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【1章完結】平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第一章 霧の館編

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0026 旅立ち

 ──宿屋 食堂──


 アリアが看病してくれたおかげで翌日の朝には俺とリゼラはすっかり回復した。今度改めてお礼しないと。


 朝食の席で聞いた話によれば、虫下しの薬は俺が寝ている間にアリアが調合してリゼラに飲ませてやったらしい。


「まさかあんなところから出てくるなんて、わたくしもビックリしましたわ」


「あんなところ?」


「それ以上聞いたらひどいわよ。アリアも言っちゃダメだからね!?」


「ふふふ、はいはい」


 げっそりしたリゼラに睨まれ俺は口を閉じた。

 あんなとこって、どこだろう。


「あ、そうそう。旅に必要そうなものは昨日の内にかき集めておきましたわよ。これがリストですわ」


 と、アリアが紐で綴じた分厚い紙束を「ドン!」とテーブルの上に置く。

 ちょっとした辞典くらいあるじゃん。まさか建物以外、この町に残ってたモノ全部持ち出したのか?


「随分と多いわね。身体が重くなったりしないの?」


「そういう感じはありませんわね。なんとなくですけど、どれだけ入れても重さは変わらない気がしますわ」


「重量制限はないのね。入れられる物の大きさに限度はある?」


「わたくしが両手で持てる大きさならどうにか。でもあんまり大きいと出すとき大変ですわよ?」


「それもそうね。これから荷物の管理はアリアに任せるわ」


「任されましたわ! ところで、出発前に着替えませんこと? 二人とも服がボロボロですわ」


 言われて、互いの服を見比べると確かにボロボロだった。

 そう言えば王都から飛ばされて以来、ずっと着替えてなかったもんな。


 リゼラもスカートの裾が擦り切れてるし、俺の学ランなんて腕のところに穴が開いてるし。

 長旅に出るにはいくらなんでも頼りなさすぎる。


 そんなわけでアリアが町から集めてきてくれていた物の中から、よさげなものを見繕ってそれぞれ部屋で着替えることにした。


 俺が選んだのは水棲魔物の革で作られたインナーシャツと頑丈な長ズボン。

 着た感じどちらも普通の服と変わらないくらい軽いが、アリアいわく上下共に防刃、耐衝撃性能があるらしく、防御力は学ランよりかなり上がっている。


 インナーは肌にぴったり吸い付くような感触で、着ているとひんやり気持ちいい。

 伸縮性があって動きやすいのも気に入った。


 インナーの上には魔物の甲殻で補強された胸当てを重ねて、昆虫系魔物の甲殻を加工したショルダーガードと籠手も装備する。

 色合いは全体的に青や黒系統のもので統一して、足元は頑丈さと動きやすさの兼ね合いも兼ねて籠手と同じ素材で補強されたブーツにした。

 腰に剣帯とポーチを巻いて剣を帯びれば、ゲームの駆け出し勇者っぽくて割といい感じ。


 冥界で伸びてしまった髪は後ろで一つ結びにしてみた。

 頭を洗うときに面倒だし本当は切ってしまいたいのだが、髪の毛には魔力を蓄える性質があるから切らない方がいいとリゼラとアリアがやけに熱弁するので、切らずにそのままにしている。


