0062 呪い
一瞬だった。
赤い燐光が弾けたかと思えば、ハルトの身体が壁に激しく叩きつけられていた。
前に突き出されたドラジスの籠手がガシャンと開き、白いスチームが猛獣の吐息のようにぶしゅうと吐き出される。
ドラジスの背後、一直線に尾を引く赤い燐光が魔王の超スピードを物語っていた。
「ハハハハッ! 六〇〇年で弱くなったんじゃねぇのか!?」
「ハルトッ!!!!」
「がふっ……!? ぐっ……! 大丈夫……っ! 君たちは自分の身を守ることだけ考えろ! 奴は強いぞ!」
こちらには目もくれず、ハルトが口元の血を拭ってヨロヨロと立ち上がる。
俺たちも武器を構えて距離を取ると、ドラジスは面倒くさそうな気配を滲ませて舌打ちした。
「チッ……。雑魚のくせにウロチョロと目障りな。手加減する身にもなれってんだ」
なにやらぶつくさ言いつつ、ドラジスが俺に向かって手をかざす。
すると床の一部に穴が開いて、そこから一体の人型ロボットがせり上がってきた。
阿修羅のような六本腕で、それぞれの腕には機関銃や剣など多彩な武器が搭載されている。
「テメェらはそいつと遊んでな!!!!」
ロボットの赤い単眼がギラリと凶暴な光を放つ。
────来るっ!!!!
一瞬で懐に飛び込んできたロボットの剣を剣で受け、どうにか外へ受け流す。
虚空瞬在で背後を取り、銃を搭載した腕を狙って、一閃。
しかし盾を装備した腕で俺の剣は受け流され、トゲ付きの鉄球で殴り返される。
幽歩でゆらりと後ろへ下がり、鉄球の一撃を紙一重で躱す。
それと同時、アーシュラがロボットへ鉄針を投げ放つ。
盾で鉄針を防いだロボットは、リゼラに狙いを定めて機関銃をぶっぱなす。
激しい銃声と共に吐き出された銃弾は、リゼラの正面に張られた薄い膜に触れるとロボットに跳ね返った。
ロボットが盾を構えて銃弾を防御すると、床にゴム弾がバラバラと散乱する。
よく見れば剣も刃が潰れてるし、トゲ付きの鉄球のように見えたのもゴム製のバルーンだった。
どういうつもりだ? 殺す気が無いのか?
「チッ! 装甲が固ぇ! だったら!」
アーシュラが両足を肩幅に開き、眉間にぐっと力を籠める。
すると彼女の前髪から紫電が迸り、さっきの投擲でロボットの盾に突き刺さった鉄針に向かって雷撃が流れ込んだ。
そうか、避雷針!
鉄針へと流れ込んだ電流がロボットの全身を駆け巡る。
だがロボットは電流を喰らっても平然とした様子で、アーシュラにボウガンの矢を放った。
「おわっ!?」
アーシュラがエビ反りになって間一髪矢を躱すと、電流が途切れた。
「そこっ!!!!」
そこへリゼラの砲撃が放たれるが、赤い単眼から発射されたレーザーで砲弾は撃ち落とされ、空中で大爆発を起こす。
くそっ、敵の手数が多すぎる!
ロボットのくせに電流も効かないみたいだし、どうすれば!?
「ヒロトは奴の隙を作れ! リゼラは支援頼む!」
「分かったわ!」
「了解!」
アーシュラが指示を飛ばした直後、全身に力がみなぎる。
リゼラの強化魔法だ。
ロボットの銃口が俺に向く。
銃声が響くと同時、ロボットの背後へ飛んで銃弾を回避しつつ剣を叩き込む。
が、やはりロボットは俺の動きを予測して背中側を盾でガードしてきた。
関係あるか! 今度は盾ごとぶった斬ってやるッ!
────斬ッ!!!!────
リゼラの魔法で威力を底上げされた俺の一撃は、ロボットの盾を唐竹割りに斬り裂いた。
さらに返す刀で銃を装備した腕を切り落とそうとしたが、直前で剣を間に挟み込まれ、刃筋を逸らされた俺の刃が虚しく空を切る。
正面から受けると力業で突破されるとすぐに学習したか。
随分と高度な人工知能を積んでるらしい。
「これでも食らいやがれ!」
幽歩を使って敵の攻撃を紙一重で躱し続けていると、ロボットの頭上に小さな壺が投げ込まれた。
ロボットが剣で壺を叩き割ると、中に入っていた黒い砂が辺りにばら撒かれる。
「へっ、引っかかったな。これで終いだ!」
アーシュラがロボットに向けた右手を強く握りしめる。
すると磁力を帯びた砂がロボットの全身にべったりと張り付き、関節を固めて動きを止めた。
あの黒い砂……砂鉄か!
