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【2章完結】平凡勇者は挫けない【6章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第二章 湾港都市オーラン編

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0038 海底洞窟を超えて

 ──アンダーオーラン ベースキャンプ──


「王宮の地下に通じる道は、ここから港の真下を突き進むこのルートだけだ」


 と、テーブルの上に広げた地図を指でなぞって大まかなルートを示したのは、猿顔のお兄さんことビリーさんだ。

 だが彼が指でなぞった場所に道らしきものは見当たらない。


「まさか海の真下を通っていくんですか!?」


「ああ、海底洞窟を通っていく形になるな」


「そんなことより、問題はこのルートの途中に海竜のねぐらがあるってことさ」


 ビキニアーマーの女剣士マリーさんが、険しい顔で地図の右上に描かれた海竜の絵を睨む。


「海竜! 数々の伝説や伝記にも登場する海の王者ですわね!」


「なんでそんな嬉しそうなんだい。変な子だね……」


「だって海竜ですわよ! その姿を見て帰った者はそれだけで勇者と呼ばれる伝説の魔物! くぅーっ! わくわくしてきましたわー!」


「海竜は体内に強力な発電器官を持ってる。それでいてあのクラーケンともタメを張るデカさだ。バレたらまず生きては帰れねぇ」


 冷や汗を浮かべ、ビリーさんが地図に描かれた海竜に稲妻のエフェクトを描き足す。

 絵心あるな、この人。


「だからねぐらを超えるときは息を殺して、足音を立てず、魔法も使うんじゃないよ。奴は魔法やスキルの気配に敏感だからね。使えばすぐバレる」


 小声になったマリーさんが人差し指を「しー」と唇の前で立てると、誰かがつばを飲む音が辺りに響いた。


「見つかったら終わりってことね」


「んだ。道中も猛毒持ちのやべぇ魔物がうじゃうじゃ居るが、そいつらの相手はオラたちに任せとけ」


 リゼラが少し硬い顔で頷くと、黒鎧の大男ザックさんが分厚い鎧の胸を叩いて頼もしく笑い返す。


「ピピはどうします? 連れて行けるなら連れて行きたいんですけど」


「途中で道幅がかなり狭くなるからな。ガルダの体格だとつっかえちまう。かわいそうだがここに置いて行くしかねぇな」


 と、ビリーさんが申し訳なさそうにピピに語り掛ける。

 どうにか代案が無いかと各々の顔を見渡すが、帰ってきたのは「諦めろ」と諭すような苦笑だけだった。


「くえ……」


 一人だけお留守番が確定したピピは、しょんぼりと俯いてしまう。

 ホントごめんな。帰ってきたらベヒモスカルビあげるから許してくれ。


「ピピちゃん、わたくしの中に入れば一緒に行けますわ! さ、怖がらずにあんよをお入れになって! さぁさぁさぁ!」


「くえぇー!? くえぇー!」


 アリアが宝箱の奥に身体を引っ込めてピピを誘うが、箱の中は底の見えない暗闇で満たされていて見ているだけで不安になってくる。

 いやいやと全力で首を横に振ったピピは、すっかり怯えて俺の後ろに隠れてしまった。


「ごめんなピピ。ここでお留守番しててくれ」


「きゅぅ……」


 残念そうな顔をするピピを宥めつつ、打ち合わせを終えた俺たちは、いよいよベースキャンプを後にした。




 ◇




 ──海底洞窟──


 まずは都市遺構の屋根伝いに町の北側を目指し、俺たちはそこから海底洞窟へと入った。

 海底洞窟は意外にも道幅が広く、大人三人が両手を広げて横並びに歩いてもまだ余裕があった。


 内部は幾重にも枝分かれしていて、リゼラが放った光球の明かりを頼りに進んでいく。

 これは俺たちだけじゃ迷子になってたかもな。


「今進んでるこの道は、この町の銀等級が長年かけて開拓した一番安全なルートだべ。本来なら鉄等級(ノービス)のおめぇたちじゃ逆立ちしても入手できねぇ情報だど? 運がよかっただな」


「指名手配さえされてなければ、ですけどね」


「「ハハッ、違いねぇ」」


 ビリーさんとザックさんが俺の自虐を笑い飛ばす。

 すると突然、左右の水没した脇道から、人の手足の生えた不気味な魚が襲い掛かってきた。

 腕についた刃のようなヒレを幽歩で間一髪躱すと、すぐさま乱戦が始まる。


「くそっ! ディープワンだ!」


「こいつらは火が弱点だ! 火を使え!」


 カツンッ!

