0034 禁足地
──王宮前 聖神騎士団詰所──
ここオーランは『海竜の顎』と呼ばれる三日月型の湾に沿って広がる港町だ。
元々この一帯は起伏に富んだ傾斜地であり、町をぶらりと歩けばいつの間にか息が切れていることも珍しくない。坂道や階段が多い証拠である。
そんな坂と階段の町の中でも、湾全体を一望できる最も高い場所に王宮はあった。
王宮から町へと下る長い坂道の途中には、番兵の詰所や兵舎が建ち並び、その中でも王宮に最も近い白塗りの建物こそが聖神騎士団の詰所だった。
「取り逃がしただと!? まさかこちらの動きを察知されていたのか!?」
大翔たちを取り逃がしたという情報が詰所にいたマイト騎士長の下へと届けられたのは、趣味で始めた花壇の手入れをしている最中のことであった。
「そ、それが、指名手配犯のアーシュラ・ベオウルフに乱入され……」
「ばっかもん! 一網打尽のチャンスではないか! 何をやっておるのだ貴様らは!」
「も、申し訳ありませんっ!」
「草の根を掻き分けてでも必ずや捕まえろ! でなければ貴様らを縛り首にしてやるぞ!」
「そう大声を出しては、折角綺麗に咲いた花たちも萎れてしまいますぞ」
騎士長が顔を真っ赤にして部下を怒鳴り散らしていると、その背中に声がかかる。
怒り顔のまま騎士長が振り返れば、そこにいたのは艶のある金髪の美丈夫だった。
艶のある髪を後ろに撫でつけ、海軍式の軍服を見事に着こなしており、その立ち居振る舞いからは確かな気品が感じられる。
ラルフ・ガルドア・エスペリサ。
この国の第一王子である。
ラルフ王子は軍略に長けた天才としても名高く、軍部との繋がりも強い。
無視できない相手の登場にマイト騎士長の怒り顔もどこへやら、額に浮かんだ冷汗を拭いつつ愛想笑いを浮かべた。
「こ、これは殿下。直接おいでになられるなら先に知らせを寄越していただきたかったですぞ」
「なに、ケルセス大司教が殺害されたと聞いてな。捜査状況がどうなっているか確認に寄ったのだよ」
「今朝方、容疑者が宿泊中の宿へ聖兵たちを突撃させたところです。ですがアーシュラ・ベオウルフの妨害を受けてしまいましてな」
「そうか。貴公は確かまだオーランに赴任して日が浅かったな。慣れぬ土地では色々と不便もあろう。捜査に難航するようであるなら……」
「心配ご無用! なあに、今頃町中が奴らの手配書だらけです。神の目からは何者も逃れることなどできはしませぬ」
手柄を横取りされてたまるものかと、騎士長は声を大にしてラルフの申し出をキッパリと断った。
するとほんの一瞬、ラルフの目つきが鋭さを増す。
まるで腹の底を見透かすようなその目に騎士長の額に冷や汗が浮かぶ。
が、ラルフはすぐに視線を切り、よく手入れの行き届いた花壇を眺めつつ本題に入った。
「ところで多頭蛇の支部長が自首してきたそうだが、その件の対応はどうしているのかね」
「はっ。現在精神系スキルの使い手に、奴が精神操作されていないか調べさせているところです」
「我が国から膿を絞り出すチャンスだ。裏が取れ次第、構成員は全員逮捕拘束してほしい。支部店への強制捜査も私の権限で許可しよう」
「ぜ、全員!? しかしそれでは指名手配犯の捜査に回す人員が……」
「多頭蛇は聖神教の教義にも反する悪逆非道の集団だ。奴らの支部を壊滅させたとあれば、貴公の名は法王様のお耳にも届くに違いなかろう」
聖神教が国教となってまだ日の浅いエスぺリサ王国への赴任を左遷と捉えていたマイトにとって、ラルフの言葉はあまりにも魅力的だった。
ここで大手柄を上げれば、聖法国へ戻れる日も近い。
────と、本物のマイトならばそう考えるだろう。
騎士長は胡散臭い笑みを顔に張り付け、ラルフの提案に頷いた。
「わ、私も常々奴らの悪事には心を痛めていたところです。この国に巣食う闇を、神の光で浄化してご覧に入れましょうぞ!」
「是非とも我が国の路地裏を神の光で照らしてくれたまえ。私は海軍司令部へ向かう。何かあれば通信妖精で連絡してくれ。余程のことでない限り私の権限で許可を出そう」
「はっ! ご協力感謝いたしますぞ、殿下!」
