0052 船上の成人式
──海上──
オーランを出港して数日。
どこまでも晴れ渡る空の下、俺たちを乗せた大型船が穏やかな波間に白い航跡を刻み海原を進んでいく。
舳先が向くのは緑の大地。
陸地面積の九割が森林に覆われた文字通り緑の豊かな土地だ。
クラーケン退治の褒美として下賜された【人魚の涙】のおかげか、今のところ大きなトラブルもなく航海は順調そのもの。
持っているだけで水難を退けてくれるという話だったが、どうやら本当に効果があったようだ。
と、それはさておき────。
「「「成人おめでとう!」」」
「ありがとうみんな」
俺たちが拍手を送ると、リゼラが僅かに頬を赤らめてはにかむ。
穏やかな日差しの降り注ぐ甲板上には、ご馳走の並べられたテーブルが設置され、手すりや壁も手作りのオーナメントで飾り立てられている。
白昼堂々、俺たちが何を浮かれているのかと言えば、リゼラの成人祝いである。
実際の誕生日はとっくに過ぎていたのだが、「一生に一度の大事な日を祝わないなんてありえませんわ!」とアリアが鼻息を荒くしたので、急遽お祝いの席を設ける運びとなったのだ。
「まさかこんなに盛大に祝って貰えるなんて思ってなかったわ」
「ふふん! 大事な親友の成人祝いですもの!」
発起人のアリアが「当然ですわ!」とドヤ顔で胸を張る。
オーナメント作るの頑張ってたもんな。
ちなみにテーブル上に並んでいる料理の内いくつかは俺が作ったものだ。
時間と手間のかかるものは船のコックさんたちに手伝ってもらったけど、おかげで色々勉強になった。
「うん、上出来」
自作のカレーを一口頬張ると、懐かしい味と香りが口の中に広がる。
オーランを発つ直前、朝市で大量のスパイスを買い占めたので、せっかくだからと厨房を借りてカレー作りにチャレンジしてみたのだ。
肝心の味は我ながらよくぞここまでといった感じで、久々に日本風のカレーを食べられて俺自身も大満足である。
ついでに料理長から秘伝ソースのレシピも教えて貰ったし、俺の料理スキルも上がったはずだ。
贅沢を言うなら米が欲しかったけど、カレーは何にでも合うので、フリードレア北部地方の主食だというイモゴロチと合わせても美味しい。
イモゴロチというのは潰したダム芋を団子状にして蒸かしたもので、もちもちした触感と優しい甘みが特徴的だ。
今日は立食形式のパーティーだから、かえってこっちの方が食べやすくていいかもしれない。
「エルフの皆さんはお肉もお魚も消化できないと聞いたので、豆カレーも作ってみました。よければ召し上がってください」
「おお、ありがたい! 流石は勇者様、料理にも通じておられるとは!」
「料理長には負けますけどね」
フリードレア使節団のエルフたちも祝いの席にかこつけて秘蔵の酒を開封し、誰も彼も上機嫌だ。
使節団代表のエハトゥさんは俺がなにをやっても「流石です!」としか言わないから、どうにもこそばゆくてかなわない。
それでもみんなが美味しそうに食べている姿を見れただけでも、早起きして作った甲斐があったというものだ。
「これがヒロトの言ってたカレーね。確かに食が進むわ」
「でしょ? 食後のデザートにコッペリカもあるからね。料理長に作り方教わったんだ」
「ほんと!? 嬉しい! ありがとう!」
「ど、どういたしまして」
今まで見たことないくらいの満面の笑みにまたドキッとしてしまう。
って、違う違う! これはあれだ! ……そう! 不整脈だ! 断じて可愛いとか思ってない!
「くえっ」
ベヒモス肉の素焼きにかぶりついていたピピが「やるじゃない」とでも言いたげに額を押し付けてくる。
「たまにはガス抜きも必要でしょ」
「くえっ」
「素直じゃない? なんのことやら」
「くえっ!」
「だから違うって。わっ、くすぐったいだろあははは」
じゃれついてきたピピの羽毛が鼻先をくすぐる。
へ……へっくし!
