0030 捜査開始
俺はまず孤児院の子どもたちが働きに出ていたという商店を訪ね回ることにした。
マーサさんの話では、子どもたちの勤め先は代々神殿に寄付してくれていた大店ばかりで、表立っての信仰が禁止された今も細々と関係は続いているらしい。
・ダイマール雑貨 店主の証言。
「子どもたちを最後に見たのはいつかって? そうだな、ウチに来てたアンナがいなくなったのは大体二週間くらい前だったよ。真面目な子だったし、仕事を放り出してどこかへ行くような子じゃなかったから心配でね……」
・ウオノラ鮮魚店 女将の証言。
「カッツがいなくなったのは、ちょうど十日くらい前だったかねぇ。あの子、声も大きいし計算も早いからウチもすごく助かってたのよ。……そういえばクラーケンが出たのも丁度その頃だったかねぇ。沖の魚が入ってこなくなっちまって、こちとら商売あがったりだよ。はやくどっか行ってくれないかねぇ」
・通りすがりのおじさんの証言。
「我々の思考は王宮の魔族に盗聴されている! もう一〇年もだ! ……なに? 消えた子どもたちを知らないかだと? ああ可哀想に! 彼らは邪神への生贄にされてしまったのだ! 君もアルミ貝の殻を被りなさい! これで奴らの思考盗聴を防げ……あっ、こら待ちなさい人の話は最後まで────」
・大衆食堂『白の潮風』 ウェイトレスの証言。
「リリーちゃんのこと? いなくなったのは一週間くらい前だったかなぁ。仕事を終えて孤児院に帰ったっきりなんでしょ? 私も友達だったから心配してたんだ。そうだ! 私、似顔絵得意だから描いてあげるよ!」
途中で陰謀論おじさんに絡まれかけたけど、昼過ぎまであちこち回ったおかげで少しずつ情報が集まってきた。
どうやら子どもたちが消え始めたのはだいたい二週間前からのようだ。
クラーケンも同時期に現れたみたいだけど、この件と関係があるのかはまだ分からない。
「この町、路地が入り組んでるし、攫われた現場を見た人を探すのは現実的じゃないよな……。失せ人探しの魔法でどうにか探せないか?」
もともとは失せものを探す魔法だが、術式を少し変えれば人間も探せる。
俺が使える唯一の魔法。似顔絵でもいけるか……?
「おっ! 来た来た来た! よっし!」
呪文を唱えると、俺の手から細い光の糸がどこかへ向かって伸びていく。
かなり写実的な似顔絵だったからかもしれない。
絵の得意なウェイトレスさんがいたのは幸運だった。
光を辿って狭い路地を右へ左へ進んでいくと、光はとある家の中へと通じていた。
「ここって……空き家だよな?」
割れた窓板の隙間から家の中を覗いてみるが、中は真っ暗で人の気配はない。
窓板を跳ね上げて家の中に身を滑り込ませると、光の糸はそこで途切れてしまった。どういうことだろう。
周囲を見渡すが、入り口らしきものは見当たらない。
……しかし本当に何もないな。
空き家みたいだし、家具が一つも無いのはまだ分かる。けどそれにしては埃が少なすぎるんだよな。まるでつい最近誰かが掃除したみたいだ。
やっぱり怪しいぞ、この家。どこかに隠し通路でもあるのかな。
「ん? なんだろ、この模様……」
何か怪しいところはないかと目を凝らしていると、俺は足元の床に小さな模様が彫り込まれているのを見つけた。
円の中に簡単な図形と崩された文字が組み込まれており、なんとなく魔法陣っぽさがある。
「そういえば……」
ここで俺は、ミスリルの短剣を拾った時にリゼラから聞いた話を思い出した。
確か純ミスリルはあらゆる魔法や異能を斬り裂けるのだったか。
それなら、魔法的な仕掛けも暴けるかもしれない。
腰の鞘からミスリルの短剣を抜き、闘気を流し込む。
すると薄青い神秘の輝きが一層強まり、刃を覆うように光の刃が形成された。
おお! 初めてやったけどこうなるのか。ライト代わりにちょうどいいや。
明るくなって周囲が見やすくなったところで、なんとなくの直感に従い、光の刃で床に刻まれた魔法陣を斬りつけてみる。
すると張り詰めた糸を断ち切ったような感触があった。
直後、床の一部が幽霊のように「スゥ……」と消えて、地下へと続く階段が現れる。
やっぱりあった!
