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【2章完結】平凡勇者は挫けない【6章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第二章 湾港都市オーラン編

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0051.5 幕間 聖と魔

 ──白陽の大地・中央部 アリオーン聖法国──


 切り立った断崖が幾重にも連なる険しい山道を超えると、視界が一気に開け、美しい円錐形の山が姿を現す。


 霊峰アルフェバギア。

 常に雪冠を頂く大いなる山を中心に築かれたアリオーン聖法国は、言わずと知れた聖神教の総本山だ。


 標高七〇〇〇メートルの頂にある白星大聖宮(プラチナムパレス)は、聖神教の開祖、聖者ルグェルが神より授かった奇跡の力を用いて一晩の内に建てたと言い伝えられている。


 そんな大聖宮の奥の間。

 天窓から取り入れられた光によって照らし出された空間に、豪奢な法服で着飾った神官たちが白い長テーブルを囲んでいた。


「今回のエスぺリサ王国の一件、私は強く心を痛めています」


 張り詰めた空気が場を満たす中、真っ先に口を開いたのはアマーリア法王その人だ。


 神の最高傑作。

 彼女の美貌を最初にそう評したのは、果たして誰であっただろうか。


 仮に誰であったとしても、彼女を見た者は皆等しく彼女の美貌に感嘆の吐息を漏らすことだろう。

 腰まで届く黄金の髪は毛先まで艶めき、薄く光すら放っており、紫水晶アメジストの瞳はどこか冒しがたい神性さえ帯びている。


「エスぺリサ教区はあなたの管轄(かんかつ)でしたね、フェルナス枢機卿」


「は、はい……。誠に申し訳ございません」


 法王に名指しされたフェルナス枢機卿(すうききょう)が委縮した様子で声を絞り出す。

 小太りな中年男。それ以外に特にこれといった外見的特徴のない彼だが、これでも世界に二人しかいない枢機卿の一人である。

 そんな彼がまるで親に怒られた子供のように所在なさげに視線を落とす。


「今回の件はエスぺリサ王国だけでなく、多くの国々の怒りを買う結果となってしまいました。私が理想とする恒久的な世界平和への道は、また一歩、遠ざかったと言えるでしょう……」


