0028 ギルド登録
ひとまず手頃な宿を確保した俺たちは、厩舎にピピを預け、その足で冒険者ギルドへ向かった。
「元気出してアリア。シャワシャワはまた買えばいいじゃない」
「ぐすん……っ、青いシャワシャワはあれが最後でしたのよ……」
すんすん鼻をすすり、涙目で唇を尖らせるアリア。
どうやらすっかり落ち込んでしまったようだ。ていうかアレ、他にも色のバリエーションがあるのか。
「ほら、いつまでも拗ねてないの。着いたわよ冒険者ギルド」
冒険者ギルドは港の目と鼻の先にあった。
立派な三階建てで、輝くような白さの石灰壁が少し目に眩しい。
建物の造形は地球で言うところの地中海あたりの雰囲気と似ていると思った。
建物の造りというのは、その土地の文化や気候の影響を強く受けると聞いたことがある。
この辺りの気候はいつかテレビで聞いた地中海のそれと一致しているようだし、建物の雰囲気が似ているのも、そのせいだったりするのかな。
両開きのスイングドアを押しのけて中に入ると、まだ昼間だというのにお酒のニオイが鼻を突いた。
どうやら一階は酒場になっているらしく、あちこちのテーブルで厳つい男たちが酒を酌み交わしている。
「おい見ろよあの子。いい身体してんなぁオイ!」
「げへへへ! エロい太ももしやがって」
「バーカおめぇ、どう見ても乳だろ! ヒヒヒヒッ」
「俺は隣の剣士の子がいいなぁ……フヒッ!」
そんな野獣の巣窟へ美少女が足を踏み入れれば、当然そういうゲスな視線も集まるわけで。
あれ、おかしいな。急に寒気が……。
カツンッ!
と、杖を突く音が響くと同時、下品な視線を向けていた男たちが一斉に意識を失いテーブルに突っ伏した。
夢見が悪いのか、眠らされた男たちは揃いも揃ってうんうん唸っており、傍から見ると不気味なことこの上ない。
無詠唱魔法の腕前を見せつけたリゼラが酒場をギロリと見渡せば、俺たちに集まっていた視線はあっという間に霧散した。
魔法をみだりに使うと捕まると言った傍からこれである。
冷房魔法は渋ったくせに、冒険者ギルドじゃここぞとばかりに魔法の腕を誇示して、リゼラの中の「みだりに」の基準がよく分からない。
「フンッ、一生寝てなさいよ」
「処します? リゼラに近づく悪い虫さんは潰しておきませんと」
アリアが死神めいた気配を滲ませ、宝箱から凶悪なトゲ付き棍棒を取り出して男たちに冷たい視線を向ける。
やばい、ガチの顔だ。
「やめなさい。あんなのに近づいたらバイキン感染されるわよ」
「まぁ不潔! えーんがちょですわ! べーっ、だ!」
リゼラに止められ普段の気配に戻ったアリアは、悪夢にうなされたままの男たちにあっかんべーした。
女の子こわい……。
居心地の悪い視線をチラチラ向けられつつ、奥のカウンターまで進むと、グラスを磨いていたバーテンダーのおじさんがジロリとこちらを見た。
「要件は」
「三人とも冒険者登録よ」
「なら二階でステータス鑑定を受けてこい。一階は見ての通りただの酒場だ」
「二階ね。ありがと」
窓口の場所を聞き出したリゼラは、酒場のマスターに短くお礼を言うとアリアを連れてそのままズンズンと階段を上っていく。
酒場の内装に気を取られてワンテンポ反応が遅れてしまい、慌てて二人の後を追おうとすると、俺の前に顔の怖い二人組が立ち塞がった。
どちらも筋肉ムキムキで、身長も二メートル近くある。
立っているだけで凄い威圧感だ。これってもしかして……。
「待ちな。ここはお前みてぇな可愛いボウヤの来るところじゃねぇぜ。多少は鍛えてるみてぇだが、筋肉が全然足りてねぇぜ!」
「ガキは鉄角牛のおっぱいでも飲んで筋トレしてな! 骨も丈夫になるし筋肉もつくぜぇ! 慣れねぇ土地は風邪をひきやすいからホットミルクもオススメだぜぇ! 一杯おごってやるから、それ飲んだら今日のとこは大人しく帰んな!」
で、出たーっ! ガラの悪い先輩冒険者に絡まれるテンプレイベント!
