0027 オーランの休日
「海だーっ!」
「海ですわーっ!」
町外れの高台を登ると、スカッと晴れ渡る空と青い海、異国情緒あふれる建物の眩い白が視界の中で一枚の絵画のように納まる。
海原は陽の光を浴びてキラキラと輝き、まるで俺たちの行く末を祝福してくれているかのようだ。
久しぶりの海に否応なくテンションが上がってしまう。
うーん、風が気持ちいいなぁ。
「二人とも元気ね……」
「くえ……」
どこまでも広がる大海原にテンションぶちアゲな俺たちを呆れ顔で遠巻きに見つめるのは、強い日差しでバテ気味のリゼラとピピだ。
日本の夏を知る俺からすれば、この辺りの気候は日差しこそ強いが空気はカラッとしていて随分過ごしやすく感じる。
それでも魔法都市出身のリゼラと、もふもふのピピには結構堪えているみたいだ。
────あれから川を四日ほど下った俺たちは、エスぺリサ王国の首都、湾港都市オーランにたどり着いた。
町に着くなり、アリアがどうしても高いところから海が見たいと言って聞かなかったので、こうして高台まで登ってきた次第である。
なぜ人は海を見ると元気になるのだろう。
母なる海だから? それとも夏休みっぽいから?
なんだっていい。とにかく異世界に来て初めての大きな港町だ。
魔法都市じゃ屋敷の外に出る機会もあんまりなかったし、そりゃテンションだって上がるよ。
「それより二人とも、ここへ来た目的は忘れてないでしょうね」
「もちろんですわ。まずは冒険者登録! それからルキウスさまとマリエラさまを元に戻す方法を探す。そうでしょう?」
◇
──回想 旧運河 小舟の上──
オーランへ向かうまでの道中、俺たちはアリアにも王都や魔法都市で何が起きたのか詳しく話すことにした。
いつまでも黙っているわけにもいかないし、打ち明けるなら早い方がいいだろうと思ってのことだ。
『────お父さまとお母さま、城のみんなは、苦しまずに逝けたでしょうか』
俺たちの話を最後まで黙って聞き終え、アリアは最後に一言だけそう尋ねた。
『…………きっと、何が起きたのかもわからなかったと思う』
『……っ。ごめんなさい。しばらく一人にしてくださいまし』
俺たちの口から王国の惨状を聞いたアリアは、やっぱり色々と堪えるものがあったのか、しばらく一人になりたいと部屋に籠ってしまった。
────────
────
──
『────まずはルキウスさまとマリエラさまを元に戻す方法を探しましょう』
そして一晩の後、どこかふっきれたような表情で部屋から出てきたアリアは、開口一番俺たちにそう告げた。
『固有のスキルや一子相伝の魔法、あるいはアイテム。世界はこんなにも広いんですもの。きっとお二人を元に戻す方法も必ずあるはずですわ』
『アリア……。無理しなくていいのよ?』
『そんな顔しないでリゼラ。わたくしは大丈夫ですわ』
逆にリゼラを気遣って微笑んでみせたアリアの横顔はやっぱりどこか寂しそうだったけど、それでもその黄金の瞳には前を向こうとする意思の光が宿っていた。
『……早かれ遅かれ、人はいつか必ず死にます。それに仇はおじさまがすでに取ってくださっていますもの。きっとみんな迷わず冥界まで行けたに違いありませんわ』
アリアは一度死を経験している。
死者の魂は幽玄冥道で生前の未練や記憶を捨て、冥界でしばしの休息を得てから、新たな生へ向かって漕ぎ出していく。
アリアは少しだけ道から外れてしまったけど、それでも生死の理を身をもって体験した彼女だからこそ、親しい人の死に対してそれほど悲観的にならずに済んだのかもしれない。
『それに生まれ変わってようやく王族としての柵からも解放されたんですもの! 以前はできなかったことを思う存分やってやりますわ!』
『アリア……。そうね、いつまでもくよくよしてられないものね』
リゼラの口から出たその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
『ふふんっ! 切り替えが早いのがわたくしの美点でしてよ! この三人ならどんな困難な道のりだって乗り越えられますわ!』
いつか必ず、師匠たちを元に戻す。
マリエラさんは俺が元の世界へ帰るための魔法を研究すると約束してくれた。
つまり二人を元に戻すことは、俺の目的とも一致する。
あてもなく放り出された俺たちの道行きに明確なゴールができた瞬間だった。
◇
──エスぺリサ王国 首都オーラン──
「────とはいえ、こんな素敵な街並みを堪能しないのはもったいないですわ! リゼラもずっと思いつめたままだと、またお熱出しますわよ!」
「ちょ、ちょっと!? 引っ張らないでったら!」
みんなで師匠たちを元に戻そうと決めたけど、それはそれ、これはこれ。
わたくしがルールですわと言わんばかり、アリアはリゼラの手を引いて町へと駆け出していく。