 両手を組んで俯くアマーリアの白い頬を清らかな雫が伝い落ちる。

 自分の行いが神の代弁者たる法王の御心を傷つけてしまった。

 そのことに深い罪悪感を抱いたフェルナスは、今にも泡を吹きそうな顔でオロオロと両手を彷徨わせる。


「あ、ああ……! わ、私は決してそんなつもりは!」


「わかっています。あなたの行いもすべては神の光を世に広めんとしたため。とはいえ、私も王の冠を神より預かる者として、此度の責任を問わねばなりません」


 零れ落ちた玉の雫を指でそっと拭い、アマーリアは毅然とした表情でフェルナスへ向き直る。


「フェルナス。今月いっぱいをもって枢機卿の任を解き、来月よりエスぺリサ王国での無期限の布教活動を命じます」


「っ!!」


「かの国は今、大いなる怒りに包まれています」


 そう前置きしながらも、アマーリアは「ですが」と言葉を区切り、柔和な笑みを浮かべてさらに続ける。


「それでも、すべての人々が我々に怒りを向けているはずがありません。中には周囲の目を気にして神への祈りを捧げられず、心苦しい想いをしている人々もいることでしょう」


 自分の目が曇っていたことに気付かされたフェルナスは、己の不徳を恥じ入った。

 エスぺリサ王国は聖神教を追放した。

 フェルナスはその事実を、そこに住むすべての人々の総意であると自分でも気付かぬうちに決めつけていたのだ。


「これを機に初心へ立ち返り、そうした人々を導く光とおなりなさい」


「は、はい……っ。これよりこのフェルナス、心を入れ替え真心を尽くす所存でございます」


 目も眩むような美貌に照らされ、フェルナスの眦から憑き物が流れ落ちていく。

 実質的な聖地からの永久追放を言い渡されたにも関わらず、フェルナスの表情は晴れやかであった。


「さて、かの国のクーデターで逮捕拘束された関係者はどうなりましたか。ラーハル大司教」


 フェルナスから視線を外し、アマーリアはフェルナスの右隣に座るラーハル大司教へ話題を振る。

 柔和な面立ちの優男やさおとこだが、二七歳の若さで大司教にまでなった切れ者であり、歳が近いこともあってアマーリアからの信望も厚い。


「すでに全員が本国へ帰還しております。こちらが要求を出すより前に関係者全員を大規模転送魔法で送りつけてくるとは。……侮れない男です」


「怪我をしていた者などはいませんでしたか?」


「はい。逮捕時に聖兵が数名負傷したそうですが、全員あちらで魔法治療を受けて完治しております」


「そうですか。ラルフ王は人道を重んじる方のようですね」


 よかったと胸を撫でおろすアマーリアに、ラーハルは柔和な笑みを崩さず内心舌打ちした。


 ────この女は事の重大さを何も分かっていない。

 七大国の一つが聖神教のスキャンダルを公表し、神の善性を否定したのだ。

 今後、世界情勢は間違いなく大きく動くことになるだろう。


 関係者の返還もそうだ。

 聖法国とエスぺリサ王国の距離を考えれば、あれほどの数の関係者を一度に転送魔法で送り返すことなど、魔力消費量から考えても絶対に不可能なはずである。


 かの国で何らかの技術的ブレイクスルーが起きたであろうことは間違いない。

 それも神の目を掻い潜って、秘密裏の内に、だ。


 エスぺリサ王国は関係者の強制送還をもって、いつでも大規模な軍勢を展開できるということをこちらに示したのである。

 これが神への反逆でなくてなんだというのか。


(なぜ神は私でなく、このような木偶をお選びになられたのか)


 法王となる資格を有するのは、神から【神託】のスキルを授かったただ一人のみ。

 【神託】はこの地上で最も清い信仰心を持つただ一人にのみ与えられる。

 そして法王の命が尽きると、信者たちの中から新たな一人が神の意思によって選ばれるのだ。


 そこに血筋や身分は関係ない。

 思わず表に出そうになった黒い感情を胸の奥深くへ仕舞い込み、ラーハルはさらに報告を続ける。


「その件に付随して、残念な知らせが一つございます。……オーランに駐屯していた騎士団の中に数体、アンデッドが紛れ込んでおりました」


「なんだと!? どういうことだ!!!!」


 ラーハルの報告に声を張り上げたのは聖神騎士団(パラディウム)の総司令官、ダウラス大団長だ。

 長年にわたり自ら最前線に立ち不死者(アンデッド)と戦ってきた根っからの武人であり、その気質は(いわお)のように険しい顔にも表れている。


「オーランに派遣されていたマイト騎士長ですが、顔が崩れて白い髑髏どくろになったという証言が複数上がっております。証言者は全員精神鑑定にかけさせましたが魔法や異能で操られた形跡はありませんでした」


「なんたることだッ! おのれ不浄なる輩どもめ! 騎士団全員を聖水で丸洗いして残りを炙り出してやる!」


「エルデンバーグ王国へ調査に向かわせた【神の耳】の報告によりますと、ギルゲー枢機卿も高位のアンデッドに成り代わられていたことが判明しております」


「そんな!? では、本物のギルゲー枢機卿は……」


 アマーリアがラーハルに縋るような眼差しを向けるが、彼は無言で首を横に振り、胸の前で聖印を切った。


 会議の場に沈鬱な空気が垂れこめる。

 エルデンバーグ大公家出身のギルゲー枢機卿は、その高貴な生まれを一切鼻にかけず、どんな相手にも柔和な姿勢を崩さない好人物であった。


 多くの私財を投げうって教会をいくつも建て、貧しい人々への炊き出しや就労支援にも力を注いできたまさに聖職者の鏡のような人物であり、世界で唯一宗教の自由が憲法で認められているかの国で、多くの人々が聖なる神の教えを信ずることを選んだのも、ギルゲー枢機卿の人徳あってのものである。


