0056 エルフェリアの休日
明けて翌日。
カシギ家の屋敷で一晩ゆっくり過ごした俺たちは、朝一でギルドへ向かった。
エルフェリアの冒険者ギルドは町はずれに生える巨木の洞の中にあった。
魔法で生きた木をまるごと建物に作り変えて利用するのがこの国の一般的な建築様式らしい。
オーランのギルドと違って酒場は併設されておらず、代わりに魔物に関する資料や文献が収められた図書館があった。
やっぱり地域によってギルドにも特色が出るんだな。
受付窓口へ行くとセミロングの緑髪が綺麗なメガネ美人がにこやかな笑顔で対応してくれた。
「ようこそエルフェリア支部へ。ご用件はなんでしょうか」
「クエストの完了報告です」
完了証明書を提出し、俺はクエスト中にあったことを報告した。
「────そうですか。エルフェリアの近くにアンフィスバエナが……。情報提供ありがとうございます」
「森で何か起きてるんですか?」
「ええ。魔物が縄張りから大きく移動したり、普段はおとなしい魔物が突然凶暴化しているんです。世界樹から遠い辺境の村では何人か犠牲者も出ていて……」
「そうなんですか……」
「なので何か有力な情報があったらギルドに報告していただけると助かります」
「分かりました」
「手続きは以上で完了となります。報酬は口座振り込みでよろしいですか?」
「あ、じゃあ俺の分だけ現金でお願いします」
「かしこまりました」
報酬を受け取り受付を後にする。
俺だけ現金で受け取ったのは、後で買い物しようと思ってのことだ。
遥々ここまで来たんだし、せっかくなら観光したい。
ひとまずみんなと合流するためクエストボードの前まで移動するが、待っていたのはリゼラだけだった。
「手続きは終わった?」
「ばっちり。アリアとアーシュラは?」
「アリアは二階の資料室で本の虫になってるわ。アーシュラは裏手の解体場に行くって」
「そっか。依頼の方はどんな感じ?」
「森の調査とか、生息域を出た異常個体の討伐とか、そんなのばっかりね」
「受付の人も同じようなこと言ってたよ。辺境の村で犠牲も出てるって」
「何が起きてるのかしら……。どの依頼も移動に半月以上かかる遠方のものばかりだったし、今週は休みにしてもいいんじゃないかしら」
「そうだね。俺も観光したいと思ってたし、そうしようか」
「じゃあ私は大図書館に行くから、何かあったら呼びに来てちょうだい」
「わかった」
ギルドの前でリゼラと別れ、俺はひとまず町の中心に向かって歩き始めた。
改めて町の細部を見てみると、自然の地形をそのまま利用しているのがよくわかる。
しばらく道なりに行くと、どこからか美味しそうな香ばしい匂いが漂ってきた。
昨日も嗅いだけどなんの匂いだろう。
「ヒロトじゃないか。こんなところで奇遇だね」
「ハルト!」
匂いにつられてフラフラ歩いていると、道を歩いていたハルトとばったり遭遇した。
仕事帰りなのか、迷彩柄のポンチョを羽織っていて、下はオリーブ色の厚手のズボンと頑丈そうなアーミーブーツを履いている。
「ハルトは仕事帰り?」
「うん。最近何かと忙しかったし、息抜きに行きつけの店に行こうと思って。ヒロトは観光?」
「そんなとこ」
「よかったら一緒にどうだい? 老舗だから味は保証するよ」
偶然の再開を嬉しさを感じつつ、ハルトの後に続いてしばらく町を歩き、なんだか高級な雰囲気の漂う店に入る。
ドアを開けると、香ばしい香りがふわりと全身を包んだ。うーん、腹が減ってきたぞ。
内装は落ち着いた感じで、奥の方には喫茶店のようなカウンター席が見える。
手前の棚に置かれたバスケットの中に焼きたてのパン(?)が何種類か並んでいて、どれも美味しそうだ。
「ヤキダッチだよ。ダム芋の粉にメガヤシの汁を加えて練り合わた生地を窯で焼くとこうなるんだ」
うん、言われても全然ピンとこないや。
まあエルフ流のパンのようなものだろう。
「元は『焼き樽芋餅』だったんだけどね、二万年くらい前からちょっとずつ訛って今の形になったんだ」
「へぇー。……あ、じゃあダム芋の『ダム』って、もしかして日本語の樽が訛って?」
「そうそう! よく気付いたね」
なんて、国語の授業みたいな会話に花を咲かせつつ、ひとまずハルトがオススメしてくれたものをいくつかお盆に乗せてカウンター席に着く。
席にはドリンクのメニュー表が置いてあった。お会計は店を出るときにまとめて支払う方式らしい。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうでカップを磨いていたマスターが気さくな感じで声をかけてくれた。
見た目は七〇代くらいの老紳士で、黒い蝶ネクタイがバッチリ決まっている。
「ハルトさんはいつものですね」
「うん、頼むよ」
「お連れ様はどうなさいます?」
「じゃあ同じので」
「かしこまりました」
飲み物が出てくるのを待つ間、ヤキダッチとやらを小さく千切って食べてみる。
こういう初めてのは、まず何も混ざっていないシンプルなやつから。
……ん! 美味い!
