0061 科学の亡霊
──世界樹 中層 ポンプ区画──
生い茂る草をかき分けしばらく進むと、突然ぽっかりと視界が開けて、不思議な空間に出た。
広間の中央には半透明のコブが地面からボコンと大きく飛び出ていて、そのコブの上部から真上に向かって太い管が伸びている。
コブは大人五人でようやく抱えられるくらいの大きさで、中にはたっぷりと水分が蓄えられているようだ。
「風と水の精霊よ、僕らを包んでおくれ」
ハルトが小声で精霊へ呼びかけると、俺たちの身体を大きなシャボン玉が包み込んだ。
おお! すごい。突いても割れない。
ぼよんぼよんしてる! 楽しい!
「……よかった。君たちは力を貸してくれるんだね」
「??」
「ついてきて」
ボソッと何か呟いたあと、ハルトがシャボン越しにコブに触れる。
すると彼の身体がシャボンごとコブの中につるんと取り込まれた。
何をするつもりなんだ。
言われるまま、ハルトに続いて俺たちもコブの中に入る。
と、次の瞬間。凄まじい力に吸い上げられ、俺たちを包んだシャボン玉が太い管の中を通って急上昇していく。
しばらくして別のコブへ流れ着くと、全員同時にコブの外へつるんと吐き出され、身体を包んでいた泡が着地の衝撃で「パチンッ!」と弾けた。
「ぷはっ! 今のなに!?」
「汲み上げ管だよ。世界樹は大きいから、頂上付近へ大地の養分を運ぶためにああいうコブと管があちこちにあるんだ」
ハルトが指差す先を目で辿ると、コブから繋がる細い管がまるでビルの配管みたいにあちこちの枝へと繋がっている。
「おい見ろよ! すげー景色だぜ!」
子供みたいにはしゃぐアーシュラの声に振り返ると、枝の隙間からこの星の輪郭がはっきりと見えた。
随分と高いところまで登ってきたな。ここが世界樹の上層か。
上を見上げると枝葉の先から幹を伝って薄緑色のエネルギーが下へ向かって流れているのが分かった。
「この子は大きく広げた葉で宇宙から降り注ぐ魔素を取り込んで、大地に還元してくれてるんだ」
俺の視線に気づいたハルトが同じ場所を見上げて解説してくれた。
生命の神秘だなぁ。
「こんな高所なのに地上と気圧が変わらないのね。さっきのコブもそうだけど、植物というよりまるで人工の建造物だわ」
「……まあ、この子は特別だからね」
リゼラの独り言を拾い、ハルトが僅かに顔を曇らせる。
あれ? でも世界樹の成り立ちって、記憶の精霊に頼んでも見せてもらえないんじゃなかったっけ。
喫茶店のマスターの話では少なくとも三万年は生きているみたいだし、世界樹が生まれたのも確かそれくらい前だったはず。
もしかして、世界樹の成り立ちを隠しているのは……。
「ちょっと恵みを分けてね」
ハルトが小枝の先から若葉を数枚摘み取り、ふぅと息を吹きかける。
すると若葉は人が乗れるほどの大きさに膨れ上がって、ふわりと俺たちの前で止まった。
「報告通り、魔神の右腕の影響で空間がねじ曲がってるみたいだ。これに乗って移動しよう」
空中に浮かんだままの葉っぱに乗ると、意外にもしっかりと体重を支えてくれた。
「落ちないようにしっかり掴まって! 行くよ!」
「うわあっ!?」
ちょうど持ち手みたいになっていた茎を掴むと、葉っぱの下でつむじ風が吹き荒れ「ぐんっ!」と身体が加速した。
巨大な枝が幾重にも折り重なって迷路のようになっている世界樹の上層を、葉っぱに乗ってひらりひらりとすり抜けていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」
風圧に頬肉を波打たせ、リゼラが涙目になりながら悲鳴を上げる。
そんなリゼラを横目に、もうバランス感覚を掴んだのか、アーシュラは両足立ちになってサーフボードのように風を乗りこなしていた。
「ハッハァ! こりゃいいや!」
「さすが。身のこなしは“彼女”譲りか……っと!」
ハルトも両足だけでバランスを取りつつ、目の前に迫る太い枝をバレルロールでひらりと躱す。
俺たちはあっという間に枝の迷宮を攻略していった。
「────っ!? 見つけた! アリアはあっちよ!」
魔法でバリアを張ってようやく落ち着いたリゼラが遠くを指差して叫ぶ。
目を凝らすと、枝の迷宮の中にそこだけ雰囲気の違う場所があった。
太い幹にぽっかりと大穴が空いていて、穴の周囲にはうす青く光る結晶が所狭しと生えている。
そのまま穴の中へ飛び込むと、内部はドーム状の空間になっていた。
天井から垂れ下がった細い枝の先には色とりどりの宝珠が実っていて、それらがキラキラと輝いている。
「綺麗だ……」
海竜のねぐらも相当なものだったが、ここはもっと神聖で厳かな空気を感じる。
ドームの中央にはひときわ巨大な結晶塊があり、天井の穴から差し込む光に吸い寄せられるようにゆっくりと上昇していく。
あれ? よく見たらあの結晶の中にいるのって……アリアじゃないか!?