「おのれアンデットめぇ……ッ! あれほど清い心を持ったお方にまで手にかけるとはッ!」


 ダウラスが涙を堪え、やり場のない怒りを握りこむ。


 不死魔王の復活とエルデンバーグ王国の滅亡が神託により予言されて半年。

 祖国を救う機会を与えられたと精力的に走り回っていたギルゲーの姿は、ここに集った皆の記憶にも新しい。

 アンデットに成り代わられたのだとすれば、おそらくかの国へ向かう道中のことだろう。


「……ルキウスがついてさえいれば、こんなことにはッ」


 冒険者時代からの仲間の顔を思い浮かべ、ダウラスが悔しげに奥歯を噛みしめる。

 ギルゲー枢機卿と賢者マリエラは血縁上の叔父と姪の関係にあたる。

 ルキウスが二二歳の若さで聖の字を賜ったのも、ギルゲーが姪の恋路を応援すべく当時の法王に裏でかけあったことが大きかった。


 二人の結婚に真っ先に賛成し祝福してくれたのもギルゲーである。

 挙式の際には進行役として参加し、二人の愛の誓いを最も近くで聞き届けてもいる。

 そこだけ切り取ってもルキウスにとっては大恩ある義理の叔父であり、タイミングが合わず枢機卿の護衛に彼が就けなかったことは、ただただ悔やまれるばかりだった。


(……ふん。所詮は異邦人。どこの蛮地から来たとも知れぬ者を信用するとは。どこまでもおめでたいヤツだ)


 戦友の無念を想い涙を流すダウラスに冷ややかな視線を向けつつ、ラーハルは迷子になりかけた議題の論点を元に戻した。


「問題はそこではありません。エルデンバーグの王都には強力な魔除けの結界が張られていました。しかし蓋を開けてみればどうでしょう。ギルゲー枢機卿はアンデッドに成り代わられ、王城は崩壊した。これは由々しき事態です」


「何が言いたい?」


 この場面でも顔色一つ変えない薄情な男への苛立ちも顕わにダウラスが聞き返すと、ラーハルは構わずさらに続けた。


「報告によれば王都の結界はアンデッドが素通りできるよう術式に改編が加えられていたそうです」


「馬鹿なッ!!!! それは生きとし生ける者すべてに対する裏切りではないかッ!!!!」


 ダウラスの怒声に再び場に沈黙が満ちる。

 アンデッドを人の住む領域に招き入れるなど、信仰の違い以前の問題。すべての命ある者に対する重大な裏切り行為だ。


 アンデッドが一体でも町に入り込めば、それはその町の終焉を意味する。

 通常の物理攻撃は一切通用せず、聖歌による浄化も、生前の信仰が違えば効果がないことも多い。


 そしてアンデッドに殺された者もまた、アンデッドになってしまう。

 相手は殺せば殺すほど味方を増やしていくのだ。


 ゆえにアンデッドは一体たりとも人の領域に入れてはならないし、逃がしてもならない。

 その一体が村を、町を、国を滅ぼし、放置すればいずれこの世界さえも滅ぼしかねないからだ。


「これは例えばの話ですが、聖の字を賜って以来、両手の指で足りる程度しかこの地を訪れたことのない者がいたとしましょう。その者は長年アンデッドと戦い続け人々を守り続けてきた」


 ラーハルの例え話に、全員の脳裏にある人物の顔が浮かぶ。

 ルキウス・クラウロード。異世界から迷い込んだ剣豪であり、冒険者として数々の武勲を打ち立てた現代の英雄だ。


「……ですが、もし、もしもです。アンデッドとの戦いの中で、その人物が魔王の影に囁かれ、魔道に堕ちていたのだとしたら?」


「貴様ッ!!!! それ以上は我が戦友への侮辱と見做すぞッ!!!!」


 ダウラスが背負っていた鉄塊の如き大剣の柄に手をかける。

 しかしそんな爆発寸前の猛獣を前にしても、ラーハルは涼しい顔のまま目を細めて鋭く切り返す。


「聖神騎士団にもアンデッドが紛れ込んでいたという事実をもうお忘れですか? ああそういえば、あなたも元は彼と同じ冒険者パーティーの仲間でしたね。彼の妻である賢者マリエラも」


