0055 望郷
──エルフェリア カシギ別邸──
「ほら起きなさい。ご飯できたって」
気が付くとすぐ隣にリゼラがいて、俺の顔を覗き込んでいた。
……ああ、そっか。俺、あのまま寝ちゃったのか。
「ずいぶんぐっすり寝てたわね」
「畳だからかな。お爺ちゃんの家を思い出したよ」
夏に繁忙期を迎える母さんの仕事の都合上、俺たち兄妹は毎年夏休みになると岐阜にある母さんの実家に預けられていた。
だから畳の匂いを嗅ぐと、どうしても郷愁を掻き立てられてしまう。
美乃梨のお母さんの実家もすぐ近所にあって、夏休みは田舎で美乃梨と合流するというのが毎年の恒例になっていた。
裏の畑で採れたスイカの味。
夏の日差しを浴びて白く輝く山々。
夕暮れに響くヒグラシの声。
夏の終わりに裏山から響く祭囃子。
まだ半年も経っていないはずなのに、今となっては遠い昔の出来事のように感じる。
……帰りたいな。
「……悲しい夢でも見た?」
「え? ……あ」
言われて気が付く。いつの間にか目尻から涙が零れていた。
確かに夢を見ていたような気はするけど……。
「あれ……。なんでだろ。思い出せない」
「きっと疲れが出たのよ。さ、行きましょ。ご飯冷めちゃうわ」
リゼラと一緒に部屋を出ると、廊下で待っていた女中さんに案内されて大広間へと通される。
畳の上に人数分のお膳が並んでいて、部屋の奥でエリドさんが俺たちを待っていた。
向かって右手前にアリアとアーシュラが座っており、その向かいにエハトゥさんがいる。
「ささ、どうぞご自由におかけになってください」
エリドさんに勧められ俺たちがお膳の前に腰かけると、女中さんたちが次々と料理を運んでくる。
これ、どう見ても和食だよな……。
「異国のお客人に作法などと野暮なことは問いませぬ。どうぞ心行くまで料理の味を堪能してくだされ」
「ありがとうございます。いただきます」
エリドさんの心遣いに感謝しつつ俺が手を合わせると、他の皆も真似して食事が始まる。
久々の箸での食事に少し嬉しさを感じつつ、まずは炊き込みご飯を一口。
……ああ、お米だ。
それも日本で栽培されているような粒のしっかりしたやつ。
お揚げや野菜にもしっかり出汁醤油の味が染みてる。
いつも田舎へ遊びに行くとお婆ちゃんが作ってくれた炊き込みご飯の味だ。
「ど、どうされましたか!? もしやお口に合いませんでしたか!?」
俺を心配してエハトゥさんがあたふたと腰を上げる。
懐かしくて、気づけば涙が止まらなくなっていた。
「いえ、違うんです。建物の造りもそうですけど、料理の味まで俺の故郷とそっくりで……懐かしくって。お料理、本当においしいです」
俺が首を横に振るとエハトゥさんは「そうでしたか」と胸を撫でおろし、腰を下ろした。
涙もだけど、箸も止まらない。
うまい、うまいなぁ。
「もしやとは思っていましたが、やはりヒロト殿は我らエルフの祖と同じ世界から来られたのでは?」
「というと?」
「我がカシギ家は緑の大地で最も古い王家ですが、実はそのルーツは異世界、ニッポンにあるのです」
「あ、やっぱりそうなんですね!?」
「いい機会ですし、我々の成り立ちについてお話しましょう」
エリドさんが軽快に手を二回叩くと大広間の景色がぐにゃりと歪み、鬱蒼と木々が生い茂るジャングルに変わった。
「うぉっ!? 広間が急に森になったぞ!?」
「はっはっは。驚かせてしまいましたかな。これは記憶の精霊たちが見たかつての光景。今を生きる我々に影響を及ぼすものではありませぬ」
アーシュラが驚いてひっくり返ると、期待通りの反応に気を良くしたエリドさんが大笑いした。
確かに木々に触れようとしても手がすり抜けてしまう。
どうやらこれはプロジェクションマッピングのようなものらしい。
「今より遥か昔。天より炎の玉が降り注ぐ大災厄がこの地を襲いました」
エリドさんの語りに沿って、場面が切り替わる。