「ねぇ、なんで普通にピピと会話してるのよ。言葉分かるの?」
「最近なんとなくわかるようになってきたんだ。な、ピピ!」
「くえっ」
「英雄の卵に付与される翻訳魔法は主要五言語にしか対応してないはずなのに……。解剖したら何か分かるかしら」
リゼラが何か物騒なことをぶつくさ言っている気がするが、俺はピピとじゃれ合うのに忙しいから聞かなかったことにする。
ほーれほれ、ここがいいのか。すりすりもふもふ。
「ピピちゃーん! わたくしにもモフモフさせてくださいましー!」
「くえ」
「きゃー! あったかくてフカフカですわー!」
俺が思う存分モフモフを堪能していると、遠巻きに眺めていたアリアがとうとう我慢できなくなったのかピピの胸元にばふっと飛びついてくる。
突然抱き着かれてもピピは一切動じず、むしろ「しかたない子ね」と優しげに目を細めてアリアを受け入れた。
なんだかんだ俺たちの中でピピが一番大人かもしれない。
「それにしても時が経つのは早いですわね。リゼラがもう成人だなんて信じられませんわ」
ピピの羽毛の中から顔だけぴょこっと出して、感慨深そうにアリアが話題を振る。
確かにアリアからしてみれば、転生したら八年後の未来だったのだから、そういう感覚にもなるよな。まんま浦島太郎状態だ。
俺もリゼラが成人したと言われてもあんまりピンときていない部分がある。
さっきの反応もまるっきり子供だったし、俺を名前で呼ぶだけであんなに真っ赤になって────やめよう。これ以上は考えちゃいけない気がする。
「アリアの感覚だとそうなるのよね」
「わたくしなんて転生したばかりですから、実質赤ちゃんでしてよ! おぎゃばぶー! ぱいぱい分けてくださいましー!」
隙ありとばかり、次の獲物に狙いをつけたお転婆ミミックが今度はリゼラの胸にダイブする。
ゴーストタウンを出発した時からときどき目で追ってたし、さては今までずっと触る機会を窺ってたな?
「ちょ、なんですのこれ!? 感触はあるのに重さを感じませんわ! 虚無! あったけぇ虚無ですわ!」
「魔導刻印でここだけ重さを消してるのよ。あとは運動したときの負担軽減のために慣性制御と靭帯の強化もね」
魔導刻印って、ティリアを倒すときに使ってたやつだよな。身体に術式を直接刻み込んで、魔力を流せばすぐに魔法が発動するっていう。
やっぱり大きいと肩凝るんだろうな。
「刻印なんてどこにありますの?」
「ほら、ここよ」
「まあ、これ刻印でしたのね! ずっとホクロだと思ってましたわ! これは隅々まで調べる必要がありますわねぇ!」
「ねぇちょっと、なんか触り方がやらし……んっ♡」
アリアの過激なスキンシップで大きなたわわがもにゅもにゅぷるるんと形を変え、リゼラの喉から妙に艶っぽい声が漏れる。
あれはいけない。目の毒だ。
ちょっとトイレ……。
「へっ、お前も男だな」
こっそりトイレに向かおうとした俺の背中に、すっかり赤ら顔になったアーシュラがからかうような笑みを向けてくる。
足元を見れば空っぽの酒瓶と、しゃぶりつくされてすっかり綺麗になった骨が転がっていた。
酔っているのは誰の目にも明らかだ。身体縮んでるのに飲むなよ。
「なんだよアーシュラまで! ……べ、別に興味ないし」
「ほーう? お前が毎晩一人で隠れてごそごそやってんの、オレが知らねぇとでも思ったか」
突然放り込まれた即死級の爆弾に喉から変な音が出た。
な、ななななななぜバレた!? 隠蔽は完璧だったはず!? ちゃんとギルドの売店で買ったニオイ消しの粉も使ったのに!
