0057 狼煙
──カシギ家屋敷──
目が覚めると、天井の木目と視線が交わる。ここはカシギ家の屋敷?
あれ……俺、どうなったんだっけ。
「気分はどうだい?」
枕元であぐらをかいていたハルトが気遣うように俺の顔をのぞき込む。
「大丈夫。ちょっとだるいけど、それだけ。ハルトが運んでくれたの?」
「急に倒れたから驚いたよ。医者に見せたら極度の疲労だって言うじゃないか。……あれは何だったんだい? 魔力も使わず訓練場の壁に大穴を開けるなんて」
俺の問いに首肯で答えつつ、心配そうな顔でハルトが聞き返す。
「闘気を使ったんだ。普段は身体や剣に纏わせて使うんだけど、矢に纏わせて撃ったらああなった」
「闘気?」
「なんて言ったらいいか……。生命力を研ぎ澄ませたもの、みたいな」
「……ふむ」
俺の下手くそな説明を咀嚼するように、ハルトはしばらく顎に手を当てて考え込み、やがてこちらを気遣うような面持ちで口を開いた。
「あの技はもう使わない方がいい」
「……うん。一発撃っただけで気絶してたんじゃ、実戦じゃとても使えないし」
「そうじゃない。闘気そのものも安易に使うべきじゃない。体外へ放出しなければ消費量は少なくて済むだろうけど、それでも確実に君の命はすり減っていく。あれはそういう類いの技術だ」
薄々そんな気はしていたけど、面と向かって明言されると少し胸にくるものがあった。
だけど闘気が無かったら俺なんて多少剣が使えるだけの凡人でしかない。
この先、師匠を元に戻すためにはきっと避けられない戦いもあるだろう。
そうなったとき、俺はきっと闘気に頼ることになる。それも一度や二度ではなく、何度も。
「エルフと比べたら人族の命はあまりにも短い。限りある命を何に使うかをよく考えて欲しい。道半ばで逝ってしまったら、君も悔みきれないだろう?」
「それは……」
まるでそんな人を何人も見てきたような口ぶりだった。
元の世界へ帰れたとしても、余命数年じゃ意味がない。
自分の寿命がどれだけ残っているかなんてステータスにも表示されないんだし、闘気に頼らない戦い方を模索してみるか。
「ともあれ今日はゆっくり休みなよ。眠れそうにないなら、眠りの魔法をかけてあげるけど?」
俺の体調を気遣ってか、早々にお説教を切り上げたハルトが柔らかく微笑む。
このまま布団で横になってても余計なことばかり考えて眠れそうにない。
「……頼むよ」
「わかった。さぁ、目を閉じて。……ゆっくり息を吐いて。眠りの風よ、彼に安らかなひと時を」
────おやすみ。
ハルトの声に導かれるように、俺は深い眠りの底に落ちていった。
◇
──いつかどこかの夢──
泥と汚水に塗れた町の中を俺は走っていた。
ここは……オーラン? 誰の夢だろう。
俺の記憶じゃないのは確かだ。
走って、走って、町中走り回って。目についた魔物を片っ端から殺していく。
そうしないと亡骸を食べられてしまうから。
魔物に食われた魂は、その魔物が死ぬまで海の底にある冥界へ旅立てない。
海神教の教えだ。
だから殺した。力の限り、一匹残らず。
憎い魔物も肉に変えてしまえばみんなの腹を満たす糧になる。
飲み水は泥で濁り、食料も財産も全部流されて、好き嫌いを言っている余裕はなかった。
倒した魔物の腹の中から人の骨が出てくることもよくあった。
王宮に避難した人たちに見せるわけにはいかなかったし、だからそういう骨を見つけると、ひっそり海に流した。
無念の死を遂げた人々の魂が、海の底にある冥界へ流れつくことを祈って。
瓦礫をどけ、泥に塗れた廃墟の中に踏み込んでいく。
できることなら、魔物に食われる前に一人でも多く見つけてやりたかった。
八百屋の親父も、魚屋のおばちゃんも、腰の悪い爺さんも、会うたび飴をくれた婆さんも。
みんな暗く冷たい水に攫われて、泥に塗れて変わり果てていた。
一人見つけるたび、助けてやれなかった悔しさと、己の無力に胸が軋む。
どうしてあの時、俺たち(私たち)に、一声かけにきてくれなかった?
