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【3章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第三章 世界樹編

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0072.5 帰路

 エルフェリアを出発した俺たちは、それから十日ほどかけてこの大陸唯一の港町、緑の口へ戻った。

 一応、酒場のマッチョなマスターにも挨拶して行こうという話になり、記憶を頼りに店へ向かう。


 前に来たときは昼間だったせいかお客はまったくいなかったけど、今回は夕方ということもあり店内はそれなりに賑わっていた。


「まぁ、アンタたち! こんなに早く帰ってくるなんて、よっぽどアタシに会いたかったのね」


 カウンターの奥でフライパンを振るっていたマスターがこちらに気づいて「うふん♡」とウインクを投げてくる。

 酒場のマスターは相も変わらず、到底エルフとは思えないナイスバルクだった。

 

「おうよ。もうすぐ違うトコに移るからな。挨拶に来たんだよ」


 マスターの酒場ジョークを笑っていなしつつ、カウンター席に腰かけたアーシュラが尻尾をパタパタ振りながらここへ来た目的を告げる。

 やはり自分が生まれた場所だからだろうか。いつもより心なしかアーシュラの機嫌がいい。


「あら、そうだったの。寂しくなるわね。そういう律儀なトコ、ギオドラにそっくりよアンタ」


「とりあえずなんか作ってくれよ。腹減ってんだ」


「はいはい。ちょっと待っててね。とびっきり腹に溜まるヤツこさえてあげるから」


 しばらくして出てきたのは、宣言通り食べ応えのありそうな料理ばかりだった。

 山盛りのダム芋のからあげ風。山盛りのポテトサラダ。山盛りのエルフ風チャーハン。ドカ盛りエルフ蕎麦。山盛りの炊いたお揚げ……。

 いや多い多い。テレビの大食い企画みたいになってるぞ。

 こんなに食べきれるかな。


「ふー! 食った食った! 美味かったぜ!」


「お腹パンパンですわ」


「一生分食べた気がするわ……」


 ────と、思っていた時期が俺にもありました。

 まさかの完食である。

 海藻とキノコの出汁で旨味たっぷりだったし、スパイスをふんだんに利かせていたおかげか不思議と全部お腹に納まってしまった。


「またいつでもいらっしゃいね」


「おう、世話になった。ありがとな!」


 すっかりぽんぽこになったお腹をさすりながら店を出た俺たちは、その足で宿に向かった。

 もうお腹いっぱいだし、今日は素泊まりプランでいいかな。


 そんなこんなで宿の露天風呂で長旅の疲れを癒し、翌朝。

 俺たちはエスぺリサ王国へ向かう定期便に乗船した。


 基本は貨物便なのだそうだが、お金を払えば旅行者も乗せてもらえるらしい。

 船着き場には俺たち以外にもエスぺリサ王国へ向かう旅行者の姿がチラホラ見えた。


 定刻になり、ボォーッ、と魔物の唸り声みたいな汽笛が鳴る。

 船がゆっくりと陸から離れ、沖に向かって漕ぎ出していく。


 結局師匠たちは元に戻せなかったけど、代わりに多くのものを得られた。


 船のデッキから白く砕けた水面を眺め、翡翠の指輪にそっと触れる。


「確かに受け取ったよ」


 それは一人で背負うにはあまりにも重すぎる祈りだったけど。

 それでも、託された以上は、次へ繋いでいく義務がある。


 勇者として、なによりハルトの友達として、この祈りだけは絶やさず次へ繋いでいこう。

 遠ざかっていく緑の大地に指輪をかざし、そのことを強く胸に刻んだ。




 ◇




 ──洋上──


 魔物や海賊の襲撃も無く、無事に沖へ出た船は、その舳先をエスぺリサ王国がある草原の大地に向けた。

 とはいえ水難を退けてくれる人魚の涙もあるし、道中の安全は約束されたも同然だ。

 つまりオーランに着くまでの五日間、まるっと暇になる。


 そこで事前の宣言通り、リゼラによる魔法を使った精密検査が行われることになった。


 検査の内容は身長体重の測定はもちろん、内蔵機能や脳機能、被ばく検査やステータス測定、自覚症状の問診など多岐にわたり、全員の検査が終わる頃にはすっかり夜になっていた。


