0003 師匠との旅
異世界生活七日目。
旅は順調に進んでいた。
一時間に一度のペースでピピを休ませないといけないが、それでも不整地を自動車並みの速度でグングン走っていくのだから凄まじい。
小休止の度にルキウスさんは俺に剣での戦い方や野山でのサバイバル知識など、様々なことを教えてくれた。
そんな生活を続ける内、俺は自然と彼のことを師匠と呼ぶようになった。
◇
──名もなき森の広場──
「踏み込みが甘いぞ! 恐れず踏み込んで来い!」
「はいッ!」
俺の斬りかかりを師匠が次々と木剣で受け流していく。
勢いあまって地面に転がされ、その勢いを利用して師匠の背後に回り込み、木剣を真横に薙ぎ払う。
師匠は振り向くことさえせず、俺の横薙ぎを木剣で受け止めた。
後ろに目でもついてるんじゃないかと思えるような動きだ。
「手の内が見え見えだぞ」
「っ!?」
そのまま凄まじい力で弾き飛ばされる。
どうにか体勢を立て直して剣を構えると、師匠の右肩の辺りに僅かな隙が見えた。
考えろ。今の俺は装備のおかげでいつもよりずっと冴えてる。ただ打ち込むだけじゃだめだ。どうにか本当の隙を作らないと。
考えを纏め、すかさず師匠が作った隙に打ち込みにいく。
当然、木剣でガードされるが、俺はそこで剣を止めなかった。
「やあああああっ!!!!」
手首を返し、めげずにもう一撃。
まだだ、もっと畳みかけろ!
息つく間もなく連撃を繰り出す。弾かれ、いなされ、何度も地面に転がされる。
けどこれでいい。これまでの打ち込みはすべて布石。本当の狙いは足場の悪い場所へ誘導して、少しでも体勢を崩させること。
俺の狙いを知ってか知らずか、師匠は少しずつ立ち位置を変え、俺の誘導に乗ってくれた。
……今ッ!
足元に視線を向けさせまいと一気に畳みかける。
地面から出っ張った石を師匠が踏み、僅かに足を滑らせた。
その瞬間を逃さず、俺は距離をぴったりと詰めて木剣を真横に薙ぎ払う。
「っ!」
師匠が石を踏み砕いてその場から跳び退き、俺の斬り払いをひらりと躱す。
こちらに向き直って木剣を下げた師匠が嬉しそうに表情を崩した。
「今のは良かったぞ」パァン!
「ありがとうございます!」パァン!
小気味いい音が森に木霊した。
どういうわけか、師匠はふんどし姿のときだけ嬉しくなると自分の尻を景気よく叩くクセがある。
最初に見た時は若干引いたけど、でもやってみるとこれが案外しっくりくるのだ。
なんか叩くと気が引き締まるんだよな。(パァン!)