騎士長からの敬礼を受けたラルフは踵を返し指揮所を後にした。
(……時間は稼いでやったぞ。どうかこの国を『奴』の魔の手から救ってくれ、アーシュラ)
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──
ラルフが去ってからしばらくして。
「……ラルフ・ガルドア・エスぺリサ。侮れん男だ」
自分以外誰もいない指令室で、騎士長の顔がドロリと崩れ、黒い粘液の下から白い髑髏が顔を出す。
あの王子の前に立つと、完璧であるはずの擬態を見破られたような気がして、失って久しい胆が冷えたような感覚に陥る。
「いずれにせよ用心に越したことはない、か……」
しばらく派手な行動は控えようと決め、髑髏が再びマイト騎士長の顔へと戻ると、ガチャガチャと鎧の音を響かせ一人の聖騎士が指揮所に入ってきた。
「騎士長殿! 手配書の配布、完了いたしました!」
「うむ、ご苦労! 支部長の証言の裏は取れたか?」
「はっ! どうやら催眠術の類はかけられていない模様です。真偽鑑定の結果も白でありました」
「そうか。オーランに駐屯しているすべての聖神騎士団に伝えよ! これより多頭蛇支部店への強制捜査を行う! ラルフ殿下のお墨付きだ! 徹底的にやるぞ!」
「はっ!」
◇
──オーラン貧民街──
俺の首根っこを掴んだまま屋根から屋根へ跳んだアーシュラさんは、獣のような身のこなしで貧民街の一角へと降り立った。
く、首くっついてるよね? 折れるかと思った……。
「こっちだ」
暗く狭い迷路のような路地をアーシュラさんは迷いの無い足取りでスイスイ進んでいく。
こんなところに取り残されたら迷子確定なので、俺もはぐれないよう幽歩で必死についていった。
「あの、リゼラたちは!?」
「ここにいるわよ」
「くえっ!」
「わァっ!?」
振り返ると、ピピに跨ったリゼラが俺を見下ろしていた。い、いつの間に……。
どうやら隙を見て脱出してきたらしい。
するとリゼラたちに続いて、どこからともなく転移してきたアリアが『シュタッ!』と俺のすぐ真横にヒーロー着地を決めた。
「おはようございますヒロトさま! ごきげんな朝ですわね!」
「どこが!?」
「わたくしたち、とうとう無実の罪で指名手配ですわー!」
「なんで嬉しそうなのさっ!?」
「だってこの状況、勇者ヨシ・ツネーの冒険のガンビアの町での出来事とそっくりなんですもの!」
と、言われても。そういう小説でもあるのかな。
迷路のような路地を右へ左へ抜けると、やがて目の前に地下へと続くトンネルが現れる。
アーシュラさんを追って俺たちもトンネルへ入ると、やがて視界が開け────現実とは思えない絶景に息を飲んだ。
天井に開いた穴から柱のように差し込む光が、水没した都市の影を薄闇の中にぼんやりと浮かび上がらせている。
町だ。地面の下に町がある。
「なんですかここ!?」
「人の生活圏に最も近い禁足地、アンダーオーラン……! 実在しましたのね!」
「知ってるのアリア?」
「噂程度にですわ。オーランの地下には水没したかつての都市遺構があって、水棲魔物の生息地になっているとか」
「ここはオレら銀等級の狩場だ。深海のやべぇ魔物がウヨウヨいやがるから、聖騎士どももビビって入ってこねぇ」
どうりでアーシュラさんがずっと捕まらないはずだ。
町のすぐ真下にこんな隠れ場所があったとは。
「もうすぐキャンプがある。こっちだ」
水没した建物の屋根の上を飛び越えて進むと、巨大なドーム状の廃墟にたどり着く。
なんだか野球場みたいな形だな。内部の構造も外見のイメージとそう変わらず、多分何かの競技場跡なのだろう。
通路を通ってグラウンド内へ進むと、あちこちにテントが張られていた。
俺たちから一番近いテントの前では火が焚かれていて、強そうな冒険者たちが火を囲んで談笑している。
全員、高校生か大学生くらいの年齢だろうか。
なんとなしに彼らの方を眺めていると、その内の一人がこちらに気付いて近づいてくる。
黒光りする分厚い鎧を着こんだ、四角い顔と太眉が特徴的な大男だ。