空から降り注いだ巨大隕石の衝突で命に満ち溢れていた森は焼き尽され、雑草の一本すら残らない不毛の大地になった。
「そんなとき、どこからともなくニシノミヤの民たちが現れたのです」
本当にどこからともなく。
巨大なクレーターの中心部に突然、村が現れる。
どこか郷愁を感じさせる建物の造りと田園風景は、母方の田舎によく似ていた。
村外れには木造の小学校があり、着物姿の子どもたちがなんだなんだと大騒ぎしながら窓から顔を出している。
「彼らは不思議な力で荒れ果てた大地を緑豊かな森へと再生させ、この地に楽園を築きました」
エリドさんが両手を高く掲げると、村の風景が足元へぐんぐん遠ざかる。
定点カメラの早送り映像のように、昼と夜が目まぐるしく入れ替わり、村を中心に緑が広がっていく様子を俺たちは空の上から見下ろしていた。
「森が蘇ったことで力を取り戻した精霊たちは彼らをいたく気に入り、その礼にと彼らへ子宝を授けました。やがて生まれた子らは長い耳と宝石のように美しい瞳を持つ森の民となったのです」
森の民たちは精霊と交信する力を持ち、その肉体は十代半ばで成長を止め、それ以降老いることはなかったという。
病まず、老いず、驚異的な再生能力も併せ持つ森の民は、その力で魔物を退け、次第にその数を増やし、大陸中に広がっていった。
やがて大精霊の加護を受けた特別な子が生まれると、彼はその力で森の民たちをまとめあげ、緑の大地に国を作りあげる。
「それが我々のご先祖様というわけです!」
最後にエハトゥさんが自慢げにそう締めくくると、景色が元に戻り俺たちは再び大広間へと戻ってきた。
「今お見せしたのは我々カシギ家だけが見ることを許された古い記憶です。上古のエルフと違い、現代のエルフは不老不死の力を失っておりますが、それでもこうして精霊に呼び掛ければ太古の記憶に触れることができるのです」
「上古の時代って、どれくらい前なんですか?」
「空から火の玉が降り注いだのが今より一〇万年前のこと。そこから世界樹が誕生したとされる三万年前にかけての時代がそう言われておりますな」
ということは上古エルフの時代は七万年も続いたのか。
なんというか、スケールがデカすぎて理解が追い付かない。
それより今の映像に出てきた人たち、服装からして大正時代くらいの人たちじゃないのか?
なのにその人たちが十万年も前にこの世界に来た? どういうことだ。
「上古エルフはどうして不老不死の力を失ってしまいましたの?」
「それが我々にも分からぬのです。どういうわけか当時の記録はすべて封印されておりましてな……。記憶の精霊に尋ねても契約ゆえ見せられぬとしか申さぬのです」
アリアの疑問に、エリドさんは困り顔で首を横に振るだけだった。
「何か後世の人々に隠しておきたいことでもあったのかしら」
リゼラが顎に手を当てて考え込むが、それで答えが分かるはずもなく。
結局この話はこれで打ち切りになった。
地球とこの世界の時間差。
そのことは気になったけど、分からないことについて考え込んでもせっかくの料理が冷めてしまう。
お米なんて次いつ食べれるか分からないんだし、今の内にたっぷり堪能しておかなきゃ。
◇
──カシギ別邸 大浴場──
食後、俺は屋敷の大浴場へ向かった。
エリドさんの話によれば、この屋敷の風呂は地下深くから汲み上げた温泉らしい。
食事の席でうっかり泣いてしまったせいか、みんな俺に気を遣って早く休めと一番風呂を譲ってくれた。
「…………はぁ。生き返る」
と、そんなこんなで風呂である。
岩で組まれた大きな湯舟に肩までどっぷり浸かると、旅の疲れがお湯に溶けていくようだった。
ぼけーっと上を見上げれば、世界樹の枝葉で覆われているはずの空に、星のような輝きが瞬いているのが見えた。
「あれは世界樹の葉から発せられる魔素の光なんだ。あの光のおかげで他の植物たちは世界樹の影にあっても大きく育つことができる」
すぐ隣から声がして振り向くと、俺と同い年くらいの少年エルフがいた。
いつの間に!?
