙をポーチから取り出し、別の紙に原紙よりも細い線で文字を書き写していく。


 すると酒盛りしていた大人たちが「なんだなんだ」と集まってきて、気付けば俺たちの周囲には大きな輪ができていた。

 なんといっても大海賊ギオドラが残した謎だ。みんな気になるのだろう。


「ほらよ。読んでみてくれ」


 アーシュラが写し終えた紙を俺に手渡す。

 原紙と見比べてみると、まったく別の翻訳が浮かび上がってきた。


「なになに……? なんじの働きにより世界の流れは大きく変わりつつある。だが光が強まるほど、闇はその濃さを増す。迷宮都市、多頭蛇ヒュドラの腹の底にて悍ましい企みの影あり」


多頭蛇ヒュドラだと!? 本当にそう書いてあるのか!?」


「待って! まだ続きがある」


 生まれながらに奴隷であることを定められ、そのように作られた哀れな命たち。

 かの者らを救いたくば、二つの月が隠れし夜に双子島の海へ出よ。

 海が汝の勇気を認めたとき、新たな道は開かれん。


 と、紙にはそう書かれていた。


「新月の夜に双子島の海域……。間違いねぇ。海賊団がクラーケンに襲われた時間と場所だ!」


 どういうことだ?

 俺たちが倒した巨大クラーケンは淫魔王に操られていて、ギオドラ海賊団を襲ったのも同じ個体だった。

 じゃあこの手紙を書いたのは淫魔王……?


「新たな道は開かれんって、じゃあもしかして、生きてるのか……? みんな……」


 俺からひったくった手紙を食い入るように見つめ、アーシュラは声を震わせて小さく呟く。


「……確かに、クラーケンの能力なら、海に投げ出された海賊団を生きたまま近くの島へ流れ着かせることはできるかも」


 顎に手を当て、リゼラがぽつりと呟く。

 それを聞いて周囲のざわめきが大きくなる。


「真実がどうあれ、次の目的地に行けば彼らの消息について何か手掛かりがあるかもしれませんわね!」


「……迷宮都市」


 アリアの言葉に、アーシュラは自分で書き写した手紙へ視線を落とす。

 俺たちの次の目的地と、大海賊ギオドラが残した手紙の内容が重なったのは、果たして偶然か、それとも────。


 見ればアーシュラの口元が微かに吊り上がっている。

 暗闇の中に希望の光を見出した。そんな顔だった。


 アリアも鼻息荒く目をキラキラさせている。

 そんな親友を見やり、どこか嬉しそうに小さく笑みを零すリゼラ。


 みんなで顔を見交わし、頷き合う。


「もう行くのね」


「ああ、真実を確かめてくる」


 マーサさんが尋ねると、アーシュラは力強く頷いた。

 すると空気を読んでか、周囲を囲んでいた人垣ひとがきが自然と割れて、道が開いた。


「姉さん! 土産話、期待してまずぜ!」「うおーん! 嫌だぁぁぁ! もうちょっとゆっくりしてってけれー!」「ザック! お前ってやつはどうしてそう空気を読まないんだ! ひっく!」「こらダイン! どさくさに紛れて尻触ってんじゃないよ!」「おねえちゃんつぎはいつかえってくるのー?」「いっちゃやだー!」「ピピちゃんまたねー!」「ヒロト兄ちゃんも!」「また遊びに来てね!」「寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだぜ!」「そしたらまたお祝いで酒が飲めるからな!」「お前らそうでなくてもいつも飲んでるだろ!」「違いねぇや!」「「「「ハハハハハッ!!!!」」」」


