0047 葬送
──オーラン 第一埠頭──
港へ戻ると町の人々が俺たちを大歓声で迎えてくれた。
どうやらギルドの天幕にも一匹通信妖精がいたようで、現場の音声はリアルタイムでこちらにも伝わっていたらしい。
すると人混みの中に見知った顔を見つけた。受付のバネッサさんだ。
あ、目が合った。
どうやらあちらも俺たちに気付いたらしい。
物凄い勢いで人混みを掻き分け、大柄なおばちゃんがこちらに駆け寄ってくる。
「アンタたち! よく……よく無事で帰ってきたね……っ」
顔を合わせるなり、背骨が折れるんじゃないかと思うほど強く抱きしめられた。
ぐぇぇっ!? ぐ、苦じい……!
「なんて無茶するんだいこの子は! 鉄等級の分際でクラーケンの口に飛び込んで魔臓を止めるなんて!」
「おばさま! ヒロトさまが窒息しそうですわ!」
「あらごめんよ」
し、死ぬかと思った。
ぱっと見、どこにでもいそうな普通のおばちゃんなのに、とんでもない怪力だ。
実は元冒険者だったりするのかな。
なんて、再会の喜びに浸っていたのも束の間。
バネッサさんは僅かに腰を落として俺と目線の高さを合わせると、怒り顔で口を開いた。
「まったく、どうせ無茶するだろうとは思ってたけど案の定だ! いいかい? 今回は運が良かったから生きて帰ってこれたんだ。この結果が自分の実力だなんて思いあがるんじゃないよ」
「この国を救った勇者に対する第一声がそれなわけ?」
「……甘やかして無事に帰ってくるならそうするさね」
不満顔でリゼラが抗議すると、バネッサさんは力なく苦笑を零した。
どうしようもない無力感と強い後悔の滲んだその表情を前に、誰も、何も言い返せなかった。
「……私の息子とアーシュラの父親は子供の頃からの親友でね。あの子はギオドラに誘われて海へ出た。十五のときに家を飛び出して、それっきりさ」
バネッサさんの見つめる先には、船を失い絶望顔で頭を抱える商人たちや、家族や恋人が帰ってこなかった人たちの姿がある。
今回の戦いで俺たちは町を救えたけど、それは多くの犠牲の上に成った結果だ。
「おっ死んじまった本人はそれまででも、残された側の人生は続いていくんだ。その死をずっと引き摺ってね。だから私はどんなに嫌われたって厳しく言ってやるのさ。油断するな、無事に帰ってこいって」
バネッサさんが俺たち三人をそっと抱き寄せる。
その温もりに、ふと、故郷に残した母さんと妹の顔が思い浮かんだ。
残された者の人生は続いていく。
その言葉は、まるで不意打ちのように俺の胸に重く響いた。
「だからアンタたちが無事に帰ってきてくれて本当に嬉しかったよ。ありがとう。息子の仇を討ってくれて。これでようやくあの子も報われる……」
「────あ、バネッサさん! こんなところに! マスターが呼んでますよ! 早く来てください!」
「ああ、今行くよ! アンタたちも後でギルドに顔出しな。報酬の受け渡しがあるからね」
ギルドの職員に呼ばれ、バネッサさんは誤魔化すように目元に浮かんだものをさっと拭うと、からっとした笑みを置いて去っていった。
なんとなく辺りを見渡すが、俺たちに良くしてくれたおじさん四人組の姿が見当たらない。
あの人たちも帰って来れなかったのか……。
「ねえ、おかあちゃん。おとうちゃんは? おとうちゃんはどこ?」
人混みの中、父親を探す幼い男の子と母親の姿が目に留まった。
男の子の面立ちがおじさん四人組の中の一人と妙に重なるのは、おそらく気のせいではないだろう。
「……お父ちゃんはね、遠い海の向こうへ行ったのよ。あの人はこの街を、私たちを護ってくれたの……っ」
「おかあちゃん……? ないてるの? どこかいたい?」
「大丈夫よ。……大丈夫。大丈夫だから」
まだ幼い息子を抱きしめ涙を堪える母親と、一瞬だけ目が合った。
なぜ。どうしてあの人が。
もっと他に方法はなかったのか。
そんなやり場のない感情をぶつけられ、俺は苦しくなってとっさに目を逸らした。
すぐに視線を戻すと、親子は人混みに紛れてすでにいなくなっていた。
「……あの化物相手にあれ以上何ができたっていうのよ。私たちは最善を尽くした。アンタはよくやったわ」
俺の肩に手を置き、リゼラが静かに励ましの言葉をくれた。
「私たちはこの国を救った。その事実に変わりはないし、それは胸を張って誇るべきことよ。死んでいった人たちのためにもシャキッとなさい」
「……そう、だね」
リゼラの言うことはきっと正しい。
生き残った俺がウジウジしてたら、自らの意思で海へ赴き、散っていった彼らの死を侮辱することになる。
それでも、俺が師匠くらい強かったら、誰も犠牲にならずに済んだのではとも思ってしまうのだ。
山より大きなベヒモスさえ一刀両断にした師匠なら、一人で海に出てクラーケンを真っ二つにして、それで終わりだったのに。
街を救えた嬉しさよりも、悔しさばかりがこみ上げてくる。
王子は俺のことを真の勇者だと言ってくれたけど、まだまだ俺は自分自身の実力に納得できていない。
