0045 抜錨 超戦艦オーラン
──王宮地下 秘密ドック──
首都オーランを一望できる丘の上には、黄金の威容を構える王宮がある。
────その真下。
海抜零メートル地点に口を開いた秘密ドック内に、この日、海軍の中から選び抜かれた勇者たちが集められていた。
いずれも訓練で優秀な成績を収めた精鋭ばかり。総勢二〇〇名。
軍靴の踵を揃えて整列する彼らの背後には、彼らが守るべき首都と同じ名を冠した超巨大戦艦の影が聳え立っている。
「君たちは私が選びぬいた海軍の精鋭である。諸君らに乗ってもらう船は、我が国の技術、その粋を結集して作られた世界最強の新型戦艦だ」
王の言葉に士官たちが息を呑む。
敵は海の怪物クラーケン。しかも空前絶後の巨大個体だ。
作戦の失敗はそのまま、この国の破滅を意味していることを誰もが理解していた。
「私は君たち一人一人が百戦錬磨の海の勇者であると確信している! どうか君たちの知恵と力、そして勇気のすべてを、このオーラン防衛のために捧げてほしい! 君たちの愛する家族や恋人、友人、そしてこの国の未来を担う子供たちのために!」
ラルフの言葉を受け、士官たちが一斉に気を付けの姿勢を取り、声を揃えて返事を返す。
「総員持ち場に着け!」
ラルフの号令の下、士官たちがタラップを駆け上がり船に乗り込んでいく。
最後にラルフがその玉体を艦長席に預けると、副官が準備完了の知らせを持ってくる。
「発艦準備、完了いたしました!」
「よろしい。正面ゲート開けッ!!!!」
ドック内に警告音が鳴り響き、船体正面のゲートがゆっくりと開いてゆく。
王宮の真下、海に面した崖が左右に開き、ドックに海水が流れ込む。
錨が上がり、オーランに搭載された魔導リアクターに薄緑の魔光が宿った。
「超戦艦オーラン、抜錨する! 処女航海でいきなり実戦だ。みな気を引き締めろ!」
全長五〇〇メートルの船は魔導リアクターが生み出す絶大な魔力をもって海へと漕ぎ出していく。
崖下からゆっくりとその全容を覗かせたオーランは、メイン推進魔導の運動ベクトル制御で向かい風さえも推進力に変え、飛ぶような速さでクラーケンの下へ急行する。
その速度は実に一〇〇ノット(時速一八五キロメートル)にも達した。
これはこの星に存在するどの船よりも速く、アダマンチウム合金の剛性と、緻密な運動ベクトル制御がなければ達し得ない速度である。
抜錨からものの一分とかからず、オーランはクラーケンの全容を捉える位置へ到達した。
「なんだあれは!?」
艦長席に座るラルフは、操舵室の窓に映った景色に思わず目を見開いた。
船が空を飛び、振り回されるクラーケンの触手を風に舞う木の葉のようにひらひらと躱しているではないか。
見ればクラーケンの魔臓が青く輝き、クラーケンを中心に大渦が発生している。
「なんという無茶を。大渦を避けるため船団すべてを空に逃がすなど、普通は考えても実行には移さんぞ」
「如何しましょう」
「無論、我の最大火力で援護する。主砲発射用意!」
「了解! 主砲発射用意! 目標、前方のクラーケン。真空ガイドパイプ生成開始!」
「荷電粒子充填率、六〇……八〇……一〇〇%! システムオールグリーン! いつでも撃てます!」
ライフル型の照準装置に指をかけた砲手長が前方を睨んだまま合図を待つ。
「的はデカいぞ。外すなよ」
「任せてください!」
「奴の寝ぼけたイカ頭を揺さぶってやれ! ────撃ぇぇぇッ!!!!」
直後、オーランの主砲から放たれた一条の光が空の青を引き裂いた。
前部甲板に設置された四基八門の砲身から同時に発射された破壊の光芒は、一直線に空を駆け────全弾直撃!
