0029 初めてのクエスト
冒険者登録を終え一階の酒場に戻ると、つい先程リゼラの魔法で眠らされた男たちが頭を押さえつつ目を覚まし始めたところだった。
「お、恐ろしい夢を見た気がする……」
「お、おい、あの子だ! あの子が下りてきたぞ!」
「ひぃっ!? もう勘弁してくれぇ!」
よほど夢見が悪かったのか、リゼラの姿を見るなり、男たちは尻尾を巻いて逃げていった。
「どんな夢見せたらああなるのさ……」
「知りたい?」
「遠慮しとく」
ともあれせっかく冒険者になったのだし、まずはどんな依頼があるか見てみよう。
一階の酒場には依頼書を貼りだすクエストボードがあり、冒険者たちはそこから好きな依頼を剥がして二階のカウンターへ持っていく。
そこで正式に受注手続きをしてから依頼書に書かれた依頼をこなす。
これがクエスト受注の大雑把な流れだ。
まあ、よくあるネット小説と同じだな。
あまりにドンピシャ過ぎて、日本人の関与を疑いたくなってくるレベルだ。
もしかして劔が……? まさか。
「なによこれ。ほとんど何もないじゃない」
ところが。
どんな依頼があるものかと期待していたら、クエストボードには殆ど何も貼られていなかった。
「そりゃそうさ。なにせ今は沖に出たクラーケンのせいで船が出せないからな」
「この辺の主な稼ぎ場は沖の群島にあるダンジョンだからな。船が出なけりゃ銅等級の俺たちに仕事はねぇのさ」
「あってもせいぜい薬草採取とドブ攫いくらいか?」
「ちげぇねぇや、はははは!」
クエストボードの前で立ち尽くしていると、近くの席で飲んでいたおじさん四人組が親切にも町の近況を教えてくれた。
だからみんな昼間から酒飲んでたのか。
「よりにもよってクラーケンだなんて。ついてないわね」
「そんなにヤバいの?」
「成体になると山より大きくなるそうですわよ。しかも水を操る力を持っていて、出現海域の潮流をめちゃくちゃにして船を沈めてしまう困ったちゃんですわ」
「困ったちゃんて」
ベヒモスもそうだったけど、この世界、モンスターのサイズ感がおかしいんだよなぁ。
山よりデカいなんて、怪獣じゃんそんなの。
こんな世界でもこれだけの文明を築けるなんて、やっぱり人間って逞しい生き物なんだな。
「そういや使節団の連中も、港が封鎖されちまって国に帰れねぇってボヤいてたっけか」
「使節団?」
「おいおい、ラジオ聞いてねぇのか?」
リゼラが聞くと、モヒカン頭のおじさんが口の周りに付いた白い泡髭を手で拭いつつ、今日の朝刊を「ほれ」と投げ渡す。
新聞をめくっていくと、崩壊したエルデンバーグ王城の写真の横に国内で不安と混乱が広がっているといった内容の記事を見つけた。
「なんかエルデンバーグで重要な会議があるとかで、ここの港に各国から使節たちが集まってきてたらしいんだが、王城があんなことになっちまっただろ?」
「そこへ来てクラーケンの出現で港は封鎖だ。大陸の反対側へ抜ける新しい運河も、海を渡ってきたはぐれのベヒモスが水浴びしたせいでぶっ壊れちまったしよ」
「確かあの野郎、水浴びした後は覇龍山脈を超えてエルデンバーグの方に行ったんじゃなかったか? ったく、迷惑な野郎だぜ」
そのベヒモスって、まさか師匠が倒したやつか?
