0067 覚悟
ハルトが切り開いた暗黒の道を真っすぐに突っ切ること、しばし。
俺たちを乗せた輸送艇が月の裏側に回り込むと、魔帝国の基地がその全貌を顕わにした。
おそらくクレーターをそのまま基地にしたのだろう。
円形の基地が地表に幾つもへばりついていて、真っ黒な月面がそこだけ明るくなっている。
こうしている今も基地からは無数の円盤が緑の大地へ向けて飛び立ち続けていた。
「揺れるわよ! しっかり掴まって!」
操縦席に座るリゼラが指杖を真一文字に走らせると、急加速した輸送艇が円盤の隙間を縫うようにして月面基地に向かって突っ込んでいく。
すると突然、一隻の円盤が急に角度を変えた。
円盤の縁と接触した輸送艇の船体が激しく揺れる。
「うわああああああああああ!?」
そのまま弾かれる形で発艦場へと滑り込んだ輸送艇は、船底をこすりながら急減速して、壁際ギリギリのところで停止した。
あ、あぶ、あっぶな!?
「運転荒いなぁっ!」
「ちゃ、ちゃんと止まれたでしょ!? け、けけけ計算通りよ!」
「声震えてるじゃん!」
「う、うるさいわね! そんなに言うなら帰りはヒロトが運転してよ!」
「おい! 喧嘩してねぇでさっさと行くぞ!」
アーシュラに急かされ船を降りると、騒ぎを聞きつけた兵士ロボがすでに船を取り囲んでいた。
猪の頭を模した大柄な人型ロボを隊長に、小鬼型のロボットたちが小銃を構えて俺たちを威嚇している。
まさかあのロボットがゴブリン? 全然緑色でも頭悪そうでもないじゃん!
「お前たちは包囲されている! 大人しく投こ「邪魔!」
「「「「「あばばばばばばばば!?」」」」」
有無を言わさずリゼラが長杖の石突で床を一突きすると、俺たちの足元を避けるように床一面に高圧電流が流れ、警備ロボたちを黒焦げにした。
相変わらず容赦ないな。
「アリアは……あっちね。行くわよ!」
ふわりと床を蹴ってロボットの残骸を跳び越えたリゼラを追いかけ、俺たちもその後に続く。
やっぱり月の上だからか、身体が軽い。
「ははっ! なんだこれ身体が軽いぞ! おもしれぇ!」
「ここは青月の上だもの。今私たちの体重は地上の十分の一になってるのよ」
この世界、というかこの惑星には赤い月と青い月、二つの月がある。
地上から見ると赤い月の方がずっと大きく見えるが、地上からの距離は青い月の方がずっと近い。
重力が地上の十分の一なので、地球の月よりも随分と小さいようだ。
通路を進み奥の角を曲がると、今度は履帯駆動のロボットが俺たちの行く手を塞いだ。
両腕に装備された回転式の銃身がこちらに向けられ、今にも銃弾を吐き出さんと回転を始める。────ヤバい!?
「だから少ない力でこんなこともできるの……よっと!!!!」
リゼラが指杖を「クンッ」と上に向ければ、履帯駆動ロボの身体がふわりと浮いてひっくり返る。
直後、砲口から吐き出された対人制圧用のとりもち弾が履帯駆動ロボの背後から続々と迫りつつあった警備ロボ軍団をベトベトに絡めとった。
「飛んでけ!」
続けてリゼラが指杖を正面に突き出すと、空中に浮いたままの履帯駆動ロボが急加速して通路の奥へブッ飛んでゆき、そのまま壁に激突して煙を噴いて動かなくなった。
とりもちに絡め取られて動けない警備ロボの横を素通りして通路を進み、エレベーターに乗り込む。
地下行きのボタンを連打している間にも敵の増援部隊が続々と駆け付け、俺たちを下に行かせまいと閉じかけていたエレベーターの扉に手をかける。
「邪魔すんな!」
アーシュラの前蹴りが警備ロボの顔面を蹴り飛ばし、エレベーターのドアが完全に閉じ、下に向かって動き出す。
ひとまずホッと一息つくと、リゼラが亜空間から取り出した白銀の剣を俺に押し付けた。
「何が出てくるか分からないし、折れた剣じゃ戦えないでしょ」
「……ありがとう。必ず返す」
受け取った白銀の剣を剣帯に括りつけると、チープな電子音と共にエレベーターの扉が開いた。
それと同時、外で待ち構えていたゴブリン兵の一斉射撃が俺たちを襲う。
しかし銃弾は俺たちの前に張られた透明な壁に触れるや、すべて反転。
行く手を阻んでいた一団を蹴散らしていく。
「くそっ! 誰だよ実弾なら楽勝とか言ったやつ! 全然だめじゃねぇか!」
「こちら第三区画! 敵に質量弾は効かん! ビームライフルでも持ってこい!」
「そんなもん使ったら欠片も残らず消し飛んじまうぞ!」
「出力を最低まで絞って照準を工夫すりゃ欠片くらいは残るだろ! あとは培養ポッドにぶち込めばどうとでも────」
「邪魔よ!!!!」
リゼラの砲弾が通路を塞いでいたメカゴブリンの一団を爆砕し、粉塵を突っ切ってさらに先へ。
なんか今ものすごく不穏なセリフが聞こえた気がするんだけど!?