外はカリッと香ばしくて、中はしっとり。見た目はどう見てもパンなのに、名前のとおり焼いたお餅みたいな食感だ。
「ハルトはここにはよく来るの?」
「生活の一部になるくらいにはね」
「こうして店内に喫茶店を開くアイデアはハルトさんが私の曽祖父に与えてくれたものでしてね。私も子供の頃はよく可愛がってもらったものです」
ミルで豆を挽きながらマスターが遠い日の思い出を笑顔で語る。
見たところマスターはかなりの高齢のようだし、その曽祖父ともなると相当昔のことなんじゃないのか。
「じゃあやっぱりハルトって実はものすごく年上……?」
「別に今まで通りでいいよ。急に態度を変えたらお互い居心地悪いだろう?」
「それもそっか。じゃあこれまで通りで。改めてよろしくね」
「こちらこそ」
改まって俺が握手を求めると、ハルトは笑顔で応じてくれた。
珈琲の香りに包まれた穏やかな時間が過ぎていく。
「……ハルトさんがこの店に連れて来るのは親しいご友人の方だけなんですよ」
豆を蒸らしている間、マスターが耳を寄せてこっそり教えてくれた。
親しい友人。そう言われて、俺はむしろストンと納得してしまう。
ハルトとの距離感はなんというか、まるで長年付き合いのある親友同士のような居心地の良さ、とでも言おうか。
昨日会ったばかりなのに、俺はすでに彼に対して深い友情を感じていたのだ。
そしてそれはハルトも同じだったらしい。
蒸らされた豆にお湯が注がれ、モコモコの泡が立つ。
微かに琥珀味を帯びた黒い液体がドリッパーの底からカップへと落ちていく。
手持ち無沙汰に視線を彷徨わせていると、店の片隅に大きなピアノがあることに気づいた。
「あれは僕が作ったものなんだ」
「へぇー。……え? ピアノを!? 全部一人で作ったの!?」
「うん。ここ六〇〇年は割と平和だったからね。マサヨシの言葉をヒントに作ってみたんだ。いい暇つぶしになったよ」
ひらりと席を立ったハルトは鍵盤の蓋を開け、ポーンと音を鳴らす。
いい音だ。調律も完璧。
実物を見たわけじゃないだろうに、ここまで再現できるなんて。素直にすごいと感心してしまう。
「よかったら触ってみるかい?」
「え、あ、いや。俺は……」
かつての記憶が脳裏を過り、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
そんな俺の態度に気を悪くするでもなく、ハルトはそれ以上そのことには触れず一人でピアノを弾き始めた。
穏やかな昼下がりにマッチする明るく軽やかな調べ。
俺はしばらく、ハルトの演奏にゆったりと耳を傾けた。
ふと、鍵盤に触れるハルトの人差し指に目が留まる。
磨き抜かれた緑翠の輝きを放つそれは石を削り出して作られた指輪だった。
「綺麗な指輪だね。もしかして翡翠?」
「ああ、うん。妹からの贈り物なんだ」
俺が聞くとハルトは演奏の手を止め、愛おしいものに触れるように翡翠の指輪をそっと撫でる。
けど、その目つきには隠し切れない寂しさが滲んでいて、見ているこっちまで胸が締め付けられるようだった。
もしかしてハルトの妹は……。まずいこと聞いちゃったかな。
少し気まずくなっていると、目の前に淹れたての珈琲が出される。いい香りだ。
一口含むと香ばしい苦味の中にキャラメルのようなまろやかな甘みとほのかな果実味を感じた。
マスターが人差し指をくるっと振ると、コーヒーカップがふわりと浮かび上がり、ハルトの前に飛んでいく。
「ハルトさんとこの店を創業した私の曽祖父は、国を守るため共に戦った戦友だったそうです。こうしてこの店があり、私が今ここに生きているのも、ハルトさんがこの国を護り続けてくれたおかげなのですよ」
美味しい珈琲を堪能していると、マスターが話題を提供してくれた。
どうやら俺に気を遣ってくれたらしい。
「僕だってこの店にはいつもお世話になってるんだ。お互い様さ」
ハルトがどこか照れ臭そうにはにかむと、マスターが苦笑する。
お互いを知り尽くした者同士特有の穏やかな空気感だ。
「その言葉、末代までの語り草にしますよ」
