0070 精霊の光
俺たちを乗せた世界樹の葉は、迷路のように張り巡らされた通路を縦横無尽に飛び回り、やがて人型兵器の格納庫前にふわりと着地した。
ハルトからの最後のプレゼントに少しだけ笑みがこぼれる。
右手の人差し指に託された翡翠のリングを通すと、まるで俺のために誂えたかのようにピタリと嵌った。
改めて格納庫を見渡すと、魔帝国軍の機械兵士たちがあちこちに立ち尽くしている。
自動報復システムを破壊したことで呪いからは解放されたはずだが、だからこそ目的を見失ってしまい何をすればいいのか分からなくなっているのかもしれない。
ふと、人型兵器の前にいたゴブリン整備兵の一人と目が合った。
視線に気づいたリゼラたちが武器を構えて警戒したのを手で制し、俺は整備兵の下へと歩み寄る。
彼らにもう敵意はない。
「お前か。あのシステムを破壊したのは」
整備兵の問いに頷くと、彼は抑揚のない声で「そうか」と呟き、僅かに俯いた。
全身を機械に置き換えているせいでどうにも感情が読み取りづらいが、それでもどこかホッとしているように見えた。
「……生まれたときからずっと頭の中で鳴り響いていた怨嗟の声が聞こえなくなった。こんなにも静かなのは初めてだ」
「これからどうするの?」
「分からない。……教えてくれ。目的を失った今、俺たちは機械の身体で何をすればいい?」
無機質な機械の瞳に宿る不安の色。
誰もが生まれて初めて手に入れた心の自由に戸惑っているようだった。
「……きっと、何をしてもいいんだと思う。もちろん誰かを傷つけるようなことはよくないけど、それも含めてどうするかは全部あなたたちの自由だ」
俺の答えが意外だったのか、整備兵たちは困ったように仲間の顔を見交わしている。
今まで無自覚のまま、自分の中にいる『誰か』のいいなりになって生きてきたのに、いきなり自由にしていいなんて言われても困っちゃうよな。
ちょっと意地悪だったかもしれない。
「…………傷つけるのも、傷つけられるのも、もうたくさんだ」
それは果たして誰の言葉だったのだろうか。
ある整備兵がポツリと呟くと、それが波のように伝播して同意の声が次々と上がった。
「それなら、ここで待つのもアリなんじゃないかな」
きっと、未来を変えるなら今しかない。
迷いの中にいる彼らに向かい、俺は一つの道を示すことにした。
「待つ? 何を」
「地上に戻ったら、俺はエルフの国の一番偉い人に、真実の歴史と、あなたたちがここにいることを伝える。そしていつか、エルフが自分たちの力でここまでやってきたら、そのときは彼らを迎えてあげてほしいんだ」
「……できるだろうか。俺たちに」
「できるさ。もう呪いは解かれたんだから。憎むべき相手なんて、どこにもいないんだよ」
「そう……だな。それはきっと、とても喜ばしいことだ」
表情のない機械の顔が少しだけ和らいだように見えた。
彼らが機械の身体を得て蘇ったのは、エルフと魔族がお互いに和解するための最後のチャンスでもあったのだと、俺はそう信じたい。
すると整備兵は近くにあったタッチパネルをいじり、人型兵器のハッチを開けてくれた。
「乗っていけ。生身のお前たちが宇宙へ出るにはこれが必要だろう?」
「っ! ありがとう!」
「お前ら! 最後の仕事だ! 一〇分でスラスターパックをコイツに取り付けるぞ!」
「「「「了解!」」」」
投げ渡された説明書を受け取った俺は、操縦席に乗り込んでスイッチを入れていく。
不思議とどのスイッチがどういうもので、どこを触ればどう動くのか、なんとなく理解できた。
なんというか、設計者の意図のようなものがスイッチの色や形、配置からうっすら伝わってくるのだ。
コクピットは大柄なオークの体格に合わせて設計されているのか、人間の俺が乗り込むとかなり大きく感じる。
これなら三人で乗っても問題なさそうだな。
スイッチの位置がちょっと遠いけど、ギリギリ届くし、なんとかなるだろう。
説明書を読み込んでいる間に整備兵たちが超特急で機体にスラスターパックを取り付けてくれて、いよいよ発進の準備は整った。
「脱出するよ! 二人も早く乗って!」
「乗れって、ヒロトあなた、こんなの動かせるの!?」
「任せて! これをこうすれば……よし電源入った! ハッチ閉まるよ! 急いで!」
機体の電源が入りハッチが閉まると、正面モニターにOSの起動画面が表示される。
GIGANTS
上古代エルフ文字で書かれたシステム名は、確かにギガンテスと読み取れた。
直後、外の様子がコクピット内の壁面三六〇度にフルスクリーンで映し出される。
ほわぁぁぁっカッコイイぃぃぃっ!!!!(裏声)
座席の両脇にあるレバーを握りしめ軽く動かすと、連動して機体の腕が動いた。
歩かせるには……当然フットペダルだよな!
