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【1章完結】平凡勇者は挫けない【6章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第二章 湾港都市オーラン編

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0031 カチコミ

 ──オーラン さざなみ孤児院──


 子どもたちを無事に孤児院へ送り届けると、マーサさんから「是非」と呼び止められ、一緒に夕飯をいただく流れになった。

 ただご馳走になるのも悪いと思い、貰った報酬で夕飯の食材を買い出して手料理を振る舞うと、みんなとても喜んでくれた。


 子どもたちが普段食べている食材を使って日本の味を再現するのは中々いい勉強になったし、レシピメモも置いてきたから、今後は孤児院の食卓のレパートリーも増えるだろう。


「何から何まで本当にありがとうございます。お礼をするのはこちらの方なのに、お料理まで振る舞ってもらってしまって」


「いえ、好きでやったことですから。ここは海の幸が豊富ですし、俺も故郷の味も再現できて楽しかったです」


「あなたのように心優しい方と巡り合えたことを嬉しく思いますよ」


 沢山作った料理もすっかり子どもたちのお腹に収まり、食後のお茶をご馳走になっていると、マーサさんがふと話題を切り出した。


「子どもたちに聞きました。アーシュラに会ったそうですね」


「……はい。犯人捜しを手伝うって言ったら、ガキのくせに余計なことに首突っ込むなって逃げられてしまって」


「そうですか。……まったく、あの子らしい」


「昔からああなんですか?」


「どうか悪く思わないであげてください。あの子はぶっきらぼうで言葉も乱暴だけど、根は優しい子なんです」


「それは……なんとなく分かりますけど」


 俺にああ言ったのも、俺を巻き込まないためだというのは理解できる。

 だけどあんなふうに突き放されたら、役立たずだと言われてるみたいでムカつくじゃないか。


「あの子は九歳のとき海の事故で両親を失い、このオーランに流れ着きました」


 そんな俺を気遣いつつ、マーサさんは彼女のことを話してくれた。


「あの子の両親は八つの海に名を轟かせる大海賊。それも悪党からしか奪わないことを絶対の掟とする義賊でした。アーシュラの父親も元は奴隷として攫われてきた身の上。だからこそ彼は奴隷の解放とその後の自立支援に何よりも力を入れていました」


 奴隷。

 優しさが服を着ているようなマーサさんの口から飛び出したその言葉に、この世界の闇を垣間見た気がした。

 どんな世界でもやっぱり人間のすることなんて変わらないんだな……。


「あの子は物心ついた頃から、そんな両親の背中を見て育ってきた。ですからアーシュラにとっても、子どもはみな平等に護るべき対象なのでしょう」


「だからってあんな言い方しなくてもいいのに……」


「あの子は昔から人を頼るということを知りませんから。あなたにどう思われようと事件を解決してしまえば関係ない。きっとそう考えたのでしょうね」


「……自分だって十四歳で冒険者になったくせに」


「だからこそヒロトさんを危険な目に遭わせたくなかったのじゃないかしら」


「会ったばかりの俺にどうしてそこまで……」


「十四歳という年頃は、確かに心も身体も大人へ近づいて色々とできることが増える時期。だけど、まだまだ大人の庇護が必要な年頃でもあるわ。あの子は普通の大人より何倍も強かったから、その強さにみんなが頼ってしまった。……まだ十四歳の女の子にです」


「……」


「私に戦う力があればと、そう思わなかった日はありません。もしそうであれば、あの子を危険な魔物の前になど決して立たせはしませんでしたよ」


 今回の事件は間違いなく裏がある。

 アーシュラさんに濡れ衣を着せて逮捕しようとしたということは、事件の裏にはそれが可能な人物がいるということだ。

 いくら彼女が強くても、そんな相手に一人で立ち向かうなんて無謀すぎる。

 一人でなんでも背負い込んでいたら、いつか潰れてしまう。


「あの子は戦うことに関しては間違いなく数百年に一人の天才です。世が世なら歴史に名を遺すほどの英雄になっていたでしょう。だけど今回の件はあの子の力だけではどうしようもない、何か大きな力が蠢いているような気がしてならないのです」