「今だリゼラ、やっちまえ!」
「いっけぇぇぇっ!!!!」
俺が飛び退いた直後、リゼラの砲撃がロボットに突き刺さる。
流石の戦闘マシーンも内側からの爆発には耐えられず、金属片を撒き散らして爆散した。
ようやく余裕ができてハルトの方へ目を向けると、そこでは異次元の戦いが繰り広げられていた。
目で追いきれないほどの速度で白い光と赤い光が幾度もぶつかり合い、その度に甲高い金属音が鳴り響く。
「どうしたァ! そんなもんかよ!」
赤い燐光を噴出させ、ドラジスがさらに加速する。
ドラジスの回し蹴りを脇腹に喰らい、ハルトの身体がくの字に折れ曲がって弾丸のようにブッ飛んでいく。
空中でそれに追いついたドラジスがさらに追撃を加え、ハルトの身体がスーパーボールみたく跳ね回る。
天井高く跳ね上がったハルトの腹にドラジスのアームハンマーが振り下ろされ、轟音と共に床へ叩きつけられた。
「がはっ!?」
「ハハハハッ! 無様だなァ! そろそろ本気出せよ!」
「ぐっ……! がふっ!?」
ドラジスがハルトの胸を踏みつけ、まるで甚振るようにじわじわと力を込めていく。
ミシミシと骨が圧し折れる嫌な音が響き、苦悶の声と共に零れ出た血がハルトの顔を赤黒く染めた。
「────ッ!!!!」
考える前に身体が動いていた。
ドラジスの背後に飛び、怒りに任せて刃を振るう。
「っ!?」
────が、ドラジスはこちらを見向きもせず、俺の刃を指先で抓んで止めてみせた。
全体重を乗せて押し込んでいるのに、刃はまるで岩に突き刺さったかのようにビクともしない。
「何も知らねぇガキが。……いや、ガキだからこそか」
一瞬、俺をギロリと睨んだかと思えば、ドラジスはわけの分からない独り言をブツブツと口にし、ややあってから機械の瞳に邪悪な光を宿らせる。
「……ああ、そうだ。いいこと思いついたぜ」
鬼の仮面に表情など無いはずなのに、俺にはなんとなくドラジスが嗤っているように思えた。
「お前にも見せてやる。本当の怒りと憎しみを」
「やめろドラジス! ヒロトは関係ない!」
ドラジスに踏みつけにされたままのハルトが血相を変えて声を張り上げる。
ハルトがこんなに怒るだなんて。……嫌な予感がする。
「さぁ、歴史の授業の時間だぜ!」
「っ!?」
ドラジスの人差し指が俺の額に触れると、目の奥で光が弾け、膨大な量の記憶と感情が頭の中に流れ込んできた。
△
──遠い血の記憶──
目の奥で弾けた光が次第に像を結んでいく。
まず感じたのは、緑の匂いと木々のざわめき。
心地よいニオイと音に否応なく郷愁を掻き立てられる。
次に見えたのは、巨木の上に建てられた鳥の巣箱のような家々と、どこまでも透き通るような空気の色合い。
何もかも懐かしい。
そうだ。ここの空気はこんなにも澄み渡っていた。
ホコリ臭くもなければ、カビ臭くもない。ましてや血のニオイなんてするはずもない。
湿った土と、緑の匂い。
私が生まれて育った、故郷のニオイ。
────これは記憶だ。
遥か遠い昔の、名前も知らない誰かの記憶。
俺は今、そんな誰かの目を借りて彼の記憶を覗いている。
『どうしても気持ちは変わらぬと申すのだな』
森の中にぽっかりと開いた天然の広場で、和服の青年エルフが『私』に最後の問いを投げかける。
目の前の彼はこの一帯を治める王で、『私』の兄にあたる人だった。
『何度言われようとも私の気持ちは変わらない! 私は彼女と共に添い遂げる! そう決めたのだ!』
怯えた様子の人族の女性を背に庇いつつ、『私』はこの場に集まった全員に聞こえるように朗々と言い放つ。
周囲を見渡せば、異種族と寄り添い生きることを選んだエルフたちがパートナーと共に縄をかけられ、『私』たち同様に膝を付かされていた。
縄をかけられた『私』たちを囲む観衆の視線はひどく冷たい。
その中には『私』の父と母の顔もあった。
『王よ! この者らはすぐに石へ変えてしまいましょう! 汚らわしい下等種と交わった者共が神聖なる森の空気を吸うことなど到底許されませぬ!』
兄王の隣に立つ大臣が声を荒げてまくし立てる。
エルフの国に死刑は無い。
不老不死のエルフを物理的な方法で殺すのは手間がかかり過ぎるからだ。
