0002 北へ
王城の崩壊を受け、城下では混乱が広がっていた。
恐怖に怯える人、混乱に乗じて悪さをする人、日頃の鬱憤を晴らすように暴れる人。
いつかニュースで見た外国の光景と同じ混沌がそこにあった。
「あまり見ない方がいい。巻き込まれるぞ」
ルキウスさんの後に続いて細い裏道を右へ左へ進んでいく。
壁にはそこかしこに落書きがあり、道路脇に打ち捨てられた生ゴミの臭いが鼻を突いた。建物の様式は違っても裏通りの雰囲気というのはどんな世界でも変わらないみたいだ。
しばらく行くと視界が開けて、大きな建物の裏手に出た。
しばらく人の手が入っていないのか石畳の隙間から雑草が伸び放題に生えていて、井戸を塞ぐ木製の蓋も朽ちかけている。
荒れ果てた裏庭を横切り、ルキウスさんは大きな建物に併設された古びた小屋へと入っていく。微かに漂う獣臭。厩舎だろうか。
光の加減で、ここからでは中がどうなっているか窺い知ることはできなかった。
意を決し、俺も小屋へと足を踏み入れる。
中には乾いた藁が敷き詰められていて、大きなくちばしと立派な脚を持つ四つ足の恐鳥が柱に縄で繋がれていた。
────なんて美しい生き物だろう。
幻想生物のグリフォンに似ているが、翼が前足と一体化している。おそらく滑空用だろう。下半身もライオンじゃなくて鳥から四足歩行に進化したような形をしていた。
ルキウスさんの姿を見るなり、恐鳥は「きゅうきゅう」と甘えた声を出して駆け寄ってくる。
「くぇっ!」
「よしよし、よーしよし。どうどう、どう」
ルキウスさんが首筋を撫でてやると、恐鳥は気持ちよさそうにころころ喉を鳴らして目を細めた。
近くで見るとやっぱりでっかいなぁ。体高だけでも二メートル近くある。
体長は尻尾の先まで含めると三メートルほどで、深い蒼色の羽根はよく見ると樹木の年輪のように色が重なり独特な美しさがあった。
理科室の鉱石標本にあった瑪瑙を思い出す。
胸元には白いボンボンみたいな羽毛が付いていて、長いまつ毛に縁どられた栗色の瞳は優しい光を宿していた。
「コイツはピピ。ガルダという種類の鳥で、人懐っこくどんな悪路も走り抜けてくれる。風を掴めば滑空も可能だ。この世界の主要な移動手段の一つだな」
「よ、よろしくね」
「くえっ」
「わっ!? ……モフモフだ」
俺が恐る恐る手を近づけると、ピピは自分から頭を寄せて撫でられにきてくれた。
懐っこくてかわいいな。よしよし。
「早速気に入られたようだな。魔法都市へはピピに乗っていく。彼女の足でも二週間ほどかかるが、その間にこの世界のことを色々と教えよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
二人でピピの背中に乗り、ルキウスさんが手綱を握る。
ルキウスさんが前で、俺が後ろだ。
「しっかり捉まっているんだぞ!」
「くえっ!」
「うわ────っ!?」
ルキウスさんが手綱を振るうと、ピピは風を切って勢いよく小屋を飛び出し、裏庭から屋根の上へ大ジャンプする。
そのまま屋根伝いに跳んで走って速度を稼ぎ、その勢いを使ってさらに大ジャンプ!