「おはようございますだ、姉さん」
「おう」
「お前らも朝から大変だったべな。まあゆっくりしてけ」
大男はまずアーシュラさんに向かって頭を下げると、朗らかな笑みを浮かべて俺たちを歓迎してくれた。
見た目ほど怖い人じゃなさそうだ。
「ど、どうも……。それで、ここは?」
「銀等級たちが自主的に作ったベースキャンプだ。禁足地じゃギルドの支援も期待できねぇからな。こうやって必要なモンは自分たちで全部用意するしかねぇ」
と、アーシュラさんの話を聞きつつ一番大きなテントに入ると、見覚えのある冒険者たちが会議用の大テーブルを囲んでいた。
冒険者登録のときに酒場の奥から俺のことをじっと見ていた人たちだ。
「お疲れ様っす、姉さん!」
アーシュラさんの顔を見るや、猿顔のお兄さんが威勢よく頭を下げて挨拶し、続いて他の冒険者たちも口々に挨拶した。
斥候職だろうか。革製の膝当てと胸当てを着けていて、腰の両側には大ぶりのナイフを差している。見るからに身軽そうだ。
「えっと、この人たちは……?」
「俺は嵐の後、姉さんに瓦礫の下から助けてもらった」
俺が訊ねると、猿顔のお兄さんがどこか自慢げに口を開いた。
すると彼のパーティーメンバーらしきお兄さんたちも口を揃えて「俺も俺も」と手を挙げる。
「俺は実家の店を建て直す手伝いをしてもらってな。おかげで病気の療養に専念できたし、今はこうして冒険者やれるくらいには元気になった」
続けて槍持ちの兎獣人が過去の苦労を思い返すようにしみじみと呟けば、他の獣人たちの口からも「おかげで露骨に差別されることもなくなった」と、当時の状況が伺える発言がぽつぽつと飛び出す。
「アタイの親父も、姉さんのおかげで嵐で無くした船を買い直せたし、アタイも身売りせずに済んだ」
ビキニアーマーの女剣士が誇らしげに笑えば、周りにいた女性たちが「姉さんがいなかったら今頃どうなってたか」と各々の体験を持ち寄り、場が一気に姦しくなる。
「オラは怪我した親父とお袋を助けてもらっただよ。おかげでオラは親無しにならずに済んだ。姉さんには感謝してもしきれねぇだよ。外にいる奴らもみーんなそうだべ。なぁ?」
最後に、さっき外ですれ違った黒鎧の大男がテントの中にひょっこり顔を出すと、外から「そうだそうだ」と他の冒険者たちの嬉しそうな声が届いた。
どうやらここにいる人たちは全員、一〇年前の嵐でアーシュラさんに救われた人たちらしい。
孤児院のマーサさんが言っていたことが少しわかった気がする。
この町にはアーシュラさんに救われた人々がたくさんいて、みんなかつての恩に報いようと、できる範囲で彼女を手助けしているんだ。
「……ったく、どいつもこいつも。嬉しそうに自慢することじゃねぇだろうが」
なんて、尊敬の眼差しを向けられた本人は、腕組みしてぶっきらぼうに鼻を鳴らしていたが、尻尾は嬉しそうに大きく揺れていた。
なるほど。これは確かに分かりやすい。
「お前ら三人の事情はこっちでも把握してるぜ。ケルセスのクソ野郎の悪事を暴こうとしてくれたんだろ?」
危うくテント内が思い出話大会の会場になりかけたところで、猿顔のお兄さんが流れを断ち切って俺たちに話題を振る。
「おかげで指名手配になったけどね。……なんでバレたのかしら。偽装は完璧だったはずなのに」
「ま、相手の方が一枚上手だったってこったな。ちなみにこれがお前らの手配書だ。笑えるから見てみろよ」
猿顔のお兄さんが笑いを堪えつつ、俺たちにそれぞれの手配書を配る。
どれどれ……。
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『スズキ・ヒロト』
・殺人 顔面傾国罪 青少年性癖破壊罪
・捕えた者に賞金五千万ディアを与える
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こ れ は ひ ど い。
なんだよ顔面傾国罪って。聞いたことないぞそんな罪。
だいたい俺がいつ青少年の性癖を破壊したっていうんだ! 濡れ衣着せるにしてももう少し真面目に考えろよ!