だからこの国では、石化の魔法をかけられ海の底に投げ捨てられるのが最も重い罰となる。
肉体と霊魂の天秤が霊魂の側に傾いているエルフは、身体が石になっても意識を失うことができない。
狂うこともできず、動くこともできず、永劫の時を暗い海の底で過ごすことになる。
ある意味死よりも恐ろしい刑罰だ。
『愛する者と添い遂げようとすることの、どこが罪だと言うのだ! そうやって他の種族を見下す高慢な姿勢こそが我らに滅びをもたらすと何故理解しない!? 兄上! 今こそ我らは不老不死の力を精霊へお返しするときなのです!』
『ええい黙れ! 王よ! ご決断を! 我らの血が他の種族へ受け継がれれば世の理を乱すことになります!』
広場に集まった観衆たちからも大臣に同意する声が続々と上がった。
そんな彼らの声を意識の外へ追いやるように、兄王は俯き、しばし熟考する。
やがてゆっくりと顔を上げた兄王は、悩みや迷いとは無縁の、場違いなほどスッキリとした顔をしていた。
『私』の目には、まるで兄が自ら考えることを放棄してしまったかのように映った。
いつもの思慮深い兄からは想像もつかないその顔に『私』は強い違和感を覚えた。
『この者たちに呪いをかけ、森から追放する』
『聞いたな!? すぐに儀式の準備をしろ! 王の情けにせいぜい感謝することだな!』
『兄上!? お考え直しください! 我らに森を出てゆけと申されるのか!?』
『私』の呼びかけに、兄王はただニコニコと微笑み返すだけだった。
おかしい。絶対に何かが変だ。
だって兄王はつい昨日まで『私』の考えに賛同してくれていたのに。
予定では今日この場で兄王は『私』の考えを認め、新たな時代の幕開けを一族の前で宣言してくれるはずだった。
『気でも触れたか兄上!』
『いいや俺は正気だよ。ありがとう、賢く愚かな弟よ。お前のおかげでこの世界は正しく導かれる』
『どういうことだ!? 何があったんだ! 兄上! 兄上────ッ!』
結局、最後まで兄王が正気に戻ることはなかった。
その後、呪いで魔物に近い姿へと変えられたエルフたちは、それぞれが生涯を共にすると誓ったパートナーと共に森を追われることとなる。
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──
世界の輪郭が解け、また別の形となって像を結ぶ。
あれからさらに時間が経ったようだ。
『いたか!?』
『いいや、こっちにはいないぞ!』
『何としても探し出せ! 化物め! 絶対に生かしてはおかんぞ!』
藪を乱暴に掻き分ける音と、暗闇を照らす松明の光。
木の洞に愛する人を押し込み、『私』は追手が通り過ぎてくれることを祈りながらじっと息を殺して耐えていた。
肩に矢を受けた彼女は、血を失い過ぎたのか息も絶え絶えで、もう長くはなさそうだ。
『なぜこうなる!? 私が、彼女がいったい何をしたというのだ……っ!』
森を追われた私たちを待ち受けていたのは、謂れの無い偏見と迫害だった。
どこへ行っても化物と恐れられ、石を投げられ、槍を向けられる。
そんな日々に絶望し、自ら命を断とうとしたこともあった。
しかしそれでも生きる希望を捨ててはいけないと彼女に励まされ、最後の望みをかけて彼女の故郷を目指してここまで旅をしてきた。
だが、その最後の希望も潰えた。
結果は見ての通り。愛する人の故郷は自分たちを受け入れてはくれなかった。
『ごめ……んね……。こんなはずじゃ……なかったのに……』
細くかすれた声を絞り出し、彼女が最後の力を振り絞って無理に笑顔を作る。
あまりに弱弱しいその笑顔に、彼女の命がもう幾何も無いことを悟った。
何もしてやれない我が身の不甲斐なさに、声も出なかった。
『寒い……さむい、よ…………』
少しでも寒さと苦しみが和らぎますようにと、『私』は震える彼女の身体を抱きしめ体温を分け与え続ける。
どれだけそうしていただろうか。
やがて追手たちが諦めて集落へ引き返し、辺りに静寂が訪れた。
『追手の気配が消えた。行こうニーナ。……ニーナ?』
気が付くと、彼女の身体はすっかり冷たくなっていた。
