0025 虫下し(sideアリア)
再び眠りについた大翔を起こさぬようアリアはそっと部屋を後にした。
「……わたくし、まだ泣けましたのね」
頬を伝い落ちる温かな感触に、アリアはむしろ安堵を覚えた。
自分はまだ親しい人の死を悲しみ涙を流すことができる。それは人間だけが持ち得る機能で、アリアが心まで魔物になった訳ではない証明だった。
昨日の朝食でリゼラが見せた気遣うような視線と、先程の大翔の様子。
それだけあれば故郷で何か起きたのだと察するには十分すぎた。
(わたくしが病気でさえなければ、違う結果もあったのかしら……)
病気でさえなければ。
生前、それを考えなかった日はなかった。
もしも自分が病気でさえなければ、リゼラがあれほど大泣きすることもなかっただろう。大翔もこの世界へ召喚されずに済んだかもしれない。
「人のことなんて、言えた義理じゃありませんわね……」
あり得たかもしれない“もしも"に思いを馳せ、無力感に唇を噛み締める。
どれだけ幸せな世界を思い浮かべたところで、起きてしまった事実はもう変えられない。
過去は過ぎゆくばかりで死者は蘇らないのだ。
だが、そうと分かっていても、やはりどうしても考えてしまう。
「カイル……」
思わず口から零れ出たのは、今は亡き初恋の人の名だった。
カイル・ギアハート。
かつてアリアの専属騎士だった青年である。
ニヒルな笑顔と、時折見せる影のある横顔が魅力的な人だった。
「どうして、わたくしだけ……っ」
口には出すまいと押し留めていた想いが今になって溢れ出す。
自分という特例が許されるのであれば、あともう一人くらいよいではないか。
胸の痛みを押し込めるように、アリアは奥歯を強く噛み締める。
ぽつ、ぽつりと、静まりかえった廊下を悲しみの雨が打った。
皮肉屋のカイルのことだ。
きっと今の自分を見たら腰の宝箱を指差して「ファッションセンスが前衛的でいらっしゃる」と、小馬鹿にしたように笑っただろう。
だが同時に健康な身体に生まれ変わったことを心から喜び、思い切り抱きしめてくれたはずだ。
彼だけが。
カイルだけが、治る見込みが無いと知りつつも、きっと良くなると心からの言葉をかけてくれた。
こんな自分にも未来はあるのだと希望を与えてくれて、両親以外で病の治療法を本気で探してくれた唯一の人だった。
そんなカイルの言葉と行動にどれほど勇気を貰い、救われたことか。
しかし現実は残酷だ。
カイルも、自分も。
どちらも死を迎えたにも関わらず、自分だけがこうして前世の記憶と自我を保ったまま新たな生を得た。
アリア・オル・ディゼル・エルデンバーグという少女の記憶と人格が今ここにこうしてあることには、何か大きな意味がある。
死に別れた二人に再会の喜びを与えるためだけに、冥界の女王がわざわざ特例を許したとは到底思えなかった。
「……しっかりなさいアリア! 落ち込んでいる暇なんてありませんわ!」
濡れた目元を拭い顔を上げたアリアは、両手で頬を「ばちんっ!」と強く叩いて気を入れなおす。
今は大翔もリゼラも弱っている。そんなときに唯一動ける自分が落ち込んでいては二人に要らぬ心配をかけてしまう。
二人の様子から察するに、ここまで息つく暇もなかったのだろう。
気持ちに整理をつけたつもりでも、気を抜いた瞬間に痛みだすのが心の傷というものだ。
「今の二人に必要なのは心と体を休める時間ですわ! わたくしが二人のお母様になって、うんと甘えさせてあげませんと!」
ふんす! と鼻息荒く決意を口にするアリア。
自分の体調が優れず不安に押しつぶされそうだったとき、いつもそばに寄り添い優しくしてくれたのが母だった。
闘病生活の中で母の愛情がどれほど心の支えになったかを、アリアは身をもって知っている。
身体の弱ったときこそ誰かの優しさが何よりの薬となるのだ。
先程は少し手間取ってしまったが、おかげでおおむね料理の勘は掴めた。
