表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
チュートリアル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/9

0001 お呼びでない

 Q.運動音痴うんちは克服できるか。


 いきなりなんだと思うだろうけど、ひとまず俺の話を聞いて欲しい。


 まず大前提として俺たち運動音痴民は、脳内のイメージと実際の身体の動きがリンクしていない。

 だからお手本を見せられたところで上手くできないし、同様に教科書だけ見せられても無理無理の無理。


 それこそ本当に手取り足取り、外から強制的に正しいフォームを身体が覚えるまで叩き込んでくれないと理解できない。


 そして運動音痴うんちの対極に位置する体育会系は身体の動かし方を成長の過程で自然と覚えた感覚派だ。

 だから運動音痴民に対して「こうすればよい」という具体的な説明ができないし、体育の授業でもそういった説明がされることは、ほぼ無い。

 できないという感覚自体が彼らには理解できないし、できる感覚を言葉だけで伝えるのは不可能だからだ。


 結果、運動音痴民は身体の動かし方を学ぶ機会を逃し続け、体育の授業で顔面や股間にボールを喰らい笑いものにされ、マラソン大会では置いてけぼりされ……。

 そうして立派な運動嫌いが出来上がる。別に立派ではないか。


 なにはともあれ、かく言う俺もそんな運動音痴民の一人だった。

 ────我が生涯の師、ルキウス・クラウロードと出会うまでは。


「さぁ、ヒロト! 今日も張り切ってダンス・ダンス・ダンスだ!」


「はい! 師匠!」


 現在地、何処とも知れぬ森の中。


 旅人のために開かれた切り株広場で、俺たちは服を脱ぎ捨てふんどし姿で踊り狂う。

 乳首には星型のシール。顔にはパーティーグッズでお馴染みのおもしろ鼻眼鏡。

 俺たちが軽快にステップを踏む度、真っ赤なネクタイと白いふんどしが風にひらひら揺れる。

 色合いも紅白でなんともおめでたい。


「そら、ワン・ツー! ワン・ツー! スイングスイングすすすいすい!」


「スイングスイングすすすいすい!」


 師匠の動きと連動して俺の身体も勝手に動く。お互いの右腕に嵌めた伝説級の魔宝具【連動の腕輪】のおかげだ。

 おかげで身体操作の感覚を一〇〇%ダイレクトに教わることができる。


 超常の力で無理矢理身体を動かしているので筋肉量の不足も問題にならないし、やればやるだけ全身も満遍なく鍛えられて一石二鳥だ。

 もし怪我をしても一瞬で傷を癒やしてくれる回復薬もあるので安心である。流石は異世界。


 冒頭の問いに俺は自信を持ってこう答えよう。


 優れた指導者と巡り合えば運動音痴うんちは克服できると!

 仮に便利な魔法の腕輪が無くとも、運動音痴うんちの人間を馬鹿にせずここまで付きっきりで向き合ってくれる人がいたなら、それだけで救われる人は大勢いるはずだ。


「ステップ、ステップ、ターン、ステップ! ついでにバク転ハイ・ハイ・ハイ!」


「ステップ、ステップ、ターン、ステップ! ついでにバク転ハイ・ハイ・ハイ!」


 躍動する筋肉。

 ほとばしる汗。

 全身に血が巡り、新鮮な森の空気を肺一杯に吸い込めば気分はすこぶる爽快だ。


「さあフィニッシュだ! ついてこれるかヒロトよ!」


「やってみせます!」


 最後に腕輪を取り外し、今までの動きを総ざらい。

 ワン・ツー! ワン・ツー! スイングスイングすすすいすい!

 ステップ、ステップ、ターン、ステップ! ついでにバク転ハイ・ハイ・ハイ!


