0069 断ち切るための一戦
ヒリヒリとした緊張感が肌を焼く。
右腕を失っても、ドラジスの放つプレッシャーは相変わらずだった。
鎧の隙間から赤い燐光がチリチリと噴出し、まるでオーラのようにドラジスの全身を覆っていく。
「────っ!」
眉間の辺りに突き刺すような嫌な気配を感じ、わずかに首を横に逸らす。
刹那、コンマ一秒前まで俺の頭があった位置をレーザー光線が貫いた。
そのまま幽歩で滑るように駆け出し────虚空瞬在。
ドラジスの背後へ転移して、大上段から剣を振り下ろす。
するとドラジスの意思に感応した赤い粒子が凝縮してバリアとなり、俺の剣を阻んだ。
この程度で!
「おっと!」
「っ!?」
刃が粒子の盾に弾かれる直前、俺はドラジスの正面へ飛び、勢いそのままがら空きの脳天に斬りかかる。
が、俺の不意打ちはギリギリ反応されて躱されてしまう。
くそっ、身体が遅い! ハルトの感覚に俺の身体能力が追い付いてないんだ。
「急にイイ一撃かますようになったじゃねぇか!」
「背中に目でも付いてるのかお前!」
「ハッ! 機械の身体に死角なんざあるかよッ!!!!」
斬り上げ、斬り下ろし、薙ぎ払い。
続けざまに繰り出した斬撃はすべて片手でいなされた。
機械の身体だから関節の可動域も人間とは違うし、本人いわく死角も無いらしい。
ええい、やりにくい!
「だったら二人がかりならどうだ!」
俺の攻撃に合わせてアーシュラが背後から殴りかかる。
拳に乗せた電磁力がドラジスの装甲を貫き、一瞬だけ動きが止まった。
その隙に斬りかかると、ドラジスは赤い粒子を爆発させて俺たちを引きはがす。
「チィッ、めんどくせぇ!」
天井付近で静止したドラジスの胸部装甲が左右に大きく開いた。
顕わになった無数のレンズに俺の顔が映り込む。
まさかレーザー攻撃!?
レンズから発射されたレーザーが俺たちに襲い掛かり────そのままドラジスに跳ね返ってレンズが爆散した。
な、なんだ!?
「させないわよ! このポンコツ!」
見ればリゼラが長杖を構えている。
光学兵器があると見越して反射シールドを展開してくれていたようだ。
ナイスフォロー!
「チィッ! 魔法使いか! 邪魔すんじゃねぇ!」
ドラジスの左腕が高速変形し、ガトリング砲へと形を変える。
させるか!
弾丸が吐き出される直前、ドラジスの背後に転移して左腕の関節を狙って突きを放つ。
ガキンッ! と金属同士のぶつかる甲高い音が響き、ドラジスの左腕が僅かに横へ逸れた。
直後、吐き出された鉛玉の豪雨がリゼラを覆っていた多重バリアを数枚叩き割り、そのまま右へと逸れていく。
すると間髪入れずドラジスの背部ハッチが勢いよく開き、ミサイルの先端が俺の喉元に狙いを定めた。げぇっ!?
虚空瞬在でドラジスの正面へ飛び、ギリギリ回避。
ミサイルは俺の残像をすり抜け、見当違いな方向へ飛び去っていった。
転移と同時に振り抜いた剣は、やはりバリアに弾かれる。
が、俺は諦めず虚空瞬在で位置取りをランダムに変え、タイミングをずらしながら何度も何度も斬りかかった。
しかしドラジスは俺の不意打ちにもすべて反応し、そればかりか反撃さえ捻じ込んでくる。
くそっ、こんな奴どうやって倒せば────!
『お前はひとまず背中に目を付けろ』
斬り合いの最中思い出したのは、森の広場で手合わせした後にアーシュラがくれた言葉。
俺の空間認知能力はハルトとの精神感応を経て大きく拡張されている。
今ならできるはずだ!
意識を肉体の外へ大きく、さらに大きく広げていく。
するとそれまで眼球だけでは捉えきれなかった世界の形が、死角になっていた範囲の情報が脳に流れ込んできた。
想像以上の負荷に鼻からどろりと熱いものが流れ出る。
見えている範囲だけが世界じゃない。相手の意識が向いていない場所は……。
「そこっ!」
狙うはドラジスの体内。
突き出した刃を奴の心臓部の座標に重ね合わせるように────転移ぶ!
「っ!?」
だが俺の刃が貫いたのはドラジスの翼の付け根。
直感で外された!? だけど!!!!