 青い瞳の奥に不安の色を覗かせ、マーサさんが俺の手を握る。


「できる範囲で構いません。どうかアーシュラが無茶をしそうなときは、力になってあげてくださいませんか。あの子、口には出さないけど尻尾は正直だから、嬉しいとすぐにわかるのよ」


「……ぷっ」


 あのワイルドお姉さんが、しかめっ面で尻尾だけ嬉しそうにブンブン振っている様子を思い浮かべてしまい、思わず笑ってしまった。


「わかりました。また会えるか分からないけど、機会があれば必ず」


「ありがとうヒロトさん。あなたもきっといい冒険者になれるわ」


 なんて話し込んでいる内に日もすっかり傾いて、外は夜になりつつあった。

 いけない。夕方に宿に集合の約束だったのにすっかり遅れてしまった。


「夕飯ご一緒させていただいて、ありがとうございました。仲間が心配してるといけないのでそろそろ宿に帰ります」


「こちらこそ引き止めてしまってごめんなさいね。子どもたちも喜びますから、またいつでも遊びにいらして」


「またねヒロト兄ちゃん!」

「おいしかった!」

「ありがとー!」


 最後に子どもたちとマーサさんに見送られ、俺は孤児院を後にした。




 ◇



 ──オーラン市内 路地裏──


 そんな心温まる交流を終えた、帰り道のことだった。


「よぉ兄ちゃん。ちょっとツラ貸せや」


 近道しようと入った路地裏で、明らかにカタギじゃなさそうな怖いおじさんたちに囲まれてしまった。

 数は十人。全員が身体のどこかに蛇のタトゥーを入れており、明らかに俺より強そうだ。 

 えっ、何この人たち!? 俺なんかやっちゃったか!?


「い、嫌です! さよなら!」


 怖い人からは逃げましょう。

 というわけで虚空瞬在(エクシスナーダ)で包囲をすり抜け、そのまま幽歩(アンブラ)で全力ダッシュ!


「き、消えた!?」


「後ろだ! 待てやガキワレェ!」


 待てと言われて待つバカはいない。

 もういっちょ、虚空瞬在(エクシスナーダ)

 近くの屋根の上に転移し、息を殺してやり過ごしていると、不意に後ろから肩を叩かれた。


「っ!? ……なんだリゼラか」


「なんだじゃないわよ。遅いから心配したじゃない!」


 見れば杖から光の糸が俺に向かって伸びていた。

 失せ人探しの魔法で探してくれたのか。


「ヒロトさまー! やーっと見つけましたわよ! あまり心配させないでくださいまし!」


「ぐほぁ!?」


 すると今度は幽歩でアリアがぬるりとすっ飛んできて、そのまま俺の胴にダイブした。

 あばらに宝箱の角が刺さった! 痛い!