「っ!? 彼女を行かせるな!」
ハルトが叫ぶと周囲の枝がうごめいて天井の穴を塞ぎ、光が途切れたことでアリアの入った結晶が落下していく。
すかさずリゼラが杖を振るうと、結晶は落下の勢いをふわりと落とし、真下にあった台座へ隙間なくピタリと合体した。
どうやら元々はあそこに生えていた結晶が、何者かに持ち去られようとしているところだったらしい。
「アリア! 返事してアリア!」
葉っぱから飛び降りたリゼラが大結晶に張り付いて叫ぶが、中に閉じ込められたアリアは眠ったように動かない。
────ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
すると突如、空間全体を激しい振動が襲った。
立つことさえままならないほどの揺れを四つん這いになって耐えていると、天井がベリベリと音を立ててめくれ上がる。
な、なんだ!? 身体が上に引っ張られる!?
とうとう床から引き剥がされた俺たちは、アリアを閉じ込めた結晶と一緒にふわふわと吸い上げられていく。
「な、なんだありゃあ!?」
手足をわたわたと泳がせていたアーシュラが上を見上げて目を丸くした。
「は……? ええええええええええええ!?」
円盤だ。
空飛ぶ銀色の巨大円盤が、穴の開いた天井の向こうでメカメカしい光を放っていた。
なんで異世界にUFOがあるんだよ!?
「くそっ! 奴らめ、この六〇〇年の間にあんなものまで!」
空飛ぶ円盤を見るなり、ハルトが憎々しげに顔をしかめる。
「何か知ってるの!?」
「あれは魔帝国の新型艦だ! 六〇〇年前に滅びた魔族の帝国だよ!」
ゴブリンって粗末な皮の腰巻きをつけて木の棍棒を振り回す緑色の子鬼じゃないの!?
こんな科学力持ってるなんて聞いてないぞ!
「あんな円盤が何よ! 撃ち落としてやるわ!」
リゼラが円盤に杖先を向けると、直後、頭上から強烈な音と光の点滅を浴びせかけられた。
ぐああああああっ!? なんだ、この音……ッ!? 頭がクラクラする!