 リゼラが杖で地面を突くと、全員の武器に紅蓮の炎が宿った。

 武器への属性付加魔法(エンチャント)だ。


「おお! こりゃありがてぇ! おらよっと!」


 ザックさんが両手にそれぞれ持った片手斧を豪快に翻し、両脇から飛びかかってきたディープワンを斬り伏せる。

 凄まじいパワーで脳天を叩き割られた魚人たちが血だまりの中に沈む。


 俺も刃に灯った炎で相手の動きを牽制しつつ、虚空瞬在(エクシスナーダ)でディープワンの背後へ直接回り込んで斬りかかる。

 が、固い鱗に阻まれ刃が滑ってしまい、ほとんどダメージを与えられなかった。


 くそっ、固い! もっと闘気を研ぎ澄ませないと!


 鼻から生臭い空気を思い切り吸い込み、口から細く吐き出す。

 呼吸はあくまで心拍数をコントロールするための補助。

 刃を腕の延長と捉え、命を、魂を────巡らせる!



 ────斬ッ!!!!────



 振り抜いた剣がディープワンの身体を真っ二つに斬り裂いた。

 肉を断つ嫌な感触が生々しく手に残っている。


 やめろ、考えるな。

 これは人間じゃない。魚、魚、魚……。

 さばならいつも台所で捌いてただろ。動揺するな。


「危ねぇ!」


「っ!?」


 そんな俺の隙を突いて、別のディープワンが鋭い爪を振り上げ襲い掛かってきた。


 そこへビリーさんが疾風のような身のこなしで割り込んできて、短剣を鋭く翻す。

 瞬間、俺の背後から迫っていたディープワンが三枚おろしになった。


「あ、ありがとうございます。助かりました」


「油断するなよ? 奴らのヒレには寄生虫がいるからな。傷口から入り込まれたら痛みで三日は動けねぇぞ」


「ああ、アレはキツかった! 酷い目に遭ったの思い出した、よっと!」


 俺たちの会話を盗み聞きしていたマリーさんが、乱戦の隙間を縫うようにして器用にロングソードの刃を閃かせる。

 剣の切先が銀の軌跡を描くたび、周囲を囲んでいたディープワンたちが次々真っ二つになっていく。

 乱戦の中にあっても淀みない剣さばきは達人のそれだ。


「そんな恰好してるから攻撃食らうんだろ! もう少し防具に気を使った方がいいんじゃないのか!」


 マリーさんの背後から迫っていたディープワンを兎獣人の槍使いダインさんが一突きで仕留め、軽口をたたく。

 そのまま二人は互いに背中を預け合い、次々飛びかかってくる敵を見事な連携で仕留めていった。


「だってフルプレートは高いし、税金もかかるだろ!? それに今じゃそこらの防具より素肌の方が頑丈だからこれでいいんだよ! このスケベ!」


「だ、誰がスケベだ!」


「アハハッ! 動揺してるのがなによりの証拠じゃないのさ!」


 まあ、あれだけ露出が多いとね。

 それはさておき、四人のリーダーたちが率いるパーティーの仲間たちも、それぞれの武器で敵を蹴散らしていく。


 が、ディープワンは次から次から溢れてきてキリがない。

 グロテスクな深海魚の群れが長い手足を振り回して突撃してくる光景は、ビジュアル的にかなりキツいものがある。

 SAN値が削れるって、こういうことか。


「みなさま! 伏せてくださいましーっ!」


 アリアの掛け声で全員がその場に伏せる。

 直後、宝箱の底から灼熱の炎が吹き荒れ、残りのディープワンたちを一掃した。


 カツンッ!