ていうかこの人相書き、もうちょっとなんとかならなかったのか。
絵柄のせいで十八禁BL漫画のバナー広告みたいになってるじゃんか。
他の二人はどんな感じだろう。
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『アリア』
・窃盗 器物損壊 身分詐称
・捕えた者に賞金五千万ディアを与える
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「まぁ酷い! わたくし、こんな知性の欠片も無さそうなお顔じゃありませんわよ!? プンプンですわ! 確かにちょーっとだけヤクザの隠し倉庫から証拠品を押収しましたけれども!」
隣にいたアリアの手配書を覗いてみると、こっちもかなり酷かった。
なんだよこれ。もう面影すら残ってないじゃん。ホラー系ファンタジーの化物だよこんなの。
窃盗については割とグレーゾーンだから何も言うまい。
「リゼラはどうでしたの? ……リゼラ?」
「…………」
アリアが声をかけるが、反応がない。
リゼラは自分の手配書を食い入るように見つめたまま、わなわなと震えている。
と、次の瞬間。
突然狂ったように自分の手配書をビリビリに破り捨て、魔法で跡形もなく焼却したリゼラが、
「ころしてやる」
感情の抜け落ちた顔でボソッと言った。
こ、こわい……! 何が書かれてたんだ。
「決めたわ。手始めに王宮を爆破してやるのよ。国家中枢が麻痺すれば手配どころじゃなくなるわ。今に見てなさい!」
「こらこらこら! 落ち着きなって。こんな見え見えの煽りにキレてどうするんだい。バカやったらそれこそ相手の思うつぼだよ!」
「ぬがーっ! 放せーっ! よくもっ、よくもあんな手配書ばら撒いてくれたわね! 責任者出てこい!!!! ぶっころしてやる!!!!」
ビキニアーマーの女剣士に羽交い絞めにされ、リゼラが火でも吐きそうな勢いで拳を振り上げ暴れまくる。
あのリゼラがああまで怒るなんて、よっぽど酷いこと書かれたんだろうな。
「ぜぇ……はぁ……っ、絶対真犯人を見つけ出してとっちめてやる……っ!」
しばらく暴れて体力が尽きたのか、リゼラは肩で息をしつつも修羅の形相で復讐を誓った。
危うく本当にテロリストになるところだったぞ。止めてくれたビキニアーマーのお姉さんには感謝しかない。
ともあれケルセスを殺して俺たちに罪を被せた奴がいるのは間違いないようだ。
真犯人を見つけない限り、俺たちはどこへ行っても犯罪者として追われることになる。なんとかしないと。
「それで、真犯人への手掛かりはございますの?」
「今ケルセスと繋がりのあった連中を調査してるところだ。現状分かってることはテーブルの上にある情報だけだな」
誰ともなくアリアが投げかけると、槍持ちの兎獣人があごをしゃくって答えた。
テーブル上には様々な資料が所狭しと並べられている。これだけでもかなりの量だ。
「ちょっと見せて頂いてもよろしくって?」
テーブルに広げられた資料に目を落とし、アリアは考え込むように細い顎に手を当てる。
「……これ、かなりまずいかもしれないですわ」
「何か分かったの!?」
俺の問いにアリアは曖昧に頷くと、頭の中を整理するように紙にいくつかの言葉を書き出し、それらを線で結んでは新たな単語を書き出していく。
「事件の真相が見えてきましたわ」
やがてアリアはどこか確信めいた様子で顔を上げ、頭上に「???」を浮かべた俺たちに説明を始めた。