「気をつけろ! なんかデカいのが来るぞ!」
新たな敵の接近に気付いたアーシュラが声を張り上げると、直後、通路の角からホイールの摩擦音を響かせ巨大な人型兵器が姿を現した。
うわ何あれカッコいい俺も乗りたい!
あったらいいなーとは思ってたけどやっぱりあったよ人型兵器!
なんてのんきに考えていられたのも束の間、敵のビームライフルがこちらに照準を合わせた。
「させるか!」
大きく前に突き出されたアーシュラの両腕から強力な電磁場が発生し、俺たちを包み込む。
直後、銃口から吐き出されたビームは電磁バリアによって逸らされ、拡散したビームが壁と天井を焼き切った。
熱ちちち!?
「今だッ!」
「分かってる!」
ビームの照射が途切れると同時、リゼラが放った砲弾が人型兵器に突き刺さる。
砲弾は巨人の胸部装甲を貫き、被弾部からみるみる石化した巨人は、そのままピクリとも動かなくなった。
「……あれ、爆発しない?」
「こんな巨大兵器、動力に何が使われてるか分からないでしょ。下手に爆発させて放射線でも出たら目も当てられないじゃない」
なるほど、確かに。
核動力でなくても、これだけ大型の機械を爆発させたら危険なガスとかも出るかもしれないもんな。
「乗ってみたかったな……」
「なにちょっとがっかりしてるのよ! 急ぐわよ!」
「あぁ、いい造形してるなぁ。これ作った人絶対ロボット好きだし理解ってる人だよ」
まず顔が良い。どんなに強くても顔がダサいと好きになれないからな。
この起動時にグポーンて光りそうな単眼がたまらん。写真撮りたい。
ほほぉ、なるほどなるほど。高速走行用のホイールは収納可能なんだな。ここはこういう構造になってるのか。参考になるなぁ。
指先は思ったより細いんだな。パイロットの技量次第で細かな作業もできそうだ。
うわっ、この背部バーニア外付けの拡張パーツなのか! なんて美しいフラクタル構造だ。
うーん素晴らしい……! ああ、時間さえあるなら無限に見ていられるのに!!!!
「おいヒロト、いい加減行くぞ!」
どこか呆れたようなアーシュラの呼び声に、はたと我に返る。
いっけね夢中になりすぎた。
ていうか巨大戦艦には興味津々だったくせに、なんでこっちには興味ないのさ。
ああもう、どうしてこの世界にはテレビも再生機器もないんだ! 父さんの部屋からブルーレイボックス全部持ってきて布教したい!
「もうちょっと! もうちょっとだけ!」
「こんな人の形してるだけの乗り物の何がいいんだよ。結局は戦争の道具じゃねぇか」
「そんなの戦争の道具として使ってる奴が悪いだけでロボットに罪はないだろ! 見てよこの洗練されたデザインと機能美! わっかんないかなぁ!」
「知るかよ」
「くそう!」
なんだよ、毛ほども興味ありませんみたいな顔しちゃってさ。
こうなったら意地でも一機持って帰ってやる!