その衝撃は大気を揺るがし、水平線上に浮かんでいた雲を吹き飛ばすほどの大爆発を起こした。
クラーケンの魔臓が輝きを失い、大渦が緩やかに解けて触手が力なく垂れ下がっていく。
「……やはりバルトホーク博士に技術監修を頼んで正解だったようだな」
想像以上の破壊力に冷汗を浮かべつつも、ラルフはこの作戦の成功を確信した。
この超戦艦オーランの主砲は、船の推進機関でもあるベクトル制御魔導を流用している。
魔導リアクターが生成する魔力を重金属粒子に変換。それを荷電させ、ベクトル制御で向きを整え撃ち出すのだ。
砲口から対象物までの射線上にはベクトル制御による気流操作で真空のガイドパイプを生み出し、荷電粒子による空気の熱膨張と威力の減衰を防いでいる。
いきなりの実戦使用だったが、主砲は理論どおり無事に動作してくれた。
誰もがホッと胸を撫でおろす中、クラーケンの巨体を覆い隠していた水蒸気が徐々に晴れてゆき────。
「なっ!? アレを食らってまだ生きているのか!?」
未だ健在のクラーケンに誰もが絶望した。
一発でも山一つは簡単に消し飛ばす破壊力だというのに、恐るべきはクラーケンの圧倒的なステータスか。
「着弾点がばらけたせいで威力が分散したためと思われます!」
士官の一人から双眼鏡を受け取りラルフが着弾地点を確認すると、丁度クラーケンの傷がすべて塞がるところが見えた。
「ならば一点集中させて突破するまで! これより本艦はクラーケンとの戦闘に入る!」
◇
──クラーケンの体内──
なんだ、何が起きた。
くそっ、頭がくらくらする。
「────っ!」
アリアが何か言っているけど耳が聞こえない。
もしかして鼓膜が破れたのか? なんで急に。
俺の様子がおかしいことに気付いたアリアは、宝箱から回復薬の小瓶を取り出して俺に飲ませた。
耳の奥でじゅくじゅくと鼓膜が再生する音が聞こえ、数秒と経たず聴力が復活する。
おぇ……気持ち悪い。
「わたくしの声が聞こえまして?」
「あー、あー。ようやく聞こえてきた。何が起きたの?」
「おそらく巨大戦艦の攻撃ですわ。着弾がばらけたおかげでここまでは貫通しなかったようですけど、衝撃で危うく死にかけるところでしたわ。早く逃げますわよ!」
ちらりと横を見れば、ミスリルの短剣が突き刺さったままの魔臓は輝きを失っていた。
短剣は持って帰りたいけど、抜いたらまた大渦が復活しそうだしなぁ……。
ええい! もったいないけど短剣はここに置いていく!
もったいないけど! めちゃくちゃもったいないけど!
あーもったいないなぁ! やっぱりどうにかして持って帰れないかな!
ド ド ド ド ド ドッカァァァァァァン!!!!
戦艦の第二射が到達しクラーケンの体内が激しく揺れた。
揺れ方からして、多分殆どの砲撃は触手で弾かれたのだろう。
それでも立っているのがやっとだ。直撃したら俺たちなんて欠片も残らない。
「やっぱ無理だ逃げよう!」
「だからそう言っているじゃありませんの! もったいないのは分かりますけども!」
後ろ髪を引かれつつも、俺たちは来た道を辿って胃袋の穴までクラーケンの体内を移動した。
しかし穴のあった場所へ戻ってみれば、穴はすでに塞がってしまっていた。
「どうしよう!? ドリルで突破できないの!?」
「無茶言わないでくださいまし! 来るときは船のマストが胃壁に刺さっていたからどうにかこじ開けられましたけど、普通に突っ込んだらわたくしが生き埋めになってしまいますわ!」
どうする、どうすれば。……そうだ!
「俺たちがここにいるって知らせて、外から穴を開けてもらおう。それしかない!」
「でしたら狙いやすいように目印が必要ですわね!」
アリアが宝箱の奥にシュバッと引っ込むと、直後、極太の熱線が箱の中から柱のように立ち昇り、天井を赤熱させた。
あちちちち!? あっつい! イカ焼いたニオイがする!