 そこへすかさず、リゼラが杖で地面を一突き。

 するとディープワンたちが飛び出してきた水路が一瞬の内にすべて凍結して、襲撃がピタリと止んだ。

 戦闘終了。ああ、焼き魚のニオイがする……。


「す、すげぇな。なんだ今の」


「ちょっとした手品でしてよ」


「手品だぁ? そんなふうには見えな「うふふふふふ」


「あっ、もうそういうことでいいです」


 アリアの黒い笑みに危険なものを感じたのか、ビリーさんはそれ以上探りを入れようとはしてこなかった。

 普段は人懐っこくていい子なんだけど、たまーに怖いんだよなアリアって。

 底知れないというか、裏がありそうというか。


「かなり深いところまで完全に凍り付いてる……。無詠唱でここまでやれるなんて、流石は『狂気のガリ勉姫』ってとこね」


 凍った水路を叩いて魔法の威力に感心するのは、荒波紅蓮隊のミアさんである。

 同じ魔法使いだからこそ、リゼラの腕前が相当なものだと分かるのだろう。


「なんですか? その狂気のなんたらって」


「あら、知らないの? 彼女の魔法学校時代のあだ名よ」


 聞けば、休日も休まず図書室に籠り切りで、誰が遊びに誘っても一切応じなかったため、いつしかそんなあだ名で呼ばれるようになったらしい。

 相当追い込まれてたんだな……。それにしたって酷いあだ名だ。


「ああもう! うるさいうるさい! いいでしょ昔のことなんだから! ほら、さっさと行くわよ!」


 思わぬところから暗黒時代の様子を暴露され、顔を赤くしたリゼラが俺たちの視線を振り切って速足で先に進んでいく。逃げたな。

 ともあれディープワンの襲撃を乗り越えた俺たちは、海底洞窟の奥へと進んだ。



 ────────

 ────

 ──



 ディープワンの襲撃からしばらくして。

 不思議なことに洞窟は下へ向かうほど明るくなってゆき、やがて魔法の明かり無しでも問題なく見えるほどになった。


「壁……いや、苔が光ってるのか」


「岩壁に含まれる海のミネラルを養分に、体内の酵素を反応させていますのね。とっても綺麗ですわ……!」


 難しいことはよく分からないけど、博識なアリアがそう言うならきっとそうなんだろう。

 光る苔に覆われた洞窟は次第に道幅を狭くしてゆき、とうとう大人一人がやっと通れる程度になった。


 確かにこの狭さじゃピピはつっかえちゃうな。

 岩に服を引っかけないよう身をよじりながら慎重に進むと、ぽっかりと開いた広間に出る。

 次の瞬間、洞窟全体が激しく揺れた。


「まずい! みんな隠れろ!」


 ビリーさんがジェスチャーを交えて小声で指示を飛ばし、各々が近くの岩陰に身を隠す。

 直後、俺たちが身を隠した岩の裏を巨大な何かがズルズルと横断していく気配があった。


「……行ったか」


「今のは?」


「大ウツボだ。身体の真横に生えた毒の棘を矢みてぇに飛ばしてくる。岩も簡単に貫くし、こんな狭い場所でやられたら一巻の終わりだ」


 ウツボが通り過ぎたと思しき横穴は地下鉄のトンネルくらいの大きさで、覗き込むと真っ暗な水面がゆらゆらと揺蕩たゆたっていた。


「人間が正面から戦って勝てる相手なんざほんの一握りだ。ヤバいと思ったらすぐに隠れるか逃げろ。それが長生きのコツだぜ」


「は、はい」


 広間を抜けた俺たちはさらに奥へと進んでいく。

 死んで肉片になった魔物の残骸は何度も見かけたが、生きた魔物とはしばらく遭遇しなかった。


「まさかこれ、全部アーシュラさんが?」


「ああ、間違いねぇ。今日はやけに魔物が少ねぇとは思ってたがやっぱりか」


 先を行くビリーさんがまったく警戒を緩めていないのを見て、自分の気が緩んでいたことに気付き、俺は頭を振って気を入れ直す。


「それでいい。こういう何もない時が一番あぶねぇ。禁足地じゃ安全を確保するまで絶対に気を抜くな。いつも誰かに狙われてると思え」


「はい」


「洞窟内での気の配り方は上に六割、足下に四割だ。頭上は死角だからな。上方向への警戒配分は多めにしておけ。スライム、大蜘蛛、毒ナメクジ、上から襲ってくる奴らは意外と多いぞ」