汚泥に塗れた死者たちが恨みがましくオレを見る。
一緒に王宮へ行こうと、高い所へ逃げようと、ただ一声かけにきてくれれば、それだけで助かったかもしれないのに。
やめろ。そんな目で見ないでくれ。
ごめん。許してくれ。ごめん……ごめんなさい。
◇
──カシギ別邸──
翌日、俺が目を覚ますとハルトはすでに出かけていた。
アリアも朝一で散歩に出かけたようで、リゼラは今日も図書館へ行くらしい。
なんでもエルフ独自の魔法体系から新魔法のアイデアを模索するんだとか。
「暇だな……」
「お、いたいた。おーいヒロト! アンフィスバエナの解体手伝ってくれよ」
と、やることもなく屋敷の縁側でぼーっとしていると、廊下の角から出てきたアーシュラが声をかけてきた。
一見、普段と様子は変わらないが、些細な違和感を感じた俺は、彼女の顔をまじまじと観察する。
「な、なんだよ。人の顔ジロジロ見て」
アーシュラが居心地悪そうに尻尾を立てる。
目元が少し腫れて赤くなっていた。違和感の正体はこれか。
夢見が悪かったのかな。
「ごめん。なんでもない。解体は昨日やったんじゃなかったの?」
「昨日は先客が多くて使えなかったんだよ。だから今日の朝一で場所の予約だけしてきた」
「なるほど」
と、そんなわけで今日はアーシュラの手伝いをすることになり、屋敷を出た俺たちはギルドの裏手にある解体場に向かった。
こういった魔物の解体場はどこの冒険者ギルドにも併設されているらしい。
普通は大物を倒すとギルドに依頼して死骸を町まで運んでもらって、解体場にいる職人たちに解体してもらうのが一般的なんだとか。
じゃあやっぱり師匠のアレは普通じゃなかったんだな。
解体場のクレーンにはすでにアンフィスバエナが吊り下げられていて、あとは解体するだけの状態になっていた。
昨日ギルドの図書室に籠る前にアリアが置いていったらしい。
「うっし、じゃあまずは皮を剥いでくぞ」
「了解」
解体場の職人とその弟子たちが遠巻きに見守る中、クレーンに吊り下げられたアンフィスバエナの巨体を解体していく。
流石ソロで長年冒険者をやってきただけあり、アーシュラの手際はプロたちも舌を巻くほどで、知識も豊富だった。
「────おっし、こんなもんだろ」
数時間後、やりきった表情でアーシュラが顔についた血を拭う。
午前中を丸々使い、全長二〇メートル近くもあったアンフィスバエナは綺麗に解体された。
いつの間にか周囲には人だかりができており、拍手喝采が巻き起こる。
「手伝ってくれてあんがとよ。おかげで予定より早く終わったぜ」
「先生の腕が良かったからね。いい勉強になったよ」
「ハンッ、褒めたってなんもでねぇぞ」
素直に褒められ照れたのか、アーシュラは素っ気なく顔を背ける。
けど嬉しそうに暴れる尻尾を見れば本心は丸わかりだった。
「それより、奴の胃袋からこんなもんが出てきたんだが、何か分かるか?」
アーシュラが手に持っていたものを俺に見せてくる。
大人の拳ほどある金属製の玉だ。表面はつるりとしていて、よくよく見れば継ぎ目のようなものがある。
「なんだろう。人工物っぽいけど……」
玉をまじまじと眺めていると、不意にカチッと何かのスイッチが入ったような音がした。
二人で顔を見合わせ、玉に耳を近づける。
チッチッチッチッチッチッ……。
時計の秒針が進むような音。
これって、まさか!?