何から何までテンプレ通り……ではないな。
見た目が怖いだけで普通に親切なお兄さんたちじゃん。
言葉通り、見るからに筋肉の足りてない俺を心配してくれているのだろう。
とはいえ、すでにリゼラたちは二階へ向かってしまったし、俺だけすごすご引き返すわけにもいかない。
「あ、あの、えっと……。すいません通ります!」
「「っ!? 消えたっ!?」」
虚空瞬在。
仕方なく強面マッチョたちの背後へ瞬間移動した俺は、リゼラたちの後を追ってそのまま階段を駆け上がった。
こんな時、映画の主人公ならウイットに富んだ小粋なジョークで切り抜けるのだろうけど、そんな上手い返しがただの中学生に思いつくはずもない。
背後の様子が気になりちょっとだけ振り返ってみると、強面マッチョたちは頭の上に「???」を沢山浮かべて、狐につままれたような顔で俺を見上げていた。
鉄角牛のミルクは時間があったら市場で探してみよう。
「────今の動きは」
「へぇ。……面白そうなのが来たね」
ふと、纏わりつくような視線を感じ、気配がした方を見る。
大学生くらいだろうか。出入口近くのテーブル席で飲んでいた若い冒険者パーティーだった。
他のおじさん冒険者たちと違い、身に着けている装備も個性豊かで見るからに強そうだ。
しまった。もしかして目を付けられちゃったかな。
後でトラブルにならないといいけど。
一抹の不安を抱えつつ二階へ上がると、パーテーションで区切られたカウンターの向こうでギルドの職員たちが忙しそうにしていた。
なんか銀行の窓口みたいだな。
リゼラから「遅いわよ」と視線で咎められつつも、登録受付と書かれた窓口へ進む。
窓口に座っていたのは恰幅のいいおばさんだった。パンチパーマだし、目つきも鋭いので妙に迫力がある。
「冒険者登録したいんだけど」
と、物怖じすることなく用件を切り出したのは、やはりリゼラだ。
「そうかい。これが申請用紙だよ。代筆は?」
「不要よ」
「そうかい。書くのは太枠のところだけでいいからね」
不愛想なおばさんが俺たちに記入用紙を配る。
てっきりギルドの受付嬢と言えば綺麗なお姉さん! みたいなイメージがあったけど、現実はやっぱりこんなものか。ちょっとがっかり。
名前、出身地、年齢、特技と、必要事項を記入した紙をおばさんに渡す。
「はい結構。じゃあ鑑定士呼んでくるからちょっと待ってな。はぁ、よっこいしょっと……」
重そうな腰を上げ、おばさんがカウンター奥へと去っていく。
手持ち無沙汰に天井の梁を眺めて待っていると、一分とかからず、眼鏡のひょろっとしたお兄さんを連れて受付のおばさんが戻ってきた。
「やあやあどうもどうも。僕は協会公認鑑定士のディーン・ルッキンです。では早速鑑定させていただきますね。ぬーん、むんっ!」
両目の前でダブルピースしたディーンさんが目を『くわっ!』と見開く。
そのポーズに何の意味が……。
すると両目がサーチライトのように光り輝き、彼の前に置かれた用紙に鑑定結果が浮かび上がってきた。
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リゼラ クラウロード レベル3
たいりょく :20
まりょく :350
かしこさ :300
ちから :21
すばやさ :30
みのまもり :17
うんのよさ :40
スキル
技能系:『魔法学LV9』『妖精語LV9』『共通語LV9』『海神語LV9』
『火神語LV9』『地神語LV9』『風神語LV9』『雷神語LV9』『解剖学LV9』『医学LV9』『薬学LV9』『数学LV9』『物理学LV9』『気象学LV8』
『宮廷作法LV7』『古代語LV7』『世界史LV7』
『杖術LV5』『魔物知識LV5』
異能系:『超速演算』
系統外:なし
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「こ、これは!? ちょいとディーン! 本当にこの数値で合ってるんだろうね!?」
「失礼な! 神に誓って正確な数値ですってば!」
リゼラの鑑定結果を見るや、受付のおばさんが血相を変えてディーンさんを問い詰める。
すると周囲の職員たちもなんだなんだと集まってきて、次第に騒ぎが大きくなっていく。
「はぁ!? なんだこの数値!?」
「魔法関連のスキルレベルも高いぞ!」
「まだ十八歳だろ!? どんなふうに育てばこうなるんだ……」
「クラウロードって……ま、まさか剣聖と賢者の娘!? だ、大ニュースだぞこれは!」
カツンッ!