なんだか今日はいつになく冴えてるぞ。
鑑定士のお兄さんの言ってた通り、今日はツイてる日なのかも。
光る刃を照明代わりに、真っ暗な階段を慎重に下りていく。
闇の奥から微かに漂う悪臭が不安を掻き立てる。どうかみんな無事でありますように……。
階段を下りると、大人一人がやっと通れるくらいの狭い道が奥へと続いていた。
光の糸はまだ闇の奥へと伸びている。
つばを飲み下し、息と足音を殺して慎重に進む。
「誰……?」
狭い道をしばらく行くと、左右の壁が鉄格子に変わり、その中に子どもたちが閉じ込められていた。
皆ひどく疲れた様子で、随分と弱っているように見える。
光の糸も牢屋の中へと通じていて、奥の方に似顔絵とそっくりな女の子がいた。
「孤児院のマーサさんに頼まれて助けに来たよ」
「ほ、ほんと……!?」
「よかった。おれたち助かるんだ……!」
子どもたちが安堵の表情を浮かべる。
こんな暗くて不潔な場所に半月近くも閉じ込められて、さぞ怖かっただろうに。
「で、でも鍵がないよ!」
「大丈夫。危ないから下がってて」
子どもたちを牢の奥へ下がらせ。俺はミスリルの短剣で牢の鍵を破壊した。
やはりここにも魔法がかかっていたようで、張り詰めた糸を切り裂いたような感触があった。
鍵開け(物理)。やっぱりこの手に限るな。
「さあみんな出て! 孤児院に帰ろう」
「おいおいおいおい、なにやっちゃってくれてんだよぉ。お前さぁ!」
「っ!?」
真横から飛んできたナイフを間一髪、幽歩で躱し、短剣の光で闇の奥を照らす。
そこにいたのは黒いターバンで顔を隠した盗賊風の男。
「ンッンー! 困るよキミィ、ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ? どうやって入ってきた?」
「お前が子どもたちを攫った犯人か!」
「先に質問したのはこっちでしょうがァーッ!!!!」
男が腕を広げると、男の周囲に無数のナイフがふわりと浮かび、俺に向かって殺到した。
くそっ! 異能持ちか!
「ほらほらほら! 楽しいお遊戯会の始まりだぎゃぶっ!?」
厳しい戦闘になるかと思いきや、背後から脳天チョップを食らった男は目の奥に火花を散らし、その場に膝から崩れ落ちた。
な、なんだ!?
すると男の背後に立っていた人物が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
頭の上に狼のような三角耳があり、お尻には髪の色と同じシルバーグレーのフサフサ尻尾。獣人さんだ。
それよりこの人、前にどこかで……。
「おいお前、怪我は無いか!?」
「あーっ! 指名手配犯!」
「しーっ! 大声出すんじゃねぇよバカ!」
アーシュラ・ベオウルフ。
懸賞金一億ディアの指名手配犯が人差し指を立てて声を潜める。
身長は一九〇センチ以上はあるだろうか。
目つきの鋭い美人で、ウルフカットの髪型が良く似合っていた。
ハードレザーのビスチェの上からファー付きの真っ赤な革ジャンを前開きで着こなしていて、下は黒いレザーパンツだった。
フェイクレザーのような安っぽさが無いし、おそらくすべて魔物素材の一点物だろう。
……しかしすごい筋肉だ。
普段どんなトレーニングしてるんだろう。それとも食べ物に何か秘密が……?