ともあれ、俺の稽古は順調そのものだった。
格好こそふざけているとしか思えないけど、これのおかげで俺の剣の腕はこの一週間の間にかなり上達している。
運動音痴の俺が、今初めて師匠を跳び退かせたのがその証拠だ。
王都を発ってから毎日続けているふんどしダンスの効果が確実に現れていた。
「少し熱が入りすぎたな。そろそろいい時間だし、今日はここでキャンプしよう」
「分かりました。夕飯の準備は任せてください」
「では今日も頼む。俺はテントの準備をしよう」
二人で食事の準備をしてきて気づいたことがある。師匠が手を加えると料理が不味くなるのだ。
考えているのは栄養価だけで味は二の次。
放っておくと食材の風味や味などお構いなしに、あれやこれやと鍋にぶち込んで煮込もうとするので味がおかしくなる。
こう言っては失礼だけど、正直、あんなもの毎日食わされたんじゃ心が参ってしまう。
なのでそうと判明して以降は俺が自主的に料理番を買って出ていた。もともと料理は好きだったし、手を動かしている間は嫌なことも忘れられる。
学ランのズボンを穿き直し、俺は夕飯の支度に取り掛かった。
今日は早朝に見つけた食べられる野草を使った炒めものにしよう。
一昨日ピピが蹴り殺した魔物の肉もまだ残ってるし、昨日採ったキノコも少し残ってたっけ。それも使おう。
野草はそのままだと苦みが強くて美味しくないけど、きちんと灰汁抜きすればシャキシャキの食感が楽しめる。
今朝の出発前に木灰を溶かした水に浸けておいたので、ほどよく灰汁も抜けているはずだ。
豚肉に近い味わいの魔物肉は薄切りにして、キノコは手で千切って軽くほぐしておく。
調味料は旅の道中作った自家製のモノを使う。
オリーブに似た植物油にニンニク風味の山菜と岩塩、いくつかのスパイスを漬け込んでみた。これは割と自信作。
食材の下準備ができたら熱した鍋で魔物の油を融かし、調味料と一緒に強火で一気に炒める。
どれちょっと味見。少し塩気が足りないかな? 岩塩で味を整えて……うん、いい感じ。
「師匠! 夕飯できましたよ~」
「そうか! 今行く!」
炒め物が出来上がるころには師匠もテントを張り終え、魔物除けの聖印を周囲の木々に刻んで簡易的な結界を張り終えていた。
では料理が冷めない内に、切れ目を入れた丸パンにはさんで。いただきます。
「うん、美味い!」
大きな口でパンを頬張り、師匠が満面の笑みを浮かべる。
別に味音痴ってわけじゃないのに、どうして師匠が作るとああなるのか不思議でならない。
「その歳でこの腕は大したものだ。両親は料理人か何かだったのか?」
「いえ、仕事で忙しい母さんの代わりに妹の世話をしてたら自然と」
「そうか。それは大変だったな」
「俺がやりたくてやってたことなので」
────父さんがいなくなったのは今から三年前。
朝、いつも通り仕事に行くため家を出たっきり行方不明で、今も帰ってきていない。
職場に連絡しても来ていないと言われ、警察にも相談したけど手がかりは一切なし。当然スマホにも連絡はつかないし、今生きているのか死んでいるのかも分からない。
夫婦仲は悪くなかったと思うし、浮気して出ていったとかではないと思うのだけど……今頃どこで何してるんだろう。
「師匠のご両親はどんな方だったんですか?」
悩んでも仕方のないことなので、俺は話題を変えた。
「俺は物心ついたときにはスラムのゴミ溜めにいたから、両親との思い出というのは記憶にないんだ。父親代わりの人はいたがな」
「その人は、今どちらに?」
「遠い果ての異世界だ。まだ生きておられるのか、もう死んだのか。この世界に来た今となってはそれさえも分からない」
「異世界って、じゃあ師匠も別の世界から!?」
「まだ言ってなかったか?」
「初耳ですよ!」
師匠も異世界人だったのか。
そうこうしているうちにすっかり夜も更けて。パチパチと爆ぜる焚き火を見つめ、師匠は少し寂しそうな顔で笑った。