ただの偶然にしては出来過ぎている気がする。
「……そういうことだったのね。教えてくれてありがとう」
「いいってことよ。美少女は世界の宝だからな! 親切にしときゃご利益があるってもんだぜ!」
おじさんたちが口を揃えて「そうだそうだ」とげらげら笑う。
「ああもう酒臭い! 大したクエストもなさそうだし、ここに用はもうないわね」
「でしたら手分けして情報収集しませんこと? 別々に動いた方が効率的ですわ」
「そうね。じゃあ夕方までそれぞれ自由行動で。宿で落ち合いましょ」
そんなわけで俺たちは別行動を取ることになった。
────さて情報収集とは言うが、どうしようか。
なんてぼんやり考えていた、そのときだった。
「ちくしょう! なんでだよケチ!」
「おっとっと!」
突然背後から誰かに勢いよくぶつかられ、俺は数歩よろめいてしまう。
振り返ってみると小学校低学年くらいだろうか? わんぱくそうな男の子だった。
鼻の周りは乾いた鼻水でカピカピになっていて、子どもの歯が抜けたばかりなのか前歯も無い。
サイズの合わないヨレヨレの古着はお兄ちゃんのお下がりだろうか。
「いってぇな! ボーッとしてんなよ!」
「ごめんね。怪我はない?」
俺が目線の高さを合わせると、男の子は呆けたように口を半開きにしたまま固まってしまう。
顔も赤いし、熱でもあるのかな。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「……はっ!? な、なんでもないやい! バーカ!」
我に返った男の子は俺の脛を蹴り飛ばすと、俺から距離を取って「あっかんべー」と舌を出した。
痛てて、元気だなぁ。
と、ここで俺は足元に落ちているくしゃくしゃの紙切れに気づく。
拾ってみると、それは清書される前の手書きの依頼書だった。
依頼書の内容は人探しとあるが……この子の様子からして、何か事情がありそうだ。
「人を探してるの?」
「かえせよ! どうせおまえもお金が足りないってことわるんだろ!」
男の子が俺の手から依頼書をひったくり、眉を吊り上げガルルと唸る。
まるで捨てられて傷ついた仔犬だ。
「どういうこと?」
「あー、多分そりゃ規定の依頼料に足りなかったんだな」
と、男の子の代わりに答えてくれたのは、ついさっき色々と親切に教えてくれたおじさん冒険者たちだった。
「たまにいるんだよ。俺たちを下賤の輩だーとか、犯罪者予備軍のチンピラ崩れだとか見下して依頼料を渋るアホがよ」
「そういう輩を弾くためにギルドに依頼書を張り出すには審査が入るのさ」
そういうことか。
多分この子は家が貧乏で規定の金額を用意できなかったのだろう。
「なんでだよ……っ。みんなでがんばってあつめたのに……っ。大人なんて、きらいだ……」
とうとう男の子は唇を噛み締めてポロポロと泣きだしてしまう。
なんとかしてあげたいけど、ギルドを通さずに依頼を受けるのってどうなんだろう。怒られたりしないかな。
「これは独り言だが、ギルドを通さないで依頼を受ければ仲介料も取られねぇし丸儲けだぜ」
「まぁ依頼人とトラブルになることも多いし、ランクの審査にも響かねぇから普通は受けねぇがな。あー独り言独り言」
男の子を見かねてか、おじさん冒険者たちが大きな独り言を呟く。
なるほど、そうなんだ。
「俺は大翔。君、名前は?」
「……コリー」
視線の高さを合わせたまま、警戒させないようできる限り優しく名前を尋ねると、男の子はむすっとしながらも名乗ってくれた。
「コリー、よかったら話を聞かせてくれないかな。俺でよければ力になるよ」
「ほんと……?」
ちょうど空いていたカウンター席に二人で肩を並べて座り、俺のおごりでミルクを注文すると、コリーはたどたどしくも事情を話してくれた。
要点をまとめると、つまりこういうことらしい。
・コリーは現在、孤児院で生活している。
・この町にはいくつか孤児院があり、子ども同士は悪い大人から身を護るため助け合っている。(コリーはこれを孤児ギルドと言っていた)
・その孤児ギルドの仲間が相次いで行方不明になっているが、孤児院の先生が街の衛兵に訴えてもまともに取り合ってもらえなかった。
・そこで皆でお金を出し合って行方不明になった仲間の捜索依頼を出すことにした。
「なるほど、そういう事情だったんだね。話してくれてありがとう」
「おねがいだよ! みんなを助けて!」
「分かった。けどその前に孤児院の先生からもお話を聞きたいんだけど、できるかな?」
「いいよ! ついてきて!」
元気よく椅子から飛び降りたコリーに続き、俺もギルドを後にした。
◇