「落ちろぉぉぉぉッ!!!!」
ドラジスの背中に足をかけ、ありったけの闘気を送り込みながら剣を強引に押し込んでいく。
刃が貫いた場所に亀裂が走り、そのまま渾身の力で剣を振り抜けば、断ち斬られた左の翼が宙を舞った。
地表スレスレに転移して間合いを取ると、飛行能力を失ったドラジスが重力に引かれて落下してくる。
「これでも喰らいやがれ!」
アーシュラが帯電させた両腕を真上に突き出す。
彼女の掌から発せられた電磁波が明後日の方角に飛び去ったミサイルの電子回路に作用し、制御を奪われたミサイルが空中で反転してドラジス目掛けて爆進する。
「なめんなァァァッ!!!!」
ドラジスの肩装甲がガシャンと音を立てスライド。
剥き出しになったレンズから発射されたレーザーがミサイルを撃ち落とす。
瞬間、灼熱が吹き荒れ、ドラジスの姿が爆炎の中に隠れた。
「今ッ!」
この瞬間を待っていたとばかり、リゼラが準備していた砲撃魔法をぶっ放した。
狙い違わず直進した砲弾は炎のカーテンを引き裂き────大爆発!
炎を纏ったドラジスの破片が雨のように降り注ぎ、場に静寂が訪れる。
ドラジスは砲撃を受けて粉々に消し飛んだ。
なのにどうして、このザラザラした感覚が消えてくれない。
「────ハハハハッ! まさか一体やられちまうとはなァ」
「性能ダウンしてたとはいえ、流石は勇者サマご一行ってところか?」
「けど残念だったなァ」
「システムが生きてる限り俺はいくらでも作り出せンのさ」
「「「「「こんなふうによォ!」」」」」
「「「っ!?」」」
部屋の左右の壁が開き、メタリックブルーの装甲が俺たちの視界を埋め尽くしていく。
力を合わせてようやく倒せたと思った魔王が、自動報復システムを守る壁となって立ちはだかる。
その数、三〇体。
おそらくこいつらを倒しても新しい奴が出てくるだけだろう。
「そ、そんな……!」
「ちくしょう……ッ!」
悪夢のような光景を前に、リゼラとアーシュラが後ずさる。
さっきのドラジスも、ハルトとの戦いで傷を負って弱体化していたから倒せたようなものだ。
無傷の魔王が三〇体もいたら勝ち目なんてない。
それでも。
「ほう」
「まだ諦めねぇのか」
ここで諦めるわけにはいかない。
剣を正眼に構え、ありったけの闘気を練り上げていく。
幸い、闘気を矢に纏わせて撃ったときの感覚はまだ覚えている。
できるかどうかじゃない。やるしかないんだ。
ハルトには使うなと言われたけど、これ以上犠牲者が出たら俺は自分自身が許せなくなる。
「その心意気だけは認めてやるよ」
「クソがッ! そんな目で見るんじゃねぇ!」
「もういい面倒だ! 殺しちまおうぜこんなガキ!」
「なぁに、死んでも培養ポッドで元通りにすりゃあ問題ねぇだろ!」
「安心して床のシミになれや!」
ドラジスたちが同時に口を開き、機関銃とビーム砲の銃口が俺に向く。
────思い出せ。あの日見た師匠の技を。
呼吸のタイミング、一挙手一投足まですべてを真似て、今ここに再現する。
肉体の記憶はすぐに薄れて曖昧になる。
だけどハルトと通じあって、自分の魂を見つめ直した今ならできるはずだ。
「防御は私たちに任せなさい!」
「一発デケェのブチかましてやれ!」
絶望に心が折れかけていた二人が俺の両脇に並び立つ。
二人のアイコンタクトに俺が頷いた直後、ドラジスたちの銃口が一斉に火を噴いた。
銃弾の嵐と粒子ビームの奔流が怒涛のように迫り来る。
「反射障壁! ありったけよッ!」
「うぉらあああッ! フルパワーだあああッ!」
リゼラが展開したベクトル反射障壁が銃弾を跳ね返し、アーシュラの電磁バリアがビームの軌道を逸らして跳ねのける。
本来ならすべてドラジスたちに跳ね返るはずの銃弾は、しかし計算を狂わされ的外れな方向へ跳ね返っていく。
「く……っ!? まさかミスリルコーティング!? 希少資源の無駄遣いよ!」
「「「「「ハッ! ミスリルなんざ小惑星丸ごと掘り起こせばいくらでも採掘できんだよッ!!!!」」」」」
「インチキ!!!!」
反射障壁に亀裂が走り始める。
大丈夫だ。落ち着け。二人なら耐えてくれる。
俺は息を細く吐き、波打つ心を鏡面のように静めていく。
「ぐおおおおっ!? 負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
アーシュラの展開する電磁バリアがビームの出力に押されて大きく歪む。
まだだ……。もう少し……。もっと研ぎ澄ませろ。
僅かに波打っていた心の水面をさらに静めていく。
すると握りしめた剣からすっと何かが抜け出して、師匠の気配を背後に感じた。
師匠の手が俺の姿勢や呼吸を正していく。
やがて師匠の気配が俺と完全に重なり、心と身体が完全に一致する。
……っ! 今だッ!!!!