あとはレシピさえあれば城の料理長には敵わずとも、それなりのものは作れるはずである。
「そうと決まれば早速準備しませんと! 忙しくなりますわー!」
腕まくりしたアリアは必要なものを揃えるため無人の町へばたばた飛び出していった。
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「食料、着替え、雑貨、本、お金、武器防具……。だいたい揃いましたわね」
人の消えた町をあちこち巡って旅の必需品を根こそぎ宝箱の中へ回収したアリアは、手書きの目録を確認しつつ満足げに腹をさすった。
故郷を失った自分たちは、これからアテのない長い旅路を行くことになる。
幽霊たちが消えて放置されたままの物資を有効活用しないという手はない。
特に食糧などは早めに保存しておかねば悪くなってしまう。
「……それにしても、どれだけ入るんですの? わたくしの身体」
腹をさすりつつ、アリアは不思議そうに首を傾げた。
どれだけ入れても身体が重くなるようなこともなく、感覚的にまだまだ入りそうですらある。
町一つ分の物資をかき集めてもまだ一杯にならない自分の懐の深さに感心しつつ、アリアは丘の上の領主館へ向かった。
「野盗にくれてやるくらいなら家財まるごと有効活用させてもらいますわ! 王族特権!」
ドアを勢いよく蹴り破って無人の館に侵入したアリアは、広い館内を隅々まで歩き回り、金目のモノやそうでないモノも根こそぎ宝箱に放り込んでいく。
ここが他国の領土内だというツッコミを入れるものは誰もいない。
そうしてしばらく家探しを続けていると領主の寝室に辿り着く。
天蓋付きのベッドの上には苦悶の表情を浮かべたミリーアの亡骸がそのまま残されていた。
「……ゆっくりお休みなさい」
ミリーアの死に顔をそっと整えてやったアリアは、そのまま亡骸を宝箱の中へとしまい込んだ。
本当は埋葬してやりたかったが冥界の虫が入っているためそうするしかなかった。
火葬という手もあるにはあるが、あれほど苦悶の表情を浮かべていた亡骸を燃やしてしまうのはかわいそうに思えたのだ。
他にも何か目ぼしいものはないかと部屋の中を探すと、鍵付きの引き出しを見つけた。
アリアが鍵穴に触れると、どういうわけか「カチッ」と鍵の開く音がして、引き出しが開く。
これはアリア自身も知らぬことだったが、ミミックにはあらゆる鍵を触れただけで開けてしまう固有スキルがある。
そうして宝箱の中に忍び込み擬態して獲物を待つのだ。
「これは……手紙?」
引き出しの中にはぎっしりと手紙が入っていた。
送り主はエルデンバーグ王国アルブ群領主、アストン・アルブトーアとある。
確か、覇龍山脈の切り立った山々に面した小領だったはずだ。
最も新しい消印はつい一カ月前に切られている。
悪いとは思いつつも知りたいという欲に抗えず、アリアはまだ封の切られていない手紙を開いた。
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ティリア姉さんへ。
あの嵐から今年で一〇年。あれから一通も返事は返ってこないけど、まだどこかで生きていると願ってこの手紙を送ります。
今年も村の小川のほとりにピポレの花が咲きました。
僕が領主を継ぐことが決まってからは苦労も多かったですが、多くの人々に支えられ、どうにか姉さんたちとの思い出の場所を守ることができています。
姉さんは今、どこで何をしているでしょうか。
もしどこかでこの手紙を目にする機会があれば、どうかご一報ください。
あなたの愛した場所は今も変わらずそこにあります。どうぞいつでも気楽に帰っていらしてください。
家族一同、あなたの帰りを心待ちにしています。
あなたの弟 アストンより。
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最後まで読み終えたアリアは、元通りの場所に手紙を戻した。