「爆弾だ! みんなふせろ────ッ!!!!」
「っ!」
俺が叫ぶと、すかさずアーシュラが爆弾を空高く放り投げる。
次の瞬間、空中で大爆発した玉に連動したかのように、二方向から爆発音が響いた。
一つはギルドで、もう一つは町の方からだ。
凄まじい爆圧が木々を揺らし、飛び散った火の粉があちこちに燃え移り町中から火の手が上がる。
「ギルドが!?」
周囲の悲鳴に振り返ると、根元から折れたギルドの巨木がメキメキと音を立ててこちらに倒れてくる。
「倒れてくるぞ! みんな逃げろ!」
急いでアーシュラの腕を掴み、目についたキノコの高台まで虚空瞬在で一気に飛ぶ。
直後、巨木が倒れた衝撃に大地が揺れた。
なんだ、何が起きてるんだ!?
「クソッ! 他の冒険者たちが倒した獲物の中にも同じやつが入ってやがったんだ!」
「それより急いでリゼラたちと合流しないと!」
すると上空を黒い雨雲が覆い始め、すぐにバケツをひっくり返したような大雨が降り始めた。
雨のおかげで火は燃え広がることなくすぐに消し止められたが、爆発で倒れた巨木の被害だけでも相当なものだろう。
土砂降りの中を駆け抜け図書館へ向かうと、すでにリゼラが周囲の人々に指示を出して仮設の治療所を開いていた。
「二人ともこっちよ! アリアは?」
「分からない。屋敷に戻ってくれてるといいんだけど……」
「とにかく今は人手が足りないわ。二人とも重傷者を見つけたらここに運んできて。一人でも多く助けるわよ!」
「分かった!」
「任せろ!」
────そこからは俺たちも救助活動に加わり、怪我人を見つけたらすぐに図書館まで送り届けた。
午後になると噂を聞きつけてやってきた魔法使いや町医者たちも加わり治療体制も整い始め、騒ぎが収まり被害の全貌が見えてくるころには次の日の昼になっていた。
犠牲者一五三名。
犯行声明さえない爆弾テロは、美しかったエルフェリアの都を一瞬の内に破壊し、多くの命を奪った。
幸い犠牲者の遺体の中にアリアのものは無かったが、いつまで待ってもアリアは屋敷に帰ってこなかった。
◇
──エルフェリア連邦議事堂──
時は爆破テロ発生から二時間後のこと。
世界樹の根元にその威容を誇る連邦議事堂、通称『水晶殿』の会議室には胃痛を感じるほどピリピリした空気が立ち込めていた。
「現在判明していることを申し上げます。今回爆発したのは化学反応を利用した機械式の爆弾です。ここ数日、冒険者が倒した魔物の体内に同様の物体が入っていたと報告が上がっておりました」
重要参考人としてこの場に招致されたギルドマスターが、四人の大老を前に緊張した面持ちで書類を読み上げていく。
古のエルフ王家の血を引く彼らは【四賢者】と呼ばれ、実質的なフリードレア連邦の中枢を担う存在だ。
「またそれらの爆弾が入っていた個体を改めて調査した結果、精神を錯乱させる効果のある薬物が検出されました。昨今の魔物の異常行動も、薬物によって世界樹に魔物を誘導し冒険者に狩らせることで、爆弾を市内へ持ち込ませるために何者かが仕組んだものであると考えられます」
「不審物の管理体制はどうなっていたのだね。危険なものである可能性は十分に考えられただろう」
かつては東の森を広く治めたハヤシ王家の血筋、オウロ大議員がギルドマスターに鋭い視線を投げかける。
猛禽のような目つきと鋭い鉤鼻が特徴の老人だ。
「無論その可能性も考慮して管理は厳重に行っておりましたし、冒険者たちにも不審物を見かけたらギルドへ提出するよう呼び掛けていました。市内で爆発したものに関してギルドは一切関知しておりません」
「闇ルートがある、ということだな?」
オウロ大議員が片眉を上げて聞き返すと、額に脂汗を浮かべたギルドマスターが小刻みに頷き返す。
今や国際的な影響力を持つまでになった冒険者ギルドだが、そうは言っても所詮は民間の協同組合だ。
特にここフリードレア連邦において、冒険者ギルドは大森林の環境保全と管理業務の委託という形で優遇を受けている。