 わいわいガヤガヤ。

 みんなが一斉に口を開くものだから、声が重なり過ぎて誰が何を言っているのかちっとも聞き取れない。


 それでも彼らの温かな想いだけは確かに伝わってきて、アーシュラが嬉しそうに尻尾を振って苦笑する。


「ったく、一度に喋んじゃねぇよ! その内また帰ってくっから、それまで元気でいろよテメェら!」


 苦笑したアーシュラが声を張り上げて言うと、集まった人々の返事が温かな歓声となって俺たちを包み込む。

 オーランの人々から元気を貰った俺たちは小さな希望を胸に孤児院を後にしたのだった。




 ◇




 ──迷宮都市──


 世界一広大なダンジョンの真上に作られたその都市は、一攫千金を狙う冒険者と、その需要に応えた商人たちの手で築き上げられてきた。


 迷宮から持ち帰られる宝は莫大な富を生む。

 富は人を引き寄せ、人がいる限り様々な欲望が生まれ、それを満たすために町はさらに発展していく。


 そうして計画性のない都市開発が繰り返された結果、町そのものが迷路のように入り組んだ複雑怪奇な造りとなり、今も拡大の一途を辿っていた。


 まさに欲望の坩堝るつぼと呼ぶに相応しい迷宮都市の一角。

 そこに犯罪組織『多頭蛇ヒュドラ』の本部はあった。


 外から見れば何の変哲もない雑居ビルだが、構成員しか知らない抜け道を通って地下へ潜れば、そこには秘密裏に建設された研究施設が広がっている。


「────これより、被検体899号の改造実験を始める」


「んむーっ!? むーっ!」


 手術着を着た研究者たちが手術台を囲み、拘束された被検体の身体へメスを入れる。

 腹部への局部麻酔のみを施された被験者が恐怖のあまり叫び声を上げようとするが、口にかまされた猿轡さるぐつわのせいで、くぐもった鼻声しか出なかった。


「魔石を」


 執刀医が助手から魔石を受け取り、切開された被検体の腹部へ石を押し込む。

 すると石はすぐに体組織へ定着し、被検体の身体に変化が現れた。


「脈拍上昇。各部の変異を確認」


 被検体の腕がみるみる甲殻に覆われ、顔の形が人のそれから魔物のそれへと変化していく。

 肉体の変化に伴う激痛に悶え苦しんでいた被検体だったが、突然糸が切れたように意識を手放し、小刻みに痙攣けいれんを繰り返すだけになった。


「意識レベル急激に低下! ……脈拍停止。死亡確認」


「チッ、これでもダメか」


「次だ。次を連れてこい」


「今ので前回召喚した分は最後です」


 被検体のリストを確認した助手の一人が、指示を求めるように執刀医へ視線を投げる。


 ────魔人計画。

 魔物の力を持つ最強の兵士を生み出すことを目的とした恐るべき計画である。


 それにあたり、多頭蛇ヒュドラは邪悪な方法で被検体を集めていた。

 聖神教秘伝の英雄召喚術式。その術式に改変を加え、一五〇年に一度しか使えないという制約を取り払ったのである。


「なら新しいのを連れてこい! 貴様らを被検体にしてもいいのだぞ!?」


「うっす」「休み無しかよ……」


 執刀医を務める青白い肌の青年から怒鳴られた助手たちは、気怠そうな雰囲気を隠しもせず部屋を出て行く。


 部屋を出た助手二人はそのまま廊下を進み、さらに地下へ続く階段を下りる。


 階段の先は牢屋だった。

 部屋全体が魔導灯の無機質な光に照らされており、牢屋の床には魔法陣が刻まれている。


 鉄格子を挟んでこちら側の壁には、大人一人分くらいの何かの供給口が見えた。

 そこに魔石を一定量入れれば、いくらでも被検体を召喚できる仕組みだ。


「しっかし、いつでも異世界人を召喚できるようになったのは革新的だよな。どんなに優秀な奴でもステータスが三分の一になっちまうから()()()も楽だしよ」


「異世界人だから誰も助けになんて来ないし、どれだけ攫っても足も付かない。去年まで被検体一人用意するだけでも一苦労だったもんな」


 供給口に大量のクズ魔石を流し込みつつ、二人はだらだらと雑談を続ける。


「ククッ、違いない。あーあ、これで召喚された女を抱けたらよかったんだけどよぉ」


「バカ言うな。前に被検体に手ぇ出して血だるまになったマヌケのことを忘れたか」


「だから惜しいって言ったんだろうが」


 入浴施設のお湯に混ぜられている魔法薬は、あらゆる細菌や真菌、ウイルスに対して効果があるが、寄生虫やこの世界に存在しない未知の病原体には非対応だ。


 風呂さえ入っておけば大丈夫。

 そう豪語して被検体の女を犯した男が全身の穴という穴から血を噴いて死んだのはつい先月のことである。


 被害の拡大を防ぐため遺体は分子レベルで分解されてしまったため、男が何故死んだのかも結局分からず終いだった。

 あんな死に方は御免だと、男たちはズタ袋いっぱいの魔石を供給口へ流し込んでいく。


 やがて規定量の魔石が充填されると、牢屋の中で魔法陣が赤黒く輝きを放ち始める。

 助手の一人が供給口の横にあるスイッチを押せば、魔法陣が起動して辺りに光が満ちた。


「ここは……?」

「なんだよこれ!? なんで俺たち閉じ込められてるんだ!」

「ここから出して!」


 今回呼び出されたのは全部で一〇〇人。

 年齢も性別も国籍も人種も、さらに言えば暮らしていた世界さえもバラバラな人々。

 その中には美乃梨の姿もあった。


(……え? なにこれ!? どういうこと!?)


 神社へお参りに行き、大翔ひろとに会いたいと願った次の瞬間には牢屋の中にいたのだ。

 まるでわけが分からなかったが、これがテレビ番組のドッキリ企画などではないことだけは理解できた。


「チッ、キーキーうるせぇな。黙らせろ」


 助手の片割れが顎で指図すると、もう一人が牢屋に向けて手をかざす。

 その時、美乃梨は男の腕に刻まれた禍々しい蛇のタトゥーを確かに見た。


 直後、雷光が迸り、美乃梨の身体を強烈な痛みが貫いた。

 捕らわれた人々も電気ショックを浴びて床にバタバタと倒れていく。


「よし、一人連れ出せ」


 人々が痺れて動けないでいる間に、助手の一人が牢屋の中へ入り、一人一人の様子を簡単にチェックしていく。


「チッ、あーあ、このババア死んでるよ。片付けの手間増やさせんなよ。クソが」


 美乃梨の隣にいた老婆は突然の電気ショックに耐えられず、すでにこと切れていた。

 物言わぬ亡骸の顔を蹴って憂さを晴らした男は、相方を呼んで老婆の亡骸を片付けさせ、自分はまだ息のあった若い男性を担いで牢を出る。


 男たちが牢に鍵をかけて立ち去ると、苦悶に満ちたうめき声と恐怖にすすり泣く声だけが辺りに響いた。

本日は二本立て!


続きは18:30公開です。お見逃しなく!

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