0032 事件解決……?
──オーラン市内 多頭蛇支部正面入り口前──
リゼラの魔法で蛇の入れ墨を入れた男を見つけ、その後を追跡することしばし。
俺たちはあっさりと多頭蛇のアジトへ辿り着いた。
アジトとは言ったが、実際には大通りに面した一等地に建つ立派な建物で、ぱっと見、ごく普通の商会のようにしか見えない。
日本でも普通の雑居ビルにヤクザの事務所があったりするし、どこの世界でもこういうのは変わらないのかも。
正直、あんな怖いおじさんたちの本拠地になんて乗り込みたくはない。
だけどここで行かなきゃまた子どもたちが攫われるかもしれないし、俺自身も追われ続けることになる。
逃げちゃだめだ。……行くぞ!
なんて、俺が密かに決意を固めていると、リゼラが一人でスタスタと建物の前まで歩いてゆき────。
カンッ カン カツンッ!
「終わったわよ」
杖で地面を何度か突き、俺たちの方を振り返ってあっさりと言った。
え、終わり?
「むぅ、わたくしたちの出番がありませんでしたわ!」
「入るわよ」
「え、ちょっ!? 待って待って!」
ズカズカと建物へ踏み込んでいくリゼラの後に続いて恐る恐る中に入ってみれば、強面の男たちが死んだようにぐったりと倒れていた。
「何したの……?」
「魔法で建物内の酸素濃度を下げたのよ。支部長はステータスが高くて倒れるまで時間かかったけど、光魔法で作った幻影で挑発したらコロッといったわ」
「え、こわっ」
どれだけステータスが高くて状態異常の耐性スキルがあろうと、生物学的な弱点はどうしようもない。
空気なんて無色透明だし、こんなの防ぎようがないじゃないか。
魔法使いに先手を取らせてはいけない。師匠のアドバイスはこういう意味だったんだな。
「ていうか街中で魔法は使っちゃダメなんじゃ……」
「ようは魔素還元反応を結界に検知されなければいいのよ。高度な制御技術が必要だし、実際やるとなればものすごく疲れるから誰もやろうと思わないだけで」
そう言う割にリゼラの顔は涼しげだったが、どうやら素人には分からない高度なことをやったようだ。
「ちなみに酸素欠乏症は運が悪いと死に至ることもありますから、良い子のみんなは真似しちゃダメですわよ!」
「誰に向かって言ってるのさ」
と、アリアが画面の前のお友達に注意を促したところで、家探し開始である。
リゼラは試したいことがあると一人で支部長室へ入っていったため、俺とアリアの二人で物的証拠を探ることにした。
そんなわけで建物内の目ぼしい場所を探っていくと、悪事の証拠が出るわ出るわ。
「……これは名義の書き換えられた土地の権利書ですわね。こっちは危険生物の密輸記録。法外な金利の金貸しに、禁制品の密売記録。こっちは……奴隷牧場の建設計画書に改造人間の製造計画!? もううんざり! 建物ごと燃やした方が世のためですわ!」
「待って待って! まだ肝心のものを見つけてないから!」
表向きは普通の商会を装ってはいるけど、やってることは悪の組織そのものじゃないか。
なんだか異世界に抱いていた幻想を粉々に砕かれた気分だ。
嫌なもの見ちゃったな……。
「ん? これは……?」
書類の山の奥に隠されていた一枚の紙に目が留まる。
どうやら何かの納品書のようだ。
納品元はごく普通のパン屋となっている。
「聖餅一〇〇斤……。聖典に真っ向から喧嘩を売るような輩がこんなもの何に使うつもりですの?」
「確かに怪しいね。何か隠してるのかも」
「だとすれば倉庫ですわね。行ってみましょう」
二人で一階の倉庫へ向かう。
表向きは普通の商会を装っているためか、置いてあるものも普通の食品や雑貨ばかりで怪しい点は見当たらない。
「もしかして」
ふと思いついたことがあり、闘気を纏わせたミスリルの短剣で床を斬りつけてみる。
するとやはり張り詰めた糸を切ったような感触があり、魔法的な仕掛けで隠されていた地下への入り口が顕わになった。
「きっとブツはこの下ですわね! 突入ですわー!」
ドタバタと階段を駆け下るアリアに続き、俺も地下へ向かう。
地下は倉庫になっていて、一目でヤバいと分かる白い粉や、怪しげな物品が所狭しと並んでいた。
さらに奥へ進むと、細長い木箱が壁際にいくつも積んであり、開けてみると何やら厳かな気配を放つ武器が入っていた。
剣、槍、斧……こっちは銃か。うわ、爆弾まである。