敵の人型兵器を奪って脱出なんてド定番のシチュだし、ラルフ陛下に頼めば俺だけの専用機も夢じゃないはず。
空飛ぶ巨大戦艦なんてロマンの塊を作らせたあの人ならこの良さも分かってくれるに違いない!
土木工事に使ったりとか、巨大な魔物への対抗手段とか、そういう平和利用だってできるはずだ。
人型ロボ同士の興行試合とかやったら絶対盛り上がるだろ!
「分かった。分かったから。ヒロトの熱意は十分伝わったから、今は切り替えなさい」
なんて、リゼラにまで呆れ顔で言われてしまえば、多数決で引き下がるしかなかった。
確かにちょっと興奮しすぎてたかもしれない。
次々沸き上がる妄想と誘惑をどうにか振り払ってさらに先へ進むと、物資運搬用の大型昇降機の前へと辿り着いた。
「アリアはこの上よ」
全員で昇降機に乗り込み、リゼラが上へ向かうボタンを押そうとした、そのとき。
猛烈な悪寒が背筋を駆け抜けた。
────なんだ。この感じ。ゾクゾクする。
とにかく上はまずい。なんとなくそんな予感がする。
直感に突き動かされた俺は、リゼラの手を止めると迷わず下へ向かうボタンを押した。
「ちょっと!? アリアは上に────」
リゼラが抗議の声を上げかけたその時、基地全体を激しい揺れが襲った。
間髪入れず上層で爆発が起こり、紅蓮の炎が吹き抜けを駆け下りてくる。
すると俺たちの頭上を塞ぐように吹き抜けの左右から防火壁が次々とせり出してきて、炎はギリギリのところで完全に遮断された。
上に向かってたら丸焦げだったな。さっきの悪寒の正体はこれか。
「……まさか今の分かってたの?」
「なんとなく嫌な予感がして。────っ!」
ふと、アリアの方から俺に呼びかけがあった。
ハルトの時とは違って、彼女の方から今必要な情報だけを送ってくれたような感覚。
……そっか。わかった。そっちも気をつけて。
「今アリアと繋がった。後で必ず合流するから、今はこっちに構わず自動報復システムの破壊を優先しろって」
「どういうこと? あなた念話の異能なんて持ってなかったわよね?」
「念話じゃない。もっと深く理解るんだ。相手の本心とか、その人が辿ってきた歴史とか、色々」
「ホントどうしちまったんだよお前……。変なモンでも食ったか?」
この感覚を二人に説明するのはとても難しい。
俺がハルトで、ハルトが俺で。とにかく通じ合った相手のすべてが一瞬の内に自分の魂にも刻まれるのだ。
口で言うより実際に体感してもらった方が早いかな。
「な、なによ。人の顔ジロジロ見て」
「あ、いや、ごめん。ちょっとした実験だよ。伝わってないならいいんだ」
「???」
試しにリゼラの目をじっと見つめてみたが、さっきのようにはならなかった。
なんなんだろう。何か条件でもあるのか。
今までもそうだった。
ペンダントの青い石が強い輝きを放つとき、俺は他人の過去を垣間見て、それを自分のことのように感じ取っている。
もしかしたら、俺の能力とこの石は何か密接な関係にあるのかもしれない。
意識を下へ向ければ、ザラザラした感覚がどんどん強くなっていく。
この先に何かいる。……そうか、ドラジス! 自動報復システムの本体を守ってるんだ。
「宇宙空間の高濃度魔素が脳に影響を及ぼしたのかしら……。でもそれだと私とアーシュラに変化が見られないのはなぜ……? ヒロトが異世界人だから? それとも冥界に落ちたせい?」
顎に手を当て、うつむき加減にブツブツと呟いていたリゼラが、ややあってから顔を上げる。
「なんであれ、あとで一度しっかり検査するべきね」
「別にどこも悪くないんだけど」
「自覚症状がないだけかもしれないでしょ。突然そんな力に目覚めて怖くないの?」
「それは、まあ……」
この能力自体は悪い変化ではないと思うけど、リゼラの言うとおり自覚症状が無いだけかもしれないし、脳に腫瘍とかあったら嫌だもんな。
「決まりね。アーシュラもよ」
「げっ!? オレもかよ!」