◇
──超戦艦オーラン 操舵室──
艦長席から双眼鏡を覗いていたラルフは、クラーケンの身に起きた小さな異変に気付いて眉をひそめた。
「なんだ? クラーケンの体内で何か光っている? 魔力光ではなさそうだが」
『アリアたちよ! 魔臓を止めるためにクラーケンの体内へ侵入して出られなくなったんだわ!』
戦場を飛び回っていた通信妖精の一匹が冒険者船団の旗艦に乗っているリゼラの声をラルフに届ける。
「なんだと!? では魔臓の輝きが止まったのは我が艦の砲撃の効果ではなかったのか! なんという無茶を!」
『ヒロトには助けてもらった借りがある! なんとか助け出せねぇか!?』
アーシュラが被るキャプテンハットの中にいた通信妖精が彼女の声をラルフに届けると、彼は僅かに黙考し、決意を秘めた眼差しで顔を上げる。
「本艦を浮遊させ、あの光のもとへ衝角突撃を仕掛ける」
「ほ、本気ですか!?」
ラルフの決断に操舵士がギョッと目を剥く。
「この船は総アダマンチウム合金製。衝角のドリルは奴の天敵である海竜の角から作った特別製だ。不可能ではないはず」
「し、しかしこの船はあくまで海上を進むことを前提に設計されています! 仮に飛べても自重で船体が折れるかもしれません!」
「ぜぇ……ぜぇ……っ、さっきの、見てなかったのかしら。私が船体の補強から飛行まで全部やるから問題ないわ」
息も絶え絶えに艦橋へ飛び込んできたリゼラに士官たちの視線が集まる。
どうやら仲間の危機に居ても立ってもいられず、直談判のために一人で乗り込んできたようだ。
「あの大船団を飛ばしていたのは君か?」
「はい。あれくらいどうということはありません。お願いします! ヒロトとアリアを、仲間を助けてください!」
ラルフの問いになんでもない風を装い答えつつ、リゼラが深々と頭を下げた。
嘘だ。
目は真っ赤に充血し、鼻血を乱暴に拭った跡が鼻の下にべっとりと残っている。
魔導船の補助機能を超えるほどの無茶をした証だと、誰もが一目で理解した。
それでもなお、この少女は仲間を助けるために無茶を押してでも行くと言っているのだ。
「行きましょう陛下。こんな可愛いお嬢さんが行くって言ったんだ。ここで行かなきゃ海の男じゃないですよ!」
士官の一人が己を奮い立たせるように言うと、他の士官たちも「そうだそうだ」とそれに同意した。
ラルフが見渡せば、彼らの眼には勇気の炎が宿っている。
「……やはり私の見立てに間違いはなかったようだ」
ラルフは苦笑し、艦長帽を被り直すと、船全体へ命令を下す。
「機関室! 魔導リアクターの出力を上げろ!」
『了解!』
「魔導演算室は術式の再構築を頼む!」
『了解っす!』
「これより我が艦は世界初の飛行戦艦となる! 歴史の転換点となれるぞ! 気合を入れろ!」
────応ォォォッ!!!!
「まさかこの船だけで飛ぶつもりですか!?」
「心配には及ばないぞリゼラ嬢。この船のメイン推進魔導は運動ベクトル制御だ。理論上、空を飛ぶことだって不可能ではない。ならば後は百戦錬磨の海の勇者たちに任せておけばいい」
「そりゃ理論上は可能でしょうけど!」
「何より、船が空を飛んでもいいとヒントをくれたのは君自身ではないか」
などと不敵な笑みを浮かべられては、いよいよリゼラは何も言い返せなくなってしまう。
「ああもう! 私も計算手伝います!」
「魔導演算室は最下層の突き当りだ」
居ても立っても居られずリゼラが艦橋デッキを飛び出していく。
『お前、やっぱバカだろ』
通信妖精越しにアーシュラの呆れた声が届くと、ラルフの顔から険しさが薄れ、僅かに笑みが戻った。
(……そうとも。お前が私に気づかせてくれたのだ)
ラルフはこの国の第一王子であると同時に、生まれながらにして【海神の加護】を授かった神子でもある。
すべての能力値を一〇〇倍にするという破格の加護を授かって生まれた彼は、赤ん坊の頃から周囲の大人たちよりも賢く、強かった。
ゆえに周囲の人間たちが自分に何を求めているのか、どんな人間になって欲しいのか理解するのも早く、物心つく頃には良き王子を演じるクセが付いていた。
(我ながら、なんと傲慢な子供であったことか……)
過去の痛々しい自分を振り返り、ラルフは羞恥に歪んだ顔を兵士たちに見せまいと艦長帽を目深に被り直す。
当時から神童として持て囃され、人当たりも良かった自分が、まさか心の底では他人を下等生物と認識していたなどと、誰も夢にも思わなかっただろう。
今になって思い返せば教育係のロジャーと大神官長のマーサだけは薄々感づいていた様子だったが、それはさておき。
もしあの日、アーシュラを海で拾わなければ。
もしあの時、起き抜けの彼女の頭突きを食らわず、痛みという感覚を知ることなく大人になっていたら。
自分は誰とも心を通わせることのない、人の形をした怪物となっていただろう。
痛みを知り、恋をしたことで、ラルフは王子でも神子でもなく一人の人間になれたのだ。
「────バカ、か。確かにその通りかもしれん。しかし男にはそうと分かっていてもやらねばならない時がある」
『……ったく、いつもそれくらいビシッとしてりゃ、とっくに妃の一人も見つかってたろうによ』
「え? 結婚しよう?」
『一言も言ってねぇよ耳腐ってんのか! ────テメェらァ! これからあのでっけぇ戦艦が特攻かけるぞ! それまでイカ野郎を船に近づけさせるな!』
応ォォォォッ!!!!
通信妖精越しに冒険者たちの雄叫びが聞こえてくる。
艦橋デッキの窓から外を見れば、大船団が再びクラーケンを取り囲み、冷凍魔法での足止めを再開していた。
魔臓が機能しなくなったクラーケンは動きに精彩を欠いている。
(頼むぞアーシュラ。どうか耐えてくれ……ッ)