確かに気張ったところですぐにヒントが見つかるわけでもないしな。
焦らず一歩ずつ。何もないときは観光気分でいるくらいが案外ちょうどいいのかもしれない。
「待って! 俺も行くよー!」
────このときの俺はまだ知らない。
英雄の卵は、どうしたって大きな事件に巻き込まれてしまうのだということを。
◇
──オーラン市場──
ひとまずの宿を探す道中、俺たちは市場を見て回っていた。
アリアいわく、ここオーランは世界最大級の貿易都市とのことだったが、狭い路地いっぱいに広がる露店の品揃えは隙間だらけで、客を呼び込む商人たちもイマイチ活気がない。
何かあったのかな。
「うわ変な顔! 深海魚かな?」
「これはギョロギョロですわね! 浅瀬の砂の中に住む魔物の子供ですわ。成体になると人より大きくなるんですのよ」
「へぇー。あ! あっちに串焼き売ってるよ!」
「買いましょう! お腹空きましたわ!」
「あっつ……。二人ともどうしてそんなに元気なのよ」
汗ばんだ髪を鬱陶しそうに掻き上げ、リゼラが手うちわで首筋をパタパタ扇ぐ。
そんなに暑いなら魔法でどうにかすればいいのにと思わなくもないが、リゼラいわく「街中でみだりに魔法を使うと捕まる」とのこと。
ある程度の規模の町には町全体を覆うように魔法の使用を検知する結界が張られているらしい。
「魔法と一口に言ってもその効果や威力は術式次第だもの。都市内で使用可能な術式の線引きは国ごとに違うし、場合によっては利権なんかも絡んでくるから面倒なのよ」
「ふーん」
確かに暑さをしのぐだけのために魔法を使って、それで逮捕されたらつまらないもんな。
とはいえこの日差しだ。リゼラの服装は黒が基調になってるし、熱も籠って余計に暑いだろう。
「あら、リゼラったらもうへばりましたの? 魔法の勉強ばかりで身体が鈍っているのでなくて?」
「なっ!? ちゃんと部屋の中で運動もしてたわよ!」
それにしては太腿とか結構太……。
「なにか言いたげな顔ね」
俺の視線に気づいてか、リゼラが少し目つきを鋭くしたので全力で首を横に振っておく。
熱中症で倒れられても困るし、どこか涼しそうなところで休憩するか。
人混みと強い日差しでへばり気味のリゼラとピピを休ませるため、俺たちは市場を抜けて路地裏の日陰を進んでいく。
迷路のような路地を進むと、建物同士の隙間に小さな公園がぽっかりと現れた。
中央に噴水があって、一休みできるベンチもある。
四方を背の高い建物に囲まれているおかげで、ちょうど公園全体が日陰になっていて、ベンチに腰掛けると路地を吹き抜ける風が火照った身体を冷ましてくれた。
「はぁ……。生き返る……」
「飲み物でも買ってきますわね。さっき面白そうな屋台を見つけましたの!」
ベンチにぐったり腰掛けたリゼラがひらひら手を振り、元気いっぱい駆け出して行ったアリアを見送る。
ピピは公園の噴水で水浴びして気持ちよさそうだ。
……二人きりになっちゃったな。
「人混みは苦手?」
それとなく話しかけると、リゼラが小さく頷く。
「……そうね。アンタは平気なの?」
「うーん。ホントは俺もあんまり得意じゃないけど、今は楽しさとか物珍しさの方が勝ってる感じかな」
「そう」
沈黙。
そういえば俺、リゼラのことなんにも知らないな。
過去に何があったかはマリエラさんから大体聞いた。
でも何が好きとか嫌いとか、そういうことは何も知らない。
「リゼラってさ、何か好きな食べ物とかある?」
「そりゃあるけど……。何よ急に」
「いや、さ。そういえばリゼラのこと何も知らないなと思って。長い旅になりそうだし、知っておいた方がいいかなって。ほら、料理当番的な意味で」
オーランまでの道中はじゃんけんでその日の当番を決めていたけど、なんでか全敗してずーっと俺が作ってたんだよな。
二人ともなにかイカサマしてたに違いない。
「言われてみればそうね。もう何度も助けたり助けられたりしてるのに。……ふふっ、変なの」
最初はなんだアイツって思ってたのに、気付けばお互い命の恩人で、信頼できる仲間になっていた。
そのことがなんだか嬉しくて、リゼラにつられて気づけば俺も笑っていた。
「……コッペリカ」
「え?」
「好きな食べ物よ。バターと卵を練り合わせた生地を油で揚げて、そこに蜂蜜をかけるの。生誕祭の日によくママが作ってくれたわ」
「生誕祭? ……って、もしかして聖神教の?」
「ええ。ウチは大叔父様が枢機卿だもの。だから年に一度の日は家を飾って盛大にお祝いするの」
なるほど。クリスマスみたいなものか。
「やっぱ神様っていると思う?」
「どうかしら。少なくとも聖典に書かれてるような都合のいい神様なんていないわよ」
予想外の回答に聞いたこっちが面食らってしまった。
ファザコンのリゼラのことだし、親族に聖神教の偉い人がいるなら熱心な信者でもおかしくないと思ってたのに。