空中で大きく広がった青瑪瑙の翼が風を掴むと、気付けば王都を囲う高い壁は俺たちの眼下にあった。
「このまま一気に距離を稼ぐぞ! 振り落とされるなよ!」
「あばばばばば!?」
ルキウスさんがさらに手綱を振るうと、強烈な加速度が俺たちを襲う。多分、魔法か何かで加速したのだろう。
器用に風を捉えたピピはグライダーのように滑空して王都から脱出した。
◇
王都を出た俺たちは街道沿いに北を目指した。
ピピの背中は思いのほか快適で、彼女はその恐竜みたいな健脚でどんな悪路もすいすい走り抜けていった。
「これから向かう魔法都市は、ここエルデンバーグ王国の最北にある大都市だ。様々な分野の研究が盛んに行われていて、世界最大の魔法研究機関『竜の塔』や魔法学校もそこにある」
「学問の町なんですね」
「世界で最も進んだ町だよ。俺の屋敷も今はそこにある」
「今は、ってことは、昔は違ったんですか?」
「昔は家族三人で王都に住んでいたんだが、娘が五歳のときに妻が竜の塔にスカウトされてな。リゼラの魔法学校入学に合わせて屋敷をあちらに移転したんだ」
「娘さんは今おいくつなんですか?」
「来月には十八になる。十歳で魔法学校に入学して、十三歳で史上最年少で飛び級卒業した。母親に似て賢い子だよ」
「凄いですね」
「あの子は間違いなく天才だ。今はマリエラに師事してより高度な魔法の勉強をしているよ」
そう語るルキウスさんの表情はとても誇らしげで、娘さんを深く愛しているのが背中越しに伝わってきた。
きっと自慢の娘なんだろうな。
その子のことがちょっとだけ羨ましいと思った。
……俺の父さんはいなくなってしまったから。
「今日はあそこの町に泊まろう」
王都を出たのが昼過ぎのこと。
道中いくつか町や村を素通りし、日も暮れかけてきたところで今日の宿泊地が見えてきた。
オレンジ色の三角屋根が軒を連ねる、異国情緒溢れる田舎町だ。
町へ入るとルキウスさんはまず宿を押さえた。
とんがり屋根の二階建てで、上から見るとコの字型になっている。裏手にはガルダ用の厩舎もあった。
建物の中に入ると俺たちの足音を聞きつけドタバタとエプロン姿のおばちゃんがフロントの奥から顔を出す。
「いらっしゃ────まぁ、剣聖様!? 本物!? きゃー! 写真で見るよりいい男!」
宿屋の女将さんはルキウスさんの顔を見るなり大はしゃぎだった。
聞けば人類最強の男は新聞にもよく載るそうで、女将さんも彼の大ファンなのだとか。
「二人で一泊いくらになる?」
「いーえ、とんでもない! 人類の守護者でもある剣聖様からお代を頂くなんてそんな! 私らがアンデッドに怯えずこうして平和に暮らしていられるのもあなたのおかげなんですから、タダで結構ですよ!」
「いや、是非払わせてくれ。訳あってこの少年を預かっていてな。読み書きや勘定など、色々と教えているところなんだ」
「あら、そうでしたのね。一泊ですね? 朝夕の食事込み、二人で一五〇〇ディアになります。王国通貨でもお支払い可能です」
「では王国通貨で」
「でしたら三七〇〇ゴルドになります」
ルキウスさんが懐から革の財布を取り出し、支払いを済ませる。
そのとき少し教えてもらったが、この世界には大まかに分けて二種類の通貨があるらしい。
一つは共通通貨で、単位はディア。
この世界最大の宗教である聖神教、その総本山があるアリオーン聖法国が発行していて、世界中の殆どの国で使えるそうだ。
そしてもう一つ、各国が独自で発行している国家通貨があり、こちらは国ごとに単位が違う。
たった今宿屋の支払いに使われたのもエルデンバーグ王国通貨のゴルドだ。
「国家通貨は基本的にそれを発行している国と、その国と国交を結んでいる国でしか使えないから注意が必要だ。発行している国も世界で七ヵ国だけで、それらの国は七大国と呼ばれている」
「じゃあこの国もその一つなんですね」
「エルデンバーグには魔法都市があるからな」
これはどんな世界でも共通だが、通貨を発行する場合は高度な偽造防止策が必要になってくる。
この世界には魔法があるため、単に金属を加工しただけの硬貨や紙幣では個人レベルで簡単に偽造ができてしまう。
エルデンバーグ王国通貨のゴルドにも非常に複雑な偽造防止用の魔法が組み込まれているのだとか。
「それにこの世界には魔物という驚異もある。超大型の魔物ともなれば山より大きくなるし、並大抵の軍事力では太刀打ちできない」
「そんなに!?」
「だから殆どの小国は大型の魔物がいない春風の大地に集中している。あそこは歴史的に見ても聖神教の影響力が強いんだが……と、今は関係のない話だったな」
ルキウスさんが頭を振り、話をまとめる。
お金の価値とは、言い換えれば貨幣の発行元に対する信用そのものだ。
いつ滅ぶとも分からない国のお金なんて誰も信用しないし、信用のないお金なんてその辺の石ころと変わらない。
だからこそ貨幣を発行している国々には高度な偽造防止策を講じられるだけの技術力と、超大型の魔物にも対処可能な軍事力が求められる。
