0044 クラーケン
冒険者たちを乗せた船が、クラーケンを取り囲んでいた海軍の船のさらに外側へ、大きく円を描くように広がっていく。
「凍結魔法用意! ────放てッ!!!!」
あっという間にクラーケンを中心に二重の円を描いて展開を終えた大船団にアーシュラさんが号令を送る。
直後、各船から一斉に発射された冷凍光線が巨大な目標に向かって一点に収束。
光線の当たった海面は瞬く間に白く凍り付き、クラーケンの前進を妨げる氷のバリケードに変わった。
ステータス差がありすぎてクラーケンに直接魔法を当ててもあまり意味はないが、だからこそ周囲の海水を狙う。
海底まで一瞬で凍らせてしまえばクラーケンは水流を操る力を使えなくなるし、氷が邪魔で身動きも取れなくなる。
こちらの狙い通り、クラーケンの巨体はその場に縫い留められ、心なしか動きも鈍くなったように見えた。
あとはこのまま巨大戦艦が来るまで足止めすれば……。
────バキッ。バキバキバキバキバキッ!!!!
凍りついた海に亀裂が走り、壁のようにそびえ立つクラーケンの巨体がゆっくりと動き出した。
なんてヤツだ! 海底まで凍り付いた海を力づくで叩き割るなんて!
デカいは強い。
当たり前のことだけど、こうして目の前で見せつけられると絶望感が凄まじい。
氷の檻から解き放たれた触手がうねって空を覆い、船上に暗い影を落とす。
ズッドォォォオオオオオオオオン!!!!
太さだけで数十メートルもある触手が海面に叩きつけられ、その衝撃で船が数隻粉々に砕け散った。
被害はそれだけに留まらず、叩きつけによって生じた大波がまるで壁のように俺たちの乗った船に向かって押し寄せる。
「取舵いっぱい! 大型船は衝角を波に向けろ! 仲間の活路を切り開くぞ!」
「無茶だ姉さん! あの波に突っ込むなんて!」
「この船は最新型の高速船だ! 奴の水流操作はまだ封じられてる! 船の性能を信じろ!」
俺たちの乗った船がクラーケンに向かって舵を切る。
目の前に壁のような大波が押し寄せ、船の真上に覆いかぶさった。
うわぁぁああああああ!?
────ザッパァァァン!!!!
船の舳先が波を切り裂き、海が割れて道ができた。
俺たちの乗った船が切り開いた道を抜けて、他の船も続々と後に続く。
そこへクラーケンが叩き割った氷塊が流星群のように次々と降り注いだ。
とても帆船とは思えない動きで蛇行しながら氷塊を避けていくと、一瞬前まで船があった場所に氷塊が着弾し、その衝撃で船が軋む。
「もう一度だ! 魔法使いはそのまま魔法を維持し続けろ! それ以外の奴らは冷凍爆弾用意! 的はデカいぞ! 撃って撃って撃ちまくれッ!!!!」
それでも攻撃の手を止めるわけにはいかない。
俺たちの目的は新型戦艦の準備が整うまでの時間稼ぎ。
ここを死守できなかったらみんな揃って海の藻屑だ。
アーシュラさんの指示に従い、冷凍爆弾をマジックボウガンにセットしてクラーケン目掛けて撃ちまくる。
マジックボウガンは少ない力で数キロ先まで物体を撃ち出せる魔導武器だ。
冷凍爆弾は使い捨てだけど、魔法を使えない人でも強力な凍結反応を起こせる。
ちなみにどちらもギルドからの支給品だ。
多分どこかからカツアゲ……もとい、協力を要請して強引に提供させたのだろう。
放物線を描いて投射された冷凍爆弾が次々と炸裂し、再び発射された冷凍光線がクラーケンの周辺の海水を再び凍らせてゆく。
「だめだ! 船の数が減ったせいで表面しか凍ってねぇ!」
海の様子を見てビリーさんが叫ぶ。
さっきはビクともしなかった氷が今はぷかぷか揺れてしまっている。
表面しか凍っていない証拠だ。
あと一押し、何か強力な冷気があれば!
「冷凍イカにして差し上げますわ!」
クラーケンの頭上へ飛んだアリアが空中でくるりと半回転。
ひっくり返った宝箱の蓋が開き、箱の中から冥界の猛吹雪が轟々と吹き出した。
ぷかぷか揺れていた氷塊が動きを止め、湿ったクラーケンの体表がみるみる白く凍り付いていく。
よしいいぞ!
ビキッ!!!!