「当たり前でしょう。魔素だけじゃなくて宇宙線の影響だってあるんだから。大丈夫よ、魔法で検査するだけだし痛いことはしないわ」
「ホントだな? 注射は勘弁だぞ」
「なにアーシュラ、注射怖いの? 意外と子供ね」
「こ、怖くねぇし! 注射くらい余裕だ、余裕!」
などと口では強がっているが、内股になって尻尾を抱え込んでいる時点で説得力は皆無だ。
やっぱり怖いんじゃん。
「そう。なら後でハルトの言ってた中和薬、注射でたーっぷり打ってあげる。筋肉注射だからめちゃくちゃ痛いけど大人のアーシュラなら余裕よね」
「くぅん……」
あーあ、とうとう耳まで伏せちゃったよ。
こんなときにいじめてやるなよ、かわいそうに。
「冗談よ。飲み薬を注射するわけないじゃない」
「テメッ!? からかったな!」
「和まそうと思ったのよ」
「笑えねぇんだよ!」
まさかアーシュラにこんな弱点があるなんて意外だった。
結構子供っぽいところあるよな彼女。それとも幼くなった身体につられて精神年齢も退行してるのかな。
「なにニヤニヤしてんだ! 忘れろ!」
「痛ったぁ!?」
割と本気の肩パンを食らってしまったが、おかげで程よく肩の力も抜けた。
やがて吹き抜けの底に到達した昇降機がふわりと止まる。
俺たちの行く手を立ち塞ぐのは巨大な扉。
ぱっと見、開閉装置のようなものは見当たらない。外から開ける手段は無さそうだ。
「やけに頑丈そうな扉ね」
扉を見上げ、どこか呆れた様子でリゼラが口を開く。
確かにこんなに分厚いと、中に大事なモノがありますって自分で言いふらしてるようなものだよな。
「この奥に自動報復システムの本体があって、ドラジスもそこにいる」
「もう一度確認するけど、本当に行くのね?」
「分かってる。これが俺たちの本来の目的じゃないことは。それでも友達に……ハルトに任されたから。アリアもそれを望んでる」
「分かった。なら力を貸すわ」
リゼラが杖を掲げると淡いオレンジの光が俺たちを包み、身体の底から力が漲った。ステータス強化魔法だ。
「正直、さっきからお前が何言ってっかサッパリだけどよ。あの鎧野郎を放置したらまずいってことだけは分かるぜ」
「ドラジスの目的はエルフを滅ぼすことだ。でも、アイツの怒りがそれで収まるわけがない。ここで止めなきゃ、きっと世界中が炎に包まれることになる」
「なら、何が何でも止めねぇとな!」
稲妻を帯びた拳をバチンと打ち鳴らし、アーシュラがニッと八重歯を見せた。
巻き込んでごめん。だけど二人がいてくれれば千人力だ。
白銀の剣を正眼に構え、軽く瞑目する。
振り返るのはここまでの旅路。
俺がエルフェリアで出会った人々はみんな普通の人ばかりで、そこには彼らの暮らしがあった。
それはきっと俺がこの世界に呼ばれた時点で失ったもので、だからこそ、それが当たり前じゃなかったのだとよく分かる。
誰にも奪わせちゃいけない。師匠もきっと同じことを言うはずだ。
構えた刃を一息に振り抜く。
固く閉ざされた扉に幾筋も光が走り、扉は音を立てガラガラと崩れ落ちた。
扉の奥にはドーム球場ほどの空間が広がっていて、向こう正面にある巨大な円形の機械が俺たちをギロリと睨み返してくる。
それはまるで巨大な眼球のようだった。
無数のパイプや配線が床や壁を覆い尽くしており、それらはすべて正面の球体へと繋がっている。
あれが自動報復システムの本体か。
「────ほう、ちょっと見ねぇ間にまるで別人じゃねぇか」
そんなどこか生物めいたグロテスクさを醸し出す巨大な機械の手前にドラジスは立っていた。
ハルトとの戦闘で失われたのか、右半身が肩から胸にかけてごっそり消滅している。
「もう一度聞いてやる。お前が俺に刃を向ける理由はなんだ。この戦争はお前には関係ねぇだろう」
「じゃあどうしてあの時、俺に過去なんて見せたんだ」
俺の問いにドラジスは一瞬口を開きかけ、そのままフリーズしたように動かなくなる。
やっぱりそうなのか。
