0048 褒美
──オーラン王宮──
英霊たちを冥界へ送った翌日の朝。
王宮からの使者が宿を訪ねてきて、俺たちは王宮へと招待された。
正門から入城して、俺たちはそのまま応接間へ通される。
先に到着していたアーシュラさんが腕組みして暇そうに尻尾を揺らしていた。
「あれ、他のみなさんは? 一緒じゃないんですか?」
「どっかの誰かさんが玉座の間に大穴ブチ開けちまったからアイツらは別の日だとよ」
「おほほほ。緊急事態でしたしご容赦くださいまし!」
使者の人に言われてしばらく待つと、ラルフ殿下改め、陛下が部屋に入ってくる。
よかった、今日はちゃんと服着てた。
「本来なら音楽隊の演奏も交えて盛大に式典を開きたかったところなのだが、現在玉座の間は補修工事中でな。君たちも堅苦しいのは慣れぬであろうし、褒美の授与はここで行わせてもらうぞ」
「なんかすみません……」
「いいんだ。おかげで我が愛しの君は助かったのだからな」
アリアの代わりに俺が謝ると、ラルフ陛下はアーシュラさんをチラリと視線を投げつつ笑顔で許してくれた。
服を着た状態ならマトモなんだけどなぁ……。
「気持ち悪い言い方すんなボケが」
「ん゛……っ! ふぅっ。私が王になっても変わらぬその物言い……。あぁっ、快 感っ」
「心底キショいなお前……」
「あぁぁっ! 言葉のトゲが気持ちいぃぃぃっ!!!!」
前言撤回。
やっぱ服着ててもマトモじゃなかった。
「そうやって喜びそうなこと言うから余計に好かれるんじゃ……」
「無視しても放置プレイとか言って喜ぶんだよコイツ。助けてくれ」
アーシュラさんが尻尾を丸めて心底困った顔で助けを求めてくるが、俺は全力で首を横に振った。
気の毒だけど俺にはどうすることもできないです。
「ふぅ……。これでまた一〇年は長生きできるぞ。さて褒美だな。勇者ヒロト・スズキよ。君にはこれを授けよう」
一瞬で真面目な顔に戻ったラルフ陛下から手渡されたのは、革の鞘に納められた無骨な片手剣だった。
今まで持ったどの剣よりも軽く、鞘から少し抜いてみると冷たい金属の輝きが俺の顔を照らした。
「銘を『剛剣アダマス』。持ち手の部分も含めてすべてアダマンチウム合金製で、鞘はクラーケンの革を加工したものだ」
「おお!」
「鞘に納めておくだけで刃のゆがみや傷を自動で修復してくれる。仮に刃が折れても一晩も鞘に入れておけば元通りになるだろう。有効に活用してくれたまえ」
「ありがとうございます!」
あの巨大戦艦と同じ素材から作られた剣。
しかも自動修復機能までついてるなんて、凄いとしか言いようがない。
これはいいものだ。ありがたく使わせてもらおう。
「リゼラ嬢にはこれを」
リゼラには一本の指杖が贈られた。
素材には白金が使われていて、付け根の部分に小粒の青い宝玉が埋め込まれている。美術品としての価値も高そうだ。
「銘を『賢杖アルファ』という。付け根の宝玉は超小型の魔導演算機になっている。最上級の長杖には僅かに及ばないが一般的な指杖とは比較にならぬ威力で魔法が放てるだろう」
「ありがたく頂戴いたします。……え、待ってこれ七層コアの複層魔導回路!? この小ささ、どうやって加工したのかしら……」
「喜んでくれたようで何よりだ」
「あ、ありがとうございます!」
この国の加工技術の高さに思わず素が出てしまったリゼラに陛下が笑みを深める。
詳しいことは分からないけど何か凄い技術が使われているらしい。
「アリア嬢にはこれを」
「まぁ! 綺麗なブローチ!」
アリアにはブローチが贈られた。嵌め込まれた宝石は深海を思わせる神秘的な青を湛えていて、思わず息を飲むほど美しい。
装飾もかなり凝っているし随分と高そうだ。