「くっ!? だったら! 【地獄の業火よ礫となりて敵を砕け!】」
集中を乱された状態での無詠唱魔法は暴発の可能性がある。
一瞬の判断で詠唱魔法に切り替えたリゼラだったが、杖先に生成された火球は発射前に霧散してしまった。
「そんな!?」
「あああああっ!? 頭がッ! 頭が割れる!」
耳のいいアーシュラは特に被害が大きいようで、耳を押さえて激しくもがき苦しんでいる。
俺も虚空瞬在で光の柱の外へ出ようと試みるが、怪音波と光の点滅で距離感が掴めず、思うように飛べなかった。
「あんな円盤ごとき!」
抜群の体幹を駆使して弓に矢を番えたハルトが円盤を狙い撃つ。
が、矢はある程度まで進むと空中で完全に勢いを失い、俺たちと一緒に円盤の底へと吸い上げられていく。
「くそっ、たった一言でこれか……っ」
そのまま俺たちはグングンと上昇し、なすすべもなく円盤へと収容されてしまった。
◇
──円盤内部──
円盤に吸い込まれた俺たちは、浮遊感に包まれたまま真っ暗闇の中をフワフワ運ばれていく。
しばらくすると突然浮遊感が消え、床の上に落とされた俺は尻もちをついてしまった。痛たた……。
すると真っ暗だった空間が徐々に明るくなり、周囲の様子が明らかになる。
頭上には無限の宇宙が広がっており、眼下には世界樹が大きく枝葉を広げているのが見えた。
俺たちは今、世界樹の直上に浮かぶ巨大円盤の中にいる。
おそらく外の映像が床や天井に映し出されているのだろう。
「んだよ、余計なのまでくっついてきやがった」
声のした方へ視線を向けると、メタリックブルーの装甲が映える機械武者がいた。
こんな場面でなかったら素直にカッコイイと思える造形だが、纏う空気からして、どう見ても味方ではなさそうだ。
鬼の顔を模した仮面の奥で、真っ赤なカメラアイがこちらを嘲るようにギラリと光を放つ。
「っ!? 馬鹿な!」
ロボット鬼武者の姿を見るなり、ハルトが幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせて叫ぶ。
そんなハルトの様子に気をよくしたのか、鬼面の口元がガシャンと上下に開き、内側に隠れていたグロテスクな機械部分がニタリと牙を剥いた。
「ハハハッ! 会いたかったぜぇ! ハルトォ!!!!」
「その声、その顔! やはりドラジス! だがお前は六〇〇年前に死んだはずだ!」
「ああそうさ。だが俺様は蘇った! 自動報復システムの力でなァ!!!! 今の俺様はエルフどもに虐殺された帝国臣民十一億六千万の怨念の結晶ってわけだ!」
まるで自らの力を誇示するようにドラジスは両腕を広げてみせる。
自動報復システム。それが何なのかは知らないが、どうやら六〇〇年前に滅んだはずの魔王が恐るべき科学技術で地獄の底から蘇ってきたらしい。
「哀れな……。自分たちが生み出した機械に支配されて、死の安寧さえ失ったか!」
「いいや、チャンスを得たのさ。復讐を果たす最後のチャンスをなぁッ!!!!」
ドラジスの正面の床が左右に開き、そこからコンソールのようなものがせり上がってくる。
……なんだろう。嫌な予感がする。
「この六〇〇年は苦痛だったぜ。だがその我慢もこれで終わりだ」
ドラジスがコンソールを操作すると艦内に警報音が鳴り響き、天井一面にカウントダウンが表示された。
「たった今、最終兵器の発射シーケンスを起動した。カウントダウンがゼロになったとき、この船に搭載されたミサイルで緑の大地はこの星から完全に消滅する!!!!」
「なんだって!?」
「止めたきゃ俺様を倒してみな」
全身から赤い燐光を吐き出し、ドラジスが戦闘態勢に入る。
オーラのように揺らめき立ち昇る燐光は、まるで奴の内に秘められた怒りを体現しているかのようだった。
「テメェ、最後の戦いの時も本気じゃなかっただろ」
「っ!」
ドラジスの指摘にハルトの目が大きく見開かれる。
どうやら図星のようだ。
「……舐めやがってッ! 本気のテメェをぶっ殺さねぇと意味がねぇんだよ!!!!」
ドラジスの感情の高まりに呼応するかのように、赤い燐光が爆発的に吹き荒れる。
機械の肉体が放つ熱気は凄まじく、息をするだけで肺が焼けそうだった。
「もうやめろ! またあんなことを始めるつもりか!?」
「まだ終わってねぇ! テメェを、テメェさえ殺せば、おれは、俺様はァァァッ!!!!」
怒りに燃える魔王の咆哮が大気を震わせる。
瞬間、ドラジスの背後で赤い燐光が爆発的に弾け────。