「……ハルトってもしかして凄い人?」
「この国の守護神とも言われる大英雄ですよ。フリードレア建国より三万年余り、彼が提唱した専守防衛の理念に基づき、我々は一度たりとも侵略戦争をしたことがない。そしていかなる敵の侵略にも屈しなかった。我々エルフの誇りです」
「よしてくれよ」
マスターのお世辞にはにかみつつ、ハルトがちぎったヤキダッチを珈琲に浸して食べ始める。
見ればマスターはどこか困ったような笑みを浮かべていた。
あまりお行儀のいい食べ方ではなさそうだけど、ハルトが美味しそうにしているから一々口を挟むこともしないのだろう。
「ごちそうさま。お代はここに置いとくね」
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ありがとうございます。またどうぞ」
穏やかな時間を満喫した俺たちはお代を払って店を出た。
価格はお高めだったけど、地上にある店だしきっと上流階級向けの店だったのだろう。なんだかちょっと大人になった気分。
その後は風精霊の力で動く昇降盤に乗って、大樹の幹に張り付いたキノコの上に向かった。
見た目はまんまサルノコシカケだが大きさは相当なもので、一つ一つの上に小さな町が建っている。
「エルフェリアは地上、幹、枝の三区画に別れてるんだ。地上はエルフェリアができた当初からある老舗や高級店、幹はもっと庶民的な店や工房なんかが多くて、枝は住宅街になってるんだ」
「地面の上に家を立てるのは縁起がいいんだっけ?」
「そうそう、よく知ってるね」
ハルトの言うとおり、キノコ台の町にはお手頃価格の店が多く、地上よりも雑多な雰囲気があった。
この国の建国にも携わったという大英雄の観光案内付きで狭い路地を右へ左へ進んでいくと、メルヘンチックな店構えの雑貨屋にたどり着く。
工房と一体化した造りの店内には水晶を加工して作られた食器などが並んでいた。
「やぁハルトさん! となりの坊やは初めてだね。いらっしゃい」
奥の工房で研磨作業をしていた丸メガネの青年がこちらに気付いて顔を上げた。
「やあトーラジ。精が出るね」
「ハルトさんがアイデア出してくれたヤツ、売れ行き好調だよ。おかげで今年の精霊祭はいつもより豪勢になりそう」
「それはよかった」
丸メガネの青年──トーラジさんの近況を聞き、ハルトも嬉しそうだ。
「本当に色々やってるんだね」
「無駄に長く生きてるからね。あ、それだよ彼の新商品。魔力を軽く込めると食器が一瞬で綺麗になるんだ」
と、俺が手にしていた食器を指差してハルトが言う。
なにそれすごい便利。旅先での洗い物が減るだけでもありがたいし、なにより見た目も綺麗だ。
オシャレな料理とか盛り付けたらすごい映えそう。買っちゃえ。
「すいません、これあるだけください」
「まいどあり! って全部!?」
「同じ効果のついたカトラリーもあったらそれも全部ください。あとは……それと、それ、あとこれ。これも」
ついでに見た目の綺麗な水晶食器をいくつか選んでお買い上げ。
お金は腐らせるほどあるし、こういう出会いは一期一会だ。買えるときに買っておかないと次は無いかもしれない。なら我慢せずに買うべきだろう。
「は、ははーっ! ただちにご用意いたしますお大臣様!」
俺の買いっぷりに驚いたトーラジさんは作業を放り出して商品を一つ一つ丁寧に梱包してくれた。
しめて一〇〇万エイミーでのお買い上げ。端数はおまけしてくれた。
「あ、しまった。魔法の袋、アリアに預けたままだ」
と、いざ持って帰ろうとしたところで大事なことに気付く。
森の中で無くしたらまずいと思って彼女に預けていたのをすっかり忘れていた。
どうしよう。結構な量だぞ。
「頼めるかな。うん、よろしく」
ハルトが何もない虚空に向かって話しかける。
すると食器たちがふわりと浮き上がり風に乗ってどこかへと運ばれていった。
「風の精霊たちに頼んでカシギ邸に送ってもらったよ」
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしましてだってさ」