するとそんな俺の内心を見透かしたようにリゼラが僅かに苦笑した。
「意外って顔ね」
「だってリゼラの父さんは剣聖じゃないか」
「そうね。けどパパは異世界人だし、根っからの信者ではなかったわ。むしろ信仰に対する考え方は私よりもずっと客観的だったわよ」
「そうなの?」
「まあ、それでも周りの大人たちの殆どは熱心な信者ばかりだったし、聖神教が私の価値観の土台になってることは認めるわ。けど、それとこれとは話が別でしょ?」
「それは、まぁ、確かに……?」
「……だって神様はアリアの魂を楽園に迎えていなかったもの。何の罪もないあの子が楽園に行けないなら、やっぱり神様なんて嘘っぱちよ」
しまった。地雷踏んだかな。
俺が気まずくなっていると、リゼラは思ったよりもケロッとした顔でさらに続ける。
「だいたい、本当に聖なる神がいるなら、聖神の奇跡で召喚されたはずのアンタが加護を持っていないのはどうしてって話になるじゃない」
「それは……俺が偽物だから、とか?」
自分で言って悲しくなった。
俺に力があれば、魔法都市があんなふうに燃えてしまうことも、師匠が剣になってしまうことも無かったかもしれない。
地面に落ちた自分の影を睨んでいると、横でリゼラがふっと笑って口を開く。
「アンタが偽物だったら私もアリアもここにいないわよ」
とても柔らかくて、優しい微笑みだった。
その表情があんまりにも綺麗で、俺はなんだか恥ずかしくなってすぐに顔を逸した。
違う違う違う! ドキドキなんてしてない! 違うったら!
「アンタは? 何が好きなのよ」
「すっ!? なななな何って好きが!?」
「何を動揺してるのよ。好きな食べ物の話よ」
「あ……。ああ、そう、そうだった。色々あるけど、やっぱ一番はカレーライスかな」
「何それ」
「野菜とか肉とか、沢山のスパイスで煮込むんだよ。それを炊いたお米にかけて食べるんだ。この世界にもそれっぽい料理あるといいな……」
「あるわよ、きっと。世界は広いんだもの」
お互い、好きな食べ物を言い合ってもまるでピンとこない。
それくらい住んでいた世界が違っても、人はこうして信頼し合える。
そのことがなんだかとても嬉しく思えた。
「────ねえ」
「二人ともお待たせですわー! 名物のシャワシャワ買ってきましたわよー!」
リゼラが何か言おうと口を開きかけると、ちょうど飲み物を買いに行ったアリアが戻ってきた。
瓶はラムネみたいだけど、中身が薄青く光ってる。
……本当に人が飲んでも大丈夫なヤツだよね?
「いたぞー! あっちだ! 追えー!」
するとアリアの背後から荒っぽい声が響き、ガチャガチャと鉄靴の足音が路地に木霊する。
なんだ、騒がしいな。
なんて思った、次の瞬間────。
「っ!」
建物の屋根を飛び越える人影と視線が交わる。
とても綺麗な翡翠の瞳と、板チョコみたいに割れた腹筋がやけに印象に残った。
公園の真上を飛び越えた影は長い尻尾を靡かせ、獣じみた動きですぐにどこかへと去ってしまう。
「こっちだ! 逃がすなー!」
「ちょ!? なんなんですの!? あーれー!」
と、謎の人影を追っていた騎士たちが狭い路地を抜けて続々と公園になだれ込んできて、その勢いに押しのけられたアリアはぐるぐる回ってバタンキューと尻もちをついてしまう。
「おい貴様ら! この女を見なかったか!?」
騎士の一人が高圧的な態度で一枚の紙を俺の鼻先にぐいと押し付ける。
いや見えない見えない。
騎士の手を押しのけ紙を見れば、凶悪な女の顔が描かれた手配書だった。
『アーシュラ・ベオウルフ』
・国家反逆罪
・捕えた者に賞金一億ディアを与える
「い、一億!? 国家反逆罪って、何したんですかこの人?」
「質問にだけ答えんか! 見たのか見てないのか!」
「この女ならあっちに行ったわ」
リゼラがムッとした顔をして、影が去った方とは真逆の方角を指差した。
「本当だな!? 嘘をついたらタダじゃおかんぞ! 追えー! 奴はあっちだ!」
騎士は最後まで高圧的な態度で俺たちを一睨みすると、すぐさま仲間を引き連れてその場を去っていった。
「なんなのあの態度! せいぜい見当違いな場所をぐるぐる探して上司に怒られればいいのよ!」
「ありがとう。ちょっとスッキリした」
「ヒロ……ッ。ア、アンタもあれくらいの機転すぐに効かせなさいよ」
「そういうのは任せるよ」
それにしても何だったんだろう。
手配書ほど悪い人には見えなかったけど……。
「あああぁぁ!? せっかく買ったシャワシャワが!?」
「「あ……」」
見れば、アリアが買ってきた飲み物の瓶は騎士たちにもみくちゃにされたどさくさですべて割れてしまっていた。
「うわぁぁん! ひどい! こんなのあんまりですわぁぁぁ────っ!」
嵐の去った公園にアリアの泣き声が木霊した。