 ちなみに師匠はリゼラに返した。

 あのときはティリアに通用しそうな武器があれしかなかったから仕方なく使ったけど、俺のへたくそな剣技で万が一にも折れたりしたら目も当てられない。


 今帯びている剣はアリアが町から回収してきた中で一番手になじんだ普通の片手剣だ。


「こんな感じになったけど、どうかな」


「見違えましたわ! やっぱりお顔が良いと何を着ても似合いますわね!」


「そ、そうかな。アリアもその服似合ってるね」


「ふふっ、そうでしょう? お気に入りですのよ!」


 着替えを終えて食堂へ下りると、アリアも喪服みたいな黒ワンピから青のロリータに着替えていた。丘の上の館から持ってきたらしい。

 腰回りの宝箱がどうしたって気になるが、本人は最新のファッションということで押し通すつもりらしい。


「お待たせ」


 軽く弾んだ声に振り返ると、ようやく着替えを終えたリゼラが階段を下りてくる。

 黒を基調としたコルセットタイプのドレスで、ところどころにあしらわれた赤い布がカッコいい。

 後ろが長いタイプのスカートだから、脚の長さがよく映えていた。


 足元は黒革のロングブーツ。腕には黒い薄布の長手袋を着けている。

 ブーツの靴底には複数の魔導が組み込まれていて、長時間歩いても足が蒸れず靴擦れもしないのだとか。


「どうかしら」


 くるりと一回転してみせたリゼラの動きに合わせて、スカートの裾がひらりと舞い、人差し指に嵌めたシルバーが銀の軌跡を宙に描く。


 先の尖った指サックみたいな見た目だが、あれは指杖という杖の一種らしい。

 指杖は短くて軽いため狭い場所での使用に向いている。

 杖としての性能も魔法の発動速度を高めるように設計されているそうだ。

 銃器に例えるなら長杖が対物ライフル、指杖が拳銃みたいな感じだろうか。


「かーっこいいですわね! それを着こなせるスタイルの良さが羨ましいですわ……」


 ハイテンションから一転、自分の胸元に視線を落としたアリアがしょんぼりと唇を尖らせる。

 まぁ、その……元気出して。

 あれに勝てる人はそうそういないと思う。


「アリアだってとっても可愛いわよ」


「そうでしょうそうでしょう! わたくしもこの服気に入ってますの!」


 落ち込んでいたアリアだったが、リゼラに褒められると秒で元気を取り戻した。ちょろすぎる。

 ともあれ、これで旅の装いは整った。

 気分を一新した俺たちはその足で川沿いの桟橋へ向かった。



 ────────

 ────

 ──



 ──川沿いの桟橋──


「じゃあ行きますわよ! そーれっ! トランスフォ────ム!!!!」


 桟橋に着いて早々、一歩前に出たアリアが水面に向かって大きく飛び込む。

 すると空中で宝箱がみるみる変形して────。


 ウィンウィンウィンガシャンガシャンガシャン!!!!


 ────小型船が「どっぱーん!」と水しぶきを上げ着水する。

 もうなにも言うまい。


「もう何でもアリね……」


「アリアはアリアでいいんじゃない? 友達なんだし」


「……そうね。もう本人が楽しそうならなんでもいいわ」


 色々と面倒くさくなったのか、リゼラはそれ以上アリアの正体について考えるのをやめたようだった。


「さ、お乗りになって!」


 甲板の上からアリアが俺たちに手を振った。

 どうやら船形態のときは腰回りの宝箱が消えて船内を自由に動き回れるらしい。

 ホント何になっちゃったんだろうな、あの子。


「さあ、大冒険の始まりですわ! しゅっぱーつ!」


 俺たちが船に乗り込むと、アリアが進行方向を「ズビシッ!」と指差す。

 すると船がフワリと僅かに浮き上がり、水面の上を滑空して徐々に加速していく。

 と、そこへ────。


「くえーっ!!!!」


 物凄い速さで青い塊が川岸から大ジャンプしてきて、船の上にドシンと着地した。


「ピピ! ピピじゃないか!」


「くるるるるっ♪」


 ピピが甘えた声を出して俺に頬ずりしてくる。

 おお、よしよし。可愛いやつめ。うりうり。


「どうしてピピがここに!? まさか山を越えて追いかけてきたの!?」


「くえっ!」


 リゼラが首元を撫でてやると、ピピは「そうよ」と言わんばかりに頷いた。


「ま! ピピちゃん! 大きくなりましたわね! わたくしのこと覚えてまして!? アリアですわよ!」


「くわっ!」


 アリアが抱き着くとピピはくちばしを大きく開き、彼女の頭をがぽっと丸飲みにした。


「わーっ!? 何してるのよピピ! ぺってしなさい! ぺっ!」


「うふふふ。涎でべっとべとですわー! 大きくなっても可愛いですわねぇ!」


「くえぇ……」


 べとべとの身体でアリアが抱き着くと、ピピは微妙に嫌そうな顔をした。

 あれは懐かれてる……のか?