過去には多くの国々がそれぞれ独自の通貨を運用していた時代もあったらしいが、六〇〇年前に起きた魔族との大戦争で多くの国々が滅んでしまったため現代まで残らなかったらしい。
つまり今ある七つの国家通貨は、そうした過去の危機を幾度も乗り越えたという点でも信用があるというわけだ。
ちなみに聖法国は国土こそ都市国家程度の規模しかないそうだが、四天使という規格外の超戦力を抱えており、また神の名の下に呼びかければ世界中の信徒たちを自由に動かせる。
国家の垣根を越えた信仰による繋がりは、大国の力にも引けを取らない。
その上、共通通貨は絶対に偽造不可能らしく、その一点だけでも十分信用に値するため世界中で広く使われているそうだ。
「夕食ができるまでまだ時間もあるし剣の基本の型を教えてやろう。女将、裏庭を使わせてもらうぞ」
「ええどうぞどうぞ。剣聖様に使っていただいたとあればウチの宿にも泊が付きますからね」
女将さんに断ってから宿の裏庭に出ると、ルキウスさんは腰のベルトに結んでいた革袋から一冊の本を取り出した。
小さい袋なのによくあんな分厚い本が入るな。どうやら魔法の袋らしい。
「稽古の前にレベルやステータス、スキルといった概念について教えておこう。剣の稽古にも関係してくるからな」
本の挿絵を見ながら、ルキウスさんの言葉に耳を傾ける。
王城で鑑定してもらったときには表示されなかったが、どうやら俺にはこの世界の言葉が日本語に聞こえる翻訳魔法がかかっているらしい。だから今のところ会話には不自由していない。
文字を読む際もこの世界の文字の上に日本語が重なって見えるので、読むだけなら不自由しないが、当然書くことはできない。
文字の書き方はこの旅の中で教えてくれるそうだ。何から何までありがたい。
「まずレベルについて話そう。これはその個体が初期値の状態と比べて何倍の強さ持っているかを表す数値だ。だから例えばの話、ヒロトがレベル100になったら、今より100倍強いということになる」
本によると、レベルを上げるには魔素を身体に取り込み馴染ませる必要があるとのこと。
魔素はこの世界のあらゆる場所にあり、空気や食べ物の中にも微量にだが含まれている。なので理論上は普通に生活しているだけでもレベルは上がるが、それだけだとやっぱり効率が悪い。
魔素には生物の体内に留まるという性質があり、その個体が生涯をかけて溜め込んだ魔素は死と同時に大気中へ放出される。だからやはりというか、一番手っ取り早いレベル上げの方法は魔物を倒すことらしい。
「次にステータスだが、これはその個体の身体能力を数値化したものだ。各ステータスがどの能力に対応しているかは……あったあった、このページだ」
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たいりょく
持久力に関連するステータス。
この数値が高いほど疲れにくくなり、傷を受けても回復が速くなる。
まりょく
精神力に関連するステータス。
この数値が高いほど精神的に安定して気疲れしにくくなる。
また魔法や異能に対する抵抗力も上がり、魔力励起した際に扱える総魔力量の計算にも使われる。
総魔力量は【まりょく値】÷(【年齢】+【年齢別の重み】)でおおよその値を求めることができる。
年齢別の重みは10代を1とし、年齢の10の位が上がるごとに2倍ずつ増えていく。
ちから
筋力に関連するステータス。
この数値が高いほど重たい物を楽に持てるようになり、物理攻撃の威力も上がる。
すばやさ
敏捷に関連するステータス。
この数値が高いほど瞬発力や反応速度が速くなる。
みのまもり
肉体の強度に関連するステータス。
この数値が高いほど皮膚や骨が頑丈になり、物理攻撃を受けた際のダメージも減る。
また呪いや毒なども効きにくくなり、感染症に対する抵抗力も上がる。
かしこさ
頭脳に関連するステータス。
数値高いほど頭の回転が速くなり、あらゆる物事を覚えやすくなる。
またこの数値が高いほど魔法や異能の発動までにかかる時間も短くなる。
うんのよさ
運に関連するステータス。数値が高いほどいいことが起こりやすくなる。
日によって数値が変動する特殊なステータス。
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「レベルとステータスの上限は個人ごとに異なっていて、その上限はどれだけ努力しても超えることはできない。唯一の例外である英雄の卵を除いてな」
本から顔を上げ、ルキウスさんが俺の方を向いた。
「なら、俺でもレベルアップすれば最強になれるってことですか!?」
「残念だがそう簡単な話でもない。レベルアップに必要な魔素量はレベルが上がるごとに跳ね上がっていくからな。通常なら異世界から召喚された英雄の卵には【聖神の加護】が付いて、レベルが上がりやすくなるらしいのだが……」
「俺には付いてないですもんね……。加護」