「「ん〜ッ、ビクトリー!!!!」」


 最後に股の間を覗き込み景気よく尻を叩けば、静かな昼下がりの森に「パァン!」と小気味よい音が木霊した。


 なぜ俺たちがこんな格好でバカみたいに踊り狂っているのか。

 その理由を語るには時間を五日ほど巻き戻す必要がある。


 ────────

 ────

 ──




 ◇




 ──エルデンバーグ王国 王城 玉座の間──


「はっきり申し上げまして、彼のステータスでは話にもなりませぬ。新兵の方がまだしも役に立つかと」


 と、俺が見ている前で、白い法服を纏ったバーコード頭のお爺さんが、玉座に腰かけた王様にヒソヒソ耳打ちする。

 普通に聞こえてるんですけど……。


 絶対どこかで見たことある光景だった。


 多くの異世界ファンタジー系作品でやりつくされた出涸らしのお茶みたいな展開が、今、俺の目の前で繰り広げられている。

 どうしてこんなことになってるんだっけ……。




 ────そう。俺は確か、ついさっきまで学校帰りの交差点で信号待ちをしていた。

 それから信号が青に変わり、横断歩道を渡ろうとしたところで後ろから走ってきたクラスメイトのつるぎとすれ違った。

 何か慌てた様子だったし急いでいたのだろう。


 つるぎ正義(まさよし)

 俺のクラスメイトであり、学校一の人気者。……なんて言うと陳腐に聞こえるかもだけど、実際その通りなのだから仕方ない。


 生徒会長でありながら剣道部の部長も務め、その腕前は中学の全国大会で三年連続優勝を果たすほど。

 それでいて勉強の成績も入学当初から常に学年一位をキープしていて、しかもイケメンで性格までいい完璧超人ときた。

 学校にはファンクラブまで存在し、噂では他校の女子も大勢在籍しているとかなんとか。

 なにをやってもパッとしない俺とは真逆の、少女漫画の王子様みたいな男だ。


 その上、クラスのアイドル的存在である美乃梨(みのり)のハートまでいつの間にか射止めていたとなれば、もう俺なんかではどうあっても勝ち目がない。


 二人が付き合っているらしいと気付いたのは五日前のこと。

 町で仲良さげに歩いている二人を偶然目撃してしまい、それ以来、俺は気まずさから美乃梨に話しかけられずにいた。


 ……悪いのは自分だというのは分かっている。


 俺と美乃梨は幼馴染だけど、別に付き合っていたわけじゃない。

 むしろ今までの関係が壊れてしまうのが怖くて、俺は美乃梨になかなか想いを伝えられずにいた。


 だから美乃梨が誰と付き合おうと、何かを言う資格なんてないのは分かっている。

 しかもその相手が劔だと言うのなら猶更だろう。


 人付き合いに臆病になっていた俺が中学で新しいクラスに馴染めたのは、他でもない劔のおかげだ。

 気配り上手なアイツがいたから、この二年半余りの中学生活を平穏無事に過ごすことができたのも──今となっては認めたくないけど──まあ、事実だ。


 だからそのことはとても感謝しているし、むしろ変なチャラ男に取られるくらいならと、そう思える程度にはアイツのことは尊敬している。


 劔ならきっと美乃梨のことも大切にしてくれるに違いない。

 そう頭では理解している。そのつもりだ。


 けれど、だからといって、長年抱え続けてきた美乃梨への想いをそう簡単に手放せるわけもなく。

 気づけば俺は劔のことが嫌いになっていた。


 ……なのにどうして。


 どうして俺はあのとき、信号無視で突っ込んできたワンボックスの前に飛び出してしまったのか。

 自分でもなんであんなことをしたのか分からない。

 あんな奴、いなくなってしまえばいいとさえ思っていたのに────。




 と、そんなこんなで劔を突き飛ばして車に轢かれそうになった俺は、気付けばまったく別の場所に立っていた。


 見慣れない石造りの建物と、足元にはじんわりと光を放つ魔法陣。

 典型的な異世界召喚ってやつだ。多くのファンタジー作品でこすられたネタだから俺でも知っている。

 目の前にいた魔法使いっぽいお爺さんも、そんなようなことをフガフガ言っていたので間違いないだろう。


 そのまま王様と謁見えっけんすることになった俺は、兵士に連れられて玉座の間に通された。

 そこで俺の資質を見極めるため、鑑定の儀とやらを受けることになったのだけど……。


────────────────────────────

 スズキ ヒロト LV1


 たいりょく :3

 まりょく  :3

 かしこさ  :3

 ちから   :3

 すばやさ  :3

 みのまもり :3

 うんのよさ :3


 スキル


 技能系:『音楽(ピアノ演奏)LV3(半減値)』『絵画作成LV5』『模型作成LV5』『日本語LV4』『料理LV4』『雑学LV2』『地球史LV2』『数学LV2』『英語LV2』『科学LV2』


