0046 決着
──オーラン近海(sideクラーケン)──
クラーケンにとって人間など取るに足らない存在だ。
大抵の船は近づいただけで沈んでしまうし、目障りと思ったなら海流を操り触手を雑に振るえばそれでやはり沈んでしまう。
それが今はどうか。
普段であればあんな小舟など大渦で沈めてしまうのに、先程からその力が使えない。
さらに相手は産卵場をあまり荒らしたくないというこちらの思惑を逆手に取り、ちょこまかと動いては冷気を浴びせかけてくる。
クラーケンは苛立っていた。
何もかもうまくいかないのだから当然だ。
普段であれば見知らぬ海域で産卵をすることはあり得ない。クラーケンには秘密の産卵場があり、時期が来ると必ずそこで卵を産むからだ。
しかし今回に限ってはどうにも頭がぼんやりしてしまい、同じ海域にずっと留まってしまった。
卵をいつまでも体内に留めておくことはクラーケン自身の命をも脅かすことになる。
なので仕方なく近くの手ごろな湾で卵を産み捨ててしまおうと考えた。
幸い、この辺りの水質は悪くない。
運が良ければ卵も無事に孵る可能性だってある。
しかし小さき者共に邪魔されて思うように近づけない。
取るに足らない雑魚に手玉に取られている。
そのことは海の怪物のプライドを刺激した。
彼女は生まれて初めて本気で怒った。
早く卵を産まなければ自分が死んでしまう。
クラーケンの卵の孵化には水質が大きな影響を及ぼす。産卵場が荒れれば卵を産んでもダメになってしまうだろうが、自分の命には代えられない。
今はとにかくこの目障りなゴミどもを片付けねばと、海の怪物が触手を高く振り上げていく。
「っ!? まずい! 叩きつけがくるぞ! 防御陣形だ! 港を波から守れ!」
クラーケンの変化にいち早く気付いた人間の雌が船団へ指示を飛ばすが────間に合わない。
海の怪物の怒りが今まさに振り下ろされようとした、そのときだった。
「総員対ショック姿勢! 突撃するぞ!!!!」
放たれた矢のように空を駆けた金属の船がクラーケンの腹をドリルで食い破り、風穴をブチ開けた!
縮尺を人間に直して例えるなら、胃袋のすぐそばを槍で刺されたようなものだろうか。
アダマンチウム合金の船体はクラーケンの奥深くまで食い込み、確実に海の怪物へダメージを与えていた。
これにはたまらずクラーケンも振り上げた触手をうねらせ激しく悶える。
人の知恵と力のみで、海の怪物にダメージを与えた。
人類史に刻まれる歴史的快挙達成の瞬間であった。
◇
──クラーケンの体内(side大翔)──
突然だった。
クラーケンの肉を巨大なドリルが食い破り、俺たちのすぐそばに船の舳先が顔を覗かせたのは。
び、びっくりした……!
まさか船ごと突っ込んできてクラーケンの身体に大穴ブチ開けるなんて!