「そういうのいいから、二人の鑑定も早くやって頂戴」
リゼラが杖の一突きでざわつく職員たちをぴしゃりと黙らせる。
ちぇっ、なんだよ。こういうので驚かれるのって、普通は異世界から召喚された俺の方なんじゃないのかよ。
「はい! はい! 次はわたくしの番ですわ!」
俺をぐいと押しのけアリアが元気いっぱい手を挙げた。
確かにアリアは色々と謎が多いし、彼女のステータスがどうなっているのか、俺も気になる。
「あ、はい。……えっと、ずーっと気になってたんですけど、その宝箱はいったい……」
「あら、知りませんの? 最新のファッションでしてよ!」
「アッハイ。じゃあやります。うぬぬぬ……っ、ハァッ!」
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アリア レベル2
たいりょく :ひみつ
まりょく :ひみつ
かしこさ :ひみつ
ちから :ひみつ
すばやさ :ひみつ
みのまもり :ひみつ
うんのよさ :0
スキル
技能系:『共通語LV10』『妖精語LV10』『海神語LV10』
『地神語LV10』『火神語LV10』『風神語LV10』『雷神語LV10』
『古代語LV10』『魔物知識LV10』『雑学LV10』『博物学LV10』
『数学LV10』『建築学LV10』『音楽知識LV10』
『医学LV9』『世界史LV9』
『地理学LV8』『風俗学LV8』『美術知識LV8』
『宮廷作法LV7』『料理LV4』
異能系:『■■■■■■』『■■■■』『■■』
系統外:『■■■■』
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「……なんだいこりゃ? めちゃくちゃ教養があるお嬢さんってこと以外、ほとんどなんにも分からないじゃないか」
ところがどっこい。
普通じゃない転生を遂げたせいなのか、アリアのステータスシートはバグっていた。
こんなことは初めてなのか、受付のおばさん含めギルドの職員たちも困惑した様子である。
「あれぇ? おっかしいな……。ぬぐぐぐぐ! 変ですよこの子! どうやってもステータスが見れない!」
「ていうか『うんのよさ』0て……。今日はツイてない日だったんだね、可哀そうに」
「わたくしのシャワシャワ……。ぐすんっ」
うんのよさの数値を見て涙目になるアリア。
シャワシャワを失った悲しみが蘇ったらしい。ほんと何なんだろうな、この子。
「ぜぇ、ぜぇ……っ、くそっ! どうしても見れない! 悔しいいいい!」
「あの、俺の鑑定……」
「ああ、ごめんよ。今見るからね。ホァァァァッ、カァ────ッ!」
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スズキ ヒロト レベル3
たいりょく :30
まりょく :9
かしこさ :9
ちから :30
すばやさ :30
みのまもり :30
うんのよさ :777
スキル
技能系:『剣術LV7』『楽器演奏LV3(半減値)』
『絵画作成LV5』『模型作成LV5』『短剣術LV5』
『日本語LV4』『料理LV4』『共通語LV4』
『サバイバル知識LV3』『雑学LV2』『地球史LV2』『数学LV2』
『英語LV2』『科学LV2』『魔法学LV1』
異能系:なし
系統外:『勇気』『絶対音感』
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「君、今日が人生で一番ツイてる日だよ。後で宝くじ買っとくと当たるかもね」
「は、はぁ……」
しーん。
……え、終わり!?
他の職員たちも俺のステータスシートを覗き込んで「うーん」と微妙な顔をするだけで何も言ってくれなかった。
闘気も幽歩もアウタースキルだから鑑定結果には反映されないらしい。
「ヒロトさま……。その、後で美味しいものいっぱい食べに行きましょう! ね?」
「そうね。せっかくの港町なんですもの。食べなきゃ損よ」
味方のはずの二人からも、露骨に話題を逸らされる始末である。
なんで俺ばっかりこんな扱いなんだよ! 毎日ベヒモス肉食べて筋トレだってしたのに!
最初全ステータス3だったことを考えれば大した成長じゃないか!