 疑惑の視線がダウラスの巨体へと集まる。

 皆の脳裏に浮かびあがったのは一つの推測。


 仮に、剣聖ルキウスが魔王の手に堕ち、その妻である賢者マリエラやダウラスさえもそうだとしたら────。


 賢者マリエラであれば、結界の術式を改変することなど造作もないだろう。


 ダウラス大団長であれば、騎士団内部にアンデッドを招き入れることもできるのではないか。


 疑惑の視線を向けられ、怒りに煮えたぎっていたダウラスの顔から血の気が引いていく。

 嵌められた。そうとダウラスが気づいた時には、場の空気はすでにラーハルの味方だった。


「ち、違う! 俺とルキウスは裏切ってなどいない! 無論マリエラもだ! 神に誓う!!!!」


「ではあなたの戦友はどこへ消えたというのです! 自ら保護した英雄の卵を置き去りにして!」


「……ッ」


 再び場に沈黙が満ちる。


 英雄の卵の消息はオーランで確認できたが、剣聖本人の行方は魔法都市ベルパドーラ陥落以後、現在も分からないままだった。

 二〇年以上ルキウスと共に戦い続けてきたダウラスでさえ、彼がどこへ消えたのか見当もつかなかった。

 

「おやめなさいラーハル。ダウラスは裏切ってなどいません。無論、剣聖ルキウスと賢者マリエラもです」


 凛と響く鈴の音のような声が、場の空気を変えた。

 アマーリアだ。


「しかし法王様!」


「正直者のダウラスが神に誓ったのです。あなたは神を疑うのですか?」


 少し困ったような笑みを向けられ、ラーハルの首筋を冷汗が伝い落ちる。

 まさかアマーリアがこんなふうに自分を(たしな)めてくるとは思ってもいなかった。


 ラーハルは今日この場で、政敵のダウラスを聖地から追放するつもりでいた。


 ダウラスは平民出身派閥の筆頭であり、貴族出身派閥のラーハルにとっては目の上のたんこぶそのもの。

 この機にあの無駄に声がデカい筋肉ダルマを排除できれば聖地の勢力図を塗り替え、自身の影響を強められるのだから、やらないという選択肢は無かった。


 そのための根回しもすでに済んでおり、この場に集まった者の内、半数以上が貴族出身派閥となっている。

 先程ダウラスに向けられた疑惑の視線も、半分はサクラだった。


 それもすべては場の空気でアマーリアの判断を狂わせ、己の意のままに会議を進めるため。


(チッ……。あの忌々しい盾さえいなければ)


 この場にいない【天使】の顔を思い浮かべ、ラーハルが内心舌打ちする。

 あの盾さえいなければ、こんな迂遠な真似などせずとも直接アマーリアを取り込み意のままにできたというのに────。


「────っ!」


 するとここで、アマーリアが突然ハッと顔を上げた。

 直後、天窓から降り注いだ清らかな光が彼女を包み、場が神聖な気配で満たされる。

 神託が下ったのだ。


「……そう、ですか。神の御心のままに」


「まさか神託が!?」


 顔を驚愕の色に染めたラーハルが問うと、アマーリアは厳かに頷いた。


 法王とは即ち、地上に神の意思を伝える代弁人だ。

 神託を授かった彼女が放つ次の言葉はそのまま神の言葉であり、その一言は世界の趨勢(すうせい)さえも左右する。


 それが、まさかこのタイミングで。

 誰もが固唾を飲んで耳を澄ませると、鈴の音のように美しい声が神の言葉を代弁した。


「神は仰いました。ヒロト・スズキを大聖宮に召喚せよと。我々は来るべき不死魔王との決戦に備え、力を蓄えよとのことです」


 そこで一度言葉を区切り、「ここから先は私自身の判断ですが」と前置きした上で、アマーリアはさらに続けた。


「私はヒロト・スズキに聖刃の称号を与えようと思っています」


「神の加護を持たぬ者を聖刃認定なさるおつもりですか!?」


 異例の決断にラーハルが思わず声を張り上げる。

 聖刃せいじんとは、優れた武勇を持つ人物に対し法王が与える名誉称号だ。


 そして、その称号を賜ったのは歴史上でもただ一人のみ。

 マサヨシ・ツルギ。

 六〇〇年前の人魔大戦において人類を勝利へと導き、その栄光をもって聖神教を世に広めた偉大なる勇者である。


「聞けば、かの少年はルキウスの弟子だそうではないか。魔王と戦おうというのに、いつまでも卵のままでは恰好もつかんだろう」


 ラーハルとは対照的に、ダウラスはむしろ大翔に対して好意的であった。

 大翔ひろとのステータスは冒険者ギルドへ登録した時点で聖法国側にも筒抜けになっている。

 大翔が闘気剣術を習得しているらしいという情報もすでにダウラスの知るところであり、かつて自分がどれだけ努力しても習得できなかった戦友の剣を受け継いだという大翔に、彼は一人の武人として興味を抱いていた。