「俺は故郷にそれほど未練もないからまだいいんだ。この世界にも迷い込むようにやってきたしな」
師匠の目つきが険しさを増す。
「……だが英雄召喚の儀は違う。あれはこの世界の人間の意思で、遠い異世界で暮らしている誰かの人生を破壊してしまう。そんなもの、如何なる理由があっても許されていいはずがない」
「だから師匠は儀式を止めようと……」
「すまない。俺がもう少し早く枢機卿の正体を暴いていれば」
「師匠のせいじゃないですよ」
元の世界に心残りが無いかと言われたら、もちろんあるに決まっている。
けど悪いのはあの赤骨の化物だし、師匠を責めたってどうにもならない。
「帰りたくはないのか?」
「そりゃ帰りたいですよ。妹の世話もしなくちゃだし、母さんだってきっと心配してます」
……でも、帰ったところで、とも思ってしまう。
父さんがいなくなってすぐ、それが直接的な原因ではなかったけど、俺はクラスでいじめられるようになった。
父さんの失踪とクラスでのいじめ。その二つが重なり、俺はどうしようもなく追い詰められた。
だけどそんなときも美乃梨だけは変わらず側にいてくれて、友達でいてくれた。あの息苦しい場所から俺を連れ出してくれた。
俺はやっぱり、どうしようもなく、美乃梨が好きだ。諦めきれるわけがない。
けど、その美乃梨は劔と付き合ってるかもしれなくて。
もう俺に振り向いてくれないかもしれない。
そのことを考えると、どうしようもなく────怖い。
「何か別の気掛かりがあるんだな」
見透かすような視線に思わず息が詰まる。
「一人で抱え込んだままより、口に出した方が楽になることもあるだろう」
慣れない環境に放り込まれて、俺も限界だったのかもしれない。
気付けば俺は美乃梨のことや、この世界に来る直前のことを師匠に話していた。
「────だから美乃梨と劔が二人で歩いているのを見たとき……なんだか、つらくて」
「……ふむ。ミノリさんはヒロトに嘘をついたり、隠し事をするような子だったのか?」
「そんなこと! ……でも、誰にだって秘密にしておきたいことくらいあるはずだし……。もしかしてとか考えたら、聞くのも怖くて……」
体育の授業ではいつもカッコ悪いところばっかり見せてしまっていたし、勉強も家事の合間に時間を見つけてコツコツ頑張ってはいたけど、テストの点数だって決して良くなかった。
そんな俺と、勉強も運動も得意で性格もいい学校一の人気者とじゃ比較にもならない。
「ミノリさんとは毎日顔を合わせていたんだろう? 男女がそういう仲になるには、何かしらきっかけがあったはずだ。何か思い当たる節はあるのか?」
「それは……」
どう、なんだろう。
確かに俺たちは三人とも同じクラスだけど、俺は帰宅部で、美乃梨は空手部、劔は剣道部と放課後の行動は別々だった。
クラスでの様子を思い出しても、二人の間に付き合い始めるほどの接点があったかは……。
「…………微妙、かも」
「それならヒロトの勘違いだったという可能性もあるんじゃないか?」
「そう、だったらいいんですけど……」
「むしろヒロトが急によそよそしくなったら、理由を知らないミノリさんは心配すると思うぞ」
「そ、それは……! でも……っ」
「やはりお前は元の世界に帰るべきだ。ミノリさんのためにも、家でお前を待つ家族のためにもな。魔法都市なら何か帰還のためのヒントが見つかるかもしれない」
ふっ、と表情を和らげ、師匠が俺の頭を撫でる。
「俺の妻は賢者の称号を持つ大魔法使いだ。きっと力になってくれる。だから心配するな。方法は必ずある」
今までずっと胸の内にわだかまっていたモヤモヤが少しだけ軽くなった気がした。
……そうだよな。急にいなくなったら、みんな心配するよな。
朱莉は俺が消えたらきっと大泣きするだろう。
父さんがいなくなったのは朱莉が三歳になったばかりのことだったから、朱莉には父さんとの思い出がほとんど無い。