凍り付いたクラーケンの表面に亀裂が走り、氷塊が凄まじいパワーで再び叩き割られた。
クラーケンが身体を大きくうねらせると、体内から深海を思わせる不気味な青い輝きを放つ。
すると急に船の速度がガクンと落ちた。
「まずい! 大渦だ!」
船の縁から海面を見れば、クラーケンを中心に渦潮が発生していた。
このままじゃ奴の方へ引き込まれて流氷にぶつかって粉々だ!
「させないッ!!!!」
リゼラが船体横に取り付けられた大杖にしがみつき、魔法を発動させる。
するとクラーケンを取り囲んでいた船団が一斉にふわりと水面から浮き上がった。
「すげぇ……! 一〇〇隻近くもある船を立った一人で持ち上げやがった!」
「くっ……! 長くは持たないわ! 早くあの大渦を止めさせて!」
ビリーさんが目を丸くして驚くと、汗だくのリゼラが辛そうな声で叫んだ。
目は充血して鼻血も出ている。
船の補助があっても相当無理をしているらしい。
時間はあまりなさそうだ。
けど、止めろと言われても、あんなのどうすれば……。
「……まてよ?」
外からはダメでも、内側からならどうだ?
例えば、あの青い輝きを放っている部分に直接ミスリルの刃を突き立てるとか。
どんな生物も体内は弱点だ。
やってみる価値はある。
「アリアーッ!」
「はーい! お呼びですかヒロトさま!」
クラーケンの頭上で吹雪を吐いていたアリアを大声で呼び戻す。
「奴の体内に入って、あの光ってる部分にコイツを直接叩き込む! 手伝って!」
「まぁ!? なんて無茶を! けどそれが一番可能性が高そうですわね! 行きましょう!」
クラーケンの体内へ入る決意を固め、いざ飛び込もうとした、その時。
「待って!」
リゼラから呼び止められる。
鼻血まみれの顔には、「行くな」とハッキリ書いてあった。
それでもあの怪物を止められる可能性があるとすれば、やはりこの手しかない。
そのことも理解しているのか、たっぷり数秒ほど、湧き上がる不安を無理やり腹の底へ押し込めるように間を置いて────白銀の剣を投げ渡される。
「折ったら承知しないから!」
「ありがとう! 必ず帰ってくるから!」
「必ずよ! 絶対“三人”で生きて帰ってきなさい!」
リゼラからの信頼の証を剣帯にしっかりと結び付ける。
これでよし。
その様子を最後まで、僅かな紐の緩みも許さないとばかり見届けたリゼラは、再び大杖にしがみつき「早く行って!」と語気を強めた。
「行こうアリア!」
「ええ!」
師匠を腰に帯びた俺は、渦潮の中心で大口を開けて待ち構えているクラーケンの口内へ────虚空瞬在。
外から内へ。
一瞬で景色が入れ替わり、直後、背後で口が「ばぐんっ!」と閉じられ、粉々にされた大ウツボの死骸が大量の海水と一緒に流れ込んできた。
大人五人くらいは余裕で乗れそうなウツボの残骸の上に着地し、そのまま流れに乗って食道を通り過ぎる。
すると一気に視界が開け、広大な空間に放り出された。
もしかしてここが胃袋か?
野球ドームの何倍あるんだ。
グツグツと煮えたぎる胃酸の泉へ飲み込まれてきたものがダムの放水みたく落ちていく。
胃酸の泉に落ちた大ウツボの頭が一瞬でドロドロに溶けて消えた。
ひえぇ!? ……見なかったことにしよう。
「見てくださいまし! ほらあそこ!」
アリアが指差す先に目を向ければ、太いマストが胃壁に突き刺さっているのが見えた。
どうやらかなり深く刺さっているようで、溶けずに残っていたドクロの旗を見るに、どうやら海賊船の残骸らしい。
「頼んだよアリア!」
「胃潰瘍にしてさしあげますわ! オラオラオラオラオラオラァァァァァ!!!!」
落下の勢いそのまま、空中でドリルに変形したアリアがマストの刺さった胃壁目掛けてミサイルみたくカッ飛んでいき────。
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリ……ズッバァァァァン!!!!
火花を散らして胃壁の傷をこじ開け、体内へ侵入する道をブチ抜いた!