────断ッ!!!!────
まるで時が止まったような沈黙。
ドラジスたちは驚愕に目を見開いたまま動かない。
「ば、かな」
「こんな、ガキに」
ずるり、と。
ドラジスたちの腰から上が同時にズレ落ちていく。
魔王たちの背後、真一文字に斬り裂かれた自動報復システムの本体が激しくスパークし……。
「ありが────」
────爆発。
爆風を切り裂いて残心し、ゆっくりと息を吐きながら剣を鞘に納める。
かつてエルデンバーグ王国で赤骨の魔族を葬り去った師匠の奥義。
ぶっつけ本番だったけど、どうにかなった……か……。
「っ!? ヒロト!?」
「おいヒロト! しっかりしろ! おい!」
ぶっ倒れそうになった俺をリゼラとアーシュラが両脇から支えてくれた。
はは……。師匠はやっぱすごいや。
こんな大技出した後に俺を連れて王都から脱出するなんて。
レベルの差。いや、人としての格の差か。
『システムに深刻なエラー発生。システムに深刻なエラー発生。計画は最終フェーズへ移行。総員、速やかに月面より退避してください。繰り返します。計画は最終フェーズへ移行。速やかに月面より退避してください』
すると突然けたたましいアラートが鳴り響き、合成音声が退避するよう呼びかけてきた。
な、なんだ!? なにが起きてるんだ!?
「……っ! 誰か来る。この感じ────ハルトか!」
猛スピードで迫り来るハルトの気配を感じ取った瞬間、再び彼と意識が繋がった。
ハルトの目を通じて、月面に設置された巨大なブースターが点火する様子が見えた。
……そうか! 奴ら、月を地上に! くそっ、せっかくシステムは破壊したのに!
(君は逃げろ。後は僕がやる)
そんな!? ハルトも一緒に……!
(ダメだ! 故郷に帰ってミノリさんに気持ちを伝えるんだろう?)
直後、ハルトが部屋に飛び込んできて、俺たちの前にふわりと着地する。
すでに全身ボロボロで息も荒い。
そんな身体なのに、彼は俺に最後の別れを告げるためにここまで来てくれた。
「っ!? ひどい怪我だわ! すぐに治療を!」
「いいんだ。もうどうにもならない」
「そんな!?」
すぐさま治療にかかろうとしたリゼラを片手で制し、ハルトが俺を見る。
そんな……。やめろ。やめてくれ。言うな。言葉に出さないでくれ。
「最後にこれを君に渡しに来たんだ」
「最後なんて……言うなよ……っ」
ハルトが右の人差し指に嵌めていた翡翠の指輪を俺に差し出す。
かつてエイミーからハルトへ送られた守護の指輪。
上古エルフの秘法で作られた、強い加護とまじないの込められた品だ。
込められた想いは、平和への祈り。
新たに生まれてくる命が、過去から続く憎しみの連鎖に巻き込まれることのない世界が来るように。
今を生きる人々が憎しみの連鎖を断ち切って、幸せな未来を掴みとれるように。
そんな強い願いの結晶が、数万年の時を経て、今、俺へと。
「……受け取れないよ。こんなの、俺だけじゃとても背負いきれない!」
「君だからこそ託したいんだ」
翡翠の指輪を俺の手に握らせ、ハルトは少し困ったように笑い、そっと俺の肩を抱いた。
……わかってるよ。言いたいことは。全部理解ってる。
だけどこれを受け取ったら、終わってしまう。
「嫌だ……! こんな、こんなの!」
「君と出会えて本当によかった」
数秒にも満たない短い抱擁。
余計な言葉は不要だった。
たった一言。それだけで、彼の想いのすべてを理解できたから。
「さあ、行って!」
ハルトが俺を突き放す。
思わず尻もちを突きかけると、場に凄まじい突風が吹き荒れる。
すると風に乗って飛んできた大きな世界樹の葉がふわりと俺の身体を受け止めてくれた。
風を掴んだ世界樹の葉は俺たちを乗せると、名残惜しさを断ち切るように部屋から飛び立つ。
「ハルトッ!!!!」
ぐんぐん遠ざかる人影に手を伸ばす。
彼は最後まで穏やかに微笑んでいた。
すぐにハルトの姿は見えなくなり、俺たちは風に乗って吹き抜けを駆け上がっていく。