ここに綴られた思いは、この場所に仕舞っておくべきだろう。
「……あ、そうですわ! お薬作らないと!」
ふと思い出したように顔を上げ、アリアは冥府の女王から貰ったメモを取り出す。
「ギゴギコの目玉に双頭ムカデ、ヌタガエルの汁に……ゲテモノばっかり!」
虫が嫌がって出てくるのもある意味納得な材料リストに、アリアはくしゃっと顔をしかめる。
しかしこれを作って飲ませてやらねば、リゼラの中に虫が残り続けてしまう。
女王はすでに倒したため、リゼラの体内に残留している虫もすでに無害化されている。
しかしだからといって残しておくのも気持ちが悪いし、なによりその虫が新たな女王にならないとも限らない。
親友を丸呑みにするなど論外だ。
「やるっきゃないですわね!」
気合を入れ直し、アリアは町外れの薬屋へ向かった。
「ごめんあそばせ! 材料も道具も勝手に使わせて貰いますわよ!」
薄暗い薬屋のドアを元気いっぱい蹴り開ければ、独特な臭いが鼻を突いた。
臆することなくアリアはずんずんと中へ進み、薬棚の引き出しを片っ端から開けては中身を宝箱の中に入れていく。
メモに書かれた材料は幸いなことにすべて揃っていた。
「あとはこれを潰して混ぜれば……」
「キンタマにハッカ油を塗ってはいかんぞ。タマ着火ファイヤーじゃ……」
「ひゃあぁっ!?」
突然暗がりから声をかけられて驚いたアリアは思わずその場で跳び上がってしまった。
恐る恐る振り返ってみれば、そこには長い髭をたっぷりと蓄えた老爺が一人、亡霊のように佇んでいた。
全身に染み付いた薬のニオイから察するに、おそらくこの店の店主だろう。
「おほほ。生きてる方がいらっしゃいましたのね。急に出てくるからビックリしましたわ」
「痔にはヌタガエルの軟膏が良く効くぞい」
「あの、痔の薬が欲しいとは一言も……」
「そうじゃよ。それが秩序じゃ。青春じゃのう」
泥棒と疑われてはたまらないとアリアが平静を装って話しかけるが、こちらを見つめ返す瞳は微妙に焦点が合っておらず、会話の内容もまるで噛み合わない。
もしや現世に未練を残した幽霊か。
そう思い視線をチラリと下に向けるが、意外にも老爺の足はしっかりと床を踏みしめており、彼がまだ生きていることが分かった。
人の消えた町に前後不覚の老人がただ一人。
どうしたものやらとアリアが頭を悩ませていると、老爺は徐に懐からパイプを取り出し火を点ける。
「ふぇっ、ふぇっ、ええよ。あるだけ全部持っていくといい。どうせもう店は畳むつもりじゃったし」
「……よろしいんですの?」
「お嬢ちゃんたちだろう? みんなをあるべき場所に送ってくれたのは」
おそらく煙草がスイッチだったのだろう。それまで焦点の合わなかった老爺の瞳に理性の光が灯った。
煙たそうにするアリアに気付き「すまんすまん」と笑いつつ老爺が閉め切っていた鎧戸を開け放つ。
薄暗かった店内に光が差し込み、淀んでいた空気が入れ替わっていく。
老爺に手招きされ、アリアも窓枠からひょっこりと顔を出して外を眺めれば、町の様子が一望できた。
表は麗らかな春の陽気に満たされ、風に運ばれてきたピポレの甘い香りが二人を優しく包み込む。
「この町であの嵐を生き延びたのはワシと、屋敷の使用人たちだけじゃった」
麗らかな陽気にあてられてか、老爺は訥々と胸の内に秘めていたものを語り始める。
「頼れる身内などおらぬし、他に行く当ても無かった。じゃから、ここで今まで通りの暮らしをするしかなかったんじゃ」
「さぞ苦労なされたでしょう」
「そうでもない。町の皆がおったからのう。最初はワシ一人だけじゃったが、気づけば一人、また一人と戻ってきた。おかしいと思いつつも、あの頃に戻ったようで嬉しくてな。……ワシはずっと見てみぬフリをしてきた」
パイプを持つ皺くちゃの手に僅かに力が籠る。
「一昨日の夜にな、皆が別れの挨拶に来てくれたんじゃよ。皆、笑って旅立っていった」