「であればすぐにでも使者を。……と、言いたいところではあるのですが、少々問題が」


 と、ここでようやく口を開いたのは、白いフードと仮面で顔を隠した年齢不詳の男だ。

 諜報機関【神の耳】の長を務めるズェダ局長である。


「問題、というと?」


 アマーリアが視線を向けると、ズェダは抑揚のない声で答えた。


「実はヒロト・スズキの次の行き先がフリードレア連邦なのです」


 ズェダが口にしたその国名に、その場の誰もが微妙な顔をした。


 フリードレア連邦にも聖神教の教会や聖堂は()()、存在する。

 しかし、かの地には未だ精霊信仰が根強く浸透しており、布教活動はあまり進んでいないのが現状だった。


 さらには歴史的な問題から、フリードレア連邦政府と聖法国は非常にデリケートな関係にある。

 下手に突けば藪蛇やぶへびになる可能性もあった。


 相手は建国より三万年の歴史を誇る世界最古の国。

 不死魔王の復活が予言された今の状況で、かの国を敵に回すことだけは絶対に避けねばならない。


「そうですか……。ならば仕方ありません。ヒロト・スズキが緑の大地を出るまでは静観としましょう」


 アマーリアの下した結論に異を唱える者は誰もいなかった。




 ◇




 ──果ての古城──


 巨大な円卓を三つの影が囲んでいる。


 ここは忘れ去られた古の大国の城跡。

 今日、この日この場に集まったのは、この世界でも指折りの強者たち。

 魔の頂点、即ち魔王である。


「おや、少し見ない間に新顔が増えたようだね」


 不死なる者どもの王──不死魔王ヘルグが、対面に座る男へ探るような視線を向ける。

 黒いフルフェイスを被った、全身黒ずくめの男だ。


「お前たちとなれ合うつもりはない」


 黒仮面が全身から拒絶の意思を滲ませる。

 彼は魔族でも、ましてや魔王でさえない。

 彼がここにいるのは己の目的を果たすのにこれが最も合理的と判断したからであり、利が無くなればすぐにでも一方的に関係を解消するつもりでいた。


「ま、吾輩の邪魔さえしなければなんでもいいがね」


 おどけたように肩を竦めてみせたヘルグに構わず、黒仮面は腕を組み「ふん」と鼻を鳴らす。


「魔具職人の野郎がいねぇのはいつものことだがよ、淫魔もいないのは珍しいじゃねぇか。テメェが助けたんじゃねぇのかよ」


 すると今度は、メタリックブルーの装甲が映える二本角の機械武者──豪鬼魔王ドラジスが黒仮面に声をかけた。

 しかし黒仮面は肩を竦めただけで何も言わない。


「ここにいるわよぉ!」


 と、ここでドラジスの対面、テーブルの下からぴょこぴょこと小さな手が上がる。


 何かと思いドラジスがテーブルの下を覗き込めば────いた。

 随分と小さくなってしまったアシュモネが自分より背の高い椅子によじ登ろうと必死にもがいているところだった。


「ぶはははは! なんだその恰好! 随分ちんちくりんになっちまったじゃねぇか!」


「うるさいわねぇ! レベルドレイン中に不意打ちされたのよ! あのガキ、今度会ったらタダじゃおかないんだからぁ!」


 腹を抱えて大笑いするドラジスに、アシュモネが両手を振り上げ「むきーっ!」と悔しがる。


「ふむ、彼は順調に英雄としての道を歩き始めたようだ。結構結構」


 大翔ひろとが順調に育っていると知り、ヘルグが笑みを零す。

 するとここで円卓の中央にはめ込まれた水晶が光を放ち、空中に巨大なシルエットを映し出す。

 外見的特徴の一切を意図的に隠したかのような、ただ人型としか表しようのない影だ。


『みんな揃ってるね。じゃあそれぞれの成果を聞こうか』


 シルエットが円卓に集った全員をぐるりと見渡すと、魔王たちが一人ずつ成果を述べていく。


「では吾輩から。仕込みは上々、といったところだ。今頃、聖神騎士団パラディウムどもはネズミ探しに躍起になっているだろう。各地に蒔いた種もいくつかは芽吹きつつある」


