0064 VS豪鬼魔王ドラジス(sideハルト)
最終兵器の発射タイマーは少々巻き戻り、大翔たちが広場を脱出した直後。
高速戦闘の最中、大翔が敵の包囲を突破したことを気配で察知したハルトは、僅かに滲み出た安堵をすぐさま冷徹の仮面の下に隠した。
「……これでお望み通り一対一。ここからは本気で相手してやる」
「ハッ! オトモダチが邪魔で今まで本気じゃありませんでしたってか? 随分と情けねぇ辞世の句だな!」
直後、機械鎧の駆動部から赤い燐光を炎のように吐き出し、ドラジスが猛獣のように飛びかかってきた。
目にも留まらぬ超高速連打がハルトを襲う。
それらは一打一打が山さえも吹き飛ばす威力を秘めた必殺の拳。
しかしハルトは軽やかなナイフ捌きで魔王の拳をすべて受け切り、反撃に一太刀浴びせ返した。
「当たるかよ!」
ハルトの反撃を見切り、ドラジスが後ろへ大きく跳び退く。
すると、直後。
「……あぁ?」
魔王の右角が斜めにズレ落ち、床に転がった。
精霊魔法。
不可視の風の刃で刃渡りを伸ばし、魔王の目測を見誤らせたのだ。
「チィ……ッ! 調子が上がったのは本当みてぇだな!」
舌打ち一つ、機械の瞳にギラリと憤怒の光が宿る。
装甲がスライドし、内側に格納されていた爪が、刃が、砲身が、機械鎧の武装たちが次々と展開されていく。
赤い燐光を燃え盛るオーラのように纏わせ、魔王の巨躯が中空へふわりと浮かび上がる。
機械の翼を広げたそのシルエットは、まるで悪魔のようだった。
「……中途半端はもうやめだ。今ここで、今度こそ、お前を終わらせるッ!」
ハルトがナイフの腹を指でなぞると、刃が白い輝きを放つ。
煌めく白刃を逆手に構え、ハルトが腰を低く落とす。
すると彼の背に風の翼が生え、周囲の大気が轟々と渦を巻いた。
刹那、白と赤、二つの光が衝突した。
それぞれ光の尾を引きながら超高速で何度もぶつかり合い、その度に部屋の壁にノイズが走る。
「テメェさえ殺せば、俺は! 俺たちはぁ────ッ!!!!」
「もうよせ! 終わったんだ! 何もかも!」
鍔迫り合いの間合いで睨み合う二人。
だがどれだけ物理的に距離を詰めようと、互いの心と心、そこに生じた断崖は決して埋まらない。
「終わらせたんだ……ッ。今更墓の下から出てくるな!」
両者とも、あまりにも多くのモノを失いすぎた。
思わず口をついた恨み言に引っ張られ、ハルトの脳裏に遠い過去の記憶が蘇る。
◇
──回想 とあるエルフの大英雄の記憶──
魔王ドラジスが生まれるより遥か昔。
血に刻まれた憎しみの声に従い、すべての元凶たるエルフを滅ぼそうと立ち上がった者がいた。
原初の魔王。
後の歴史書にそう記されることとなる彼の怒りは、瞬く間に大地を覆い尽くし、世界に大いなる破壊と災厄をばら撒いた。
時にして今より三万年前のことである。
第一次人魔大戦とでも言うべきその戦いで、原初の魔王は不老不死のエルフを殺すため、強力な呪毒を森に撒いた。
呪毒は瞬く間に森を枯らし、不老不死であるはずのエルフたちを激しい苦痛の後に死へと至らしめた。
だが、あるエルフの少女が発動させた大魔法により、森に広まった毒は浄化され、エルフはギリギリのところで絶滅の危機を免れる────。
『生き残ったのはこれだけか』
世界樹の根元に集まった各氏族の生き残りを見渡し、カシウスが表情を険しくする。
ざっと三〇〇人前後。
誰も彼もひどくやつれて、疲れ果てていた。
彼らは皆、住み慣れた里を追われて命からがらここまで逃げ延びてきた者たちばかりだった。
『……お前を親友と見込んで頼みがある』
人々の方を向いたまま、カシウスが静かに口を開いた。
その瞳に宿った凄絶な光を見れば、彼が何を言おうとしているかは聞かずとも分かった。
『……ダメだ! 君を行かせたらエイミーの想いを踏みにじることになる! それだけは……!』
『ならば俺の手足を撃ち抜いてみせろ!』
『っ!』
あれほど怒った親友を見たのは、後にも先にもこれっきりだった。
それは事あるごとに思い出す、人生最大の後悔。