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──
再び景色が切り替わる。
一面乾いた砂と岩ばかりで、命に溢れていたエルフの森とは大違いだ。
どこかの砂漠地帯らしい。
先程の『私』が生きていた時代から随分と時間が経ったようだ。
何千年か、何万年か。とにかく途方もない時間が。
大きな岩山の根元に開いた天然の洞窟。
その中に『おれ』の住む集落はあった。
時刻は夜。
村人たちは広間に集まり、火を囲んで各々気に入った相手とまぐわい、暖を取っていた。
人口一〇〇人にも満たないこの村は、全員が血縁である。
長年に及ぶ近親交配の弊害と祖先が受けた呪いの影響で村人の顔は醜く崩れ、手足や身体もかろうじて人の形を保っているような有様だった。
それでもその血が絶えずに残っているのは、古くは不老不死だったエルフの血のせいだろう。
悍ましい光景から目を逸らし、『おれ』は少し離れたところで吐き気を堪えて寒さにじっと耐えていた。
村人たちは親子や兄妹姉弟で交わることを誰も疑問に思わない。
ここではそれが普通で、いままでもずっとそうして生きてきたからだ。
それでも、村の中で最も強く“祖先の声”を受け継いだ『おれ』だけは、その不快感を受け入れられなかった。
だから夜はこうして一人だけ、みんなから離れたところで目と耳を塞いで過ごすのが日課だった。
『殺せ』『よくも妹を!』『殺せ』『死なないで姉さん!』『憎い』『どうして弟が!』『憎い』『兄さんを返せ!』『憎い』『父さんを殺さないで!』『殺せ』『母さんに乱暴しないで!』『憎い』『私の妻が何をした!』『死ね』『息子だけは!』『エルフを殺せ』『夫を返して』『奪い返せ』『いやあああああっ!?』『我らの故郷を』『なぜ俺がこんな目に遭わねばならぬ!?』『私たちが何をした!?』『故郷を取り戻せ!』『敵に死を!』『我らと同じ屈辱を与えてやれ!』
『おれ』は夜が嫌いだった。
目を閉じてじっとしていると、祖先たちが受けた屈辱の記憶と憎しみの声で頭の中がいっぱいになるからだ。
森を追われたエルフたちの子孫は、いつの頃からか魔族と呼ばれ恐れられるようになっていった。
彼らが受けた迫害と憎しみの記憶は呪いと共に子々孫々と受け継がれ、今を生きる『おれ』をこうして毎晩のように苛んでいる。
さっき俺が追体験した『私』の記憶も、そうやって『おれ』へと受け継がれた記憶の一部だったらしい。
────頭がおかしくなりそうだ。
この子はこんなものを生まれた時からずっと聞かされ続けてきたのか。
『お腹空いた……』
ぐぅ、と『おれ』の腹が鳴る。
ここ数日、口にしたものといえば干したサボテンの切れ端だけだ。
迫害を逃れた『おれ』の祖先たちは、長い長い旅の果て、この鉄砂の大地へと流れ着いた。
ここは乾ききった砂の大陸。
鉄などの地下資源は豊富でも、水源は殆ど無く、魔物も強大だ。
そんな過酷な土地をわざわざ手に入れようとやってくる物好きな人間はまずいない。
おかげで鉄砂の大地には外の世界のような争いや迫害は無かったが、とにかく貧しく、毎日がギリギリだった。
作物もろくに育たない砂漠では自生するサボテンを喰らうか、砂中に潜む魔物を命がけで狩るしか食糧を得る方法は無い。
サボテンが不作の年は口減らしも兼ね、十歳以上の村人総出で魔物を狩るのが村の掟だった。
『……死にたくない』
明日、『おれ』は初めての狩りに出る。
死ねば楽になるという発想はそもそもなかった。
魂に刻まれた祖先の記憶では、死は苦痛と恥辱にまみれたもので、赤ん坊の頃からそれを聞かされ続けてきた『おれ』にとって、死は何よりも恐ろしいものだった。
この夜『おれ』は生まれて初めて夜が明けなければいいのにと願った。
それでも明けない夜は無い。
翌朝、魔物の骨から削り出した粗末な槍を片手に、『おれ』は村の男たちに混じって狩りへ出た。
作戦は至ってシンプル。
まずは革張りのドラムを鳴らして、その音で魔物を砂の中から引きずり出す。
そして魔物が顔を出したところを一斉に攻撃する。
ドラムを鳴らすのは決まって村の最年長の仕事だった。
この狩り自体が口減らしも兼ねているため、人員の損耗を抑えるという発想は最初から存在しない。