「あら? ピピちゃん何か持ってますわよ?」


 と、アリアがピピの鞍に何かがぶら下がっているのを見つけた。


「あーっ!? それ、師匠の袋じゃないか! まさか持ってきてくれたのか!?」


「くえ」


 あなたにはこれが必要でしょとでも言いたげに、ピピがどこか得意げに目を細める。

 あの袋には漢セットやベヒモス肉が入っていたはず。これでまた効率的にトレーニングできるぞ!


「お前は本当に賢い子だなぁ! よーしよしよしよし!」


「くるるるるっ♪」


 お礼を込めて首のところをたっぷりモフモフしてやると、ピピが気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 ふふふ、ここがいいのか。すりすりもふもふ……。


「早速頼もしい仲間が増えましたわね! 飛ばしますわよ!」


 景色がぐんぐん後ろへ流れてゆき、人の消えた名も知らぬ町が遠ざかっていく。

 雨に降られて立ち寄っただけだったのに、とんでもないことに巻き込まれちゃったな。

 これが英雄の卵の宿命というやつなのだろうか。

 それともこのペンダントの石に秘められた人々の想いが俺をここへ導いた……なんて、それは流石に考えすぎか。


「────あれ?」


 ふと、小高い丘の上に建つ領主館の屋根の上に人影が見えた。

 白いワンピースを着た女の子だ。よく目を凝らせばこちらに向かって大きく手を振っているのが分かった。

 なんとなくだけど、お礼を言っているようにも見える。


「どうしたのよ」


「いや、領主館の屋根の上に女の子が。ほら」


「……誰もいないじゃない」


 再び館の方を見ると、女の子はいなくなっていた。


「あれ……? おかしいな。確かにいたんだよ」


「何かの見間違いじゃない?」


「二人が寝込んでいる間に館の方にも行きましたけど、ミリーアの亡骸はちゃんととむらいましたわよ?」


 じゃあさっきのは何だったんだろう……。


「きっとまだ少し疲れが残っているのかもしれませんわね! ママがお膝で子守唄歌ってあげますわ! さあいらっしゃいヒロトちゃん!」


「わっ!? いいって! やーめーろーよー!」


「くえっ! くえっ!」


 変なごっこ遊びを始めたアリアとピピに追いかけまわされ、結局俺が見た影が何だったのか、最後まで謎のままになってしまうのだった。




 ◇




 ──ツェペシュトラード邸 屋根の上──


「よかったのかね? 直接礼を言わなくて」


 みるみる小さくなっていく船を熱心に見つめる少女に、黒いフードを目深に被った人物が声をかける。


「だって私が出ていったらお兄ちゃんたちびっくりしちゃうもん」


「本当にこのまま逝ってしまっていいのかね? 吾輩の力で新たな身体を用意してあげることもできるのだよ?」


「うん、いいの。お父様も無事に逝けたようだし、心残りはないわ」


 少女────ミリーアの身体が空気に溶けるように薄くなってゆく。

 生前の記憶を持ってミリーアが現世に呼び出されたとき、彼女の父セルブスは妄執に囚われ、かつての優しかった頃とはまるで別人のようになってしまっていた。

 最後まで一度も父と呼ぶことは叶わなかった本当の父親。

 そんな彼が自分と母のために人の道を外れていくのを黙って見ていることしかできないのは、ミリーアにとって死ぬよりも悲しく辛いことだった。


 父を救ってあげたい。

 そう思ったからこそミリーアはフードの男の作戦に少しだけ手を貸し、あの晩、大翔を床の脆くなったトイレへと導いた。

 その父の最後がこの世で最も愛したひとの養分となってしまったことだけはなんとも皮肉な話ではあったが、ともあれ父の魂は冥界へと旅立った。

 もう思い残すところは何も無い。


「そうかい。では君の来世の幸福を神にでも祈るとしよう」


「ありがとうおじさん。じゃあね!」


 まるで夢か幻か。

 瞬きの後、少女の影は跡形もなく消え去っていた。

 フードの人物が空を仰げば、それまで晴れ渡っていた空はたちまち暗雲が立ち込め、轟々と風が吹き始める。


「ご復活おめでとうございます、ヘルグ様」


 フードの人物の影から首の無い騎士が現れ、片膝を付いて存在しないこうべを垂れる。


「ああうん。そうだね」


 首無し騎士の世辞に適当に返し、フードの人物────魔王ヘルグは騎士を立たせた。


「しかし惜しいですね。現役で稼働していた死者復活の研究所が潰されてしまったのは」


「構わんさ。吾輩の目的はすでに達せられたからね。魔法使いのお嬢さんに引き継がせようかとも思ったが、結局彼女は二度の誘惑に打ち勝ったからねぇ。あそこまできっぱりフラれたら諦めもするさ」