「アタリですわね。すべて聖別された武器ですわ」
「それって、確か聖神教が厳重に管理してるはずじゃ……」
「どう見ても横流し品ですわ。納品書の聖餅はコレのことでしたのよ!」
こうして実物が出てきた以上、聖神教と多頭蛇の間に裏取引があったことは間違いなさそうだ。
「納品書の数字と現物の数が合いませんわ。おそらくこれは前払いの報酬なのでしょう」
「じゃあまさか本当に聖神教がヤクザを使って子どもたちを誘拐した? 何のために」
「そこまでは分かりませんけど……。なんであれ物騒ですし、根こそぎいただいておきましょう!」
と、アリアが武器の入った木箱を次々と宝箱の中に取り込んでいく。
こういうところを見ると、やっぱりミミックなんだなと思い知らされる。
証拠品を押収し一階へ戻ると、支部長室に籠っていたリゼラが合流した。
「お待たせ。そっちは何か見つけた?」
「聖別された武器を押収しましたわ!」
「こっちも大当たりよ。聖神教の大司教と支部長の間に秘密のやり取りがあったわ。子どもたちを攫うように指示したのは大司教よ」
「今更だけど、本当にこんなことして大丈夫なのか? 後で報復とかされるんじゃ……」
「大丈夫よ。建物内にいた構成員たちの記憶は三日前まで遡って改ざん済みだし、空間自体に偽の情報を噛ませたから、過去視系の異能で私たちのことがバレることもないわ」
あまりに無法すぎて、流石に開いた口が塞がらなかった。
バレなきゃ大丈夫って、この世界だと普通の考え方なのか?
なんというか、リゼラはもっと道徳とかそういうのを重んじるタイプの人だと思ってたけど、俺の思い込みだったのかな……。
「それより、コレどうしますの?」
そこら中に転がっている構成員たちをアリアが顎で指すと、リゼラは興味なさげに「ふん」と鼻を鳴らした。
「ほっときなさい。殺したり通報したりすれば、むしろ足がついて余計面倒になるわ。支部長は目が覚めたら勝手に自首するよう仕込んでおいたし、良くて一生刑務所暮らしでしょ」
「そんなことしたらまた泡になって消えちゃうんじゃないの?」
「平気よ。完全治癒魔法で刺青だけ消したもの」
「そんなことできたんだ」
「アレは普通の治癒魔法や回復薬とは仕組みが違うもの。ともあれ狙い通り上手くいってよかったわ」
どこかホッとした様子でそう語るリゼラは、やっぱりいつも通りにしか見えない。
うーん。根っこの部分は変わってないみたいだけど……心のブレーキが壊れてしまったみたいな違和感がどうしても拭えない。
ふと、神様なんて嘘っぱちと断じたリゼラの横顔を思い出す。
もしかしてあの時の言葉って、俺が思うよりずっと重大なことだったんじゃないのか。
知らない内にリゼラからのSOSを見逃してしまったんじゃ……。
「────ともかく、後は黒幕をとっちめてこの件はおしまい。ああそうだ、これアンタにあげるわ」
なんて一人でモヤモヤしていると、リゼラが色とりどりの石がはめ込まれたシルバーのリングを五つ、俺に渡してきた。
「なにこれ?」
「支部長が持ってた状態異常の無効化リング。アンタが一番貧弱なんだから、お守り代わりに持っときなさい」
「盗品じゃん!」
「あら知らないの? この国の法律だと犯罪者の所持品は捕縛者が好きにしていいのよ」
「……ホントに?」
「ええ。五〇〇年前に定められて死文化してる法律だけど、未だに改定されてないんだからセーフよ」
個人的にはかなりグレーだと思ったが、ヤクザの事務所に押し入った時点で今更だと思いなおし、俺はしぶしぶリングに指を通した。
右手の小指に毒無効、中指に麻痺無効、親指に石化無効を。
左手の人差し指に悪夢無効、薬指に魅了無効の指輪をそれぞれ着けると、俺の指のサイズに合わせてリングは小さくなった。
「言われた通り着けたけど、なんで指を一本ずつ飛ばしたんだ? 両手に五個ずつ着ければ強いのに」
「それだとリングの魔力が喧嘩して効力が消えちゃうのよ」
「欲張りすぎるとダメってことか」
ともあれ、ここでやれることはもうない。
ひとまず一連の誘拐事件の黒幕をとっちめようという話になり、このまま聖神教の大聖堂へ向かうことになった。
せっかく偽装工作したのに人目についたらすべて台無しなので、裏口からコソコソ出て行こうとした────その時。
バタンッ!