────このとき、カシウスの言う通り、彼の手足を撃ち抜いてでも止めていれば、その後の歴史も変わったのだろうか。
『奴らを森から追い出したのはお前の祖父だろう!? 俺たちが生まれるより何万年も前のことの責任を、どうして俺たちが背負わねばならない!? エイミーが奴らに何をしたと言うんだ!』
ハルトの胸倉を掴み、カシウスが何故と問いかける。
その手は怒りと悲しみに震えていた。
『……俺の子は、二度と母の腕に抱かれることは叶わなくなったのだぞ。俺も、お前も……ッ、もうエイミーと笑い合うことさえ、できなくなってしまった……ッ』
『……っ』
『……息子を頼む』
胸倉を掴んでいた手を離し、カシウスはそのまま振り返ることなく森を出ていった。
去り行くカシウスを、ハルトはただ黙って見ていることしかできなかった。
◇
──円盤型宇宙船 内部──
(……あのときカシウスを本気で止めていれば、あるいは違う未来もあったのかもしれない)
それでも、ハルトは止めることができなかった。
当時カシウスとエイミーは結婚して間もなく、生まれたばかりの赤ん坊もいた。
幼子から母親を、親友から妻を、何より自分から妹を奪った魔王を、ハルトも心の奥底で激しく憎んでいた。
だから止められなかったし、止めようともしなかった。
「ハハハッ! 伝わってくるぜ、テメェの憎しみが! 俺が憎いか!? そうだ、もっと憎め! テメェの醜い本性を曝け出してみろ!!!!」
「他人を貶めて報われない自分を慰めるのはもう止せ!」
煌めく白刃と、赤い燐光を纏った機械の鉤爪。
暴力でしか語り合えぬ獣たちの爪と牙が空中で幾度となくぶつかり合い、ギリギリと音を立て激しく鍔迫り合う。
「どの道、エルフどもは放っておいても滅びる運命だろうが! だったら自滅する前にキッチリ過去の責任取って、俺様に滅ぼされるのが筋ってもんだろうがッ!」
「ふざけるな!!!! 罪もない子供たちをお前の復讐心を満たすためだけに殺させてたまるか!」
「────っ。ああ、そうか。そういうことか! ようやく分かったぜ! ふざけやがって!!!!」
機械の身体で何を読み取ったのか、ドラジスの怒りが一層燃え上がる。
鉤爪がハルトのナイフを弾き上げ、がら空きの胴に加速の乗った蹴りが叩き込まれた。
ハルトの身体がくの字に折れ曲がり、吹き飛ぶ。
直後、ドラジスの背部ハッチが開き、発射された極音速ミサイルがハルトを地獄の猟犬のごとく追尾し────爆発!
爆炎が突風に掻き散らされる。
やはり無傷。おそるべき上古エルフの頑丈さに、ドラジスは苛立たしげに舌打ちした。
「テメェのそういう無自覚な見下しが一番気に食わねぇんだよ! 神にでもなったつもりかテメェは! あぁッ!?」
「……ッ」
返す言葉が出てこず、ハルトは奥歯を食いしばり悔恨の念を飲み込んだ。
エイミーの献身により絶滅こそ免れたものの、その血は呪われ、エルフの最大寿命は世代を重ねるごとに今も短くなり続けている。
あらゆる呪いに効くと言われる世界樹の雫でも、この呪いだけはどうあっても解くことができなかった。
ハルトはそれがエイミーの意思であると理解していた。
呪いが完全に解かれれば、エルフは再び不老不死の力を取り戻すだろう。
しかし精神的に未熟なエルフたちに力を戻したところで、再び同じ過ちを繰り返すだけだ。
過ぎた力が身を滅ぼすのは人もエルフも同じ。
エルフ族が精神的に成熟し、魔族との和解を成すまで、おそらくエイミーが呪いを解くことはない。
「ハッ! 哀れだなァ! 妹から押し付けられた願いは、もうどうやっても叶わねぇんだからよォ!」
「黙れ!」
最も触れられたくない部分に触れられ、ハルトがドラジスに斬りかかる。
「しかもその願いの糸を断ち切ったのは他でもねぇ、テメェの言う『罪のない子供たち』だ!」
「あれが正常な判断で下された決断だったとでも!? ……お前がッ! お前たちが彼らをあそこまで追い詰めていなければッ!」
「勇者にまんまと乗せられて森からノコノコ出てきやがったのはどこのどいつだよ! そんなにあのカスどもが大事だったなら、テメェは一生森に引きこもってりゃよかったんだ!!!!」