……いつ入ってきたのか全然気づかなかった。
長い銀髪を頭の後ろで一本の三つ編みにしていて、新緑の瞳は見ていると吸い込まれてしまいそうな不思議な魅力がある。
鋼のように鍛え抜かれた身体にはいくつも傷があった。
「驚かせちゃったかな。クセなんだ。気配消すの」
と、エルフ少年が悪戯っぽく笑う。
そんなゾルデ●ック家の人みたいな……。
そういえばこの世界のエルフって草食の割にマッチョな人多いよな。草食動物と胃の構造が同じなのかもしれない。
牛や象がマッチョなのは彼らの胃袋の中に住んでいる微生物が食べた草を分解してアミノ酸を生み出し、それをたんぱく質に変換しているのだと理科の吉田先生が言ってたっけ。
と、いけない。思考が逸れた。
「えっと……。俺は大翔。君は?」
「っ! ……そうか、君が。いよいよ始まるんだね」
彼は俺の顔をまじまじと眺め、何やら意味深なセリフを呟いた。なんなんだ。
「えっと……?」
「ああ、ごめんね。なんでもないんだ。僕はハルト。よろしく」
気にはなったけど初対面でアレコレ聞くのも悪いかと思い、ひとまず曖昧に笑い返しておく。
ハルトはそれ以上何を言うでもなく、少し離れた場所に腰を下ろした。
星のような煌めきに照らされた湯舟に、ぽつ、ぽつと頭が二つ並ぶ。
とても静かで穏やかな時間が流れていく。
ふと、父さんに連れられて初めて熱海に行った時のことを思い出した。
今になって思い返すと、父さんと二人きりで過ごせたのはあれが最後だったな。
「エハトゥを助けてくれたんだね。ありがとう」
しばらくするとハルトの方から俺に話しかけてきた。
その視線は何も無い空中に向けられている。
そこに何かいるのだろうか。
「もしかして精霊から聞いた?」
「うん。君ほど精霊に愛されてる人間は初めて見るよ」
「なんで俺なの? 俺みたいに平凡なやつなんて、探せばいくらでもいるのにさ」
「精霊は魂の輝きに集まってくるからね。君の魂は温かくて優しい光を放っているから、きっとそのせいだよ」
「そんな誘蛾灯みたいな……」
「あはは、言い得て妙だね。だけどその輝きはマサヨシも持ち合わせていなかったものだ」
「……劔のこと知ってるの?」
「一緒に旅したことがあってね。いいやつだったけど、魂の輝きが強すぎた。だから精霊たちはあまり寄り付かなかったよ」
「そうなんだ。……アイツ、何か言ってなかった? 故郷のこととか、その……彼女、とか」
精霊がどうとかよりも、真っ先に気になったのはそのことだった。
もし劔が美乃梨と付き合っていたなら、故郷に彼女がいるとか、誰に会いたいとか、旅の仲間に話していてもおかしくない。
「故郷に帰りたい、とは常々言っていたね。好きな人がいたとも」
「っ!」
「でもその人が自分に振り向くことは永遠にないとも言っていた。スズキ君が羨ましいともね」
どういうことだ……? 劔は美乃梨と付き合っていたんじゃないのか。
それともやっぱり、あれは俺の早とちりだったのかな。
「……羨ましい、ね。どの口が言うんだか。俺よりなんでもできてモテるくせに」
「確かにマサヨシは才気溢れる若者だった。だけど君には彼に無いものを感じるよ」
「そう?」
「君は自分で思っているより平凡じゃないってことさ」
平凡じゃない。
神秘的な雰囲気を持つハルトに言われると、なんだか自分が特別な存在になれた気がして嬉しかった。
俺も少しは強くなれたかな。
「よかったらヒロトの話も聞かせてよ。故郷の話とかさ」