「分かりました。ありがとうございます」


 後ろに目でもついているのか、ビリーさんは俺の動きを察知して背中越しにアドバイスをくれた。

 こういう実用的なアドバイスは本当にありがたい。よく聞いて今の内に練習しておこう。


 細くなったり広がったりを繰り返す迷路のような通路をデコボコな足場を踏み越え、先へ、先へ。


 道中何度か魔物との遭遇もあったけど、冒険者たちの連携でどうにか切り抜けた。

 さらにしばらく行くと、急に周囲の気温が下がり始め、通路の奥から壁伝いに霜が迫って来る。


「まずい! 海霊ゴーストだ!」


 先頭を行くビリーさんの肩越しに半透明の剣士の姿がぼんやりと見えた。


 剣士の亡霊と視線が交わる。

 刹那、首にかけていた青い石のペンダントが僅かに光を発し、彼が抱える強い無念が俺の中に流れ込んできた。


 ────そうか。仲間に裏切られて、海に。


 だけど裏切った奴らは復讐を果たす前に死んでしまって、無念だけが残ってずっと彷徨い続けていたんだな。


「大丈夫。今送ってやるから」



 ────斬ッ!!!!────



 海霊の懐まで虚空瞬在(エクシスナーダ)で一気に踏み込み、一閃。

 特に抵抗らしき抵抗もなく一太刀の内に斬り伏せられた剣士の亡霊は、斬られたとは思えないほど安らかな顔で空気に溶けるように消えていった。


「もう大丈夫です。行きましょう」


「す、すげぇなお前」


 剣を鞘に納めつつ振り返ってみんなに呼びかけると、ビリーさんが心底驚いたように目を丸くしていた。

 他のみんなも信じられないとばかり、ぽかんと口を開いている。


「俺なんて全然、師匠に比べたらまだまだです」


「いや、今のは本当に助かったぜ。俺たち全員、海神教徒だからな。アンデッド相手じゃ逃げるしか手が無かった」


「というと?」


 いまいちピンと来なくて俺が聞き返すと、ビリーさんが困り顔でやれやれと肩をすくめた。


「アンデッドに効く聖水は心の底から聖神教に改宗しないと売ってもらえねぇんだよ」


 聞くところによると、どうやら教会には嘘を見抜く魔導具があるらしく、口先だけ改宗したフリをすると異教徒認定されて聖神騎士団に処刑されてしまうらしい。


「同じ効果を持つ海神教由来の清めの塩も、今じゃ製造禁止で手に入らねぇ。仮に昔のモンが残ってても持ってるだけでコレだ」


 と、ビリーさんが「おえっ」と舌を出して親指で首を掻き切る動作をする。

 聖神教が国教になった弊害がこんなところにも。

 俺が知らないだけで、聖神教が国教になったことで生じた問題はかなり根深いのかもしれない。


「ま、それでもこの町はまだマシな方らしいがな」


「そうなんですか?」


「他所から流れてきた冒険者の話じゃ、信仰心の確認とか言って司祭が町娘を強姦したり、異教徒ってだけで一族郎党皆殺し、なんてこともあったみてぇだぜ」


「そんな……」


「だから俺たちはそういう意味でも姉さんに頭上がんねぇんだ。エスぺリサ最強の戦力が裏路地の隅々まで目ェ光らせてくれてたから、俺たちは信仰を捨てずにいられた。大っぴらにはできねぇけどな」


 なんというか、うんざりするような話だ。


 ともあれ海霊と遭遇してからは魔物との遭遇もなく、息の詰まるような細い通路を身体をねじりながら進んでいく。

 やがて通路を抜けると視界が開け、俺たちはとうとう最大の難所へと差し掛かる。


「……見ろ、あそこが海竜のねぐらだ」

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