機械の爪が煌めく白刃を押しのける。
軽やかな身のこなしで体勢を立て直し、ハルトが弓を構える。
するとドラジスも両手を獣の顎のように重ね合わせて前へと突き出し、エネルギーの発射体勢へ移った。
二人の衝突により、すでに天井の大半は吹き飛び、オゾンの風が両者の横顔を轟々と撫でる。
「……ああそうさ。あのとき、森を出てしまったこと。それが僕の罪だ」
六〇〇年前。
勇者マサヨシに誘われ森を出たハルトは、仲間たちとの旅の果てに魔王ドラジスを討ち倒し、世界を救った。
あの勝利は、あの場にいた誰が欠けていようとも成し得なかった奇跡のような勝利だった。
あそこでドラジスを倒せていなければ、人類はドラジスの怒りに焼き尽くされていただろう。
それはハルト自身も、その場にいた当事者の一人として誰よりも理解している。
それでも、だとしても、だ。
あのとき自分が森を出ず、国の防衛にのみ尽力していれば────。
あるいはエルフたちに最終兵器の使用を決断させずに済んだのではないか。
自ら滅びの道を確定させてしまわずに済んだのではないか。
そんなあり得たかもしれないもう一つの未来を眺めて、後悔せずにはいられないのだ。
人魔大戦に人類側が勝利してしまったがために、エルフは魔族との和解の未来を完全に失ってしまったのだから。
「……だからこそ、この罪は未来永劫、僕が一人で背負う。そう決めた! 子供たちが穏やかに滅びを迎えられるようにしてやること。それがすべてを知る僕が成すべき責任だ!」
両者の殺気が空間を歪ませ、張り詰めていた緊張の糸が、ついに────弾けた。
「ひかりよつどへ やつらぬけ」
ハルトが言の葉を紡いで精霊たちの力を束ねていく。
直視することさえ困難なほどの光を弓に番え、千切れんばかりに弦を引き絞る。
「きえろ きえろ きえろ おまえなんかきえてしまえ われらのいたみ おもいしれ」
魔族語で唱えられた起動文に反応し、獣の顎のように重ね合わせたドラジスの掌中で青い光が煌々と輝きを放つ。
それは空気中を進む光よりも速く加速した荷電粒子が放つ科学の極光。
「精霊極光!!!!」
「超荷電粒子砲!!!!」
両者の手元から解き放たれたエネルギーが激突。
すべてが白く塗りつぶされていく。
精霊極光。
それはハルトの最大火力にして、最後の切り札。
周囲に存在する光子を大精霊の力で束ねて矢として撃ち放つ究極奥義であり、光子の収集範囲は一光年にも及ぶ。
最大威力で放てば約八分の間、世界は闇に包まれ、その後一年にわたって夜空から星の光が消えることとなる。
それほどの莫大なエネルギー投射を受けて無事でいられる生命体など、この世に存在しない。
無論、全力を出せば大翔たちを巻き添えにしてしまうため、今回は収集半径を一〇〇〇キロメートルに設定したが、果たして。
(どうかこれで終わってくれ)
白く塗りつぶされていた視界が色を取り戻していく。
辺りを見渡せば、宇宙船の屋根は完全に消し飛び、あちこちから激しく出火していた。
「クククク……! ハハハハッ、ハーッハッハッハァ!!!! 残念、時間切れだ!」
直後、揺らめく紅蓮のカーテンが振り払われ────絶望が姿を現した。
右半身を失ったドラジスが復讐の愉悦に高笑いする。
威力を抑えすぎたとハルトが後悔したときには、すでに時間切れだった。
「その目に焼き付けろ! 緑の大地が消滅する瞬間をッ!!!!」
「そんな!?」
宇宙船の自動修復機能により復旧した床面のモニターパネルが、地上の様子を無慈悲にもハルトの前に映し出す。
だが────。
バ カ が 見 る オ ー ク の ケ ツ
「「は…………?」」
爆発はあった。
ただし爆発は爆発でも、命を奪う破壊の炎ではない。
それは空を鮮やかに彩る花火だった。
いつの間にかミサイルの弾頭がすり替えられていたらしい。
しかもここから見下ろせば花火が下品な煽り文句に見えるというオマケつきで。
「……ぷっ! はは……っ ヒロトたちがやってくれたんだ」