──下町の孤児院──
コリーの案内でやってきた孤児院は、町の中心部から少し外れた閑静な場所にあった。
レンガ造りの大きな二階建てで、建物の正面には大きな前庭があり手作りの遊具もいくつか見える。
「先生! ぼうけんしゃの人つれてきたよ!」
コリーと共に建物の中に入ると、杖をついたおばあさんが部屋から出てきた。
ゆったりした黒いワンピースを着ていて、首に青いスカーフを巻いている。とても優しそうな人だ。
おばあさんの周囲には幼い子どもたちがいて、興味深々な顔で俺を見上げている。
「まぁ、よくぞいらしてくださいました。どうぞこちらへ。コリーも偉かったわね。ありがとう」
「とーぜんだろ! 今はおれがいちばんのお兄ちゃんなんだから!」
「私はこの方とお話があるから、皆をお願いね」
「はーい!」
おばあさんに褒められ笑顔になったコリーが子どもたちの下へ駆けていく。
ギルドでは話を聞いてもらえずやさぐれていたけど、やっぱり根は良い子みたいだ。多分みんなのお兄ちゃんとして今の状況を何とかしなくちゃという気持ちが先行し過ぎていたのだろう。
「────さて、では始めに自己紹介を。私はこの孤児院を経営しております、マーサ・ベンテキュメーと申します」
子どもたちを気遣うように部屋のドアをそっと閉めたお婆さんは、胸の前で両手で輪を作り、軽く会釈した。
その仕草は堂に入っていて、どこか厳かな雰囲気を感じる。
「鉄等級冒険者の鈴木大翔です。大体の話はコリー君から聞いてますが、改めて詳しいお話を聞かせてもらえますか?」
「ええもちろん。さ、お掛けになって。今お茶をお出ししますね」
席に着いてしばらく待つと、目の前にお茶が出された。
ハーブティーかな? いい香りだ。庭にそれっぽい植物が生えてたし、おそらく自家製だろう。
出されたお茶を飲みつつ、俺は話を切り出す。
「子供たちが行方不明になっていると聞きましたが、何か心当たりは?」
「いいえ、まったく。分かっているのは子どもたちの中でも十歳以上の子だけがいなくなっているということだけで……」
「十歳以上だけ?」
なるほど、だから小さい子ばかりだったのか。
「他に共通点はありますか?」
「はい。十歳以上の子は皆、十年前の大嵐で親を亡くした子ばかりです。あれは酷い災害でした……」
十年前の嵐って、確かセルブスの手記に書かれていたアレのことだよな。
その大嵐で親を亡くした子どもたちだけが消えた、と。
なんだかちょっと事件の臭いがしてきたな。
「子どもたちがいなくなった時間帯とか、いついなくなったとかは分かりますか?」
「いなくなった子どもたちは私の知り合いの商店でお手伝いをしていて、時間帯はバラバラだったかと思います。お仕事中にいなくなった子もいれば、仕事を終えてそれっきりという子も……」
さらに詳しく聞くと、どうやら他の孤児院も合わせてすでに一〇〇人近くがいなくなっているらしい。
ということは、やっぱり誘拐か?
これだけ大人数が消えたとなると、組織的な犯行かも。
「今回の件、衛兵は取り合ってくれなかったんですよね?」
「はい。どうやら聖神騎士団から何かしらの圧力がかかっているみたいでして。衛兵の皆さんもどこか歯がゆそうにしていました」
「そうなんですか?」
「ええ……。聖神教が国教に定められて九年。ここ最近の聖神騎士団たちの横暴は目に余るものがあります」
「意外と最近なんですね」
「この国には古くから海神信仰があり、海の神を祀る神殿があちこちにありました。ですが十年前の大嵐で国の存亡に関わるほどの被害が出て、神殿の備蓄も水没してしまい……」
マーサさんの話によると、エスペリサ王国は古くから治水と造船の技術に長けており、近代になって以降は魔導技術を積極的に取り込むことで大発展を遂げたらしい。
だが一〇年前の大嵐で壊滅的な被害を受けてしまい、国家存亡の危機にまで陥った。
普段であれば神殿が復興支援を手伝うところなのだが、その神殿も嵐で壊滅的な被害を受け、復興支援どころではなくなってしまったらしい。
そこへ支援を申し出たのが聖神教だったそうだ。
豊富な資金力を使い無償で復興支援を行った聖神教は瞬く間に民衆の支持を集め、国王がその教えに感化されたこともあって今から九年前にこの国の国教と定められた。
「ですが聖神教は唯一絶対の神を崇める一神教です。海と、空と、大地。すべてにそれぞれ別の神が宿ると考える海神教の教えと反りが合うはずもありませんでした」
マーサさんいわく、聖神教が国教と定められたあの日以来、海神教徒であるというだけで苛烈な弾圧を受けるようになったらしい。