「いいよ。何から聞きたい?」
「料理の話とか聞きたいな。得意なんだってね?」
「プロには敵わないけどね。ハルトは料理するの?」
「たまにね。趣味みたいなものかな」
そうは言いつつハルトの料理知識はかなりのもので、気付けばすっかり会話が弾んでいた。
最初は俺の世界の料理についてアレコレ聞かれていたのが、いつの間にかバルクアップに効果的なレシピを一緒に考える流れになって、薬膳的な効果のある木の実やスパイスなどもいくつか教えてもらいとてもためになった。
なにより驚いたのは、この家の炊き込みご飯のレシピと俺のお婆ちゃんのレシピがまったく同じだったことだ。
もしかしたらハルトの祖先と俺の祖先はどこかで繋がっているのかも。
なんて話でも盛り上がり、気付けばすっかり仲良くなっていた。
異世界に来てから男同士こういう距離感で誰かと話す機会も無かったし、なんだかとても気が楽だ。
「こんなに長湯したのは久々だよ」
「だね。ちょっとフラフラする……」
「大丈夫かい? あっちの岩陰にベンチがあるから、少し涼もう」
ハルトに肩を貸してもらい、岩陰に移動してベンチの上に横になる。
……ああ、風が涼しい。
全身にじんわり熱が巡っていくのが分かる。
もしかしてこれが「ととのう」というやつだろうか。
確かになんとも言えない解放感というか、気持ちよくはあるんだけど、あんまり身体にいいとは思えないな。
間違いなく心臓には悪そうだ。
「そうだ、今度はハルトの話も聞かせてよ。劔と旅してたってことは、魔王とも戦ったんでしょ?」
「ごめん、そろそろ行かなきゃ。また機会があったらね」
「忙しいの?」
「最近森が騒がしくてね。調査報告書を提出しなきゃいけないんだ」
「そういえばエリドさんもそんなこと言ってたっけ。ごめんね引き留めて」
「ううん、僕も楽しかったよ。それじゃあまた」
「うん、また」
ベンチから立ち上がったハルトが風呂場を出ていく。
なんというか、不思議なやつだったな。
初対面なのに長年の友達みたいな気楽さがあった。
また会えるといいな。
それからしばらく一人で涼んで、そろそろ出ようかと立ち上がると、また誰かが入ってくる気配を感じた。
「ひゃっほーう! オレいっちばーん!」
ザッパーン!
「きゃあ!? もぉ! 大人なんだから飛び込まないの!」
しまった、リゼラたちだ!
三人とも俺がとっくに風呂から出たと思って入ってきたんだ。どうしよう!?
幸いここは湯舟からは死角になっている。
だから三人ともまだ俺の存在に気づいてないようだが、脱衣所へ行くには湯舟の前を通らないといけない。
脳裏に浮かぶのはリゼラと初めて出会った日のこと。
バレたら────死ぬ!!!!
「リーゼラっ、洗いっこしましょ! まったく何ですの、このでっけぇのは!」
「とうとう触ることに許可すら取らなくなったわね、あなた」
「あぁ、なんてフワフワな……。沼! 底なし沼ですわ! 少し見ない間にこんなに立派に育って! 固定資産税かけますわよ!」
「ちょ、そこは自分で洗うから……ん……っ♡」
「ぐへへ! もっと可愛い声聞かせてくださいましー!」
「もぉーっ、やめてってば! お返しよ!」
「きゃーっ! はははっ! くすぐったいですわー!」
色即是空空即是色。俺は何も聞いてない俺は何も聞いてない!
やめろ、考えるな! 無になれ! 俺は岩だ!
違うそっちは硬くなるんじゃないやめろやめろ静まれ!!!!