「子供の成長は早いものですね」


 生前の記憶を思い出した首無し騎士は、生きていた頃からのクセで後ろ頭を掻こうとして、空を切った右手にハッとなりすぐに手を下ろした。


「強い子だ。ククッ、死体のフリをすれば気付かれないというのも、ある意味いい収穫だったよ」


「死体のフリする魔王がどこにいますか。まったく……」


「ここにいるが? いやぁ、バレてしまうんじゃないかと肝が冷えたよ」


「冷える肝なんてとっくに腐り落ちてるでしょうが。このすっとこどっこい」


「ハッハッハ! これは一本取られた」


 猛烈な風がフードを巻き上げ、魔王の素顔が曇天の下に晒される。

 白骨化した頭部を無数の毒虫が這い回り、それらが草臥れた中年男の貌を形作っていた。


「しかしまさかこんなに早く復活できるとは。演者のアドリブに感謝しなければならないね」


「賢者を始末しなかったばかりか、剣聖まで剣に変えちまうなんて……奴はいったい何を考えているやら」


「彼なりの優しさだろう。バッドエンドが嫌いなのさ」


「台本通りに動かない役者なんて三流以下ですよ。……それはそうと、この後は“彼”と合流なさるので?」


「ああ。想定より随分と早く復活できたからね。しばらくは裏方に回ることになるだろう。無論、君にも働いてもらうよ」


「ご命令とあらば」


 首無し騎士がおどけたように紳士の礼をすると、ヘルグは去り行く勇者たちの姿を遠く眺めつつ愉快そうに笑みを深めた。


「ククッ。今回のことも、あるいは魔具職人ヒューマンメイカーの性格を見越した“彼”の筋書き通りだったのかもしれないね」


「まさか。そんなことができるとすれば神に等しい存在だけでしょう」


 だが結果的に魔具職人のアドリブによってヘルグは予定よりも大幅に早く復活を遂げ、大翔は理外りがいの力を得て英雄としてのスタートラインに立った。

 偶然の一言で片付けるにはあまりにも話が出来過ぎている。


「まあおかげで吾輩の復活は成ったし、ヒロトくんも大きく成長できたのだから良しとしようじゃないか」


「そこが未だに理解できません。なぜわざわざ敵を育てるような真似を? しかもあんな才能も無いガキを」


「吾輩と“彼”の最終目的を達成するためにそれが必要だったからさ。デスピアス君は土壇場で上手く道化を演じてくれたようだね。おかげで最善に近い形になった」


 首無し騎士の問いにヘルグは鷹揚にうなずき、くつくつと笑いを噛み殺す。


「せっかくアレコレとプランを用意してたってのに、剣聖のせいで全部台無しですよ。ま、あの混乱に乗じて宝物庫からコイツを回収できたのは幸運でしたがね」


 首なし騎士が腰に下げた剣の柄尻に触れる。

 それだけで凄まじい力の波動が全身を駆け抜け、魂が波立った。

 呪殺剣バルバロス。

 六〇〇年前、豪鬼魔王ドラジスが使ったとされる伝説の魔剣である。


「裏切り者も大変だねぇ」


「アンタにだけは言われたくないですね」


「クカカ……ッ。さて、そろそろ行こうか。“彼”に復活の挨拶をしなくてはね」


 昏く抜け落ちた眼窩の奥に期待の色を宿し、きびすを返したヘルグは闇に溶けるようにその場から姿を消した。

第一章はこれにて完結!

本日は18:30にもう1話、幕間を公開します。


明日から第2章 湾港都市オーラン編!

港町を舞台にヒロトたちの新たな冒険が始まります!


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