だから次同じようなことがあったとき、胸を張って自分の実力で救ったんだと言えるようにならないと、それこそハリボテの勇者になってしまう。
「……そっか。師匠もこんな気持ちだったんだ」
もっと強くなろう。
俺自身が胸を張ってこの国を救った勇者だと言えるように。
腰に差した白銀の剣にそう誓った。
◇
──オーラン市内 白の浜辺──
クラーケンの脅威が去った翌日の夜。この戦いで命を落とした人たちの弔いが国を挙げて行われた。
死者行方不明者合わせて七二〇名。
今回の戦いで、それだけの勇者たちが帰らぬ人となった。
この国に古くから伝わるやり方で行われた弔いには、クラーケンのせいで足止めされていた各国の使節団も参列し、勇者たちの冥福を祈った。
聖神教の大聖堂は近いうちに取り壊されて、海神を祀る大きな神殿が建てられるらしい。
というのも、王子から一〇年前の嵐の真実を聞いた一部の市民が大聖堂へ押しかけ、破壊と略奪の限りを尽くしたからだ。
もうこの国の人で聖神教を信じている人は殆どいない。
悪いのはケルセスを唆した魔王で、聖神教は悪くないと考える人もいるだろうけど、それを口に出して言うことは周りが許さないだろう。
それでも一応、この国には平和が戻った。
聖神教が追い出されたことで、孤児院の子供たちが聖兵から嫌がらせを受けることもなくなるだろう。
そういえば淫魔の目的って結局何だったのかな。
まさかこの状況も奴の描いた筋書き通りだとしたら……流石に考え過ぎか。
軍の音楽隊が奏でる演奏に合わせて、火を灯したロウソクを乗せた掌サイズの小舟たちが海へと送り出されていく。
俺たちはマーサさんに誘われて孤児院の子供たちと一緒に式典に参加していた。
「ピピちゃんもお舟流しましょうね」
「くえ」
アリアに撫でられ、ピピが口に咥えていた小舟を海に流す。
自力で禁足地から宿に戻ってきたピピに「わたしも連れていけ!」と猛抗議されてしまったので、今日はピピも一緒だ。
今朝までご機嫌斜めだったけど、子どもたちにたっぷり可愛がってもらってようやく機嫌も直ったらしい。
「あの小舟は、遥か海の底にあるという冥界へ死者の御霊を運んでいくと伝えられています。そして冥界で一時の安らぎを得た死者の魂は、波に揺られ、いずれ陸に戻ってくるんですよ」
子どもたちに倣って俺も小舟を流すと、マーサさんが儀式の意味を教えてくれた。
聖神教にも冥界の概念はあるみたいだけど、そちらは神を信じない人たちが落ちる地獄のような扱いらしい。
まったく異なる宗教なのに、死後に冥界へ行くという概念が共通しているのはちょっと面白いと思った。
「……ありがとなヒロト。お前のおかげでみんなの仇が討てた」
沖へ向かって流れていく小舟を眺め、アーシュラさんがぽつりと言った。
え、今ありがとうって言われた!?
「んだよその顔は」
「いや、アーシュラさん、お礼言えたんだなって」
「オレを何だと思ってんだ! お礼くらい言えるわ!」
「普段の行いですよ。これを機に少しはその乱暴な口調を直しなさい」
俺たちのやり取りを見ていたマーサさんが苦笑すると、アーシュラさんはどうにもやりづらそうに顔を逸らした。
俺のことを散々ガキ扱いした手前、自分が子供扱いされているところを見られて恥ずかしいのだろう。
というか今は見たまんま子どもだけど。
「……なんだよ! 言いたいことがあるならハッキリ言えよ!」
「別にぃ~? 俺のこと散々ガキ扱いしたくせに、子供扱いされてどんな気分なんだろうなーって」
「テッメェ……! どうやらぶっ飛ばされたいらしいな」
「やれるもんならどうぞ。今は俺の方が強いですから」
「コイツ!」
「俺を気絶させたこと、まだ謝ってもらってないですからね」
「…………悪かったよ」
どこかすねたように唇を尖らせ、こっちを見ないままボソッと謝罪の言葉を口にするアーシュラさん。
ちょっと意地悪し過ぎちゃったかな。
まあ一応謝ってくれたし、いいか。
もともとそんなに怒ってなかったし。
「あ、そうそう。アーシュラさまに渡すものがあったのをすっかり忘れてましたわ!」
と、アリアが宝箱から銀のロケットを取り出した。
「クラーケンの胃袋の中で見つけましたの。これはアーシュラさまが持っているべきものでしょうし、お返ししますわ」
訝しげな顔で銀のロケットを受け取ったアーシュラさんは、そこに入っていた写真を見るなり大きく目を見開いた。
数秒ほど固まっていた彼女だったが、少し寂しそうに笑みを零すと、大事そうにロケットを胸の前で握りしめる。
「……こんなとこにいたのか」
しばらく俯いていたアーシュラさんは、やがて赤くなった目元を腕で拭い、顔を上げた。
「ありがとう。おかげでこうしてまた二人に会えた。この恩は絶対に忘れねぇ」
そう言うと、彼女は残っていた最後の小舟にロウソクを二本立て、海へと放った。
寄せては返す漣が明かりを灯した小舟を沖へと運んでいく。
海辺に集まった人々は、海に浮かんだ無数の明かりの最後の一つが消えるまで、暗い海をいつまでも眺め続けていた。
勇者たちよ、どうか安らかに。