彼に倣って俺も虚空に向かってお礼を言うと、精霊たちの言葉をハルトが代弁してくれた。
便利だなぁ、精霊魔法。
精霊たちのおかげで身軽になったところで食器店を出た俺たちは、その後も次々と店を回っていった。
「あらハルトさんじゃない! これ新作! よかったら味見して感想聞かせて!」
「おっ、ハルトの旦那じゃないですかい! 今年の芋は小ぶりだけど味はいいよ! いつも世話になってるお礼に!」
菓子店、八百屋、香辛料屋、金物屋。
どこへ行ってもハルトは歓迎され、ついでに俺のお土産も増えていく。
聞けばみんなかつての戦友の子孫たちなのだという。
「愛されてるね」
「彼らの活き活きした顔を見ると、ようやく平和な時代になったんだって実感できるよ」
そう語る横顔はどこか影を帯びていて、暗い色を秘めた眼差しに彼が負った心の傷の深さを垣間見た気がした。
今の平和を手に入れるために多くの犠牲と悲しみがあったのかもしれない。
「次は弓の訓練場へ行ってみようか。高得点が出ると景品が貰えるんだ」
「おお、楽しそう!」
けど、そんな悲しい過去の影が見えたのは一瞬のこと。
ころりと表情を変えたハルトに連れられ、再び昇降盤に乗って今度は枝区画へ向かう。
枝区画は太い枝が迷路のように張り巡らされており、鳥小屋みたいな家が所狭しと立ち並んでいる。
木の上だけど雰囲気は下町のそれだ。
しばらく行くと枝葉の合間に巨大な施設が見えた。
木の枝が編み込まれたドームはまるで怪鳥の巣みたいだ。
中に入ると壁のあちこちに的が設置されており、弓を構えたエルフたちが中央にそびえ立つ止まり木の上から的を狙っていた。
入り口のすぐ近くに受付があり、暇そうに本を読んでいた中年のエルフがこちらに気づいて顔を上げる。
「おやハルトさん。いらっしゃい」
「弓を二つレンタルで、矢は三〇本ずつ頼むよ」
「はいよ。弓はそこにあるのを使ってくれ」
受付で矢筒を受け取り、向かい側の弓立てから自分が使う弓を選ぶ。
梯子で止まり木の上に登ると、ハルトが弓の構え方を教えてくれた。
「まずはあの的を狙ってみようか。左右のつま先から線を飛ばして的の中心で線が交差するイメージで……そう、それでいい」
ハルトに後ろから手を添えられながら弓に矢を番える。
「しっかり弦に矢を固定して。指は……そう。腕の力じゃなくて背筋で引くんだ」
呼吸を整え、遠くの的に意識を集中させ────放つ!
ストンッ、と子気味いい音が響いて、手元を離れた矢は的の中心を射抜いた。
「あたった!」
「やったね! 今教えたのが基本の型だ。もっと上達すれば不安定な足場や空中でも素早く撃てるようになるよ」
見てて、と急に駆け出したハルトが枝から枝へ跳び移り、アクロバットな動きで次々と的を撃ち抜いていく。
そのまま止まり木のてっぺんまで駆け上がったハルトは、勢いそのまま頂上から一息に大跳躍!
体操選手のように空中で身体を回転させつつ連続で矢を放つ。
ハルトが音もなくふわりと着地すると、空中で放たれた矢が七つの的の中心を同時にピシャリと射抜いた。
達人の絶技に周囲で拍手が巻き起こる。
「っと、こんなふうにね」
「おおー!」
「ヒロトは初心者だから、まずは基本の型を完璧にすることを目標にしよう。型の乱れはそのまま命中率に影響するからね」
「わかった」
それから俺は教えて貰った基本の型を丁寧になぞりつつ、闘気を練る訓練も並行してやることにした。
闘気を練るにも集中力が必要だし、闘気でステータスを底上げすれば弓の習熟も早まる。まさに一石二鳥だ。
正面の的に狙いを定め、闘気を練り上げていく。
すると俺の闘気が指先から矢へと伝わり、鏃の表面を薄く覆った。
闘気の揺らぎがピタリと静まったタイミングで、矢を放つ。
放たれた矢は鋭い音を響かせ空中に真っすぐな光跡を刻み────的を爆散させた。
が、矢の勢いはそこで衰えず、そのまま後ろの壁をブチ抜いて大穴を穿ち、そのままどこまでも突き抜けていった。
やばっ!? やりすぎた!?