『ありがとうヘルグ。今後もしばらくはアンデッドを使って裏方仕事に徹してくれ』


「承知した」


 ヘルグが鷹揚おうように頷くと、どうにか椅子の上によじ登ったアシュモネが口を開いた。


「じゃあ次は私ね。エスぺリサ王国での活動は最後にちょっとケチが付いちゃったけど、目的は概ね達成したわぁ。泳がせてた王子がいい仕事してくれたわね」


『これでしばらく聖法国は動きづらくなったはずだ。各国への内部工作は淫魔とアンデッドたちに任せて、君はしばらく力を取り戻すことに専念してくれ』


「はぁい。あ、そうそう。おじいちゃんもアンデッド貸してくれてありがと。おかげで色々助かったわ」


「それは重畳。また必要になったらいつでも言いたまえ」


 アシュモネが愛嬌たっぷりにウインクすると、ヘルグは孫を愛でる老爺のような雰囲気を滲ませ頷いた。

 そんな二人を横目に、今度はドラジスが口を開く。


「魔法都市では言われたものを回収してきたぜ。魔具職人はブツの解析中だ。何か分かればそのうち顔出すだろ」


『そうか、分かった』


「そういや、魔具職人の野郎が住民もろとも剣聖と賢者を道具に変えちまったが、あれはいいのか?」


『あー、うん。父親のように慕う師匠が目の前で殺されれば旅立ちの動機になるかなと思ったんだけど、考えてみればやり過ぎだったね』


 戦乱の世に慣れ過ぎたかな。と、シルエットが頬を掻いて自省する。

 見ればその手にはいつの間にか一冊の本が開かれており、パラパラとページを捲ったシルエットは「へぇ」と、どこか感心したような声を漏らした。


『彼に会ったらナイスアドリブって伝えといてくれるかい? おかげで鈴木君の成長が数年早まった。これなら計画の大部分を省略できそうだ』


「おう」


 ドラジスが短く返事を返すと、最後に黒仮面が成果を述べた。


「各地の聖神関連の遺跡はおおむね破壊し、聖神の力が込められた過去の英雄たちの武具も回収済みだ」


『ありがとう。あとは聖なる泉をどうにかすれば不確定要素は概ね潰せるかな』


「……一つ確認させろ」


『なんだい?』


「英雄の卵の人選はお前の意思ではないんだな?」


 僅かな怒気を滲ませ黒仮面が問うと、シルエットはゆるやかに首を横に振る。


『それはない。すべては彼が飛び込んできたあの瞬間から決まっていたことだからね。ある意味では、これは彼自身が望んだことになるのかな?』


 シルエットが穏やかな口調でそう返すと、黒仮面は納得こそしていないものの、ひとまず矛を収めるように「ふん」と鼻を鳴らして話を打ち切った。


『さて、それじゃあ盤面を進めようか。ドラジス、君にはエルフェリアであるものを回収してきてもらいたい』


 エルフェリア。

 因縁深いその地名を聞き、機械の身体が僅かに怒気を帯びる。


「……わざわざ俺に行かせるからには、理由があるんだろうな?」


『もちろん。魔神の右腕、君にはあれの回収を頼みたい。あの国の首都に張られた結界はちょっと厄介だからね。回収が終わったらあとは好きにして構わないから』


「ハハッ……! テメェも大概いかれてるぜ」


 機械の瞳に憎しみの炎を宿らせ、ドラジスが静かに笑う。


 地獄から呼び戻されて数百年。このときのためだけに力を蓄え続けてきた。

 エルフと魔族、数万年に及ぶ因縁と憎しみの歴史に今度こそ終止符を打つ。

 生前果たすことのできなかった悲願をついに果たす時が来たのだ。これが笑わずにいられようか。


『君は春風の大地へ向かってくれ。聖なる泉の破壊を頼む』


 シルエットからの指示に、黒仮面が声を発することなく首肯のみを返す。


『じゃ、みんな頼んだよ』


 魔王たちに一通り指示を与えたシルエットは、終始気さくな調子を崩さぬまま、軽く片手をあげてその場から姿を消した。

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