「ハァ……ハァ……! こ、コイツ、動くぞぉ! 本物だぁ……! ドゥフッ!」
「うぉっ!? お前、妙に手馴れてやがるな。故郷で似たようなやつに触ったことでもあんのか?」
「いいや全然! でもアニメで見た……って言っても分かんないか。とにかく説明書もあるんだから行ける行ける!」
「なんだそりゃ!? ホントに大丈夫なのかよ!?」
機体を歩かせ射出用のカタパルトに乗せると、整備兵たちが俺たちの前に整列して敬礼してくれた。
レバーを操作して機体で敬礼を返すと、どこか感心したような気配がモニター越しに伝わってくる。
ありがとう、コイツは貰っていくよ!
「二人とも舌噛まないように口閉じてて! ギガンテス、出るぞッ!!!!」
発射管制システムの警告灯が赤・赤・青と灯り、直後、カタパルトが作動して機体が上方向へ急激に加速する。
そのまま宇宙空間へ機体ごと射出されると、円盤艦隊の残骸が辺り一面を埋め尽くしていた。
こんなの全部避けてたら燃料が足りなくなる。アレを使うか!
俺は操縦桿を動かし、整備兵たちが瓦礫除去用にと持たせてくれたメガランチャーの砲口を前方の大きな破片に向ける。
レティクルが固定され、メガランチャーが発射待機状態へ移行した瞬間、俺は引金を引いた。
「そこだっ!」
砲口から飛び出した縮退粒子が前方の残骸を光の中へ消し去っていく。
きっかり五秒の放射が終わると、正面を塞いでいた残骸は跡形もなく消え去っていた。
す、凄い威力だ。実戦で使われなくて本当によかった。
「────っ! 何か来る!」
俺が感づいてから二秒後、機体のセンサーが高速で飛来する物体を捉えた、次の瞬間。
「わ た く し で す わ ぁ!!!!」
「「「うわぁ!?」」」
視界いっぱいにアリアの顔がドデカく映し出された。
目視できる距離から虚空瞬在してきたらしい。
「アリア! よかった無事だったのね! ていうか生身で平気なの!? 宝箱も無くなってるし!」
「ぜーんぜんへっちゃらですわ! 預かっていたアイテムは出そうと思えば自由に出し入れできますから安心なさって!」
「別にそれはどうでも……よくはないけど、とにかく無事でよかったわ」
ようやくアリアの無事な顔を見れてか、リゼラが心底ホッとしたように胸を撫でおろした。
ずっと心配してたもんな。
「ったく、心配させやがって」
「アーシュラも心配かけてごめんなさい。でもこの通り、わたくしピンピンしてますわ!」
「ならいい。帰ろうぜ。オレたちにできることはもうねぇだろ?」
アーシュラがモニター越しに手を差し出すと、アリアは少し切なそうな顔で首を横に振った。
「……いいえ。わたくしはもう少しだけ残りますわ。三人とも先に帰っていてくださいまし」
「アリア、あなた……」
「リゼラに隠し事はできませんわね。お察しの通りですわ」
「……分かった。いってらっしゃい」
表情からすべてを察したのか、リゼラは仕方ないとばかりに苦笑した。
まさかリゼラも俺みたいに理解るように?
……いや、これは長い付き合いの親友同士だからこそか。羨ましいよ。本当に。
「ハルトに伝えて。未来への希望はまだあるって」
「っ! ええ、必ず!」
俺の伝言を受け取ったアリアは、群青色の燐光を煌めかせ、月へ向かって猛スピードで飛び去っていった。
彼女の後ろ姿を見送った俺は、デブリを避けつつ世界樹の頂上目指して機体を前進させる。
燃料もつかな。まあいざとなればリゼラの魔法もあるしなんとかなるだろ。
「よかったのか? 行かせちまって」
「いいのよ。あの子がそうしたいって言ったんだもの。引き止めたら野暮ってものよ」
「あの二人に接点なんてあったか?」
「彼、カイルにそっくりなのよ。私でさえ死んだカイルが生まれ変わったんじゃないかって思ったくらい」
「そういうことか。アイツらいつの間に」
「他人の空似だってことはあの子も分かってるはず。それでも好きになってしまったのね」
「報われねぇな……」
アーシュラの耳が悲しげに伏せられる。
「────帰ろう。このままじゃ慰めてもあげられないしさ」
俺が肩越しに声をかけると、二人が苦笑して頷いた。
今の俺たちにできるのは泣き腫らして帰ってくるだろうアリアを慰めてやることだけだ。
操縦桿を握り直し、俺は機体を前へ進めた。
◇
──月面基地 最下層(sideハルト)──
核融合炉の前に立ったハルトは、弓に矢を番え静かに瞑目していた。
死を前にしてこんなにも心が凪いでいるのは、肩の荷が下りたからだろうか。
ヒロトならきっとエイミーの願いを正しく受け継ぎ、次の誰かへ繋いでくれる。
そう確信できたからこそ、あの指輪を託せた。
