0035 推理
「そもそも変だと思っていましたのよ。ケルセスはどうして一〇歳以上の子供たちばかりを攫うように多頭蛇に依頼したのか」
「奴の変態趣味のためじゃねぇのかよ」
アーシュラさんが汚い虫でも踏みつぶしたみたいな顔で答えると、アリアははっきり首を横に振った。
「わたくしもあの時はショックで、あまり深く考えようとしませんでしたわ。ですが今になって考えてみたらおかしいと気付きましたの」
「あぁ?」
「確かにケルセスは幼い少女を犯しながら美少年に自分の尻を掘らせるのが好きな度し難い変態ですわ」
「マジかあの野郎!」「最低……」「流石に引くべ……」「見るからにスケベそうな顔してたもんな、あのジジイ」「可哀想に」
アリアの爆弾発言に冒険者たちが俄かにざわつき始める。
ていうかなんでみんなこっち見るの!? 何もされてないから!
「もうアリア! わざわざ具体的に言わなくていいわよ!」
「ゴホンッ! ごめんあそばせ。とにかく! 攫われたのは一〇歳以上の子どもたちですわ。しかも性別問わず、一〇〇人近くも。変態趣味のための誘拐だったとすると、少し変ではありませんこと?」
騒がしくなってしまった場をアリアが咳払いで静め、全員の顔を見渡しながら問うと、猿顔のお兄さんが片眉を上げた。
「つまり、ケルセスには何か別の目的があって子どもたちを集めていたと?」
「ええ。そしてそれは、嵐の笛へ捧げる生贄だったはず」
────生贄。
おそらくそれは、この場にいる全員が一度は想像した答えだったのだろう。
その単語が出た瞬間、場の空気が冗談を挟む余白すら無いほど重苦しいものに変わったのを肌で感じた。
「嵐の笛って、ケルセスが記憶の中で持ってたアレのこと?」
「ええ、どこかで見覚えがあると思っていたのですけど、わたくし幼い頃に王立図書館であの笛に関する記述を読んだことがありましたのよ」
俺が尋ねると、アリアは笛について知っていることを話してくれた。
「その本によれば、大昔に嵐を操る危険な魔物がいて、それを当時の大賢者が笛に封じ込めたのだそうです。それ以来、笛には魔物の怨念が宿り、ひとたび吹けば大嵐を呼び寄せる危険な呪具になったのだとか」
「……だとすると、ケルセスが子どもたちを攫ったのは、荒ぶる笛の怨念が自分に向きそうになったから、生贄を捧げてそれを鎮めようとしたってところかしら」
「おそらくは」
口にするのも不愉快とばかり、リゼラが険しい顔で予想を展開すると、少し辛そうにアリアが目を伏せる。
こんな予想、できれば外れていて欲しい。そんな顔だ。
「一度でも嵐の笛を吹いた者は魔物に魂を握られてしまうそうですわ。そして笛を使ってからきっかり十年後の同じ日に、嵐の洗礼を受けた一〇〇人の子どもを生贄として捧げなければ、魔物に魂を取られてしまうのだとか」
「じゃあケルセスは嵐の笛に殺されたってこと?」
俺が聞くとアリアは首を横に振った。
「魔物に魂を取られた者は死体も残らないそうです。ですがこうしてヒロトさまに殺人の容疑がかけられているということは、少なくとも死体は残っているということですわよね?」
「となると、やっぱりケルセスの死因は他殺……?」
けど、誰が何のためにそんなことを。
しかもわざわざ俺に罪までなすりつけて。
聖神騎士団の中にアンデッドが紛れ込んでいたことも、何か関係があるのだろうか。
「魂を握られていた人間が生贄を捧げる前に殺された場合、笛はどうなるの?」
ふと気になったことを聞いてみると、アリアは申し訳なさそうに首を横に振った。
「そこまでは書かれていませんでしたから、なんとも……。ただ、何が起きてもおかしくないとは思いますわ。最悪、笛に封じられた魔物が怒って復活することも十分に考えられるかと」
「どうにも目的が見えてこないわね。魔物を復活させるのが目的なら、どうして私たちを指名手配なんかにしたのかしら」
顎先に手を当て、難しい顔でリゼラが首を捻る。
「そのことなのですけど、先輩方が集めてくださった資料、おかしな点が多いと思いませんこと? ほら、これとか。こっちの資料と見比べると辻褄が合わないでしょう?」
アリアが資料を指差して答えるが、リゼラ以外、誰もピンと来ていないようだった。
大聖堂への納品記録。
ケルセスと個人的に繋がりのあった貴族の名簿。
各貴族の宮中での役職。
各家ごとの財政状況。
当主の健康状態や最近の行動について。
使用人の愚痴。
街の噂。
聖神教関係者の町での様子。
過去数年分まで遡った商船の港への出入り記録と、その積み荷のリストなどなど。
すごいな。子どもたちを見つけるために、こんな細かなところまで調べ上げたのか。