と、外からドアが勢いよく蹴り破られ、アーシュラさんとばったり出くわした。
まさかこんなに早く再開するとは思わず、お互いぽかんとしてしまう。
「……おい、なんでお前がここにいる」
「いや、その……成り行きで?」
「手を引けって言ったよな!? 死にてぇのかテメェ!」
アーシュラさんに胸倉を掴まれ、ドスの効いた声で脅されてしまった。
こ、こわ!? ……いや、ここでビビったらだめだ!
「子どもたちを助けた時点で目をつけられてたんです!」
「……くそっ、過去視系の異能者がいたのか」
俺の胸倉を掴んでいた手を離し、アーシュラさんが小さく舌打ちする。
尻尾を見ると元気なく垂れ下がっていた。俺を巻き込んでしまったと内心落ち込んでいるのかもしれない。
確かに尻尾は正直だな。
「あなたの事情は大体聞いてるわ。無実の罪で指名手配になったんですってね」
「……だったらなんだ。テメェらには関係ねぇだろ」
「こうなった以上、もう他人事じゃないわよ。魔法は人よりちょっとだけ得意なの。目的が同じなら力になれると思うけど?」
と、物怖じせずリゼラが握手を求めると、アーシュラさんは複雑そうに顔を歪め、ややあってから仕方ないとばかり大きな溜息を落とした。
「……アーシュラ・ベオウルフだ。言っとくが、テメェらが馬鹿やらねぇように見張るだけだからな! 勘違いすんじゃねぇぞ!」
「リゼラ・クラウロードよ。よろしく」
「アリアですわ!」
「これで一蓮托生ですね!」
「うるせぇ! ……で、そこで伸びてる奴らはお前がやったのか?」
俺の嫌味にアーシュラさんが眉を吊り上げ、それからふと辺りを見渡し、リゼラに尋ねる。
「ええ。全員酸欠で気絶させたわ」
「ひゅぅ。まだ赤服どもが来てねぇってこたぁ、“穴抜け”しやがったのか。才能は親譲りみてぇだな」
家名でピンときたのか、アーシュラさんが「やるじゃん」とばかり口笛を吹くと、リゼラが「どうも」と素っ気なく返した。
ちなみに魔法検知の結界に引っかからないように魔法を使うことを『穴抜け』と言い、赤服というのはこの国の魔法犯罪を取り締まる軍の専門部隊のことらしい。
どちらもアリアがこっそり教えてくれた。
「それで支部長の記憶を吸い出したら、子どもたちを攫うように依頼した犯人が聖神教の大司教だと判明したわ」
「何っ!? あの野郎……っ、怪しいとは思ってたがやっぱりか!」
「私たちは今から大聖堂に行くけど、当然あなたも来るわよね」
「当たり前だ! ブッ飛ばしてやる!」
「決まりね。じゃあ行きましょうか。大司教さえどうにかすれば今回の事件は終わるはずよ」
殺る気満々のアーシュラさんを加え、俺たちは聖神教の大聖堂へ向かった。
◇
──ケルセス大聖堂──
三日月型の湾に沿って栄えるオーランのほぼ中心部。
元は海神教の神殿が建っていたその場所にケルセス大聖堂はあった。
三年前に完成したばかりのここは、エスぺリサ王国における聖神教最大の活動拠点だ。
建物は高品質の大理石が惜しみなく使われ、各所に施された精緻な彫刻の数々はそれだけでも美術的な価値を持つ。
そんな大聖堂の名前にもなっているケルセス大司教の下に来客があったのは、彼が夜の祈りを終えた後のことだった。
「大司教様、面会を希望する者が来ておりますが、いかがされますか?」
「面会? そんな予定は無かったはずだが、誰だね」
「剣聖ルキウスの娘と名乗っております。冒険者証も持っていたので間違いないかと」
「何!? それを先に言わんか。すぐに会おう」
冒険者証を持っているということは即ち、ギルドでステータス鑑定を受けたということだ。
鑑定師はステータスやスキルの他にも、過去の犯罪歴などの情報も見抜く。
そのため冒険者証は信頼度の高い身分証として機能する。