もし爆破テロの責任が追及されるようなことになれば、最悪の場合多くの冒険者たちが仕事を失うことになってしまうため、ギルドマスターとしては気が気でなかった。
「闇業者の摘発についてはひとまず後回しとしましょう。今後の対応について話し合わねば。どうか、みなさんのお知恵をお貸しください」
連邦大議長のエリドが各々の顔を見渡し、深く頭を下げる。
大議長は一〇〇年ごとに行われる選挙によって選出され、ここに集った四賢者たちは全員が過去にその職を経験済みだった。
四賢者の中でも最年少であり、自身が大議長となってから初めての緊急事態にエリドは内心緊張していた。
「あー、ゴホンッ。ではワシから皆に悪い知らせと、最悪の知らせを伝えねばならんのぅ」
するとタイミングを見計らい、胸に届くほど長い白髭が特徴的な老人が一つ咳払いして、言いにくそうに切り出した。
南の森を治めたキド王家の血筋、マシャガ大議員だ。
「まずは悪い知らせからじゃが、テロリストの正体と目的が判明した。今回のテロを引き起こしたのは魔帝国じゃ。先の爆破テロは我々の気を惹くための陽動で、我が国に密かに侵入していた別動隊が『魔神の右腕』奪取のために動いていたようじゃ」
会議室にこの日一番のざわめきが起きる。
六〇〇年前、多大な犠牲を払い滅ぼしたはずの魔族の帝国が復活したとあれば無理もないことだった。
「仮に魔帝国の魔族が犯人だとして、どうやって精霊結界を超えたというのです!? 結界に異常はなかったはずだ!」
取り乱したオウロが声を荒げると、マシャガは落ち着き払った様子でさらに話を進めた。
「侵入経路については目下捜査中じゃ。それにまだ最悪の知らせが残っておる。……魔神の右腕が封印されていた大聖堂が右腕ごと消失した」
マシャガの一言は混乱の最中にあった会議場を一瞬で凍てつかせた。
魔神の右腕は神代のロストテクノロジーで生み出された魔法物質であり、ただそこに存在するだけで周囲へ様々な悪影響を及ぼす危険な物体でもある。
さらに輪をかけて厄介なのは、つい五〇年ほど前、それが世界樹の根に絡まった状態で発見されたことだった。
聖神教の聖典において、魔神は聖なる神に敵対した絶対悪であるとされている。
ゆえに魔神に連なる者はすべて悪であり、それを滅ぼすためならば聖法国は如何なる手段も厭わない。
事実、世界樹から魔神の右腕が見つかったと知るや、時の法王は聖神騎士団一個旅団と四天使のうち二柱を緑の大地へ派兵することを即時決定したほどである。
「せ、世界樹は!? 世界樹は無事なのですか!?」
顔面蒼白になりながら、小柄な老人がどうにか声を絞り出す。
ふくふくした丸顔と先のくるんと丸まった八の字髭が可愛らしいこの人は、北の森を治めたキムラ王家の血筋、パンチョ大議員である。
「無事、とは言い難いのう。大聖堂ごと大きく抉り取られる形で根が消失してしまっておる。目下、治癒魔法で治療中じゃが、魔神の右腕に触れていた影響か効きが悪いそうじゃ」
「そ、そんな……」
マシャガが険しい顔のまま目を伏せると、パンチョの顔色が青を通り越して緑に変わる。
今にも泡を吹いて倒れそうだ。
世界樹はすべてのエルフが本能的に崇拝する神樹であり、国益の面においてもなくてはならない存在である。
その根に傷をつけるなどもってのほかだ。
魔神の右腕が発見された当時も、右腕の即時破壊を要求してきた聖法国に対して連邦政府は断固として譲らなかった。
「おのれ魔帝国め……っ。兄様の苦労を水の泡にしおって」
当時の状況を思い出し、苦々しく奥歯を噛みしめるエリド。
あわや開戦寸前まで高まった両国の緊張だったが、それまで政治への不干渉を貫いていたハルトが動いたことで事態は一変した。
万が一にも世界樹が傷つけられるようなことがあれば、かつて聖神教主導のもと行われた淫魔狩りの真実を世界に向けて公表すると、時の法王に対して手紙を送ったのだ。
四〇〇年という年月は人族にとっては遥か大昔のことだが、エルフ族にしてみれば祖父母世代が若者だった時代の話である。