「人魚の涙を加工したものだ。それ自体に特別な魔力が宿っていて、持っているだけで水難を退け、水中で呼吸もできるようになる」
「こんな貴重なものを本当に頂いてしまって、よろしいんですの?」
「我が国と貴国の友好の証と思ってくれたまえ」
「……やはりご存じでしたのね」
「君たちの動向は通信妖精を使って把握していたからな」
そうか、だから王子はケルセスのやったことも全部知っていたのか。
もしかして禁足地のテントに彼へ通じる通信妖精がいたのかも。
「現在エルデンバーグ王国は大公家が国政を引き継いだようだが、王の落胤を旗印に掲げた辺境伯派閥が王位の簒奪に向けて動きだしたらしい。君さえその気なら手を貸そう」
「他国の内政に干渉している余裕が貴国にありまして? 今回の一件を受けて聖法国も黙ってはいないでしょうに」
「すでに手は打ってある。実を言うとあの放送は全世界へ向けて同時配信していてな。逮捕拘束した聖神教関係者も、すでに聖法国へ大規模転送魔導で送還済みだ」
「随分と手際がよろしいんですのね」
「でなければクーデターなど起こさぬさ。それに聖法国を抑え込む手はすでに打ってある」
聞けば、殿下はクーデター決行前から水面下で着々と準備を進めていたそうだ。
共通通貨を用いない新たな貿易協定もその一つで、港で足止めを食らっていた各国の大使たちも聖神教の大スキャンダル暴露が後押しになったのか、協定への参加に前向きな姿勢を見せたらしい。
聖神教が行ったマッチポンプはすでに世界中で波紋を呼んでいるようだった。
「聖神教を国教とする国の殆どは内陸国、それも春風の大地に集中しているからな。総本山がいくら呼びかけようと海上の物流をこちらで抑えてしまえば派手な行動はできぬだろうし、させるつもりもない」
と、陛下が不敵な笑みを浮かべて見せる。
この感じだと多分口に出せないようなことも色々とやってるんだろうな。怖い人だ。
「……本当に抜け目のないお方。ですがわたくしはすでに死んだ身。死者が争いの火種になることなどあってはなりませんもの」
アリアがきっぱりと誘いを断ると、僅かな沈黙の後、ラルフ陛下は苦笑した。
「すまない。出過ぎた真似だったな。ならばこのブローチは国を救った旅の英雄への褒美として贈ろう」
「ふふっ、そういうことでしたらありがたく頂戴いたしますわね」
ようやく表情を和らげたアリアが早速ブローチを胸に着けると、陛下も満足そうに頷いた。
もともとそんなに本気じゃなかったのかもしれない。
すると陛下はおもむろに机の下から一抱えもある大きな黒い袋を取り出し、机の上にじゃらりと乗せる。
なんだか不気味な呪符がいっぱい張り付けてあるし、見るからにヤバそうだ。
「ついでに我が国秘蔵の呪いの品もすべて引き受けてくれるとありがたいのだが。呪いを封じるためのコストも馬鹿にならんからな。嵐の笛を無力化したそなたなら、これくらいワケもないだろう? ほら、オヤツ感覚でバリバリっと」
「おほほほ。もう陛下ったら、笑えない冗談はおよしになって。わたくし便利なゴミ箱じゃありませんことよ!」
互いを牽制するような乾いた笑いが響き合う。
冗談っぽく言ってるけど陛下の目が笑ってない。
どうやらこっちが本命のお願いだったらしい。
なんだっけ、こういう心理学の手法。……どこでもドア? 絶対違う気がする。
ともあれアリアに受け取る意思がないと悟ったのか、ラルフ陛下は咳払いで誤魔化し、最後にアーシュラさんへと向き直った。
「アーシュラ、お前にはこれを送ろう」
それはミスリルで作られた冒険者プレートだった。
裏面にはエスぺリサ王家の紋章が刻印されている。
「冒険者ギルドに掛け合って金等級よりも上のランクを特例で作らせた。お前は今日から名実共に聖銀級冒険者だ」