先端についてたドリルはこのためのものだったのか。
「アリア! ヒロト!」
「「リゼラ!」」
船から飛び降りてきたリゼラが一直線に駆け寄ってきて、俺とアリアを抱き寄せる。
目は真っ赤に充血してるし、鼻血の跡も残っていてリゼラもボロボロだった。
本当にギリギリだったんだな。間に合ってよかった。
「よかった……っ、二人とも無事で、本当にっ」
「当然ですわ。生まれ変わったわたくしはこの程度でくたばりませんわよ!」
「まさかあの船、リゼラが飛ばしたのか!?」
「あの船の魔導よ。重力ベクトルを制御して空を飛んだ……というより“上に向かって落ちた”が正解かしら。私は計算をちょっと手伝っただけよ。あの船のクルーみんな優秀だわ」
「す、すごい!」
想像以上にハイテクだった。
ちょっと改修すれば宇宙戦艦にもなりそうだ。
「それより二人とも早く船へ! 脱出するわよ」
三人で船に乗り込み艦橋デッキに上がると、艦長帽を被ったラルフ王子が俺の肩に手を置き笑顔で出迎えてくれた。
「まさかクラーケンの体内へ生身で侵入し魔臓を止めるなど、正気の沙汰ではないぞ」
「俺もまさか船が空を飛んでドリルで突撃してくるなんて思ってませんでしたよ」
「ははは、お互い様というわけか。よくぞ無事で帰った。君こそ真の勇者だ」
艦橋デッキにいた士官たちも口々に「よくやった」「すごいぞ坊主」と褒めてくれた。
みんなを助けるために必死だったからこうも褒められるとなんだがくすぐったい。
けど、俺、やり遂げたんだ。
「これより本艦は魔素崩壊砲の反作用を利用しクラーケンの体内より脱出する! 総員衝撃に備えよ!」
王子の命令でデッキが慌ただしくなり、艦内の各所から準備完了の報告が通信妖精を通じて王子に次々と届く。
窓の外を見れば、船首のドリルが船体内部へ格納され、代わりに巨大な砲身がせり出してくる。
「魔素充填率……八〇……九〇……一〇〇%!」
「魔素崩壊反応確認!」
「発射準備完了! いつでも行けます!」
「魔素崩壊砲、発射ッ!!!!」
瞬間、目も眩むほどの光が船首から発射され、クラーケンの体内を焼き尽くした。
その反作用で船はクラーケンの体外へ一気に押し出され、船がこじ開けた傷口から青い血が滝のように流れ落ち、海面にじわりと広がっていく。
アリアの知識が正しいなら、これでクラーケンのニオイを嗅ぎつけた海竜がやってくるはずだが……。
「六時の方角! 海中を高速移動する巨大物体を確認! 速度は……に、二五〇ノット!?」
「来たか!」
レーダー手が海中を猛スピードで移動する影を捉え、正面モニターに映像を回す。
大海原を切り裂くように、一筋の白線がクラーケン目掛けて突き進んでいく。
と、次の瞬間。
「ギャォォオオオオオオオオオッ!!!!」
全身に稲妻を纏った海竜が海中から飛び出し、クラーケンの触手を刃のように鋭い尾ヒレで断ち切った。
お母さん! やっと来てくれた!
本来クラーケンと海竜は同じくらいの大きさらしいけど、今回に限ってはクラーケンの方が何倍も大きかった。
それでも本能がそうさせたのか、天敵の登場に怯んだクラーケンが沖の方へじりじりと下がっていく。
クラーケンが怯んだのを好機とばかり、空を泳いだ海竜はさらに一本、また一本と触手を断ち斬り、大きなエサを逃すまいとクラーケンのイカ耳を食いちぎる。
「まずい! 二匹の戦闘の余波が来る! 本艦の魔導で大波からオーランを守れ!」
鏃のように展開していた大船団の先頭に超戦艦が着水すると、クラーケンが起こした壁のような大波が左右に割れて背後へと静かに流れていく。
そうこうしている間に、クラーケンの触手はとうとう最後の一本になっていた。
一目散に逃げていくクラーケンの背中を睨み、海竜が尻尾を抱え込むように身体を丸める。
すると刃のような尾の先が白く輝き、激しい稲妻を帯び始め……。
────斬ッ!!!!────
宙返りして放たれた海竜の一太刀は遥か水平線の先まで海を真っ二つに割った。
唐竹割りにされたクラーケンの身体がでろんと崩れ、露出していた海底へ左右から海水が一気に流れ込む。
「グルルルルルルル……」
海竜は低く唸ってこちらを一瞥すると、そのまま海の底へ姿を消した。
この私を利用したことはご馳走に免じて許してやる。
なんとなく、そう言っているような気がした。
あまりにもあっけない幕切れに、誰もが呆然としている。
終わった……?
「勝った……。海竜が海の怪物を討ち取ったぞ! 我々の勝利だ!」
王子の勝利宣言で我に返った人々の雄叫びが海の上に木霊していく。
撃退ではなく討伐。
当初の目的を上回る大戦果に誰もが沸いた。