「っ! お前腕のところ怪我してるじゃねぇか!」
なんて、板チョコみたいなバキバキの腹筋に気を取られていると、いきなり腕をぐいと掴まれた。
「あ、ホントだ……。でもこれくらいかすり傷だし、どうってこと……」
「バカ! ありゃ毒ナイフだ! それくらいニオイで気付け!」
「んな無茶な!?」
「解毒薬だ、飲め」
「もごぉっ!?」
有無を言わさず薬の小瓶を口に押し込まれる。
俺がむせないように解毒薬を飲んでいる間にも、彼女は腰に巻いた大きなベルトポーチから軟膏と包帯を取り出し、慣れた手つきで傷の手当てをしてくれた。
「ぷはっ! あ、ありがとうございます」
「お前、子どもたちを助けようとしてくれてただろ。誰に頼まれたんだ」
僅かに警戒心を匂わせつつ、アーシュラさんが鋭い目つきで俺に問う。
「孤児院のマーサさんです。ギルドで偶然コリー君と知り合って、その流れで。マーサさん言ってましたよ。あなたの罪はきっと濡れ衣に違いないって」
「そうか、マーサ先生が……。お前もよく引き受けたな。大した金にもならねぇだろうに」
「あんなに必死に頭を下げられたら断れませんよ。あなたも子どもたちを助けに?」
「ああ、子どもたちが攫われたなんて聞いちまったら、隠れてるわけにもいかねぇだろ」
一転、アーシュラさんが俺への警戒を解き、苦笑を浮かべる。
やっぱり手配書のイメージと全然違う。
というかあの手配書の人相書きもかなり悪意があったよな。
「どうして追われる身に? 国家反逆罪なんて、ただ事じゃないですよね」
「そんなのオレが知りてぇよ。突然家に聖神騎士団どもが押しかけてきて、気づいたらこうなってた」
じゃあマーサさんの言ってたことは本当だったのか。
「って、オレのことはいいんだよ! みんなを頼めるか?」
「勿論。それよりあなたは? これからどうするつもりなんです?」
「黒幕をとっちめに行く。お前はこの件からもう身を引け。これ以上はお前も追われる身になるぞ」
追われる身。
その言葉が意味する重みは、多分俺が想像するよりも遥かに重いのだろう。
だけど、それでも。
「────俺も手伝います。せっかく助けたこの子たちがまた攫われたら意味ないじゃないですか」
「……本気か?」
「はい。これでも一応、英雄の卵ですから」
師匠なら助けた人を途中で放り出すような真似は絶対しないはずだ。
まだまだ英雄を名乗るには実力不足でも、関わったからには最後までやり通したい。
俺が視線で訴えかけると、アーシュラさんは一瞬驚いたように目を丸くして、それから「ふっ」と笑み崩れ────俺の額にデコピンした。
「痛っ!?」
「お前みてぇな馬鹿は嫌いじゃねぇけどな。それとこれとは話が別だ」
「俺だって戦えます!」
「お前も冒険者の端くれなら、請け負った仕事以上の厄介事には関わるな。いいな!? まっすぐ帰れよ! 変なヤツにお菓子あげるって言われてもついて行くんじゃねぇぞ! 分かったな!」
言うだけ言うと、アーシュラさんは最後に俺の頭をくしゃくしゃ撫で回し、気絶した男を肩に担いで闇の奥へと去ってしまった。
「~~~っ! 子ども扱いするなッ!!!!」
思わず口から出た言葉は、地下牢に虚しく反響するだけだった。
くそっ! なんだよ!
「あ、あの……」
牢の奥に引っ込んでいた男の子が俺に恐る恐る声をかけてくる。
いけない。怖がらせちゃったか。
怒りのエネルギーを絞り出すように深呼吸を繰り返す。吸って吐いてを三回も繰り返すと、多少は落ち着いてきた。
……よし。
「帰ろう。マーサさんが心配してる」
ひとまず気持ちを切り替えた俺は、子どもたちを連れて地下牢を脱出した。