「────結論から言うと、全員どこにも異常は見当たらなかったわ」


 現在地は船内の食道。

 みんなでテーブルを囲み、俺たちはリゼラから診断の結果を聞いていた。


「ヒロトは脳の形が少し変異していたけど、悪性の変異ではなさそうだし健康に問題はないわ。月面で見せた超直感や感応能力、それと翻訳魔法の拡張もこれに由来しているんじゃないかしら」


「そうなの?」


「あくまで予想だけどね。こんなの他に前例がないんだもの。あと、レベルもかなり上がってたわ」


 と、手渡されたのは俺のステータス表だった。



────────────────────────────

 スズキ ヒロト レベル10


 たいりょく :110

 まりょく  :50

 かしこさ  :30

 ちから   :110

 すばやさ  :110

 みのまもり :110

 うんのよさ :41


 技能系:『日本語LV4』『地球史LV2』『英語LV2』


 レベルアップしたスキル

『剣術LV10』『音楽(ピアノ演奏)LV10』

『絵画作成LV10』『模型作成LV10』『料理LV10』

『サバイバル知識LV10』『雑学LV10』『短剣術LV10』

『共通語LV10』『体術LV10』『数学LV10』

『科学LV10』『魔法学LV10』


 新スキル

『妖精語LV10』『海神語LV10』『地神語LV10』

『火神語LV10』『風神語LV10』『雷神語LV10』

『古代語LV10』『薬学LV10』『調薬LV10』

『弓術LV10』『隠密LV10』『世界史LV10』

『魔物知識LV10』『審美眼LV10』『美術知識LV10』

『星読みLV10』『罠作成LV10』『楽器作成LV10』

『作曲LV10』『楽器修理LV10』


 異能系:なし


 系統外:『勇気』『絶対音感』

────────────────────────────



「なんかスキルめっちゃ増えてない!?」


「これでも旅に役立ちそうな技能だけ抜粋したのよ? おそらくハルトとの精神感応で身に付いたのでしょうけど、全部書いてたら用紙が足りないもの」


「そっか」


 ハルトだってずっと戦っていたわけじゃない。

 平和な時にはあれこれと新しい趣味を見つけて楽しんでいたし、勉強や修練で自分を磨くことも怠らなかった。


 それを全部文字に起こしたらきっと広辞苑よりも分厚くなってしまう。

 なんであれハルトの生きた証が俺の中に刻まれたのなら、それはとても嬉しいことだ。


「ちなみに私もレベルが3つ上がってたわ。宇宙は地上と比べて空間魔素濃度が高いからそのせいね。はいこれアーシュラの結果」


「おう、あんがとよ。……んだよ、オレは1つ上がっただけか」


 リゼラから受け取った診断表を見て、アーシュラの尻尾ががっくりと垂れ下がる。


 横から覗いてみると、淫魔の麻酔成分が体内から検出されたこと以外は至って健康そのもののようだ。

 俺たちよりレベルの上昇が遅いのも麻酔成分の影響らしい。


「最後にアリアだけど……相変わらず何も分からないということが分かったわ」


「うふふ。わたくしったらミステリアスな女」


「はいはい」


 アリアのジョークにリゼラが小さく笑みを浮かべる。


 何も分からないと言う割に、リゼラの表情は穏やかだった。

 なんというか、不安定だった心に芯が宿ったみたいな。


 上手く言えないけど、今のリゼラは見ていて安定感がある。

 二人の間にどんなやりとりがあったのか知らないが、それまで神様がいた場所に冥の大精霊が上手いこと収まったのだろう。


「分かったことと言えば、アリアの身体が超高密度の魔力で形成されているということだけね。だからあらゆる異能や魔法の影響を受け付けないのよ。これじゃあ検査のしようもないわ」