「で? なんで追われてるわけ?」


「知らないよ! 身に覚えなんて……あ」


「やっぱり何かしたのね」



 俺は二人に今日の出来事を話した。



「……はぁ。アンタが度を越したお人好しで、向こう見ずなお馬鹿さんだってことがよーくわかったわ。ギルドのおばさんの言う通りじゃない!」


「水臭いですわよヒロトさま。どうしてわたくしたちに相談してくれませんでしたのよ!」


「ご、ごめん。でも子どもたちが心配だったし……」


「それでアンタの身に万が一があったらどうするのよ! アイツら絶対それでアンタのこと追いかけてるわよ!?」


 狭い路地裏をドタバタ駆け回る怖いおじさんたちを指差してリゼラが怒鳴る。

 しまった。子どもたちを助けることばっかり考えてたから、自分のことをすっかり忘れてた。

 これじゃあ人のこと言えないじゃん。


「今日が運のいい日でよかったわよ。もしあいつらの中に異能持ちがいたら、何もできないまま身動きを封じられて拷問されててもおかしくなかったのよ?」


「ごめん……」


 今回は本当に運が良かっただけ。

 ギルドのおばさんの言う通り、この世界には圧倒的な数字の暴力が存在する。

 しかもこの世界には魔法や異能なんてものもあるんだ。

 あのおじさんたちがそういう力を持っていたら、リゼラの言う通り何もできないまま捕まっていたかもしれない。


「いたぞあそこだ!」


「あの野郎いつの間にあんなところに!?」


 などと話し合っていると、路地裏を駆け回っていたおじさんの一人と目が合ってしまった。やばっ、見つかった!?


 カツンッ!