心を無にして二人が身体を洗う音を意識から追い出す。
しばらくして、二人の濡れた足音が風呂場に響いた。
どうやら湯舟に向かったらしい。
ざぶざぶと二人がお湯に浸かる音。
気の抜けた吐息が湯気に混じって空気に溶けると、かっぽん、と、ししおどしの音が響いた。
「しっかし、まさかヒロトのやつ、飯食って泣くとはな」
場の空気がすっかり緩んだ頃合いを見計らい、アーシュラがぽつりと口を開いた。
「……そうね。口に出さないけど、やっぱり故郷に帰りたいのよ」
どこか寂しげな口調のリゼラに、なぜか俺まで胸が締め付けられたように苦しくなる。
「ずっと気になってたんだがよ。ヒロトは英雄の卵としてエルデンバーグで召喚されたんだろ?」
「そう聞いてるわ。英雄召喚の儀の責任者だった大叔父様……ギルゲー枢機卿は、不死魔王の手下が化けた偽物だったみたいだけど」
「だとしたら猶更だ。どうしてわざわざ魔王の手下が枢機卿に化けてまで魔王の天敵を召喚すんだよ?」
アーシュラの疑問に二人が押し黙る。
言われてみれば確かにその通りだ。
「……それらしい理由を挙げるなら、魔王復活の前にあえて素質の無い弱い人物を召喚することで驚異の芽を排除しようとした。というのが一番もっともらしいですわね」
「英雄召喚の儀は一五〇年に一度しか行えないのよね。それなら一応辻褄はあうけど……」
「まあ確かにヒロトのステータスはショボいけどよぉ」
うぐっ。
「でもアイツはオーランを救ったじゃねぇか。アイツがいなかったらオレは今頃死んでたかもしれねぇ」
「ヒロトさまに英雄の素質が無いとは言ってませんわ! ヒロトさまがいなければ、わたくしだって今頃どうなっていたか分かりませんもの!」
「私だってヒロトがいなかったらとっくに死んでたわよ。ヒロトは間違いなく英雄の素質を持ってる。ステータスなんて関係ないわ」
み、みんな……!
こんな盗み聞きみたいな状況じゃなかったら、素直に喜べたのに。
「きっと何か別の目的があるのよ」
どこか確信したようにリゼラが言った。
「別の目的って、なんだよ」
「そこまでは分からないわよ。……けど、ヒロトが聖神の加護を持っていないことが何か大きなヒントのような気がするわ」
「そういや、あの黒仮面の野郎も聖神教には関わるなとかヒロトに言ってやがったな」
淫魔王の窮地に現れた謎の男。彼はいったい何者なんだろう。
……なんとなく悪い人ではないように思うのは、俺の気のせいだろうか。
「ま、今考えても仕方ねぇか」
と、ここで一度会話が途切れる。
何かをヒソヒソと話しているような気配はあるのだが、ここからだとよく聞こえない。
「こ、ここここどっ!? 突然何言い出すのよ!?」
「何ってお前……。あんだけメスのニオイで誘っといてそりゃねぇだろ」
「ちょっと! 私がクサいみたいに言わないでよっ!!!! 誘ってもないし!!!!」
「んもー、アーシュラったら! 人族と狼人族は違いますのよ! もう少しデリカシーを持ってくださいまし!」
「ちっ、まどろっこしいなぁ……。好きならさっさと抱いちまえよ」
「でもそれはそれとして、わたくしも気になりますわ! そこんとこどうなんですの!? いい加減白状なさいまし!」
「ちょっと! アリアまで!?」
え、これってもしかしてエッチな感じの話!?
ここからだと岩が邪魔で何も見えないけど、二人に詰め寄られてリゼラがあたふたしているのが気配だけでも分かった。
「べ、別に何もないったら! ……ないわよ」
最後に何か小声でボソッと呟いたようだったけど、ここからではよく聞こえなかった。
「そういう二人はヒロトのことどう思ってるのよ!?」
「どうと言われましても……」
「なぁ?」
リゼラに言い返されて、二人が顔を見交わしたような気配があった。
待って、これ俺が聞いちゃダメなやつじゃない!?