 アリアの診断書をテーブルの上に放り投げ、お手上げとばかりにリゼラが首を横に振る。

 診断書にも今言った以上のことは書かれておらず、文末に添えられた『問診の結果ひとまず健康と判断』という投げやりな一文がリゼラの苦労を伺わせた。

 それでいいのか。


「ともあれ全員無事に帰って来れたし、健康そのものよ。アーシュラは薬を調合中だからもう少し待って頂戴」


「おう! 期待してるぜ!」


 と、リゼラ先生のお墨付きを頂き、その日は解散となった。




 ◇




 出航から三日目の朝。


「────やっと完成したわ!」


 船内の食堂で遅めの朝食を食べていると、リゼラが部屋から飛び出してきて、とうとう完成した薬をアーシュラの前に置いた。


 あれがハルトが言っていた淫魔の麻酔成分を中和する薬か。

 飲めば縮んだ身体が元に戻り、レベルも戻りやすくなるらしいが……。


 瓶の中にはドブのように濁った深緑色の液体が詰まっている。

 アーシュラが恐る恐るフタを開けると、青臭いニオイがぷぅんとここまで漂ってきた。うげぇ。


「んげぇっ!? く、くさ……っ!? 飯時になんつーもん持ってくんだよ!」


「飲まなきゃ身体は縮んだままだし、レベル上げも大変よ? ほら一気にグイっと! 臭いんだから早く飲んじゃってよ」


「こ、コイツ……っ! ええい!」


 しばらく嫌そうに顔をしかめていたアーシュラだったが、とうとう決心したのか鼻をつまんでドロドロした青臭い薬を一気に飲み干す。


「ヴォエエエ!? にっげぇぇぇっ!!!! 青臭いニオイが! 鼻の奥に! んがああああ!?」


「おぇっ……」


 薬が鼻の奥に逆流したのか、アーシュラが顔を抑えて床の上をのたうち回る。

 最悪な食レポにこっちまで吐き気がしてきた。少なくとも食事中に見ていい光景じゃない。

 しかし苦い分効果は覿面てきめんだったのか、変化はすぐに表れた。


「ん? お、おお!? おおおお!?」


 一〇歳程度にまで縮んでいた身体が急激に大きくなり、一分とかからず元の高身長筋肉お姉さんに戻ったではないか。

 あれだけ急激な変化でも成長痛はないみたいだ。おもしろいな魔法薬って。


「視界がたけぇ! 手足も長い! 腹筋割れてる! よっしゃー戻ったぁー! けど臭ぇぇぇぇっ!!!! ヴォエ!」


 元の身体に戻ったはいいものの、その後しばらく鼻の奥にこびりついた臭いに参ってしまうアーシュラだった。




 ◇




 アーシュラが元の姿に戻った日の夜。

 俺は船室のベッドに横になりながらぼんやりと考え事をしていた。

 考えていたのは、ハルトと初めて会った日に彼が言った意味深な一言について。


「いよいよ始まる、か……」


 ずっと気になっていた。

 どうしてあのときハルトはあんなふうに言ったのか。


 劔から俺のことを聞いていたなら普通は「そうか、君が」とか、そういう反応になるはずだ。

 宇宙でハルトと通じ合ったときも、その部分だけぽっかりと不自然に抜け落ちているように感じられた。


「……もしかして」


 ハルトが開示を制限していた記憶はエルフ族の不都合な歴史の他にもあったんじゃないのか。


 例えば俺が知ったら混乱するような事実を知っていて、記憶の精霊にお願いして隠させたとか。


 俺はハルトから記憶の精霊への最上位アクセス権を託されている。

 今の俺なら過去の時代から精霊やエルフが見てきたすべての記憶を閲覧可能だ。


 インターネットの検索と同じで、まったく見ず知らずの人の記憶や、想像も及ばないようなことは見られないけど、それでも膨大なビッグデータにアクセスできるのは間違いない。


 正直、死者の墓を暴くみたいで気が引ける。

 けどもしかしたら元の世界へ帰るヒントが隠されてるかもと思うと、見ないわけにもいかなかった。

 

「記憶の精霊よ、過ぎ去りし過去を今ここに映し出せ」


 船室内が記憶の霧に包まれ、霧は形を変えて過去の光景をこの場に再現していく────。



 ────────

 ────

 ──



 ……ここは、どこかの宿屋か?

 どうやらハルトは差出人不明の手紙に呼び出されてこの場所を訪れたようだ。


 ハルトが二〇三号室のドアをノックすると、ドアは勝手に開いた。

 ハルトの動きに合わせて周囲の景色が切り替わり、部屋の中の様子が再現される。


 壁には不自然な位置に大きな丸窓が取り付けられていて、キングサイズのベッドが置いてあった。


 ここってまさか、例の絶倫巨根事件の部屋?