粉々に砕け散った海賊船を横目に、アリアがこじ開けた穴の奥へ俺も虚空瞬在で飛び込む。
俺の両足が地面に着くと同時、元の姿に戻ったアリアが体操選手よろしく「シュタッ!」と着地を決める。
「うーん、一〇〇点!」
「おほほ! 優勝はいただきですわ!」
なんておふざけ交じりにハイタッチした、その時。
ふと、宝箱の淵に何かが引っかかっているのに気づく。
「何か付いてるよ」
「あら本当ですわ。きっとマストに引っかかってましたのね」
改めて見るとそれは銀のロケットだった。
開いてみると中には一枚の写真が納められていて、海賊風の美男美女が赤ちゃんを抱いて笑っている。
二人とも狼みたいな三角耳と尻尾が生えていて、顔立ちもどこか見覚えがあった。
「これ、多分すごく大事なものだ」
「では無くさないようにわたくしが持っていますわね」
ロケットをアリアに預け、俺たちは内臓の隙間を縫うようにして道なき道を進んでいく。
しばらく進むと、目の前に光り輝く巨大な臓器が姿を現した。
大きさは十メートルほどもあり、生物の臓器というよりはまるで建造物のようである。
「あれが魔臓……。動いているものを見るのは初めてですわ」
「魔臓って、確か魔物だけが持ってるやつだっけ」
「ええ。魔物素材の中でも、最も価値がある部位ですわ。これだけ大きいとなると持って帰るのは無理そうですわね」
師匠なら闘気を使って臓器だけ切り出す、なんてこともできたかもしれないが、今の俺では到底無理だ。
ともあれコイツにミスリルの短剣を突き刺せば大渦は止まるはず。
ミスリルの短剣に闘気を纏わせ魔臓に突き立てようとすると、つるつるの皮に阻まれてしまい刃が立たなかった。
「でしたらわたくしが!」
再びドリルに変形したアリアがロケットブーストで突っ込んでいく。
が、ドリルの先端はつるんと跳ね返されてしまった。
「ああもう! これじゃラチが明きませんわ!」
「アリア、剣出して! 俺がやる!」
アリアから片手剣を受け取り、刃に闘気を纏わせ────斬るッ!!!!
バキンッ!
手ごたえを感じたのも束の間、剣を振りきる前に傷口が塞がってしまい、薄皮に挟まれた剣は半ばから真っ二つに折れてしまった。
念のため普通の剣で試して正解だったな。
「アリア! 持ってる剣ありったけ出して!」
「は、はい!」
アリアが宝箱から取り出した剣を俺の周囲に放射状に並べていく。
ヤクザの隠し倉庫から押収した聖別された業物から、名も知らぬ町で仕入れた大量生産品まで、品質はバラバラ。合計一〇〇本。
諦めてたまるか。
俺の背中に大勢の命がかかっているんだ。
できるできないじゃない。なんとしてもやり遂げてみせる!!!!
剣を握りしめ、軽く目を閉じ集中していく。
思い出すのは師匠の言葉。
『人体には生命力とでも言うべき力が備わっている。これはステータスにも表記されないすべての命が持つ基本の力だ。それを操作できるようになれば、身体能力や技の威力を飛躍的に高めることができる』
ステータスは闘気で底上げできる。
今までは剣に纏わせて斬り裂くだけの使い方しかしてこなかった。
けど一度死にかけて闘気の本質を理解した今の俺なら!
闘気の別の使い方を、今、ここで会得する。
この危機を乗り越えるにはそれしかない。
「ふぅ────……」
剣に纏わせるのではなく、闘気を全身の細胞に馴染ませるイメージ。
身体がカッと熱くなり、全身から燃え盛る炎のようにオーラが立ち昇る。
薄く目を開け、今度は激しく揺らいでいたオーラを静めていく。
押さえろ、もっと……もっとだ。
剣に纏わせるのと一緒だ。オーラの揺らぎは少ないほど力は増す。
もっと薄く、鋭く、細胞の隅々まで────今ッ!!!!
「うおおおああああああああああああああああああああああッ!!!!」
斬る、斬る、斬る斬る斬る!
刃に闘気を込めるのではなく、剣も身体の一部と捉えて循環させる。
剣が折れるたびに新しい剣に持ち替え、失敗から学び、修正し、次へ活かす。
斬り裂いた傷口から、折れた剣から、俺のオーラがまるで火花のように飛び散りキラキラと降り注ぐ。
もっとだ。もっと鋭く、もっと速く!
「綺麗……」
すぐ近くにいるアリアの声さえどこか遠くに感じつつ、俺は斬り裂くことだけに没頭していった。
少しずつ、魔臓の表面を覆う薄皮の傷が広がっていく。
もう少し!
あとちょっと!
これでッ!!!!
「終わりだぁぁぁ────────ッ!!!!」
────ズバンッ!!!!────
最後に師匠を腰の鞘から抜き放てば、傷口が大きく裂け、魔臓がでろんと露出した。
すかさず幽歩で滑るように踏み込み、ミスリルの短剣を魔臓に突き立てる。
瞬間、傷口から光が溢れ、俺は青い光の奔流に飲み込まれた。