「そうでしたのね」
「おかげでもう心残りはない。お嬢ちゃんたちのおかげじゃ。ありがとうのう」
「これから、どうなさいますの?」
「今まで通りさ。残り短い余生をここで過ごし、ここで終える。皆との思い出が詰まったこの場所でな」
吸い終えた煙草の灰を窓から捨て、パイプを懐に仕舞った老爺は、緩慢な動作でカウンターを潜りよっこいしょと安楽椅子に腰かける。
「調薬鍋は好きに使ってくれて構わんよ。…………あぁ、そうじゃな。その通りじゃ。ギコギコの尻は臭い」
定位置に納まると老爺はすぐにぼんやりしてしまい、誰もいない場所に向かってブツブツと話しかけ始めた。
今ではないどこかへと舞い戻った老爺に深くお辞儀をして、アリアはレシピに書かれた材料を持って調薬鍋の前に立つ。
鍋は型こそ古いがよく手入れされており、長年大事に使われてきたことが一目でわかった。
「ええと? まずは双頭ムカデをみじん切りにして、ギコギコの目玉を潰したものと混ぜて……ヴォエッ!!!! 目に染みますわー!」
ぷぅんと漂う強烈な臭いに涙目になりつつも、すりこぎで材料を潰して混ぜ合わせる。
やがて淀んだドブ色になったそれを、今度は鍋に移して煮込んでいく。
火を通したことで何らかの化学変化が起きたのか、薬の素は次第にその色を乳白色へと変えていった。
「ヴエッ! く、くっさ、臭すぎる……。まさに地獄の汚泥って感じで最悪ですわ……」
やがて出来上がった激臭のするドロドロの白濁液を小瓶に詰め、適温まで冷ませば薬は完成した。
「あとはコレを飲ませるだけ……。本当に大丈夫ですの? 飲んだら死にませんこと?」
猛烈に不安になるが、メモによればどうやら滋養強壮の効果もあるらしい。
「…………い、いきなりは不安ですし、ちょっと味見しておきましょうか」
試しに鍋の底に残った汁を小指の先にちょんとつけて舐めてみる。
「あら、意外と悪くありませんわね」
アリアにとっては未知の味だったが、大翔に飲ませれば「ファイト一発!」と表現しただろう。
地獄のような激臭も、粗熱が取れるにつれて気にならなくなった。
「これならなんとか飲んでもらえそうですわね! さーて、お夕飯は何にしましょうか。うふふ、献立を考えるのも案外楽しいですわね」
薬の出来栄えに満足し頷いたアリアは、本屋からかっぱらったレシピ本をパラパラとめくりつつ宿へと戻るのだった。
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夕方。
どこからか漂うシチューの香りにつられて、リゼラはぼんやりと目を覚ました。
「お腹空いた……」
「あらリゼラ、起きましたのね。お夕食の前にこのお薬を飲んでくださいな」
すると丁度アリアが部屋にやってきて、昼間作った薬の小瓶をまだちょっと眠そうなリゼラに手渡す。
「……なんの薬?」
「身体の中の虫を追い出すお薬ですわ。滋養強壮の効果もあるんですのよ」
「うぅ……。苦いのやだ……」
「ぜーんぜん苦くありませんわ。結構美味しいんですのよ? ほらお鼻つまんでてあげますから一気にグイッと!」
涙目で甘えてくるリゼラの鼻をつまんでやり、一気に薬を飲ませる。
「上手に飲めて偉いですわ。いい子いい子」
「なんか不思議な味」
未知の味に微妙な顔をするリゼラ。
すると変化はすぐに起きた。
「っ!? あっあっあ! なに!? なにか動いてる!」
皮膚の裏側を何かが駆けずり回る嫌な感触。
自分の体内で小さな何かが暴れているのを感じ、リゼラが顔を青ざめさせる。
「大丈夫ですわよ! 私がついてますわ!」
恐怖に怯えるリゼラの手を握り、震える背中をアリアが優しくさすってやる。
すると────
「あっ……! いや! 這い上がってくる! そんなとこから……! やだぁ! いやぁぁぁぁ!?」
「先っちょが出てきましたわ! 引っ張りだしますわよ! それっ!」
「ぎっっっ!?」
ズルンッ!