でも二人の俺に対する評価も気になるし……ああでも! どうしよう待って待ってああああ!
「手のかかる弟、ってのが一番しっくりくるな」
「……ホントにそれだけ?」
どこか拍子抜けしたような声でリゼラが聞き返すと、アーシュラが苦笑したような気配を滲ませた。
「そりゃいいヤツだとは思うぜ? 故郷の恩人なのも事実だ。けどよく干した布団のニオイでムラムラするか?」
「だから言い方!」
「他に例えようがねぇんだよ。ヒロトのニオイは妙に落ち着くっつーか、居心地いいっつーか、とにかくそういう感じなんだ。人族には分かんねぇだろうけどな」
アーシュラの言い草に少しムッとした気配を滲ませつつも、リゼラはそれ以上何も言い返さなかった。
言われてみれば世話焼きなところとか、ガサツなところとか、ちょっと渚に似てるかも。一人称も『オレ』だし。
「わたくしも『仲のいいお友達』というのが一番近い気がしますわ。少なくともヒロトさまを異性として意識したことはありませんもの」
「それは……そうね。見ててもそんな感じだわ」
確かに俺もアリアのことを異性として意識したことは……うん。一度もないな。
流石に下ネタで笑い合ったりはしないけど、純粋な友達としての距離感とでも言おうか。
アリア自身ああいう性格だし、一緒にいて楽しいのは確かだ。
「……というか今のわたくしに性別があるかどうかも疑わしいですし」
「そうなの?」
「肝心の部分に触れようとしても、そこだけ実体がありませんのよ。虚空から身体が生えているとしか思えませんわ」
「マジで何なんだろうな。お前って」
アーシュラの一言を最後に考え込むような沈黙が場に満ちる。
しばらくして、どこか確信したような感じでアリアが再び口を開いた。
「おそらくこの身体は魂の記憶を元にミミックの擬態能力で生み出された仮初のもの。さしずめ宝箱にしがみついた亡霊といったところですわね」
「そんな! アリアはアリアよ!」
「……ありがとうリゼラ。でも分かりますの。自分が前世の未練に引っ張られていると」
「あなた、やっぱりまだカイルのこと……」
「カイル? 誰だそりゃ」
「アリアの専属騎士だった人よ。もう随分前に事故で亡くなってしまったけど」
「……悪ぃ。余計なこと聞いちまった」
「お気になさらず。どうぞいつまでも初恋にしがみつく重たい女と笑ってくださいまし! オホホホ!」
と、アリアは普段通り明るく笑ってみせるが、明らかに無理をしているのがここにいても伝わってきた。
どうしよう。まずいこと聞いちゃったな。
「……長湯しすぎた。ちょっくら涼んでくる」
気まずい空気に耐え切れなくなったのか、おもむろに湯舟を出たアーシュラがこちらに近づいてくる。
ま、まずい!? どうする!? ここにいることがバレたらリゼラに殺される!!!!
「……ん?」
と、アーシュラが急に足を止めて鼻をスンスンと鳴らす。
き、気付かれたか!?
「どうしたの? そんなとこで突っ立って」
「いや、なんでもねぇ。気のせいだ。お前らものぼせる前に早く上がれよ」
リゼラの問いにそう返し、アーシュラの足音が遠ざかっていく。
どうやら洗い場の方へ向かったらしい。
それからしばらくしてリゼラとアリアも湯舟から上がり、そのまま真っ直ぐ脱衣所の方へ去っていった。
た、助かった……。
温泉のニオイで鼻が利かなかったのかな。
あとはアーシュラが寄り道せずに立ち去ってくれればミッションコンプリートだ。
死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで岩陰に身を潜めていると、身体を洗い終えたアーシュラが脱衣所の方へと歩いてゆき────。
「あんま長湯すんなよ」
「っ!」
俺の隠れている岩に一声かけてから風呂場を出ていった。