「ここまで長かった……」
思い返せば苦労の絶えない人生だった。
それでも最後にああして自分が生きた証を託せたのだから、総じて見れば良い人生だったのではないだろうか。
つらつらとそんなことを考えつつ、目を開き、矢を放つ。
放たれた矢は核融合炉の中心を穿ち、精霊の力によって怨念の残り火は今度こそ完全に沈黙した。
「星々の精霊たちよ! これで最後だ! 力を貸してくれ!」
ハルトを中心に、目が眩むほどの光が爆発的に広がっていく。
光はあっという間に月全体を包み込むと、核パルスエンジンの推進力により地上へ落下し始めていた青月を元の軌道へと押し戻していった。
◇
──宇宙空間(side大翔)──
「見て! 月が!」
リゼラの声に振り返ると、巨大な翼のように広がった光の粒子が月をまるごと包み込んでいるのが見えた。
粒子はまるで生き物のような動きで俺たちの方にも流れてきて、機体をふわりと包み込む。
するとまるで背中を押されるようにして、緑の大地へ向かって機体がグンと加速した。
感じる。
この宇宙に満ちる巨大な力のうねりを。
ハルトの意思に大精霊たちが共鳴したんだ。
起動を変えた月を押し返すほどのエネルギー。だけどそこに荒々しさはない。
温かくて、優しい光。
「……さよなら」
この光景だけは、何があっても決して忘れない。
光が消えるまでの間、俺は神秘の輝きに包まれた月をいつまでも眺めていた。
◇
──月面基地 最下層(sideアリア)──
最後の力を使い果たし、ゆっくりと仰向けに倒れたハルトの身体を、アリアがふわりと受け止める。
すべてを使い果たした彼の身体は、すでに魔素の光へと還りつつあった。
「本当に長いこと、よく頑張ってこられましたわね」
「はは……。そうだね。けど、思い返せばあっという間だった気もするよ」
「ヒロトさまから伝言ですわ。未来への希望はまだある、と」
「そうか。……よかった」
その一言で、大翔の想いはすべてハルトに伝わった。
「僕からも伝言を。君に託す。そう伝えてくれるかい?」
「ええ、確かに」
身体を蝕んでいた痛みはすでにない。
それがアリアのおかげだとすぐに理解したハルトは、彼女の少し冷たい手を握り、安らかに微笑みかける。
「ありがとう。君のおかげでもう苦しくない」
「よかった。冥界までの道のりは長いですから、道中ハルトさまのお話を聞かせてくださいな」
「いいとも。なにせ三万年分だ。話題には尽きないさ」
ハルトが光の粒子となって消えていく。
やがて彼の身体が空気に溶けるように崩れ去ると、そこにいたはずのアリアの姿もどこかへと消えていた。
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────
──
それから二人は長い長い道のりを共に歩いた。
現世とは異なる時の流れの中を、別れを惜しむようにゆっくりと。
冥界へ向かって一歩ずつ。
アリアはハルトが語る記憶のすべてを結晶に変え、それら一つ一つを大事に、大事に、自らの中へと仕舞っていく。
逆にハルトは思い出を一つ語るたびに身も心も軽くなり、次第にその姿形は朧げなものになっていった。
やがてハルトの魂はシルエットのみを残してまっさらになり、冥界の入り口へと辿り着く。
「……とうとう着いてしまいましたわね」
「ありがとう。君のおかげでここまで迷わずに来れたよ」
惜しむようにアリアが僅かに手を伸ばしかけ、すぐに下ろした。
口に出かけた言葉を言ってしまえば、彼に未練を与えてしまう。次へと踏み出せなくなってしまう。
生と死の調律を司る者となった今、もうそのワガママは許されない。
「さあ、最後の思い出を」
最後まで取っておいたのはアリアとの思い出。
それを渡せば、彼は地獄に囚われることなく冥界へと旅立てる。
名残惜しそうにまごつくハルトの手を取り、アリアは涙を堪え笑ってみせた。
「だめですわ。未練なんて残しては」
「でも、それじゃあ君が!」
「いいのです。あなたがわたくしを忘れてしまっても、わたくしがあなたを覚えていますもの。……いつまでも、ずっと。だからどうか安心して逝ってください」
ハルトが頷き、最後の思い出を掌の中に集め、一粒の結晶に変える。
それは他のどの記憶よりも小さな欠片だったが、一際強い輝きを放つ黄金の玉石となった。
「ありがとう。いつか命が巡ったら、また会おう」
「……っ、ええ。お待ちしています」
手から手へ、記憶の結晶が渡される。
とうとうシルエットさえ失って、光の玉になった魂は、冥界へ向けて飛び去って行く。
ハルトとの思い出を握りしめ、アリアは彼の姿が見えなくなるまで見送り続けた。




