0041 黒仮面の男
──オーラン王宮 地下牢──
禁足地の危険ルートを踏破した俺たちは、行き止まりの天井にあった隠し穴から王宮の地下牢へと侵入した。
牢の中には誰もおらず、鉄格子は内側から力づくでこじ開けられている。
「姉さん、また一人で無茶してやがって……!」
床に転がっていた回復薬の空き瓶を見つけ、ビリーさんがどこか悔しげに顔を歪めた。
たしか回復薬って、効果が高くなるほど後々受ける反動も大きくなるんだっけ。
無茶をする前に止められなかったことを悔やんでいるのだろう。
「っ! 真上に大きな魔力反応が二つあるわ!」
リゼラが突然ハッと天井を見上げて、声を張り上げる。
「……なにこれ。片方からもう片方へ力が流れ込んで……まさかレベルドレイン!? まずいわ! このままだとアーシュラが!」
「だったらモタモタしてられませんわね! 直通ルートぶち抜いてやりましてよーっ!!!!」
と、アリアがその場で高くジャンプして、空中でドリルに変形する。
そのままドリルは炎の尾を引いて真上に向かって爆進!
ジェット噴射の勢いで天井をゴリゴリぶち抜いていく。
「わ た く し で す わ ぁ!!!! 国際問題がナンボのもんじゃいおんどりゃァーッ!」
数秒後、プリンセスらしからぬ豪快な口上が天井に開いた穴の向こうから響いた。
アリアがブチ開けた直通ルートを見上げ、俺も虚空瞬在で穴の向こうへ転移する。
空中から辺りをぐるりと見渡せば、そこは玉座の間だった。
────いた! アーシュラさん。まだ生きてる!
あっちの青肌の女が淫魔か。
よくよく見れば、アーシュラさんは全身を半透明の触手に貫かれていて、その触手を伝い現在進行形でエネルギーのようなものが青肌の女へと流れ込んでいた。
エネルギーを吸われた影響か、アーシュラさんはすでに小学生くらいまで縮んでしまっている。
今や身長は一四〇センチ程度しかなく、手足もすっかり細くなっていた。
これ以上吸われてはまずい。
そう直感した瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
虚空瞬在で剣の間合いへ飛び込むと同時、すでに振りかぶっていた刃を全力で振り下ろす。
────斬ッ!!!!────
海霊を斬ったときと似たような手ごたえがあった。
倒れそうになったアーシュラさんを片手で受け止め、敵の間合いから幽歩で離脱した俺は、すぐさま剣を構え直して敵に向かい合う。
「────あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」
鼓膜を破らんばかりの勢いで青肌の女が悲鳴を上げ、床の上をのたうち回る。
あれが淫魔……って待て待て待て!
なんか顔が美乃梨そっくりなんだけど!?
青肌じゃなかったら普通に姉妹と見間違うほどだ。こんな嫌な偶然ある!?
「ああああっ!!!! やだこれ新感覚……ンッ♡ ああダメよこんなのっ♡ 大事なモノ全部出ちゃう♡ あっはぁン♡」
俺が断ち切った触手の断面から銀色の液体が噴き出すほどに、淫魔の身体は若返り、みるみる小さく、幼くなっていく。
どうしよう。見れば見るほど……いや、似てない!!!! 似るもんか!
美乃梨が恥ずかしげもなくあんな痴女みたいな格好するわけが……それはそれで見てみたいような。
って違う違う違う! やめろ想像するな集中しろ!
くそっ! なんなんだよもぉ!!!!(前屈み)
「ふー……っ♡ ふー……っ♡ やっ、てくれたわねぇ!」
破滅的な快楽を堪えるように、歯を食いしばった淫魔が俺を睨む。
瞬間、左手の薬指に嵌めていた魅了無効の指輪がパリンと砕け、構えていた剣も半ばから真っ二つに折れてしまう。
あぁ!? この剣気に入ってたのに!?
しかも指輪まで砕けて……もしかして俺、魅了されかけてた?
魅了無効の指輪が壊れるなんて、どうやらアイツの力は相当なものらしい。
「敵を直視すると魅了されます! みんな気を付けて!」
淫魔から視線を逸らした俺は、床に開いた大穴の底に向かって叫んだ。
すると直後、リゼラの浮遊魔法で銀等級の冒険者たちが続々と地下牢から上がってくる。
「聞いたなみんな! 一斉攻撃だ! 死んでも目は開けるなよ!」
「「「応ッ!!!!」」」
ビリーさんを先頭にして穴から飛び出てきた冒険者たちは、目を瞑ったまま音と気配だけを頼りに淫魔の位置を正確に探り当て、すれ違いざまに攻撃を当てていく。
攻撃を当てた冒険者はその足でこちらへ駆け寄ってきて、アーシュラさんを守るように自らの身体で壁を作った。
すごい。これがプロの冒険者!
目を瞑ったままなのに普段と変わらないくらい動けるのか!