「おおかた良い剣の先生に恵まれて勘違いしちまったんだろうがね。ハッキリ言ってあんたのステータスじゃ遠からず魔物の餌だ。寝ぼけてないでもっとマシな仕事探しな」
「ああもうバネッサさん! もう少し言い方が!」
「なんだいディーン。あたしゃ事実を言ったまでだよ。それとも優しく言えばみんな生きて帰ってくるってのかい!? 人の話なんて聞きゃしないんだ、夢に目が眩んだ馬鹿なガキは特にね」
「そ、それは……」
「さっきから何なのよ」
不機嫌顔で二人のやりとりを聞いていたリゼラがむすっとしたまま尋ねる。
だがディーンさんは居心地悪そうに眼鏡の位置を直すと、そのままモゴモゴと口を閉ざしてしまう。
そんな気弱な彼の態度に呆れた溜息を一つ落とし、受付のおばさん──バネッサさんが口を開いた。
「大半の魔物は人間より遥かに強い。いくら武芸に秀でていようと身体能力が伴ってなきゃ魔物相手にかすり傷一つ負わせられないのさ。だから武芸に秀でた新人ほど自分の腕を過信して死んでいく。あたしゃここでそういう馬鹿を何人も見てきた」
「ヒロトも同じだって言いたいわけ?」
「アンタにも言ってるんだよ。私は他と違う。コイツなら大丈夫。みんな同じことを言って勝てもしない相手に挑んで、最後は骨すら帰って来ない。町で真面目に働いてりゃ今頃一廉の人物になってただろうに」
この世には技だけじゃ絶対に覆せない数字の暴力がある。
最後にそう締めくくったバネッサさんの表情には、やりきれない思いが滲み出ていた。
────もし、俺の初期ステータスがもっと高ければ。
エルデンバーグの王城で。魔法都市で。もっと別の結果があったのだろうか。
誰か一人でも、救えた命はあったのだろうか。
劔なら。
何かある度にそう思ってしまう自分が嫌になる。
「……死なせない。死なせるもんですか」
すっかりお通夜みたいな空気になった場に、リゼラの呟きがしんと木霊する。
彼女の醸し出すあまりの迫力に、誰かが「ごくり」と硬い唾を飲み込む音が響いた。
「コイツがどんなに怪我しようと私が治すわ。絶対にね。それに私たちには目的があるもの。無茶はしないわよ」
「ヒロトさまはこう見えて中々しぶといんですのよ! それに足りない部分を補って支え合うのが仲間ではなくて?」
二人がそう返すと、バネッサさんはきょとんと目を丸くして、それから少し眩しそうに苦笑した。
「悪かったね。ちょっと脅し過ぎたよ」
「……いえ。俺が弱いのは事実ですし」
「それが分かってるなら大丈夫さ。ま、お嬢ちゃんたちに負担かけない程度に頑張りな」
それまでの険しさがまるで嘘のように、バネッサさんはからっとした笑みを浮かべて俺を励ましてくれた。
多分だけど、こっちが普段の彼女なんだろうな。
「そうだ忘れない内に。ほら、アンタたちの冒険者証だよ」
と、思い出したようにバネッサさんがカウンターの下から鉄のプレートを取り出し、俺たちに配る。
「冒険者の等級は鉄等級から始まって、銅等級、銀等級、金等級の順に上がっていく。昇級の基準は主に依頼の達成率や、普段の生活態度、パーティー全体の戦闘力で判断される。もちろん個人で活動している奴も評価基準は同じだよ」
つまりソロで銀等級や金等級になった人は、一人で数人分の戦力としてギルドから認められてるってことか。
「昇級するとどうなるんですか?」
「より報酬の高い依頼を受けられるようになるし、各国が定める禁足地への立ち入りも許可されるね」
聞けばそういった場所はもちろん危険ではあるが、高値で売れる素材の宝庫でもあるのでかなり稼げるらしい。
「それと銅等級からは国境を超えるときの審査がいくつか免除されるね。銀等級にもなれば冒険者証を見せるだけで大抵の国なら素通りできるよ」
昇級には普段の生活態度も見られるようだし、等級が高いということはイコールで人格者の証でもあるわけか。
世界中に支部があるギルドがそれを保証しているから、パスポートの代わりにもなる。と、そういうことなんだろう。
「逆にどんなに強くても、普段から問題ばかり起こしていると絶対に昇級させないし、最悪冒険者資格の取り消しもあるから生活態度には気を付けな」
「わ、分かりました」
その他にも、依頼の受け方や報酬の受け取り方など、冒険者としての基本を一通り教えてもらった。
「他になにか分からないことや気になることは?」
俺たちが揃って首を横に振ると、バネッサさんは「ならよし」と頷いた。
「では改めて。ようこそ冒険者ギルドへ。私たちは新たな冒険者を歓迎します」
かくして俺たちは晴れて鉄等級冒険者になった。