 異能系:なし


 系統外:『勇気』『絶対音感』

────────────────────────────


 異世界に召喚されたからって、落ちこぼれの俺がチート主人公になれるはずもなく。

 結局、俺はどこへ行っても俺のままだった。


 俺のステータスを二度見した王様など、眉間を揉んで水晶玉に顔を近づけたり遠ざけたりしている。

 この数値が王様の老眼による見間違いだったら、どんなによかっただろう。


 実はこの世界の人々でさえ知らないスキルの使い方があったりして、役立たずだと追放されてから大逆転!

 ……みたいな、最近のネット小説の王道パターンを期待してみたけど、残念ながらそういうのもないらしい。


 なにせここはスキルやステータスといった、ゲームじみた概念が現実に存在する異世界だ。

 当然それらに関する研究は大昔からされているし、過去の記録と照らし合わせても裏技的な使い方は絶対に無いと嫌な太鼓判まで捺されてしまった。


 だから唯一身に覚えのない『勇気』も、いざというときにちょっぴり勇気が沸くだけのゴミスキルというわけだ。

 せっせと集めた石でガチャ回して、こんな雑魚キャラ引いたら俺だってがっかりする。

 ……何がステータスだよ。ゲームじゃないんだぞ。くそっ。


「確かにこれは……。しかしあり得るのか? 聖神の加護さえ持たぬ英雄の卵など聞いたこともない」


 王様が眉間に皺を寄せたまま、俺と水晶玉を交互に見比べる。


「彼方の世で不測の事態が起きたとしか思えませぬ。陛下、こうなれば儀式をやり直すべきかと」


「しかしギルゲーよ。それでは彼があまりにも……」


「役に立たない子供の命と、民草の命。どちらが重いかなど明白でしょう。この国の、ひいては人類全体の未来のためです。ご決断を」


 バーコード頭のお爺さん、もといギルゲーが王様に決断を迫る。


「ど、どういうことですか!?」


 なんだか旗色が悪くなってきたのを感じて思わず声を上げると、ギルゲーが冷ややかな視線を俺に向ける。


「英雄の卵は同じ時代に一人しか存在できぬのだ。それが役に立たないとあれば、お前の魂を砕き、新たな英雄の卵を呼ぶための魔力に変えるしかあるまい」


「た、魂を砕かれたらどうなるんです……?」


「無論、死ぬ」


 あまりにもあっさり言うものだから、俺は最初、彼が何を言っているのか理解できなかった。


 次第に言葉の意味を脳が理解し始めると、全身から血の気がさぁっと引いて、手足が震え始める。


 そんな、まさか。流石に冗談でしょ?