「かぁ~っ! 固ってぇ!? 手が痺れちまった」
「鉄でも斬ったのかと思ったぜ」
「刃こぼれしてないッスよね!?」
「なあホントに目開けちゃダメか?」
「ダメに決まってんだろ! 死にてぇのか!?」
あ、でもあんまりダメージ入ってないっぽい……。
ステータスに差がありすぎるんだ。
「とうっ! ふふっ、決まりましたわ!」
天井に突き刺さっていたアリアが変身を解き、「シュタッ!」と俺の隣へ華麗に着地する。
「無事、とは言い難いようですわね」
それから息も絶え絶えなアーシュラさんに視線を向けたアリアは「まったく」と腰に手を当て、どこか呆れた感じで口を開いた。
「……くそ、身体に力が入らねぇ」
「レベルドレインの影響ですわ。アーシュラさまが高レベル冒険者でよかったですわよ。吸い尽くされて灰になっていてもおかしくありませんでしたのよ?」
「ちくしょう。なんてザマだ……ッ」
小さくなってしまった自分の手に視線を落とし、アーシュラさんが悔しげに吐き捨てる。
「一人で勝手に行くからですよ」
「うるせぇ! ガキのくせに無茶してついてきやがって!」
「俺と同い年で冒険者になった人に言われたくないですよ! それに今はアーシュラさんの方が子供じゃないですか!」
「……チッ、先生か。余計なこと教えやがって」
言いつつ、アーシュラさんが耳をぺたんと伏せて俯く。
見たまんま落ち込んでいるみたいだ。
彼女なりの信念あっての行動だったのは何となく分かるが、それでもいきなり気絶させられたんだ。
思うところが無いと言えば嘘になる。
「間に合ってよかったですよ。ほら、立てますか?」
弱り果てたアーシュラさんを抱え起こすと、俺たちのやり取りを聞いていた冒険者の先輩たちが目を瞑ったまま口を開いた。
「だから言わんこっちゃない!」「そうだそうだ!」
「いつも一人で無茶ばっかりして!」「たまにはオラ達に頼ってくんろ!」
「なんでも一人で抱え込み過ぎなんですよ」
「ま、そんな小っこくなっちまったら、当分無茶はできないだろうけどさ!」
「なあホントに目ェ開いちゃダメか!? ちっちゃい姉さん見た過ぎるんだが!?」
「ダメに決まってんだろ! 後にしろ!」「あ、オレ後でモフらせてほしいっス!」
「今は大人しく俺らに守られててくださいよ!」「んだんだ!」
「うるせー! 同時に喋るな! ……ったく、どいつもこいつも」
後輩たちに軽口を叩かれ、アーシュラさんはぶっきらぼうに悪態をつく。
それでもどこか嬉しそうに揺れる尻尾を見れば、本音は一目瞭然だった。
……本当にギリギリだった。
だけど、救えた。
俺の選択をみんなが間に合わせてくれた。
「……フッ、アハハ! まさかこのタイミングで英雄の卵が乱入してくるなんてね。幼稚なヒロイズムを満たせて、さぞや気分がいいでしょうねぇ!」
こちらの内心を見透かしたように、淫魔が苦痛を堪えながらも俺を嘲笑う。
しかしこうしている今も淫魔の身体は縮み続けており、単に虚勢を張っているだけなのは明らかだった。
「アンタに勝ち目は無いわ! 大人しくここでくたばりなさい!」
小学生程度にまで縮んだ淫魔にリゼラが杖を向ける。
砲撃魔法で仕留めるつもりらしい。
「奴を直接狙うな! 射線上に“偶然”奴がいる状態を作り出さねぇと攻撃を外されるぞ!」
「了解!」
アーシュラさんが簡潔に敵の情報を伝えると、リゼラは空高く杖を掲げた。
すると杖先に巨大な火球が出現し、凄まじい熱量を伴ってどんどん大きく膨らんでいく。
「だったら面制圧攻撃も苦手なはずよね!」
「っ!?」
放物線を描いて投げ込まれた大火球は淫魔の直上で大爆発を起こした。
凄まじい爆圧が王宮全体をビリビリと震わせ、灼熱の業火が淫魔を中心とした半径数メートル内を焼き尽し────
「なっ!?」
突然、爆炎がろうそくの火を吹き消したように「ふっ」と掻き消える。
「お前はいつも詰めが甘い」
いつからそこにいたのか。
淫魔を背後に庇う位置に、黒ずくめの男が立っていた。
全身を黒いマントで覆い隠していて、SFチックなフルフェイスマスクを着けているため素顔は分からない。
フルフェイスの男が淫魔に手を向けると、淫魔の身体を柔らかな光が包んだ。
銀色の液体の流出が止まり、五歳程度にまで縮んでしまった淫魔が泣きべそをかいて男の方へ駆け寄っていく。
「だってだってぇ! “彼”もやり方は私に任せるって言ったもん! あなたも聞いてたでしょ!?」
「それでこのザマか」
嫌そうな気配を隠そうともせず、黒仮面がマントを翻して淫魔を跳ね返す。
軽くあしらわれた淫魔はぺたんと尻もちをつき、「えっ」と目を丸くして黒仮面の顔を二度見する。
が、黒仮面は意にも介さず無視を決め込んだ。
露骨に落ち込んだ淫魔に構わず、黒仮面は俺たちの顔をぐるりと見渡し────ギョッとしたような気配を滲ませ、一瞬だけ身体を強張らせる。
なんだ? 俺を見てる?