母さんも俺たちを養うために毎日仕事で忙しくなってしまったから、随分と俺にべったりに育ってしまった。
俺がいてやらないと、母さんが仕事から帰ってくるまで朱莉は家で一人ぼっちになってしまう。
たった一人の可愛い妹だ。寂しい思いはさせたくない。
母さんも、きっとすごく心配してるだろう。そのことを思うと胸が痛くなる。
父さんがいなくなって一番つらかったのは母さんだろうに、あの人は俺たちを不安にさせまいといつも笑顔で、愚痴の一つさえ零さなかった。
だけど俺は、母さんが今でもときどき寂しげな顔で窓の外を眺めているのを知っている。
母さんは今でも父さんの帰りを待ち続けているんだ。
……それに母さんはすでに一人、娘を喪っている。
俺が心臓の発作を起こして死にかけたのと、渚が交通事故に遭ったのは偶然にも同じ日だった。
麻酔から目覚めたときにはすべてが終わっていて、渚は事故で死に、その心臓を移植された俺だけが生き残ってしまった。
渚の葬式は集中治療室に入っている間に終わってしまったから、俺は父さんと母さんがそのときどんな顔をしていたのか知らない。
けど、お見舞いに来てくれた二人の顔を見れば、その悲しみがどれだけ深く、どれほど涙を流したか、なんとなく想像できた。
娘を事故で喪い、夫は行方不明で、その上俺までいなくなったら……。母さんはいよいよ壊れてしまうかもしれない。
そんなの、嫌だ。
「明日も早い、今日はもう寝よう」
師匠の声にハッとなる。
随分と考え込んでしまっていたようだ。何をやっているんだ俺は。しっかりしろ。
「分かりました。おやすみなさい、師匠」
心配をかけまいと平静を装い、挨拶を返してテントに入る。
そのまま毛布を被って目を閉じるが……やっぱり眠れない。寝たと思っても、王城の光景が頭をよぎってすぐに目が覚めてしまう。
この世界に来てからずっとこんな感じだ。
今夜も長くなりそうだな…………。
◇
──日本 鷹雨ヶ原中学校──
「鈴木と劔、行方不明になってもう三日だろ? どこ行ったんだろうな」
今朝のクラスの話題も、やはりと言うべきか行方不明になった鈴木大翔と劔正義に関することでもちきりだった。
二人がいなくなったのは三日前の放課後。
警察も町内放送を使い目撃情報を求めているが、有力な情報は今のところなく捜査は難航しているようだった。
「さぁな。テレビで見たけど、鈴木は親父さんも何年か前に行方不明になってるんだろ? 何か手掛かりを掴んで探しに行ったとか?」
サッカー部の柴田が切り出した話題に、野球部の田中がそれっぽい予想を口にする。
「だとしても誰にも言わず放課後ふらっと出ていくか? やっぱ誘拐じゃねぇの? ほら、二人とも顔が良いしさ」
と、横から会話に混ざってきたのは空手部の谷口だ。
普段の二人の様子を思い出し、柴田と田中が「確かに」と頷いた。
「だとしたら早く犯人捕まれよ……」
と、田中が若干うんざりした顔で教室を見渡す。
そこには推しがいなくなった悲しみのあまり、とうとう悪魔召喚の儀式を始めた『劔くんファンクラブ』の面々と、死んだ魚のような目で机に突っ伏しデロデロに溶けている『鈴木くん見守り隊』の姿が。
二人が行方不明になってからというもの、クラスの女子たちはずっとこんな感じである。
特に劒くんファンクラブは他学年にも会員がいるため、ここ数日校内の空気が明らかに淀んでおり、男子からしてみればいい迷惑だった。
「女子に机と椅子片付けられちゃった……」
「まったく、聞くだけ聞いて用が済んだらポイかよ」
「おー、災難だったなお前ら。こっちきて混ざれよ」
劔くんファンクラブの女子たちに居場所を奪われたぽっちゃり男子の権田と、悪魔召喚の儀式について根掘り葉掘り聞かれてげんなりしているオカルト好きの林を田中が招き入れる。
「なに話してたの?」
「劔と鈴木がどこいったのかって話」