「あぁ!? 受け取れるかこんなもん! 今のオレは見たまんまの力しかねぇんだぞ!?」
「だが冒険者を辞めるつもりはないんだろう?」
「ギルマスに頼んで鉄等級からやり直すつもりだったんだよ! それをこんなもんまで作りやがって! オレを殺してぇのか!」
「これはお前への信頼の証であり、私自身の願いでもあるのだ。お前ならすぐにでもこのミスリルの輝きに相応しい高みへ返り咲くとな」
「チッ、余計なもん押し付けやがって」
などと口では言うものの、尻尾はまんざらでもなさそうに揺れていた。
「……オレ自身が納得できるレベルになったら、もう一度取りに来てやる。だから今はお前が持ってろ」
「そうか! ではそのとき結婚だな!」
「しねぇからな!? その辺の岩でも抱いてろ変態野郎!」
「それならいつもやっているが? よりゴツゴツしてザラザラした岩ほどいい感じに痛くて捗るのだ。岩の表面にナニを擦りつけたときの痛みなど思い出しただけで……ンフッ」
ひぇっ、もみじおろし……。
「もうやだコイツ! 知らねぇ!」
変態王の想像を絶するマゾっぷりに震え上がったアーシュラさんは、べそをかきながら応接間から飛び出していってしまった。
……あーあ。
「私たちもそろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
「それでは陛下、ごめんあそばせ」
「え、もう帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていったら? ねぇ、無視? 放置プレイなの? せめてこの袋だけでも持ってってくれると助かるんだが。ねぇったら、ねぇ」
バタンッ!
さりげに呪いのゴミ袋をなすりつけようとしてくる変態王を応接間に封印すると、入り口のところに立っていた衛兵さんに「すみませんねぇ」と苦笑交じりに頭を下げられてしまった。
この人たちも苦労してるんだろうなぁ。お勤めご苦労様です。
後の始末を衛兵さんに押し付けた俺たちは、そそくさと王宮を後にした。
◇
──オーラン港 灯台──
変態王のもとから逃げ帰ったアーシュラは、その足で港の灯台へ向かった。
何か嫌なことや悩みがあると彼女は決まってここを訪れる。
灯台の上、手すりにもたれかかり遠く水平線を眺める彼女の顔はやはり浮かない。
「……どうすりゃいいんだよ、あんなの」
重いため息を海に落とすと、まるで慰めるかのように穏やかな潮風がアーシュラの頬を撫ぜた。
あんな変態のことなど考えたくもなかったが、今や相手は一国の王だ。
しかも向こうに諦める気が無いとなれば嫌でも対策は考えねばならない。
本人の前では決して口にはしないが、アーシュラはラルフのことを内心ではかなり高く評価していた。
常に三手四手先を見て行動し、こちらが何かを頼もうとすればすでに仕事を終えている。
そんなある種の異能じみた手際の良さに助けられたことはこれまで何度もあったし、変態という大きな汚点に目を瞑ればおおよそ完璧と言っていいだろう。
何より海を漂っていた自分を拾い上げてくれた命の恩人でもある。
だが、それはそれ。
変態うんぬん以前に、そもそもアーシュラがラルフを異性として認識できないのが問題だった。
人族の五感の割合は視覚が八割とも言われているが、狼人族の場合、嗅覚が四割、聴覚が三割を占めると言われている。
人の判別も顔ではなく体臭で嗅ぎ分けており、魅力的な異性かどうかの判断もニオイが大きな比重を持つ。
数多いる獣人の中でも、狼人族は特にニオイの相性を大事にする傾向がある。
もちろん結婚を決める基準はそれだけではないが、狼人族が結婚相手を選ぶ際、相手の社会的な地位にあまり拘らないのは統計的な事実だ。
確かにラルフのニオイは好きな部類ではある。