ちょっとだけズルをして、おもしろ鼻眼鏡をかけて少しだけ『かしこさ』の値を底上げして資料を眺めてみると、アリアの言う違和感に気づいた。
言われてみれば確かに、役職とまったく関係のないはずの取引リストに同じ名前が何回も出ているな。
他にも、それまで真面目で堅実な経営を行っていた貴族家の財政状況がある年を境に急に傾いたりと、なんだか不自然な点が多い気がする。
「……確かに、まともに国が機能しているなら絶対こうはならないわね」
「貴族たちの不自然な変化やこれらの取引リストを見るに、おそらく宮中で役職を持つ貴族たちは、殆どが何者かによって精神的な干渉を受けていると見て間違いありませんわ」
「じゃあそいつがケルセスを殺して俺たちを指名手配にさせた黒幕?」
「そう考えるのが妥当ですわね」
「でも昨夜見た限りじゃ、ケルセスの記憶にそんな場面なんてどこにもなかったわよ?」
「いいえリゼラ。ケルセスの記憶には不自然な欠落があったでしょう?」
「……あ。もしかしてあのお姉さんのところか!」
俺はてっきりリゼラが恥ずかしがって見せてないだけかと思ったけど、そもそもケルセスに記憶が無かったのか。
覚えていないのではなく、そもそも記憶が存在しない。
記憶が無ければ魔法でも覗き見ることは不可能だ。
「っ! やられた……っ! 自分もやったことなのに、まんまとひっかかるなんてっ」
俺の言葉でハッとなったリゼラが、悔しさを顔に滲ませ親指の爪を噛んだ。
「どういうことだ?」
「ケルセスの記憶は一部が消されていましたのよ。後から魔法で記憶を覗き見しても、その違和感に気付けなくする罠まで仕掛けて」
まだピンときていない様子のアーシュラさんが首を傾げると、アリアがこの場にいる全員にも分かるように説明する。
一方リゼラはといえば、イライラと親指の爪を噛んだまま空中に投影した魔方陣を指杖で何度もなぞって術式を組み替えていた。
「まさかこんな簡単なことを見落としてたなんて! ────はい、修正おわりっ! ああもう恥ずかしい!」
「えっと、何してたの?」
「精神防壁を修正したのよ。もう同じ手は食わないわ」
ものの一分とかからず修正作業を終えたリゼラは、それっきりむっすりと黙り込んでしまった。
うーん。あれは相当怒ってるぞ。
悪意まみれの手配書をばら撒かれて、魔法使いとしてのプライドまで傷つけられたんだ。無理もないか。
「それで? 結局その黒幕ってのは誰なんだよ」
アーシュラさんが答えを急かすと、アリアは口に出すのを僅かにためらい、絞り出すように言った。
「聖神騎士団の中にアンデッドが紛れ込んでいたことを考えると、おそらくは不死魔王配下の幹部。それもかなり強力な淫魔である可能性が高いですわ」
アリアの出した結論に、俺以外の全員が凍り付いた。
敵の正体が魔族だったというのは正直そんなような気がしていたから、俺からすればそれほど驚きでもない。
だけどみんなの表情からは、それとは違う別種の恐れのようなものを感じた。
「淫魔って……お前、本気か? 奴らは大昔に絶滅したはずだぞ」
「歴史上ではそうなっていますわね。ですが歴史とは為政者たちの都合で書き換えられるのが世の常というものですわ」
アーシュラさんが信じられないという顔をすると、アリアはどこか含みのある表現をした。
「えっと、みんな何をそんなに驚いてるの?」
「異世界から来たヒロトさまはご存じなくて当然ですわね。……その、とても言いにくいことなのですけど、淫魔という言葉は、現在では最も下品な侮辱の言葉として使われていますの」
テントの中を見渡す。
みんな何とも言えない複雑な表情をしている。
────そっか。差別的な意味も含まれてるんだな。
「奴らは人に化けて疫病をばら撒いたのよ。四〇〇年前に世界人口の半数が死ぬほどの大災厄を引き起こした元凶。最も忌むべき人類の敵、それが淫魔よ」
言いづらそうにしているアリアに代わって、リゼラが口を開いた。
「その話、前に師匠から少し聞いたな。確か特効薬の研究開発を支援してた聖神教が布教も兼ねて世界中に銭湯を建てたって」
だから現在でも銭湯のお湯には魔法薬が混ぜられていて、感染症の治療と予防に大きく貢献しているのだとか。
俺もこの世界の銭湯には何度か入ったけど、どこのお湯も少し薬臭かったのを覚えている。
「……もしかして本当は違うの?」
「ええ、実際のところは魔法薬の利権を巡って色々とあったみたいなのですけど、今は割愛しますわね」
聞かなくても分かる。
きっとろくでもない話だ。
「ともあれ重要なのは、人族の半数が疫病で亡くなったという部分ですわ。実際に疫病で亡くなった方は感染経路から考えて、当時の総人口の一割にも満たなかったはずですもの」