「禁足地潜るわけでもねぇのにニオイ消しの粉なんて使うからだ。やり過ぎはかえって逆効果だぜ?」
「くっ……! いっそ殺せ!」
「ハッ! やなこった。二人には黙っててやっから安心しろって」
「だったら俺にも黙ってて欲しかったよ!」
「お前の脇の甘さを教えてやらなかったせいで二人に気付かれたら、そっちの方が大惨事だろうが」
くっ。一理ある。
アリアは正直、何をしてくるか予想が付かない。
めちゃくちゃ弄って笑い話にしそうな気もするし、そのまま黙っていてくれそうな気もする。
リゼラは……下手すればパーティーが崩壊するかも。
「やるなとは言わねぇよ。体調管理の一環だからな。オレだってそういうのを紛らわすためのものは持ってる」
と、アーシュラは革ジャンの内ポケットから煙草の箱を取り出し、俺の目の前でカラカラと振った。
煙草とそういう欲求の解消がどうやっても結びつかず俺が首を捻ると、アーシュラは箱を革ジャンの裏に仕舞い、ひそひそと耳を寄せてくる。
「ただやるならもう少し上手く隠せ。女はそういうの割と気付くぞ」
「…………ぅす」
「それよりも、だ。実際のとこどうなんだよ」
と、居心地の悪くなった俺を逃がすまいと、アーシュラが肩に手を回してくる。
「うっ、酒くさっ!? ……どうって、何が」
「リゼラだよ。この中じゃ一番付き合い長いんだろ?」
「頼れる仲間。それ以上でも以下でもないよ」
「んだよ、つまんねぇ答えだな!」
「うるさいな! そういうアーシュラこそ陛下のことどうするつもりなのさ! あの人きっと死ぬまで諦めないよ!?」
「おまっ、それをここで言うかよ!?」
「はい、この話もう終わり! 解散解散!」
まったく、いきなり変なこと言うから寿命が縮んだじゃないか。
……美乃梨は俺が帰るまで待っていてくれるだろうか。
もし俺の勘違いじゃなく、美乃梨と劔が本当に付き合っていて、必死になって帰ってみたら二人は結婚してました、なんてことになってたらどうしよう。
日本に帰るのが遅くなるほど、俺はどんどん周回遅れになっていく。
おぼろげにではあるけど、俺自身こういう仕事に就きたいという夢は一応、あるにはある。
だけど向こうに帰るのが遅れるほど夢のために勉強する時間的な余裕は無くなっていく。
俺のワガママのせいで朱莉の選択肢を奪うようなことだけはしたくないし、そうなると進学は諦めて就職先を探さなくちゃいけなくなる。
けどそれだって最終学歴が中学で止まっている俺では選択肢は限られるだろう。
高校浪人、挫折、学歴格差、ワーキングプア。
どこかで聞いたネガティブな言葉ばかりが頭の中をぐるぐるぐるぐる……。
ああああああ!!!! 嫌だ嫌だ嫌だ!!!! 考えたくない!!!!
「────いやぁ、いい飲みっぷりですなリゼラ殿!」
「んふふ、そうかしら」
俺が将来の不安に押しつぶされそうになっている間にも、エハトゥさんが成人祝いにと開けた酒でリゼラの顔が早くも真っ赤になっていた。
そうか。ここは日本じゃないから十八歳でお酒飲んでもセーフなのか。
確か地球でもイタリアとかロシアでは十八からセーフだと、どこかで聞いた覚えがある。
「ふふ、ヒロトものみなさいよ~。あまくておいし~わよ~」
「未成年に酒勧めるなよ」
赤ら顔のリゼラが酒瓶片手にフラフラとこちらに歩いてくる。
大した量は飲んでいないはずだけど、もともと酒に弱い体質なのかもしれない。
そういえば師匠も元は下戸だって言ってたっけ。
「あらぁ? おふねがゆれてゆ~。なみがちゅよいのれ~」
「お前がフラフラしてるんだよ! ホントに大丈夫か!?」
「まだまだぜんぜんよってにゃいもーん。うふふっ」
「呂律が回ってないぞ。って、あわわわわ!?」
足をもつれさせたリゼラが俺に倒れかかってくる。
押し倒された俺の胸元にリゼラの特盛がふにゅんと当たった。あばばばばば!?
「わらひね~、と~っれもがんばっらの~。すごいれしょ~」
「わかった! わかったからしっかりしてくれ!」
「えへへぇ~、ナデナデして~?」
父親に甘える子供みたく、リゼラが俺の胸に頬をすりすりしてくる。
酔っぱらって幼児退行した挙句、俺と父親の区別までつかなくなったらしい。
ええい酒臭いっ! 離れろぉ!