────本当にクソな風習だ。
『おれ』と俺の心の声がピタリと重なる。
岩山の洞窟を出発し、灼熱の砂漠を歩くことしばし。
一行は巨大な蟻地獄があちこちに点々と口を開いた危険地帯へとたどり着く。
サンドワームの餌場だ。
蟻地獄に落ちないよう注意しつつ、村の年長者たちが砂漠の真ん中へ進み出てドラムを激しく打ち鳴らす。
それは長い年月をかけて編み出され、村に受け継がれた、仲間の能力を底上げする戦いのリズムだった。
すぐに足元が激しく揺れ始め、砂の中から山のように巨大なミミズの化物が姿を現す。
ドラムを鳴らしていた年長者たちは全員が一口で丸飲みにされ、そこへ村人たちの槍が次々と投げ込まれる。
戦いのリズムで強化された投擲はワームの皮膚を食い破り、無数の槍を浴びて穴だらけになった怪物が痛みに悶えてのたうち回る。
するとワームが最後の抵抗とばかり鎌首をもたげ、『おれ』目掛けて大口を開いて突っ込んできた。
突然のことで避けることもできず、『おれ』は大量の砂と共に丸飲みにされ、真っ暗なワームの食道を転がり落ちていく。
すぐに胃袋の中へ放り出されると、誰かが『おれ』を受け止めてくれた。
『なんだ、お前も食われちまったのか』
落ちた先で『おれ』を受け止めてくれたのは、先に飲み込まれたドラム役の年長者だった。
『ほかの二人は!? 三人食われたはずだろ!』
『おれ』が聞くと、最後の一人は淡々と「死んだ」と答えた。
一人は着地のときに首の骨が折れて死に、もう一人は足の骨が折れて苦しんでいたため介錯してやったのだと言う。
『殺したのか!? 村の仲間だぞ!』
『あのまま生かしておいても二度と歩けはしなかった。それに本人の頼みでもあった』
『だからって!』
『アイツには子供がいる。アイツは次に繋いで死んだ。無駄死にじゃない』
『……ッ、こんなもの、次に残して何になるっていうんだ。仲間を殺してまで繋いだ命に何の意味があるっていうんだよ!?』
年長者の男は答えを探すようにしばらく黙り込んでいた。
『……そうだな。だが、いつか誰かがこの苦しみから俺たちを解き放ってくれるかもしれない。だから次に繋ぐんだ』
『それじゃあ、今を生きてるおれたちは誰が救ってくれるんだよ……ッ』
その問いに年長者の男は答えてくれなかった。
それじゃあまるで、おれたちは祖先の憎しみを未来へ運ぶ肉袋じゃないか。
ふざけるな。冗談じゃない。
そんな『おれ』の声にならない心の叫びを、薄い壁を一枚隔てたところで俺は聞いていた。
『何の真似だ』
突然ワームの胃壁に飛びつき、固い肉をかじりだした『おれ』に男が問う。
『腹を食い破ってここから出るんだよ。誰かが救ってくれるのを待ってたって誰も助けちゃくれない。……おれを助けられるのは、おれしかいないんだ!』
砂まみれのワームの胃はとても食えたものではなかった。
記憶を追体験している俺も同じ感覚を共有しているが、じゃりじゃりした鉄臭いゴムの塊をかじっているみたいでとにかく不味い。
それでも『おれ』は意地だけで喰らいつき、何度も吐きながら少しずつワームの胃に穴を開けていく。
すると不思議なことに、食えば食うほど身体に力が漲るような感覚があった。
なのにどれだけ食っても腹は満たされず、こんなクソ不味い肉でも、もっと欲しいと思えてくる。
決して満たされることのない飢餓感に突き動かされ、さらに食い進めていく。
とうとうワームが痛みを感じて暴れ始めたが、無視してさらに食う。
食って、食って、食って食って、食って食って食いまくっていると、いつしかワームが暴れる音も聞こえなくなり、とうとう外皮を突き破って外に出た。
狩りを始めたのは早朝だったはずだが、すでに日は殆ど沈み、西の空は濃い紫に染まりつつある。
辺りを見渡すと、力尽きたワームに縄をかけようとしていた村人たちが幽霊でも見たような顔でこちらを見上げていた。
身体には山のように強大な力が漲っている。
やはり腹は満たされないままだったが、心はとても満たされていた。
魔物の力をすべて奪い尽くしたのだと直感的に理解し、『おれ』は沸き上がる衝動のまま空に向かって大きく吼えた。