ある漁師は海に向かって豊漁の祈りを捧げていたところを聖神騎士団に見つかりその場で打ち首になり、ある老人は聖神教の神を海神教のやり方で祀ろうとして捕らえられ、そのまま帰ってこなかったという。
そうした噂が広まるにつれ、オーランの人々は聖神教に対する不信感を募らせていったそうだ。
「それでもオーラン出身の衛兵たちは私たちに同情的で、いざというときはそれとなく間に入って大事にならないよう守ってくれていたのです」
いつの間にか空になっていた俺のカップにお茶を注ぎ直し、マーサさんが悔しそうに目を伏せる。
「ですがやはり聖神教が国教と定められている以上、衛兵の皆さんにも立場があります。聖法国から派遣されてきた聖騎士の目もありますし、彼らの善意にばかり頼ってもいられません」
聞けば今着ている服も海神教の神官服に似せたデザインのものなのだという。
今ではこんなものしか身に着けられなくなってしまったと寂しげに笑う様子は、見ていて胸が痛くなった。
首のスカーフはただのオシャレじゃなかったんだな。
「聖神教を国教にして間もない国には、必ず聖法国から聖騎士が数人派遣されます。そうして現地の信者を聖兵として募集し、戒律に背く者がいないかと目を光らせるのです」
「じゃあ聖神騎士団の殆どはこの国の人なんですか?」
俺の問いに「大半は他所から流れてきた冒険者やチンピラですが」と憤りつつも、マーサさんは頷いた。
名目上はアンデッドに対する防衛手段の提供という建前らしいが、話を聞く限り宗教弾圧が狙いなのは火を見るよりも明らかだ。
「余所者やこの国の住人を積極的に使うことで、住人たちの怒りの矛先を聖法国へ向けさせないという狙いもあるのでしょう」
「……嫌な話ですね」
「まったくです」
当然、この国の衛兵たちもそのことは良く思っていないが、下手に衝突すれば自分たちばかりか、軍部に強い影響力を持つ第一王子の立場さえ危うくなってしまう。
そのため聖神騎士団に対してあまり強く出れず、今回の捜査拒否もそこに原因があるのではないかとのことだった。
「この孤児院にも昔は国からの援助があったのですが、今やそれも打ち切られました。それでもなんとか経営できていたのは、アーシュラが守ってくれていたからなのです」
「アーシュラ? どこかで聞いたような……」
少し記憶を辿ると……思い出した。
国家反逆罪で指名手配になっているあの人だ。
「彼女はこの孤児院の出身なのです」
「そうなんですか!?」
「一〇年前、当時まだ十四歳だったあの子は、冒険で稼いだお金の殆どを町の復興のために使ってくれました。あの子が国家反逆罪だなんて、きっと何かの陰謀に巻き込まれたに違いありません!」
「お、落ち着いて! 話がややこしくなってきましたし、一度整理しましょうか」
「す、すみません。つい熱くなってしまって」
俺はマーサさんから聞いた情報の要点をまとめ、紙に書き出していった。
・いなくなったのは一〇歳以上の子どもたち。
・子どもたちは全員働きに出ており、いなくなった時間帯はバラバラ。
・すでに一〇〇人近くがいなくなっている。
・一〇年前に大きな嵐があり、国が傾くほどの甚大な被害が出た。
・復興支援を行った聖神教は民衆の支持を集め、のちに国教に定められている。
・聖神教が国教になってから、神殿は弾圧を受けるようになった。
・指名手配のアーシュラはこの孤児院の出身で、町の復興のために尽力していた。
・アーシュラの罪は濡れ衣の可能性がある。
「うーん。これだけ見ると聖神教が怪しいけど、子どもたちを攫う理由が分からないなぁ」
「ええ、私も彼らが一番怪しいと睨んでいます。ですがこれといった手掛かりもなく……」
「念のため確認ですけど、いなくなったのは神殿系列の孤児院の子どもたちだけですか?」
「はい。間違いありません」
ふむ……。ここで聞けそうなことはこれくらいかな。
後は自分の脚でヒントを探すしかない。
「もはやあなただけが頼りです。どうか子どもたちを助けてください。お願いします。お願いします……!」
「どこまでできるか分かりませんけど、やれるだけやってみます」
「ああ……! 潮のお導きに感謝を……」
俺たちの旅の目的とは関係ないけど、こうも深々と頭を下げられては断れなかった。
それに師匠なら、きっと困っている人は見捨てないはず。
まだ聖神教が犯人と決まったわけではないけど、ひとまずその線で捜査を進めてみよう。
なんだか刑事や探偵みたいな仕事だけど、それでも記念すべき初クエストだ。頑張ろう。
マーサさんと子どもたちに見送られ、俺は孤児院を後にした。