「参考までに言うと今の俺がレベル50だが、これで人類最強と呼ばれるくらいだ。ヒロトが魔王を超えるほどのステータスを得るには、おそらく寿命が足りないな」
ちなみに冒険者の最高ランクである金等級の平均レベルは30前後で、ステータスの平均値は1000くらいなのだとか。
俺のステータスは3しかないので、仮にレベル100になってもまだ足りない。
「そう気を落とすな。確かにステータスが高いほどあらゆる場面で有利なのは間違いないが、それだけで強さが決まるわけじゃない」
聞けば筋トレや普段の食生活でもステータスはある程度底上げできるそうだ。
そうした努力によって底上げ可能なステータスを基礎能力値と言うらしい。
レベルが上がるほどステータスは二倍、三倍と強くなっていくが、マッチョな人とヒョロガリでは当然数値に差が出てくる。
俺にはレベルの上限が無いため身体を鍛えておけば後々で巻き返すことも十分可能とのことだった。ほんとかな……。
落ち込む俺を慰めつつ、ルキウスさんはスキルについても教えてくれた。
「ステータスに表記されるスキルには大まかに分けて三つの種類がある。それらについて書かれたページは……あった。これだ」
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技能系。
例えば剣術や学問的知識など、訓練や勉強によって身に着くもの全般がこれにあたる。
技能系スキルにはレベルの概念が存在し、スキル名の横に表記されるレベルはその技術や知識にどれだけ通じているかを表している。
技能系スキルのレベルは10が最大値とされており、それ以上の数値は現在までに確認されていない。
なおスキルレベルが示す技能の熟練度は一般的に下記の通りとされている。
・レベル1 初心者
・レベル2~3 ある程度の心得がある素人(凡人が独学で至れる限界点)
・レベル4~5 玄人
・レベル6~7 達人
・レベル8~9 ごく一部の天才のみがたどり着ける領域
・レベル10 数百年に一人の逸材、あるいは長命種が生涯をそれだけにつぎ込んでようやくたどり着ける極致
異能系。
魔力を使用して起こされる超自然現象、または精神に作用する力などがこれにあたる。
異能系は技能系と違い、レベルの概念は存在しない。
これは所有者の想像力や知識、魔力量によって効果や応用範囲が大きく変わるためである。
例えば同じ『発炎操作』のスキルでも、想像力の豊かな人であれば炎の鳥を生み出したりもできるが、想像力が貧困だと薪に火を着けたりなど、想像の及ぶ範囲のことしかできない。
系統外スキル。
技能系や異能系の枠に収まらないスキル全般がここに分類される。
種族固有のスキルなども存在し、その効果は多岐にわたる。
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「ちなみに魔法というのは、異能や系統外スキルがどういう仕組みで発動しているのかを解明研究する学問だ。詳しいことは魔法都市に着いたらリゼラからでも聞くといい。あの子の方が俺よりよっぽど詳しいからな」
「分かりました」
「さて、ようやく本題に入るぞ。これからヒロトに剣術を教えるわけだが、技能系スキルの上達速度は教える側のスキルレベルと、教わる側の『かしこさ』の値が高いほど早くなる」
「でも、俺の『かしこさ』たったの3ですよ?」
「そこでコイツを使う」
そう言って手渡されたのはパーティーグッズでおなじみ、おもしろ鼻眼鏡。
なんで異世界にこんなものが。
「……ふざけてます?」
「大真面目だ。それは俺が冒険者時代に迷宮都市のダンジョンで手に入れたアイテムでな。装備している間だけ『かしこさ』の値をなんと50も上げてくれる」
「なんか妙にゲームチックだなぁ……」
「さらにこの『漢ふんどし』と『インテリネクタイ』、おまけに『スターニップル』を合わせれば、ヒロトの賢さは合計で300になる」
と、ルキウスさんは真面目くさった顔で、魔法の袋から白いふんどしと真っ赤なネクタイ、星型のニップルシールを取り出して俺に渡す。
こ、これを着ろと!?
「そして俺の剣術レベルは最大値の10だ。これなら魔法都市に着くまでの間にヒロトを一廉の剣士にすることも可能だろう」
全力で首を横に振ってみたが、無視された。
俺を見つめる青い瞳は世界最速攻略に挑むゲーマーのようにメラメラと燃えている。
わかった。この人、効率厨だ。
ゲームじゃ性能重視で見た目を捨てるのはよくやるけど、実際にこんなの着て剣振り回してたらただの変態だよ。
「……一つ聞いていいですか」
「いいとも。一つと言わず気になることは何でも聞いてくれ」
「この装備、上に普通の服を重ね着しても大丈夫だったりは……」
「残念だが重ね着すると効果はゼロになるな。安心しろ、ちゃんと洗濯はしてあるし、稽古のときは俺も同じ格好でやる。ヒロトだけに恥ずかしい思いはさせないさ」
俺は泣いた。
3話は17:50公開です
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