法服の裾を翻し立ち上がったケルセスは、自分を呼びに来た助祭に続いて面会者の下へと向かった。
「────お初にお目にかかります。ケルセス大司教様。リゼラ・クラウロードと申します」
特別な来客用の応接間で待っていたのは、実に見目麗しい少女だった。
優雅な所作でソファーから立ち上がり、名乗りを上げた少女が淑女の礼をする。
噂に違わぬ美貌を前にし、ケルセスは深いしわの刻まれた双眸を柔和に崩した。
「お会いできて光栄ですよ、リゼラ嬢」
「お忙しい中、前触れもなく突然押しかけてしまい申し訳ありません」
「構いませんよ。して、今夜はどのようなご用件で?」
「魔法都市の件です。すみませんが人払いをしていただけませんか? あまりにも重大なことですので……」
エルデンバーグ王国の魔法都市が壊滅したという情報は、ケルセスの耳にもすでに届いている。
魔法都市にいたと目される剣聖と賢者は現在も行方不明となっており、各国もその動向を探っているところだった。
リゼラが何か重大な秘密を持ってきたと予想したケルセスは、同行していた助祭を退室させると、改まって目の前の少女に向き直る。
「ベルパドーラの件は私も聞き及んでおります。町は焼かれ酷い有様だったとか。ここまでさぞや苦労をされたことでしょう。つらいこととは思いますが、どうか話してくださいませんか」
「ご心配痛み入ります」
パチンッ!
と、リゼラが指を鳴らした瞬間、ケルセスは眠りの魔法にかかり、成す術もなくそのまま意識を失った────。
◇
──ケルセス大聖堂 応接間──
透明化の魔法をかけられた俺たちは、リゼラとケルセス大司教の話を部屋の隅からこっそりと見守っていた。
どうするつもりなのかと内心ドキドキしていると、突然リゼラが指を鳴らす。
するとケルセス大司教の身体がぐらりと揺らぎ、そのままぐうぐうと寝息を立て始めた。
不意打ちじゃないか!
「やり方が汚い!」
「これじゃあどっちが悪人か分かんねぇぞ……」
「こんなのつまんないですわ! もっと派手にドカーンってやっつけるのを期待してましたのに!」
「これが一番手っ取り早いんだからいいじゃない」
俺たちがリゼラに抗議すると、めんどくさそうな顔で雑にあしらわれてしまった。
てっきり悪の親玉とのバトル展開を予想していただけに、なんだかちっともスッキリしない。
「そんなに言うなら見せてあげるわよ。コイツの働いてきた悪事の数々を!」
ケルセス大司教から抜き出した記憶の霧にリゼラが息を吹きかける。
すると空中に大きな窓が現れ、ケルセスの記憶が映画のように再生された。
『ケビン、ハンナ、“お祈り”の時間だよ。さあおいでケビン、今日も私の不浄を清めておくれ────』
ブツンッ!
リゼラが映像を強制終了させ、気まずい沈黙が部屋に満ちる。
テレビのチャンネル変えたら映画の濃厚なラブシーンが映ってしまった、みたいな。
「……えっげつねぇ趣味してますわね、このオヤジ。最低ですわ」
「野郎ッ! タマ蹴り潰してやる!」
「待って待って! そんなことしたら死んじゃいますって!」
変なものを見せられて一気に沸騰したアーシュラさんをどうにか宥めて落ち着かせる。
子どものことになるとすぐ熱くなるな、この人。
……さっきのあの子たち、たぶん兄妹だよな?
思わず自分と朱莉に置き換えて想像しそうになり、頭を振って嫌なイメージをかき消す。
優しそうな顔してとんだ変態じゃないか。おぇっ。
「ごほんっ! 間違えたわ。こっちよ、こっち」
真っ赤な顔でリゼラが咳払いして、また別の映像が空中に映し出される。
「これは……。嵐が来る前のオーランか」
映像に映った街並みを見て、アーシュラさんが懐かしそうに目を細める。
一〇年以上前の記憶のようだ。