 周囲にいた兵士たちの顔を見渡すが、誰も彼も申し訳なさそうに俯くばかりで俺と目を合わせようともしてくれなかった。


「い、家に帰してください! 幼い妹が待ってるんです!」


「英雄召喚の儀は魔王を倒しうる可能性を秘めた者をこの世界に呼び出す儀式。どことも知れぬ異世界にお前を送り返す方法など知らぬわ」


「そんな!?」


「お前のような凡骨でも新たな英雄の卵を呼ぶためのいしずえとなれるのだ。光栄に思うがいい」


 必死にお願いしてみたけど、鼻で笑われただけだった。

 王様たちが同情的な目を向けてくれているのだけがせめてもの救いか。


 自分の常識が一切通じない恐怖に、手足の先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。

 嫌いな奴を助けた結果がこれだなんて、俺、バカみたいじゃないか……。




「その話、ちょっと待った!」




 目の前が真っ暗になりかけた、そのときだった。

 背後で大扉が勢いよく開かれ、その場にいた全員の注目が集まる。


 四〇代半ばくらいだろうか。白銀の鎧を纏った騎士様だ。

 金髪碧眼で、ハリウッド男優かと思うほど整った顔立ちをしている。


「おおルキウスではないか。久しいな、元気にしておったか?」


「ええ、義叔父上おじうえは少しやつれましたかな」


「そんなに慌ててどうしたのだ」


「此度の件、事を急ぎ過ぎましたな。義叔父上おじうえらしくもない」


 まるで仮面を付け替えたかのようにギルゲーが柔和な笑みを浮かべると、騎士様はその場の全員に見えるよう一冊の本を高々と掲げてみせる。

 革で装丁された少し禍々しい雰囲気のある本で、それを見た瞬間、ギルゲーの余裕の仮面が崩れた。


「そ、その本は!? なぜそれを貴様が持っている!」


「やはり王立図書館に写本があることを知らなかったようだな」


 ギルゲーが露骨に顔色を変えると、玉座の間がざわめきに包まれる。

 どういうことだと周囲の視線が集まる中、騎士様は声を張り上げさらに続けた。


「この本によれば英雄召喚の儀は星辰が揃った時にしか行えないそうだ! そしてその周期は一五〇年ごとに訪れ、少しでも時期を逃せば儀式は失敗するとも書かれている!」


「ぬぐっ……!」


 ギルゲーが反論の言葉を探して口を開きかけるが、出てきたのは唸り声だけだった。

 騎士様の言葉を信じるなら、ギルゲーは王様に嘘をついて俺を殺そうとしていたことになる。

 疑惑の目が注がれる中、騎士様はさらに表情を険しくしてギルゲーをさらに追い詰めていく。


義叔父上おじうえ……いや、ギルゲー枢機卿。ここ最近のあなたの行動に俺は違和感を感じていた。だがいくら調べても、あなたの正体に繋がる証拠は出てこなかった」


「これはどういうつもりだルキウス!? なんの茶番だ!」


「だから少々強引な手段を使わせてもらう。召喚の儀は止められなかったが、せめて正体だけでも暴いてやる!」


「そ、それは暴きの水晶!?」


 騎士様がクリスタルの首飾りを高々と掲げると、ギルゲーが驚愕に目を見開く。


「暴きの水晶よ! 真実の光で嘘偽りを明らかにせよ!」


「ぐぅっ!?」


 騎士様が呪文を唱えると、クリスタルが煌々と強い輝きを放った。

 光を浴びたギルゲーは額から黒い汗を噴き出させ、全身の輪郭をドロドロと崩れさせていく。

 顔の肉が溶け落ちて赤い人骨が露出し、溶けた肉はうごめく黒い粘液へと変わった。


『────ククッ、よもやそのような秘宝まで持ち出すとは恐れ入ったぞ。剣聖ルキウス・クラウロード!』


 とうとう正体を現した化物から、どす黒いオーラが轟ッと吹き荒れる。

 い、息が苦しい……っ! なんだこれ、身体が動かない!?


「やはりアンデッド! 本物のギルゲー枢機卿をどこへやった!?」


『そんなもの、とっくに始末したさ。真実にたどり着いた褒美に教えてやろう。我が名はデスピアス。不死魔王ヘルグ様が配下、死蝕魔槍のデスピアスだッ!!!!』


 どこか芝居がかった仕草で化物が名乗りを上げ、こちらに手を向ける。

 すると前腕骨に纏わりついた粘液がグネグネと形を変え、槍のように鋭く尖ってみるみる硬化していく。

 直後、凄まじい速度で伸びた粘液の槍が俺に迫った。


 ガキン! と甲高い音が響く。


 騎士様が俺の前に割って入り、盾で化物の攻撃を弾いたのだ。

 真横に大きく逸れた粘液の槍は、鋭い風切り音を響かせ背後の壁に大穴を開ける。

 その衝撃で部屋全体が大きく揺れ、天井から埃がぱらりと落ちた。


 な、なんて威力だ。あんなの直撃してたら今頃……。


『ほう? ではこれならどうだ』


 恐れおののく俺を他所に、化物が粘液のついた指をバチンと鳴らす。

 すると王様や兵士たちの身体がボコボコと内側から膨らんでゆき……。



 パァン! 