が、性的に興奮するかと言われたら断じてNOだ。
なによりラルフは今やこの国の王となったのだ。
世継ぎが生まれなければ国が途絶えてしまう。
香水で鼻を誤魔化すという手がないわけでもないが、ラルフと結婚すれば必然的にアーシュラは王妃ということになる。
堅苦しい王宮暮らしなど真っ平御免だった。
何より自分は海賊の娘だ。
いくら民衆から絶大な人気を誇った義賊とはいえ、それを良く思わない者は必ず出てくる。
それ以前に、獣人の血が王家に混じることを貴族たちは良しとしないだろう。
「つっても、諦めちゃくれねぇんだろうなぁ……」
なにせ十五年も断り続けてきたのに、それでもしつこく求婚してくるような男なのだ。
諦めるという単語がそもそも彼の辞書に載っていないのだろう。
ラルフの性格と手腕なら、必要とあらば王制を廃止して議会制へ切り替えるくらいはやってのけるに違いないし、なんであれば明日の朝にはすでにそうなっていても何ら不思議はない。
しかしアーシュラが彼に対して魅力を感じられない以上、どうあがいても脈無しだった。
「いっそ旅にでも出るか……?」
形見のロケットをまじまじと見つめ、誰に聞かせるでもなくポツリと呟く。
そこに納められているのは、まだ生まれたばかりの自分と、年若い両親の在りし日の姿だ。
父ギオドラも海へ出てから母と出会い、夫婦となったと聞く。
ならば自分の運命の相手だってこの世界のどこかにいるはず。
「どっかでイイ男見つけて結婚しちまえば流石のアイツも……。いや、もっと変態度が上がるだけか」
寝取られ性癖を開花させて、いよいよ無敵の存在になってしまったラルフの姿を鮮明に思い浮かべてしまい、アーシュラがげんなりと肩を落とす。
なぜ一介の市民である自分がこの国の行く末について憂慮しなければならないのか。
と、そのときだった。
首にかけていたロケットのチェーンが切れてしまい、大事な形見の品が重力に引かれて落下していく。
「っと、あっぶね! ……あ? なんだこの溝」
間一髪、アーシュラがロケットを掴むと、裏側に小さな溝があることに気付く。
よく見ればネジのような細工になっており、回せそうな雰囲気はあるのだが、爪を入れてみても硬くて回らなかった。
「……待てよ?」
脳裏にピンと閃くものがあり、アーシュラは首から紐で下げていた形見の指輪を手に取る。
指輪の表面には細かい細工が施されており、突起になっている部分がちょうどロケットの溝に嵌りそうだった。
「開いた!」
アーシュラの予想通り、指輪の突起を使うとロケットの細工は簡単に開き、中から小さな紙切れが出てきた。
【緑の口:Y24:X3:くま】
緑の口、という名前には聞き覚えがあった。
大陸の九割が森林に覆われたエルフたちが住まうという緑の大地。そこへ上陸できる唯一の港の名前だったはずである。
XとYは横軸と縦軸を表す記号で、冒険者がマッピングする際にもよく使うので知っていた。
「くま……?」
だが最後の「くま」だけが分からない。
何かの目印、あるいは暗号か。
どれだけ考えても答えは見えてこず、そうなるとますますこれが何を示しているのか知りたくなる。
『なーんにも知らないって哀れよねぇ。正義の海賊団? 奴隷の解放者? ばーっかみたい。この世の闇の深さも知らないくせに、笑っちゃうわ』
不意に脳裏をよぎる淫魔王の言葉。
敵が苦し紛れに放った戯言と否定してしまえばそれまでだが、目の前にある紙切れが自分の知らない両親の秘密を仄めかす。
知りたい。
そう思うと、もう冒険心を止められなかった。
「行くか!」
ロケットと紙切れを腰のポーチに突っ込んだアーシュラは、手すりをひらりと乗り越え灯台の上から飛び降りる。
軽やかに着地した彼女は勢いそのまま駆け出した。