 ハルトを呼び出した人物はこちらに背を向け、窓の外を眺めていた。

 黒いフード付きのマントを纏った男だ。


 こんな部屋に呼び出すなんて……。

 え、待って。これホントに未成年が見ても大丈夫な記憶だよね!?


(プライバシーに関わる部分はカットするのでご心配なく)


 わっ!? ビックリした。

 っていうか喋れたんだね記憶の精霊(きみたち)


(推しのくんずほぐれつを覗き見するのは我々の特権ですしおすし)


(尊いカップリングは永久録画ですよええホントごちそうさまです!)


 こってりしたキャラしてるなぁ……。


(まあハルトさんのそういうシーン一度も見たことないんですけどね!)


(公式からの供給が絶たれた。つらたん)


 やかましい記憶の精霊たちはひとまず無視して、記憶の続きに意識を向ける。


『……驚いたな。文字のクセからまさかとは思っていたけど』


『久しぶりだね、四〇〇年ぶりくらいかな』


 ハルトの声にフードの男が振り返る。

 そんな……!? どうしてお前がここにいる!?


『────少し雰囲気が変わったね? マサヨシ』


 つるぎ正義まさよし

 六〇〇年前に召喚されたはずのクラスメイトが、俺の記憶にあるままの姿でそこにいた。


『あれから四〇〇年も経ったんだ。雰囲気くらい変わるさ』


『その割に若々しいね? それとも異世界人は歳を取らないのかい?』


『はははっ、まさか』


『じゃあやはり帰る方法は……』


『────見つけたよ。ただ、一人ではとても実現できそうにない。だから君と話をしたかった。かつて共に戦った君と』


 やっぱりそうか。劔は元の世界に帰る方法をずっと探し続けていたんだ。

 くそっ、もったいぶらずに早く話せよ。


『それで、その方法って?』


『……もし僕がこの世界を消すと言ったら、君は止めるかい?』


 口調こそ問いかけるふうだが、目を見れば劔が心を決めているのはすぐに分かった。

 アイツはこの場で止められても、やり遂げるつもりだ。


『マサヨシ? いったい、何を言って……』


 ハルトが問い返すと、まるで天啓でも得たかのように劔が突然ハッとなって、俺を見た。

 え!? なんでこっち見て……。


『鈴木君!? ……ああ、そうか。そう繋がるのか。くそっ、迂闊うかつだった。こんな方法で知られてしまうなんて。計画を修正しないと』


 これって過去の記憶だよな!?

 どうして過去の劔が未来にいる俺を認識してるんだよ!?

 一人で納得してないで見えてるなら説明しろ!!!!


『悪いけど今の君にこれ以上のことは教えられない。君は君の旅を続けてくれ。時が来ればすべて分かる』


 景色が霧散して、劔たちの姿が遠ざかっていく。

 おい! どういうことだよ!? こんなので納得できるか!