 と、水風船みたく弾けて、王様たちの体内から飛び出した黒いトゲが四方八方から俺たちを串刺しにせんと迫る。

 それと同時、騎士様の腕が僅かにブレたように見え────。


「……へ?」


 突然の浮遊感。

 いつの間にかバラバラに切り裂かれていた床と共に、俺は階下に向かって真っ逆さまに落ち始めていた。

 うわああああ!?


「逃げるぞ」


 騎士様は空中で俺を横抱きに抱えると、崩れ落ちる瓦礫を足場に大跳躍。

 一足で危険地帯を抜け出してひらりと床に着地すると、そのまま化物に背を向け風のように駆け出した。


『ハハハッ! 剣聖ともあろう者が尻尾を巻いて逃げるか!』


 天井の穴から飛び降りてくるなり、赤骨の化物は伸縮自在の粘液を壁や天井に張り付かせ、立体的な軌道で俺たちを追いかけてくる。

 ニューヨークの蜘蛛男みたいな動きだ。


 ときおり赤骨の化物が指を鳴らせば、硬質化した粘液の槍が壁や床を貫通して俺たちを襲う。

 すでに城中が敵の罠だらけらしい。


 それでも騎士様は止まらない。

 まるで壁の向こう側が見えているかのような動きで、敵の罠をひらりひらりと躱し続ける。


 すると突然、騎士様が直角に方向転換。廊下の窓を蹴破って外へ飛び出した。

 オリンピック選手も真っ青な距離を、俺という荷物を抱えたまま易々と飛び越えた騎士様は、城門前の広場にふわりと着地する。


『ククク……ッ、とうとう観念したようだな』


「それはどうかな」


 広場に下りてきた赤骨の化物と向き合い、俺を背後に庇いつつ騎士様がとうとう剣を抜いた。

 俺たちの周囲に身を隠せそうな遮蔽物はない。どうするつもりなんだ。


「ふぅ────」


 騎士様が息を細く吐き出すと、正眼に構えた刃の表面を半透明のオーラが覆っていく。

 ぶわりと騎士様を中心に風が巻き起こり、白いマントが風にはためいた。


 対する赤骨の化物も、右腕を天高く掲げる。

 すると城中に散らばっていた黒い粘液が次から次から飛んできて、一点に集まり大きく膨れ上がっていく。


 やがて天を貫くほど巨大化した右腕を振りかぶり、赤骨の化物は溜めに溜めた粘液を一気に解放した。



『死 蝕 魔 槍!!!!』

「天 地 剛 断!!!!」



 風を切る鋭い音だけが響いた。


 恐る恐る、目を開ける。

 突き出された粘液の槍は唐竹割りに裂かれ、俺たちを避けるように左右に逸れていた。

 すると、まるでたった今斬られたことを思い出したかのように、粘液の槍がドロドロと崩れ落ちていく。


『グ……ガ……ッ!?』


 縦真っ二つに斬り裂かれた赤い人骨がボロボロと空気に溶けて消えていく。

 騎士様が白銀の刃をゆっくりと鞘へと納め、鯉口と鍔が合わさり、カチンと音が響いた────次の瞬間。


 敵の背後に聳え立っていた城の正門が地響きと共に崩れ去り、大量の粉塵を巻き上げた。


『ク……クククッ! ハハハハハ! この勝負、ひとまずお前の勝ちだ剣聖よ! だが我が目的はすでに達せられた! 魔王様に栄光あれ!』


「なに!?」


 赤い人骨は最後に意味深なセリフを残して塵となり、風に吹かれて消えてしまった。

 か、勝ったのか……? 