「……エルデンバーグに俺を向かわせなかったのはこういうことか」
ぞわり。
黒仮面の放つ重圧が膨れ上がる。
う、動けない……っ!?
「元の世界へ帰りたいか」
「な、なにを言って……!? お前誰だ!?」
「元の世界へ帰りたければ聖神教には決して関わるな」
「ま、待って!?」
呼び止める俺の声を遮るように、黒仮面はマントを翻すと、淫魔と共にその場から忽然と姿を消した。
あまりにあっけない幕引きに、誰もが呆然としていた。
あいつ、何者だ? 聖神教に関わるなって、いったいどういう……。
黒仮面と淫魔が去った場所には、妖しげな光を放って脈動する嵐の笛がポツンと残されている。
するとどこからともなく舌足らずな淫魔の声が響いた。
『あ、そうそう。その笛はあなたたちでどうにかしてねぇ? そこのクソガキのせいで────痛い!? ちょ、何するのよ!? とにかく! 今の私じゃもう抑え込んでおけないから、後はよろしく~♡」
あの女! 荒らすだけ荒らして後始末ぜんぶ押し付けて帰りやがった!?
「ふ、ふざけんなーッ! あの手配書作らせたのアンタでしょ!? ぶっ殺してやる! 戻ってこいこのクソ淫魔!!!!」
「まぁ! リゼラ、おクソだなんてお下品ですわよ!」
「それよりあの笛なんとかしないと! 今にも爆発しそうな雰囲気だけど!?」
「正直、変態オヤジが吹いて淫魔が触っていた笛なんてばっちいから触りたくもないのですけど……。えーい! 背に腹は代えられませんわっ!」
ドクドクと脈打つように明滅を繰り返す嵐の笛にずかずかと歩み寄ったアリアは、笛に直接手が触れないようハンカチを被せて拾い上げる。
すると笛を胸に抱えたまま、少女の上半身が宝箱の中に引っ込んでいく。
宝箱のフタがバタンと閉じ、内側からガチャリと鍵がかかる音がした。
────次の瞬間。
ズゴン! バゴン! ドゴン★ ドンガラガッシャーン! ドンドンパフパフ♪ ギュイィィィイン!!!! ゴリゴリゴリゴリズドドドドド……ボフンッ!
工事現場みたいな異音を響かせ、伸びたり跳ねたり膨らんだり萎んだりねじれたりした宝箱は、最後に隙間から白い煙を吐いて沈黙した。
すると宝箱の表面に亀裂が走り、蛇の脱皮のように古い表皮がむけて、内側からさらにゴージャスになった宝箱が現れ……。
「みなさまー! もう安心ですわよ! ばっちい笛の怨念はわたくしの姫パワーでねじ伏せてやりましたわ!」
内側からフタを押し開けて、元気いっぱいなアリアが再び顔を出した。
「ア、アリア! あなたその目どうしたのよ!?」
「目がどうかしまして? ……まぁ! 右のお目目が真っ黒!」
リゼラから借りた手鏡で自分の顔を確認し、アリアが驚いたようにぱちくりと瞬きする。
再び箱から出てきたアリアは姿形こそ元のままだったが、右の白目部分が真っ黒に染まってしまっていた。
瞳の色は変わらず黄金のままなので、色合い的になんだか邪眼っぽい。
「どこか痛むところはない? 本当に大丈夫?」
「ぜーんぜん! どこも痛くありませんし、リゼラの綺麗なお顔もばっちり見えてましてよ! ふふふっ、闇の魔眼っぽくてカッコいいですわね!」
「そ、そう? ま、まあ自覚症状が無いなら……本当に大丈夫かしら」
当の本人はまったく気にした様子もなく呑気にポーズを決めて遊んでいるが、リゼラはやはり不安を消し切れない様子だ。
この世界にもああいうのをカッコいいって思う文化あるんだな。
ともあれ厄介な魔導具の処理も終わって、場の空気が緩んで一件落着のムードが漂い始めた────そのときだった。
『こちら埠頭の灯台! クラーケンだ! クラーケンが港に向かっている! 住民はすぐに高台へ避難を! クラーケンが来るぞーっ!!!!』
けたたましいサイレンの音と共に、どこからともなく響いた声が海の怪物の急襲を告げた。