権田が誰となしに聞くと、谷口が答えた。
すると何かを思い出したように権田が「あ」と声を出す。
「そういえば妹が車に撥ねられそうになった劔くんを見たとか言ってたっけ。瞬きしたらもういなかったって話だけど」
「まさか神隠しか?」
水を得た魚のように林が身を乗り出す。
「そこは異世界召喚だろ。今頃アイツら異世界でチート手に入れてハーレムライフだぜ?」
「劔のやつは生まれつきチートみたいなもんだろ。それに鈴木もハーレムってキャラじゃなくね?」
意外とその手の話題に詳しい田中がニヤニヤ笑うと、柴田が冷静にツッコミを入れる。
「まぁ確かにあの美しさは人間ってよりは妖怪だよな」
机に突っ伏してデロデロに溶けている【鈴木くん見守り隊】を顎で指して林が毒を吐くと、全員が「確かに」と頷いた。
もはや人間とは思えない崩れ方をしている女子たちは、頭から得体の知れないキノコを生やし何やら瘴気めいたものさえ放っている。
見ていてあまり気分の良いものでもないため男子たちは各々そっと目を逸らした。
「劒くんはまだ人間味のある顔だけど、鈴木くんは綺麗すぎて同じ人間と思えない時あるよね」
「めっちゃ分かるわそれ。アイツ窓際の席に座ると輪郭が光るんだよ。あとめっちゃ女の子みたいな匂いするよな鈴木って。体育の後とかさ。こう、フワッと」
権田がやけに的確なことを言うと、田中が激しく頷いてジェスチャーを交えつつ熱弁する。
「言い方はキモイが、まあ分かる」
「だな」
と、柴田と谷口が腕組みしつつも複雑な顔で頷いた。
美術と音楽と家庭科が得意で、ハッとするほど美しく、そのくせ喋ってみると案外アニメ好きで親しみやすくて。
「…………なんで女の子じゃねぇんだろうな。アイツ」
田中の妄言に、その場に集まった男子全員が同時に溜息を零す。
それは二組の男子たちが誰もが一度は考えたことのある妄想だった。
女子にはモテたいが、それはそれとして自分から声をかけに行くのは恥ずかしい。
だからいつだって「好きな子の方から告白してこないかなー」などと都合のいい妄想に浸り、勇気を出して自分から行動しようとする者は少数派。
それが中学生男子という生き物である。
クラスの中にアイドルよりも美形で親しみやすい男子がいれば一瞬血迷った考えが脳裏をよぎることもあるだろう。
少なくとも、このクラスの男子はそんな奴ばかりだった。
「鈴木のやつ、異世界で奴隷商人に捕まって変態貴族に売り飛ばされてなきゃいいけどな。ほら、アイツ運動音痴だし」
林がボソッと呟くと、普段の体育の様子を思い返して全員が微妙な顔をした。
股間や顔面にボールを食らって保健室に行った回数は数知れず。マラソン大会は万年ビリで、そのくせドッジボールだけは何故か最後まで残ってしまう鈴木少年である。
そんなまさかと笑い飛ばしたいところではあるのだが、微妙にあり得そうなのが恐ろしいところだ。
油ギトギトのオッサンが舌なめずりしながら大翔を押し倒している様子を想像してしまい、田中が顔を青ざめさせる。
「うわ嫌なこと想像しちまった! くそっ! なんでクラス転移じゃねーんだ! 神よー! 俺も異世界に連れてってくれー! 爆乳ダークエルフの筆おろしで童貞卒業してぇよー!」
田中が女子たちに倣って神に祈り始めると、他の男子たちがゲラゲラ笑う。
「ちょっと男子! うるさい!」
と、声を荒げて不謹慎な冗談で盛り上がる男子たちを注意したのは、クラス委員長の眼鏡女子──横山真希だ。
空手部の部長でもある鬼のクラス委員長に睨まれては、男子たちも下手な口笛を吹いて誤魔化すしかなかった。
いつまで経ってもガキ丸出しな男子たちに「やれやれ」とため息一つ、真希が気遣わしげな視線を教室の後方へ向ける。
窓際の一番後ろ、黒髪ショートの少女が物憂げな顔で外の景色をぼんやりと眺めていた。
幼さを残しつつもすでに完成された美しさを誇る立体的な横顔は、まるで一廉の絵画のようである。