 なんて、ホッとしたのも束の間。

 城のあちこちで爆発が起こり、炎に包まれた城が轟音を響かせ倒壊していく。


「なっ!? こっちへ!」


 とっさに俺を抱き寄せた騎士様が盾を構えると、俺たちの周囲を薄青い半透明のバリアが覆い────直後、燃え盛る瓦礫が砲弾のような勢いで飛んできて、バリアを叩いた。

 盾を構えたまま騎士様が剣を地面に突き立てれば、視界を覆っていた炎と粉塵が一瞬で吹き散らされ、周囲の様子が顕わになる。


 立派なお城は見る影もなく、辺りには焦げた瓦礫ばかりが散乱していた。


「なんてことを……ッ」


 騎士様が拳を握りしめ、悔しげに奥歯を噛み締める。

 瓦礫の隙間から漂ってくる濃密な死の臭いに、王様たちが死んだ瞬間の光景が脳裏を過った。


 赤骨の化物が城中に仕掛けていた罠。

 あれはもしかして、この城で働いていた人たちだったんじゃないのか。


 死の間際、王様は俺を見ていた。


 巻き込んですまないと、内心そんなふうに思ってくれているのが瞳を通じてなんとなく分かった。


 だけど、王様は死んでしまった。

 俺をこの世界に呼んだ人たちは一人残らず、水風船みたく弾けて────。


 堪えきれず、俺は吐いた。


 胃の中身をすべてぶちまけてもまだ吐き気は収まらず、俺はたまらず地面に両手をついて、唾液とも胃液ともつかない粘液を吐き続けた。


「ひどい……。こんな、どうして……っ」


 突然異世界に召喚されて、殺されそうになって、訳も分からないまま大勢死んだ。何もかもめちゃくちゃだ。

 どうしよもなく怖くなって、押しつぶされてしまいそうになったその時。

 ふと、背中に力強い温もりを感じた。騎士様の手だ。


 騎士様は励ますでも叱咤するでもなく、俺が落ち着くまで黙々と背中をさすってくれた。

 その不器用な優しさが、今は心地よかった。


「少しは落ち着いたか?」


 小さく頷き返すと、騎士様が「よし」と立ち上がり、城下町のほうへ視線を向ける。

 耳を澄ますと、風に乗って町の悲鳴や怒号が微かに聞こえた。


「まずはここを離れよう。ついてきなさい」


「ど、どこへ……?」


「ひとまず世界で最も安全な場所で君をかくまう。魔法都市ベルパドーラ。俺の妻と娘もそこにいる」


「……これからどうなるんですか」


「分からん。正直、何もかもが異例で、何が起きているのか俺も殆ど把握できていない。だからハッキリとしたことは言えない」


 不安と恐怖でどうにかなってしまいそうだった。

 元の世界に帰る方法も分からず、恐ろしい敵が俺の命を狙っているかもしれない。

 あのまま殺されていた方がマシだったのでは。そんな考えが過るほど、状況は最悪だった。


「心配するな。俺が君を守るし、鍛えてもやる。この先どんな状況になっても生き残れるようにな」


「……魔王と戦えとは言わないんですか」


「当たり前だ。君はまだ子供で、戦いは大人の仕事だ。安心しろ、これでも俺は人類最強と言われるくらいには強い」


 言いつつ、騎士様はどこか自虐的に笑い、俺の頭を撫でた。

 大きく、力強い手。


 ふと、記憶の中の父さんの影が騎士様に重なる。

 父さんもいなくなる前は、よくこうして頭を撫でてくれたっけ。


 この世界のことは、まだ右も左も分からない。

 だけどこの人だけは、きっと信用できる。直感的にそう思えた。


「……っ、鈴木すずき大翔ひろとです。よろしくお願いします」


「ルキウス・クラウロードだ。君は俺が必ず守る。この先何があってもな」


 零れそうになった涙を拭い俺が頭を下げると、ルキウスさんは力強く頷き返してくれた。

 これが俺とルキウスさん────師匠との出会いだった。

本日は5話まで連続投稿

2話は17:40から


面白い、続きが気になると思ったらブクマと評価してくださると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