「なんだい今のは!? すごい威力だったけど!?」
「あ、ダメだこれ。力が……」
急な脱力感に襲われ、たまらずその場に膝をつく。
心臓がドクドクと嫌な鼓動を刻んでいる。全身から嫌な汗が噴き出て止まらない。
ああ、ダメだ。目が回る。
「ヒロト!? どうしたの!? しっかり! 誰か医者を呼んでくれ! 誰か!」
俺を呼ぶハルトの声がグワングワンと耳の奥で反響し、まるで糸が切れるみたく俺は気を失った。
◇
──エルフェリア国立大図書館──
冒険者ギルドの前で大翔と別れたリゼラは、その足で市内にある図書館を訪れていた。
世界一の蔵書数を誇るここエルフェリア国立大図書館は世界樹を除けば市内で最も大きな古樹である。
そんな高層ビルと見紛うほどの巨木の中身は、下から上まですべて図書館であり、今は滅びてしまった古代文明の書なども多数所蔵されていた。
「まさかこんな気持ちでここを訪れることになるとはね」
子供の頃から憧れていた名所を訪れたというのにリゼラの表情は険しい。
それもそのはず。今日の目的は呑気な観光などではないのだから。
「ヒントが見つかるといいのだけど……」
移動しながら深紅の長髪をリボンで一纏めにし、愛用の眼鏡をかけると、魔法に関連する書物が置かれている階へ向かう。
その顔つきはまるで戦場に赴く戦士のようだった。
本棚の前に立ったリゼラは、気になるタイトルがあれば手に取ってその場で内容を頭に叩き込んでいく。
「おや、もしやそこにいるのはリゼラ・クラウロードではないかね」
と、五冊目の本を速読丸暗記し終えたところで、背後から声が掛かった。
懐かしい声にまさかと思いリゼラが振り返ると、そこにいたのはやはり想像通りの人物だった。
外見の年齢は三〇歳前後といったところだろうか。先の尖った半長耳と透き通るような青い髪が特徴の美人である。
「やっぱり! リコ先生!」
「やあ、やはりリゼラ嬢だったか。少し見ない間にすっかり大人だね」
リコ・モリ。
ベルパドーラ魔法学校の図書館で司書を務めていたハーフエルフだ。
リゼラにとっては寝食を忘れて図書館に籠りがちだった自分の世話を何くれとなく焼いてくれた恩師でもある。
「魔法都市が落ちたと聞いて心配していたのだが、まさかこんなところで会えるとはね」
「先生も、よくご無事で……」
「長期休暇で里帰りしていなければ私も危なかった。それで、ご両親は今どちらに? 新聞では行方不明とあったが」
突然の再会に涙を浮かべつつ、リゼラは魔法都市での顛末をリコに語った。
「────なるほど。ではここへはご両親を元に戻すヒントを探しに来た、というわけか」
「はい。世界樹の雫も試してみるつもりです」
「そうか。あれは日の出の瞬間にたった一滴しか採取できない貴重なものだが、そのぶん強力だ。私も暇なときは他に方法が無いか調べてみるとしよう」
「ありがとうございます」
「今はここで司書をやっているから、他にも調べたいことがあれば遠慮せず聞いておくれ。勝手知ったる古巣だからね。どこにどんな本があるかは大体把握している」
と、リコが胸を張って「ふふん」と得意げに鼻を鳴らす。
ここエルフェリア大図書館は長命なエルフでさえ一生かけても読み切れないほどの本が納められているというのは有名な話だ。
それほど膨大な図書の在処を大体とはいえ把握しているのだから並の記憶力ではない。
恩師からのありがたい申し出にリゼラは僅かに思考を巡らせ、思い出したように「それなら」と口を開いた。
「魔力暴走に関する論文とか資料ってありますか? あと、古代文明の宗教書とか、冥界について記した本があればそれも」
「ふむ……。どうやら中々に濃い旅をしてきたと見たね。こっちだ。ついておいで」
前宣言通り、リコの案内に淀みは無かった。
目当ての資料を見つけたリゼラは閉館時間ギリギリまで思う存分知識を吸収し、訪れたときよりも幾分充実した顔で図書館を後にした。