『ああそうだ、最後に一つだけ。十月二〇日は予定を空けておいた方がいいよ。きっといいことがあるから』


 意味深な笑顔を最後に、劔の姿は霧と共に消えてしまった。

 十月二〇日。俺の誕生日に何があるって言うんだ。


「……誕生日なんて、とっくに過ぎてるよ」


 ベッドに倒れ込み、指折り数える。

 俺がこの世界に飛ばされたのが日本時間で十月十六日のこと。普通に考えればとっくに誕生日なんて過ぎている。


 劔はいったい何をしようとしているんだ。

 世界を消すって、どういう意味だ。


 そういえば迷宮都市にいるゼロスさんは、六〇〇年前にハルトたちと旅をした仲間だったっけ。

 もしかして彼なら何か知っているかもしれない。


 ────結局今回の旅は知りたいことは何一つとして分からず、大きな謎が増えただけだった。


 次なる目的地は世界最大のダンジョンの真上にあるという冒険者たちの街、迷宮都市。更なる波乱の予感を胸に抱きつつ、俺たちを乗せた船は大海原を突き進む。




 ◇




 ──日本──


 大翔がいなくなって三日目の放課後。

 美乃梨は学校の裏手にある神社へ向かった。


 町内放送でも連日のように『心当たりがあれば警察へ』と呼びかけてはいるものの、未だに有力な手掛かりは見つかっていない。

 美乃梨にできることと言えば、せめて神頼みをするくらいだった。


 境内へ続く階段を上がり、鳥居を潜ってうら寂れた本殿の前へ進む。

 秋も深まった境内は色とりどりの落ち葉で彩られ、美しさの中に隠れ潜む哀愁が少しばかり不吉に感じられた。


 賽銭箱に小銭を投げ入れ鈴を鳴らす。

 目を閉じ手を合わせる。祈るのは幼馴染の少年のこと。


(ヒロ君が無事に帰ってこれますように……)


 思い出すのは大翔と過ごしたこれまでの日々。

 それは愛すべき他愛のない日常であり、異世界へ召喚された大翔が失ったものだ。


 大翔を異性として意識するようになったのに、何か劇的なきっかけがあった訳ではない。

 日常を積み重ねていく内に好きの気持ちが大きく育って、自然とそうなっていた。


 家も隣で、母親同士が小学校時代からの親友だったこともあり、それこそ赤ん坊の頃からの付き合いである。

 大翔の双子の姉、渚とは大親友と言っていいほど仲が良く、幼い頃はよく鈴木家にお邪魔して三人で遊んだものだ。


(三人でゲームして、リビングのテレビで映画見て、たまにヒロ君が演奏してくれて……)


 あの頃に戻れたら。

 ふと脳裏を過ぎった考えを美乃梨は頭を振って外へ追い出す。

 ここ数日、気づけばそんなことばかり考えてしまう。


「大丈夫。ヒロ君は生きてる。生きてる。生きてる……っ」


 何度も同じ言葉を繰り返し、自分自身に言い聞かせる。


 渚が事故で死んでしまった後も、大翔との関係は途絶えることなく続いた。

 それまで病気がちで学校にも殆ど来れなかった大翔の支えになってあげたいという気持ちもあったし、何よりそれは渚の最後の望みでもあったからだ。


 そうして幼馴染としての付き合いを続けていく内、いつしか大翔のことを異性として意識している自分に気付き────だからこそ、どうすればいいか分からなくなった。


 なにせ相手は幼い頃からずっと一緒の、ほとんど姉弟同然に育った幼馴染だ。

 もし大翔に自分の気持ちを拒絶されたらと思うと、怖くてたまらなかった。


 だから、停滞を選んだ。

 今まで通りの関係を続けている間は誰も傷つかないし、少なくとも大翔と幼馴染のままでいられる。

 それしか選べなかった。


 そんなぬるま湯のような関係を変える口実を見つけられないまま、気付けばもう中学三年生。

 二学期も後半に差し掛かり、クラスのムードもすっかり高校受験一色だ。


 年が明ければ、二人とも受験を控えている。


 無論、受験する高校は大翔に合わせるつもりでいる。

 運動は得意でも、勉強の方は然程であるため、学力的には大翔とそう大差はない。

 好きな人と同じ高校に行きたいとは流石に担任の前では言えないが、それでも反対はされないだろう。


 とはいえ、仮に同じ高校に受かったとしても、同じクラスになれるとは限らないし、万が一ということもある。

 それに高校生になって大翔が別の誰かと付き合い始める可能性もゼロではない。


 親友の真希から考えたくもない未来の可能性を突き付けられたとき、今行動しなければチャンスは永遠に失われてしまうような気がした。


 行動するなら今しかない。

 そう思ったからこそ、前に踏み出す決意をしたというのに……。


「……どこ行っちゃったの、ヒロ君」


 頬を伝った雫が石畳を濡らす。


 勇気を出して一歩前へ踏み出そうとした矢先に、大翔は消えてしまった。


 何か事件に巻き込まれたのではないか。もしかしたらすでに死んでしまっているのでは。

 考えたくもないことだが、どうしてもその不安がぬぐえなかった。


「……なーちゃん。ヒロ君を護って……」


 刹那、境内を強い風がどぉっと吹き抜け、境内を赤く染めていた落ち葉が舞い上がり、美乃梨の姿を覆い隠す。


 突風が止み、落ち葉がはらはらと舞い落ちると、すでに美乃梨の姿はどこにもなかった。

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