今のドラジスを突き動かしているものと、彼の本心は別にある。
「本当は誰かに終わらせて欲しかったんじゃないのか!? その終わりのない憎しみの連鎖を!」
「ガ……ガガ……ギ……!」
ドラジスが後ずさりながらも、ぎこちなく首を横に振る。
だがそれも一瞬のこと。
操り人形のようにピタリと動きを止めたドラジスの両目に邪悪な光が灯り、憎しみの化身が再起動する。
「終わらせる。そうだ。俺様が終わらせる。エルフどもは絶滅させる。この憎しみの連鎖を止める方法はそれしかない」
「違う!」
それだけは、絶対に。
俺の心からの叫びが空気を振るわせ、ほんの一瞬、魔王の動きを止めた。
「……確かに、彼らのしたことは間違ってたと思うし、許されることでもないよ」
「そう思うならそこをどけ」
「じゃあどうしてお前は六〇〇年前の戦争を、お前自身の罪を俺に見せなかった!? 答えろッ!!!!」
俺の問いにドラジスは何も答えない。
ドラジスが俺に見せた記憶は不完全なものだった。
そこには、あたかも自分が被害者であるかのように見せ、俺の同情を誘う明確な意図が含まれていた。
「お前だって、本当はこんなことに意味なんて無いって気づいてるんじゃないのか!?」
「……黙れ」
「自分のしたことを本当に正しいと思っているなら、お前は俺に六〇〇年前のことを誇ったはずだろう!?」
「黙れッ!!!!」
何故ドラジスは俺に過去の罪を隠そうとしたのか。
そこにはきっと、自動報復システムの意思や先祖代々受け継いできた憎しみとは別の、ドラジス本人の願いがあったはずだ。
「お前の怒りも憎しみも、今なら分かる。でも、だからって今を生きる人々を虐殺していい理由にはならない! 人々の平和な暮らしを破壊する権利なんて誰にもありはしないんだ!」
「なら俺たちは祖先の怨念を抱えたまま、あの臭い穴倉の中で惨めに過ごせばよかったとでも!? ふざけるな!!!!」
「違う! 今この時を見ろと言ってるんだ! そうやって大きな括りの中にいる相手をすべて悪だと、敵だとみなすから、憎しみが無くならないんじゃないか!!!!」
やられた歴史は都合のいい免罪符だ。
かつて自分たちを攻撃してきた国家や民族、それらに属する人々をすべて悪へ変えてしまう。
エルフたちが最後にしたことは決して許されないことだし、生まれた時からあんなものを背負わされたドラジスが彼らを憎まずにはいられなかった気持ちも理解できる。
それでも、だからといって、その報われない気持ちを加害者側の子孫に押し付けて皆殺しにしてしまうのが正しいなんてことは絶対にない。
それを肯定してしまったら、人類は最後の一人になるまで殺し合うしかなくなってしまう。
「綺麗事ばかりホザきやがって……ッ」
「ああそうさ。結局俺はどこまで行っても部外者だ。けど、だからこそお前は憎しみの外側にいた俺に過去を見せたんじゃないのか!?」
ドラジスはやはり何も答えない。
魔帝国が短期間の内にあそこまで発展できたのも、エルフ憎し、人類殺すべしで彼らの気持ちが統一されていたからだ。
あれだけの科学力があったなら自分たちを豊かにすればよかったなんて、そんなものは歴史の教科書を眺めて知った気になった外野の身勝手な言い分でしかない。
彼らはお互いに相手を憎む理由があって、時代や環境に翻弄され、行き着くところまで争い続けてしまった。
そのことはもう覆しようがない。過去は過去だ。
だけど、今へと続くその憎しみの連鎖が、あの悍ましい機械を生み出し、世界に再び不幸を振り撒こうというのなら。
そんなものは俺がここで破壊する!
「……話は終わりだ。俺様の邪魔をするなら、お前も敵だ」
自動報復システムの本体を守るようにバリアが展開され、赤い燐光が空間を満たしていく。
魔王の放つ威圧感に空気がビリビリと震え、嫌な汗が全身からドッと噴き出た。
構え直した剣に刃こぼれは無い。
……どうか力を貸してください、師匠!
「俺はもう、迷わないッ!!!!」