藤谷美乃梨。
大翔の幼馴染であり、真希の親友でもある。
普段の明るく朗らかな美乃梨を知るクラスメイトからすれば、彼女が落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだった。
美乃梨の笑顔が無いだけで教室の光量がワントーン下がったような気さえする。
大翔と美乃梨が両想いなのは恋愛の機微に鈍い者から見ても一目瞭然で、クラスの女子の間ではすでに公然の秘密だった。
鈴木くん見守り隊も、結成当初は耽美な鈴木少年の一挙一動をさりげなく観察させていただき心の栄養を摂取しようという趣旨だったが、現在では美形な幼馴染二人の両片思いに悶えるオタクの集まりと化している。
と、それはさておき。
そんないつまでも進展しない二人を見かねて、サプライズで大翔の誕生パーティーを開いてはどうかと提案したのが真希だった。
『年明けには受験もあるんだし、このままマゴマゴしてて、もし高校でクラス別々になったら今の関係だって自然消滅しちゃうかもしれないんだよ!? それでもいいの!?』
鋭くも的を射た真希の言葉は尻込みしていた美乃梨の背中を押すには十分過ぎた。
当然、言い出しっぺとして真希もパーティーの準備を手伝っており、後は当日を待つのみだったというのに、肝心の主役が消えてしまっては……。
────窓の外を眺める美乃梨の表情は暗い。
そんな彼女に親友としてどう接するべきか、真希には分からなかった。
◇
──エルデンバーグ王国 覇龍山脈の裾野──
翌日。
人の足で踏み慣らされただけの獣道と見分けがつかないような山道を抜けると、ぐっと視界が開けて広大な平原に出た。
緑の絨毯に覆われた地平の先には背の高い山々があり、その稜線が空の青さをくっきりと切り取っている。
山頂付近は白い雪の冠に覆われ、なんとなく以前に見たアルプス山脈の写真を思い出した。
「あれが北の国境線、覇龍山脈だ。あの山を越えると大陸を横断する運河を持つ海洋大国、エスぺリサ王国がある」
師匠が山々の白い稜線をついと指でなぞると、清涼な風がざぁっと平原を吹き抜けていく。
体温の高いピピに長時間しがみついて火照った身体に冷たい風が心地いい。
ピピもいい天気で気持ちよさそうにしている。
「────っ! くぇっ!」
「お前も感じたか」
と、急にピピと師匠が何かを感じ取り、彼方に連なる山脈の向こうを気にしだす。
なんだろう。何かいるのかな。
師匠の後ろから顔を覗かせると、タイミングを同じくして、それは山の向こうから現れた。
長く立派な二本のねじれ角と、鋭い牙を持つ巨獣だ。
ただその大きさが尋常じゃない。スカイツリーとか、エンパイアステートビルとか、図鑑に載ったら比較対象としてそういう巨大構造物が横に並びそうなサイズ感だ。
分厚い黒毛皮の下には隆々とみなぎる分厚い筋肉があり、この距離からでもその力強さが伝わってくる。
────────ッッ!!!!
山を跨いだ巨獣が自分の存在を誇示するように天に向かって大きく吼える。
「いかん! 岩の後ろに隠れるんだ!」
師匠が手綱を振るい、ピピを近くの大岩の後ろに隠れさせる。
直後、平原に嵐のような突風が吹き荒れ、周囲にまばらに生えていた木々が轟々と激しく揺れた。
「な、なんなんですかアレ!?」
「ベヒモスだ。しかし千年級の個体がなぜこの大陸に……? 彼らは古の獣の大地にしか生息していないはずだが」
岩陰からベヒモスの様子を伺いつつ、師匠が伸びかけの顎髭に触れる。
しきりに周囲のニオイを気にして鼻を鳴らしていたベヒモスは、ふと何かに気付いて視線を一点に集中させた。
その視線の先には小さな村がある。ま、まさか……!?
「いかん、村を襲うつもりだ! ピピ!」
「くぇーっ!」
師匠が手綱を強く振るうと、ピピは平原を飛ぶように駆けた。
4話は18:10公開です