そして多くのエルフが精霊の存在さえ感じられなくなった現在でも、記憶の精霊だけはエルフが呼びかければ遠い過去の景色をいつでもその場に映し出してくれる。
また精霊は嘘を嫌うため、精霊を信仰するエルフたちは余程のことがないかぎり嘘をつかない。
そのためエルフを記録係や相談役として重用している人族の国や組織は多く、歴史的に見てもエルフの言葉には古くから大きな社会的信用があった。
加えてハルトは人魔大戦を終結に導いた六英雄の一人でもある。
その社会的影響力は計り知れず、万が一にも真実が公表されるようなことがあれば、聖神教の信用は一瞬にして地に落ちてしまう。
そのことを強く恐れた聖法国は、フリードレア連邦との間に交渉の場を設けた。
そこで取り決められた折衷案こそが、世界樹の根を傷つけぬ形で大聖堂を建設し、魔神の右腕を永久封印するというものだった。
「げ、現場は封鎖されているのでしょうな!? 万が一にもこのことが聖法国側に知れたら大事になりますぞ!」
事態の深刻さを正しく理解し、オウロが顔を青ざめさせる。
ハルトの打った一手により聖法国は交渉の席に着かざるを得なくなったが、とはいえフリードレア連邦からの要求を鵜呑みにしたわけでもなかった。
右腕の管理に関しては様々な条件が付け加えられ、万が一にも右腕が魔族の手に渡るような事態が起きた場合、フリードレア連邦はその責任のすべてを負い、聖法国へ多額の賠償を支払わなければならないことになっている。
賠償だけで済めばまだいいが、もし魔族と共謀していたなどという不名誉な疑いをかけられてしまえば、最悪の場合、世界中の国々が敵に回ることにもなりかねなかった。
「わしの権限で事態の全容が判明するまで大聖堂周辺を全面封鎖するよう命令しておいた。対応マニュアルを事前に決めておいて正解じゃったのう」
今にも死にそうなほど真っ青なオウロを安心させるように、マシャガは表情を和らげながらも淡々と答えた。
昨今の森の異常から来たる災厄を予見していた彼は、万が一に備え緊急時の対応マニュアルを作成し、いつでも連邦軍の部隊を大聖堂周辺に即応展開できるよう準備を進めていた。
軍に強い影響力を持つマシャガの言葉に、オウロはひとまずホッと胸を撫でおろす。
「ちなみにじゃが、現在わしはテロの対応に追われて連絡が取りづらいということになっておる。どなたもくれぐれも軽率な行動は控えるように頼みますぞ」
明らかな牽制の意図を込めてマシャガが周囲を見渡すと、誰かがごくりと唾を飲む音が響いた。
連邦とて一枚岩ではない。
ここに集う大議員たちでさえ、保守派と開国派に分けられる。
それもすべてはエルフ族全体の寿命が少しずつ短くなっていることへの危機感からくるものだが、それはさておき。
敵の正体が魔帝国であると判明している以上、ここからは各々の主義主張はひとまず胸の内に仕舞い、慎重に慎重を重ねた政治的舵取りをしなければならない。
幸いなことに、そのことが理解できぬほど愚かな者はここには一人もいなかった。
「ま、まずは右腕が今どこにあるのか把握するのが先決でしょう。調査状況はどうなっておるのだ」
額に冷汗を浮かべたオウロに、マシャガはゆったりと頷いた。
「軍を総動員して行方を探らせておるよ。現在判明している限りでは、大聖堂の消失は帝国の特殊部隊が使用した転送装置の暴走によるものだというところまでは分かっておる」
「暴走、ということは、敵にとっても不測の事態が起きたということですか?」
パンチョが僅かな期待に縋るような視線を向けると、マシャガは軽やかに指を鳴らし、テーブルの上に映像を表示させる。
それは記憶の精霊たちが見ていた事件当時の現場の様子だった。
「これは事件当時の現場映像じゃ」
「か、彼女は!?」
映像を見たエリドが驚きに目を見開く。
そこに映っていた白髪金眼の少女に見覚えがあったからだ。
「おや、大議長。お知り合いかの?」
「……当家の客人です」
宝箱に入った謎多き少女、アリア。
現在行方不明の彼女が如何にして事件に巻き込まれたのか。
それを語るには、事件の直前まで時を戻す必要がある。