「「「ぎゃっ!?」」」


 リゼラが杖で屋根を突くと、おじさんたちが短い悲鳴を上げてバタバタと昏倒した。


「……何したの?」


「ただの電気ショックよ」


 そう言いつつ、リゼラが気絶したおじさんたちに杖を向ける。

 するとおじさんたちの頭から銀色の光がまるで生き物のようにひょろりと抜け出し、光の蛇はリゼラの杖に向かって飛んできた────。


 と、次の瞬間。

 突然おじさんたちの身体が泡となって消えてしまい、銀色の光も空中で霧散してしまった。


「き、消えた!? 殺したのか!?」


「ち、違うわよ!? 私は記憶を抜き出そうとしただけ! そしたら急に……!」


「落ち着いてリゼラ。きっと元から情報漏洩を防ぐために何らかの対策が施されていましたのよ。気に病むことありませんわ」


 アリアが落ち着いた声でリゼラの手を握ると、リゼラは「分かってる、大丈夫」と深呼吸した。

 それでもトラウマを刺激されたのか、随分と顔が青い。


「ここまでするなんて……。相当大きな組織なのかしら」


「……もしかして。彼らは全員、身体のどこかに蛇の入れ墨がありませんでしたか?」


 何か思い当たる節があるのか、アリアが俺に尋ねた。


「あ、うん。確かにあったよ。何か知ってるの?」


「やっぱり。……この事件、かなり根が深そうですわね」


「どういうこと?」


「彼らはおそらく、多頭蛇ヒュドラの構成員ですわ」


多頭蛇ヒュドラ?」


「各国の裏に暗躍して、要人暗殺から奴隷売買まで、金のためなら何でもやる犯罪組織ですわ」


 恐ろしく冷たい目で路地を見下ろし、アリアが嫌悪感を隠そうともせず吐き捨てる。

 そこには白い泡が僅かに残っているだけで、人がいた痕跡は何も残っていない。


「逆に言えば、金にならないことはしない奴らってことよね。なのに奴らは貧乏な孤児院の子どもたちを誘拐した。それも十歳以上の子ばかりを狙って……」


 ひとまず落ち着きを取り戻したらしいリゼラが顎に手を当てて考え込む。

 この事件、思ったより闇が深そうだ。


「確実に裏に誰かいますわね。陰謀のニオイがプンプンしますわ!」


「ま、なんであれ行けば分かるわよ」


「行くってどこへ」


「決まってるでしょ。アイツらのボスをぶっ飛ばすのよ。何もしないとアンタこの先ずっと追われることになるわよ」


「そりゃそうだろうけど。どこにアジトがあるのか分かるの?」


「そんなの、蛇の入れ墨をしてる輩を見つけて魔法で監視すればすぐよ」


「カチコミですわね! 子どもを攫う卑劣な輩はズッタズタのおミンチにしてやりますわ!」


 宝箱からトゲ付きの棍棒を取り出したアリアが、鼻息荒く手に持ったそれをブンブン振り回す。

 女の子こわい……。




 ◇




 ──多頭蛇ヒュドラオーラン支部──


 竜の首の剥製が飾られた成金趣味の部屋の中、高級そうな革張りの椅子に一人の男が腰掛けている。

 つるりと剃り上げられた禿頭には歴戦の傷跡がいくつも残され、仕立てのいいスーツは内側から筋肉に押し上げられ今にもはち切れそうだ。

 男の名はカマッソ・グラン。多頭蛇ヒュドラオーラン支部の支部長だ。


「クソッ、ふざけんじゃねぇぞ。舐めた真似しやがって……!」


 つい先程部下から上げられた報告を思い出し、カマッソは苛立ち紛れに机に拳を叩きつける。

 大口の客に依頼され誘拐した子どもが、何者かの手によって逃がされてしまったというのだ。

 納品期限は明日の正午。今から十歳以上の子どもを一〇〇人集めるのは現実的ではない。


 多頭蛇ヒュドラは各国の都市に支部があり、表向きは普通の商会を装っている。

 万が一この件が表沙汰になり支部店に捜査などが入れば、情報隠蔽のためにカマッソは泡となって消えるだろう。

 腕に蛇の入れ墨を入れた瞬間から、逃げ場などどこにもないのだ。


 過去視の異能者に地下牢を検分させ、下手人が今日冒険者になったばかりの少年というところまでは突き止めている。

 しかし少年の行方を追わせている部下たちから一向に連絡が上がってこない。

 そのことがただでさえピリついているカマッソの神経を猶の事刺激する。


 カマッソが助かる道はただ一つ。

 事がバレる前にナメた真似をしてくれたヒーロー気取りを捕まえ、闇に葬るしかない。


「クソがッ! 誰を敵に回したか骨の髄まで教えてやる!」


 煮えたやかんのように顔を真っ赤にしたカマッソは、イライラしたまま葉巻に火をつける。

 甘く香ばしい芳醇な煙を口いっぱいに吸い込むと、多少は気がまぎれた。



 ────と、そのときである。



 カツンッ!

 杖を突いたような固い音が響く。

 すると急に辺りが静かになった。


「な、なんだ……? おい! どうした!? 誰かいないのか!」


 返事はない。

 普段なら呼べば誰かしらが駆けつけてくるはずだ。


「葉巻の火が……?」


 まだもみ消してもいないのに、消えた。

 何か予想外のことが起きている。

 裏社会で成り上がってきたカマッソの勘が警鐘を鳴らしていた。

 支部長室のドアが蹴り破られ、魔法の杖を携えた謎の人物が入ってくる。

 仮面とマントで全身を隠しており、性別は分からない。


「お前がここの支部長か?」


 魔法で声を変えているらしい。

 妙にガサついた低い声だった。


「……ここがどこだか分かってんだろうな。え?」


 あくまで平静を装い、カマッソがドスの効いた声で脅し返す。


「悪夢、麻痺、毒、石化、魅了……すべて最高級の無効化リングか。小心者が透けて見えるな」


 カマッソの太い指を飾る状態異常無効化のリングを見やった仮面の魔法使いは、小馬鹿にしたように「ふん」と鼻を鳴らした。


「あ゛ぁ゛ッ!? 腑分バラすぞワリャぁッ!!!!」


「臭い口を開くな」


「むぐぅっ!? んーっ! むーっ!」


 仮面の魔法使いが見えないチャックを閉じるように手を横にスライドさせると、カマッソの口が開かなくなる。

 沈黙の魔法だ。

 とうとう堪忍袋の緒が切れたカマッソは、一足で机を跳び越え仮面の魔法使いに襲い掛かった。


 この世界の裏社会で上り詰めるということは、すなわち相応の実力者であることの証でもある。

 魔法で口を封じられようと、ステータスに物を言わせて殴り殺すのは簡単────そのはずだった。



「…………っ!?」



 ぐらり。

 カマッソの視界が歪み、意識が遠のく。

 拳は仮面の魔法使いに届く前に力を失い、カマッソは急な眩暈に倒れ気を失った。

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