眼下の空を彩る花火の理由に思い至り、ハルトは穴の開いた天井を仰いで力なく笑った。
六〇〇年がかりの復讐の炎を、よりにもよってあんな煽り文句に変えてしまうとは。
(────まったく、君ってやつは)
かつて共に旅をした仲間、大魔法使いディルレア・エルデンバーグ。
その面影を色濃く残した少女の機転に、ハルトは運命めいたものを感じた。
一方ドラジスはと言えば、唖然としたまま固まっていた。
二射目が無いことを見る限り、おそらくあのミサイルは虎の子の一発だったのだろう。
だが動きを止めていたのはほんの一瞬のこと。
ギンッ、と機械の両目が赤く輝き、ドラジスが再起動する。
「……そうか。お前らは流血と苦痛にまみれた殲滅戦を望むんだな」
「もうよせドラジス!」
「……俺はもうシステムに組み込まれちまった。歯車は自分の意思で止まれねぇ」
ここへきて初めて憎しみ以外の感情を垣間見せたドラジスに、ハルトは「やはり」と確信を強める。
ドラジスはもともと、やると言ったことはどんな手を使ってでも確実にやり遂げようとするタイプの男だ。
そんな彼本来の気質を考えるなら、最終兵器の発射を阻止するチャンスを敵に与えるような真似はしないはずである。
だが今の一言で得心がいった。
自動報復システムの意思と、ドラジスの意思は同一ではない。
「ミサイルの発射を止めたところで、エルフの絶滅は確定事項だ。せめてもの慈悲を足蹴にしたことを後悔しろ」
しかし一瞬だけ垣間見えたドラジスの心は、すぐさまシステムによってプログラムされた憎しみに塗りつぶされてしまう。
こうなっては最早、彼を止める術は自動報復システムを破壊する他にない。
「全軍出撃せよ! 地上に蔓延る全ての害虫どもを一匹残らず殺し尽くせ!」
ドラジスが出撃命令を送ると、月の裏側に建設された魔帝国の基地から空飛ぶ円盤が次々と飛び立ち、緑の大地へ向けて進軍を開始した。
宇宙の暗黒が瞬く間に銀の輝きで覆われ、埋め尽くされていく。
月の裏側から溢れ出してくる銀色の大艦隊を視認したハルトは、圧倒的な数の暴力を前に言葉を失った。
「たった今、軍団の総指揮権は自動報復システムの本体へ移った。もう俺を破壊しても無駄だ。圧倒的な数の暴力で地上が滅びゆく様をそこで眺めていやがれ! ハハハハハッ!」
「ま、待て! ────がふっ!?」
赤い燐光の尾を引いて飛び去っていくドラジスにハルトが手を伸ばした瞬間、胃の奥からどす黒い血が溢れ出す。
不老不死とは、老いて死なず、という意味だ。
つまり肉体の再生力を超える外傷を負うなどすれば死に至る。
とはいえ上古エルフの生命力は地上のあらゆる種族と比較してもケタ外れであり、肉体の大半が消し飛んだとしても、欠片さえ残っていれば元通りに再生してしまう。
さらには生来の魔力の高さゆえに魔法攻撃も殆ど効果が無く、精霊から加護を得ている者なら物理的な殺害は殆ど不可能に近い。
だがその不死性を実現している再生力そのものが失われてしまえば話は別だ。
精霊極光はその絶大な破壊力の反面、使えば精霊は力を弱めてしまい、加護の効果も大きく弱まる。
二人の攻撃の衝突により発生した大量の放射線は、大精霊たちの加護を貫通し、ハルトの命を蝕み始めていた。
「あれは……?」
飛び去ったドラジスを追うように、一隻の輸送船が円盤から発艦していく。
不審に思ったハルトが輸送船へ意識を集中させる。
異能スキル『千里眼』で輸送船内部を透視すると、結晶に閉じ込められたアリアが機械に繋がれているのが見えた。
「っ!? 奴らめ、彼女を捕えて何をするつもりだ」
魔帝国がアリアを欲しがる理由は気になったが、今は迫り来る円盤の大艦隊をどうにかしなければ。
あれだけの数で攻め込まれたら、地上は終わりだ。
なんとしても、ここですべて撃ち落とさねばならない。
「来るなら来い! お前たちの相手は僕だ!」
自らの命の終わりを悟ったハルトは、その身に風を纏うと、宇宙の闇へと飛び出した。
どうか恨むなら僕だけを恨めと、祈りにも似た感情を敵に抱きながら────。