「じゃあなんでそんな……」
「────淫魔狩り。町に忍び込んだ淫魔を炙り出すという名目で、多くの人々が捕えられ処刑されたのです。しかもそれを扇動したのは、淫魔に魅了された当時の王侯貴族たちでしたわ」
「っ!?」
「当時はまだ特効薬がありませんでしたし、発症するまでは誰が感染者かも分かりません。そこへ加えて不安を煽るようなデマも数多く飛び交ったそうですわ」
聞けば、そうしたデマは新聞によって広まったらしい。
当時の情報発信源といえば、町の噂か新聞のどちらかだった。
そのため新聞に対する信用度は高く、例え嘘であろうと新聞に書いてあれば本当のことだと多くの人が信じてしまった。
「そうした過去の教訓を元に発足したのが鑑定士協会ですわ」
「それってギルドでステータス鑑定してくれた?」
「ええ。協会の主な業務は世界各地で起きた事件の真偽追求で、新聞やラジオで報道されるニュースの原稿も、悪質な切り取りや嘘が無いか協会の人が鑑定しますのよ」
そうなんだ。知らなかった。
ちなみに記者の書いたコラムやコメンテーターの言論は審査の対象外らしく、各報道機関はそこでそれぞれの政治思想を展開して特色を出しているらしい。
「話が逸れましたわね。人類の半数が疫病で死滅したという話も、実態は今話した通りですわ。当時の為政者たちが自分たちの責任を問われないように歴史を改竄しましたのよ」
なんというか、言葉を失うくらい酷い話だ。
けど、それなら以前に聞いた聖神騎士団が不潔な人をその場で処刑してしまうという話も、にわかに真実味を帯びてくる。
おそらくだけど当時に定められた化石みたいなルールが今でも残っているんだ。
「待て待て待て! ヤバい情報ばっかで頭が追い付かねぇ。だいたい嬢ちゃんはなんでそんなこと知ってるんだよ!? お前らいったい何者だ!?」
猿顔のお兄さんが混乱した様子でアリアを問い詰めると、冒険者たちのどこか恐れを含んだ視線が俺たちに集まる。
彼の言葉は全員の気持ちを代弁しているようだった。
「わたくしはアリア・オル・ディゼル・エルデンバーグ。エルデンバーグ王国の“元”第二王女ですわ」
「私はリゼラ・クラウロード。で、こっちの度を超したお人好しがこの前エルデンバーグで召喚された英雄の卵のヒロト・スズキよ」
「度を超したって」
「アンタのお節介のせいで私たち今お尋ね者なんだけど?」
「……ごめん」
俺たちの正体を知った冒険者たちは、みんな目を丸くして驚いていた。
俺だってまさか孤児院の依頼がこんな大事になるとは思ってなかったよ!
「……只者じゃねぇとは思ってたが、まさかお姫様ご一行とはな。つーかお前、英雄の卵って冗談じゃなくてマジだったのか」
「あー、その、はい。一応は」
「んだよ、その煮え切らねぇ返事は。で、どこまで話した?」
一応納得してくれたらしいアーシュラさんが折れかけた話の腰を元に戻す。
「敵の正体が高確率で淫魔だろう、というところまでですわ。今のエスぺリサ貴族たちの行動は、禁書庫の歴史書に記されていた過去の為政者たちの様子とあまりにも酷似しすぎていますもの」
「それで、淫魔の目的は?」
俺が聞くとアリアは顎に手を当て、考えるそぶりを見せながら口を開いた。
「そこがまだ見えてきませんのよね……。ですが敵はいくつかの計画を同時に進めていたはず。ベヒモスを使った運河の破壊や、クラーケンによる各国使節団の足止めもその一環でしょうし」
「なら俺たちを指名手配にしたのはなんで?」
「ヒロトさまは英雄の卵ですもの。聖神教の大司教を殺害した容疑をかぶせてしまえば、今後の活動を大きく阻害できますわ。それこそ、世界中の殆どの国に入国さえできなくなりますもの」
「そんな!? 俺、何もしてないのに!」
道理で手配書の内容が適当だと思ったよ!
嫌がらせのためだけにこんなことするなんて!
「わたくしたちの手配を解除させるには、この国を淫魔の手から解放するしかありません。しかしそのためには淫魔を倒す必要がありますわ」
「俺たちを誘い出す罠ってことか」
どうやら敵はそうとう狡猾な奴のようだ。
俺が弱いうちに、社会的に追い詰めてくるなんて。
しかもそれを解決するためには人を操る能力を持つ敵の前まで出ていかなきゃいけない。
これは迂闊には動けないぞ。
「ですがこのままじっとしていても状況は悪くなる一方ですわ。そして今までの情報から逆算して、淫魔がいる可能性が最も高い場所は……」
アリアがテーブルの上の資料を掻き分け、下に埋もれていたオーランの地図の一点を指差す。
「ここ、王宮しかありませんわ!」