「ぷはーっ! いいですわよリゼラ! そのままチューですわ!」
見ればアリアも酒瓶片手にラッパ飲みして顔を真っ赤にしていた。
元は一国のお姫様のはずなんだけどな。酒の飲み方が豪快すぎるというか、あれじゃまるで海賊だ。
「アリアまで!? さっき自分で赤ちゃんとか言ってたくせに酒飲んじゃダメでしょ!」
「わたくしもう人族じゃありませんものー! 愚かな人間ごときの法律なんて知ったことかですわー! げはははは!」
アリアはもうダメだ。笑い方まで化物になってる。
助けてアーシュラ!
「クックック、しーらね」
視線で助けを求めるも、ニヤニヤと突っ返されてしまった。
くそっ! さては他人事だと思って面白がってるな!?
「にゅふん、あったかぁい」
酒精に顔を赤らめたリゼラが俺の首に手を回して抱き着いてくる。
コイツ、まさか本当に俺のこと……いいや、ダメだダメだ! こんな性欲に流されるみたいなのは絶対によくない!
酔い過ぎて父親と俺の区別もつかなくなってるアホに惑わされるな!
虚空瞬在。
少し離れた甲板上に魂の座標をずらすと、それに引っ張られて肉体も一瞬で移動する。
俺という抱き枕を失ったリゼラはそのままごろんと甲板の上で仰向けになり、それっきり動かなくなった。
「……リゼラ? おーい?」
「すぅ……。うぷっ!? おろろろろおぼぼぼ!」
「ぎゃああああ!?」
恐る恐る顔を覗き込むと、リゼラが盛大に逆噴射した。
あぁ酷い、ゲロゲロだ。っていうか自分のゲロで溺れかけてる!?
まったく世話の焼ける!
「あの、酔いに効く薬です。よかったらどうぞ」
「あ、どうもありがとうございます……。ほら、飲めるか?」
「んぎゅぅ……」
寝ゲロで溺れないようにリゼラを介抱してやっていると、使節団のエルフ女性が酔いに効く魔法薬を持ってきてくれた。
瓶のフタを開けて薬を少しずつ口に含ませてやると、効果はすぐに現れ、リゼラはそのまま寝落ちしてしまった。
「おーい? 大丈夫か? ……寝ちまってら」
リゼラの盛大な逆噴射で流石に酔いも醒めたのか、アーシュラが鼻をつまんだまま心配そうな顔で近づいてくる。
流石にかわいそうだから臭そうにするのはやめてやって。
「もう薬も飲ませたし大丈夫とは思うけど」
「そうか。寝ゲロはやべぇ。オレも何度か死にかけたからな」
知りたくもない情報どうもありがとう。
それにしたって酷い有り様だ。パリピ大学生じゃあるまいし、吐くまで飲むなよまったく……。
案外どこの世界もこういうノリは変わらないのかもしれない。知らんけど。
「げはははは! ふわふわしてきましたわー! たーのしいですわねぇ! あら、もう空っぽですのぉ? まだどこかに隠してるんじゃなくって!? ほらほらぁ!」
「うわああああっ!? 助けてええええっ!?」
何事かと思い振り返ってみれば、酔ったアリアがエハトゥさんを宝箱の底へ引きずり込もうとしていた。
あーあー! もうめちゃくちゃだよ!
「何やってんのアリア! やめなってば! ぺってしなさい! ぺって!」
「やーですわ! わたくしの〇△@×■ですわにょ! ぎょへへへ!」
「ああもう酒臭い! 意味わかんないこと言ってないで放せってば! アーシュラ手伝って!」
「お、おう!」
主役が寝落ちした成人祝いは、酔ったアリアが暴れたせいですっかりしっちゃかめっちゃかになってしまった。
翌朝に目を覚ましたリゼラが酒を飲んだあとの記憶をまるっと忘れていたのがせめてもの救いか。
あの二人にはもう二度と飲ませないぞ。絶対にだっ!!!!