彼女の名誉のためにもあえて場所は伏せるが、決して気分の良くない場所から五センチ程度の寄生虫が引っ張り出された。
首から上のどこか、とだけ言っておこう。
最初は一センチ程度だったものが、体内で養分を吸って大きく育ったらしい。
「まぁ! 見てくださいまし! こーんなでっけぇのが出てきましてよ。ほら!」
引っ張り出された寄生虫がリゼラの目の前でぶらんぶらんと左右に揺れる。
すると薬が効いたのか、寄生虫はそのままザラザラと塵になって消えてしまった。
「ぉぇ……っ、見ぜなぐでいいわよぉ、ぞんなのぉ……」
「よく頑張りましたわね。偉いですわ」
「ぐすんっ、今の、誰にも秘密よ?」
「もちろん墓場まで持っていきますわ。ほらほら、元気出して。シチューを作りましたのよ? 今持ってきてあげますわね」
「ありがとう。あなた料理できたのね」
「ふふんっ。今日覚えましたの! 結構美味しくできましたのよ?」
アリアの言う通り、運ばれてきたシチューはかなりの完成度だった。
胃の腑に熱が灯り、少し気分が良くなったリゼラがベッドに身体を横たえると、またすぐに眠気がやってきた。
「~♪ ~♪」
アリアが横になった親友の髪を撫で、子守唄を歌う。
美しい歌声に聴き入るように目を閉じたリゼラは、そのまま落ちるように眠りについた。
「余程疲れが溜まっていましたのね」
リゼラの寝顔を見下ろし、アリアは僅かに苦笑する。
本当は誰よりも寂しがりで、だけど人一倍責任感の強い女の子。
偉大な両親を持つ娘として、幼い頃からワガママの一つも言わず、人前では弱い自分を押し殺して強がって見せていた。
そんないじらしくも愛らしい、たった一人の親友。
(こんなになるまで無茶をして……)
あれからリゼラが歩んできた道のりをアリアは知らない。
だがリゼラのことを誰よりも知るからこそ、彼女が自ら茨の道へ進んだであろうことは容易に想像できた。
本当は魔法を使うことさえ恐ろしくて仕方なかったはずだ。
それでも、その恐怖さえ自らへの罰とし、最後に自分が押し付けてしまった約束を守ろうとしてくれていたのだろう。
「……赦すだなんて、どの口が」
眠る親友の横で、アリアは静かに懺悔する。
幼くして不治の病に侵されたアリアは宮中でいつも腫れもの扱いだった。
それでもリゼラだけは。
彼女だけは自分を病に侵された王女としてではなく、最後まで一人の女の子として扱ってくれた。親友でいてくれた。
そのことがどれほど嬉しく、隣にいてくれるだけでどんなに救われたことか。
だからこそ、自分が治る見込みのない死病に犯されていることを打ち明けられなかった。
リゼラが傷つくのを見たくなかったというのもある。
だがなによりも、真実を打ち明けてリゼラに距離を置かれてしまうのが怖かったのだ。
(……本当にリゼラのことを思うのであれば、何も残さず死ぬべきでしたのに)
しかしいざ死を前にしたとき、自分が生きた証を残したいと、欲が出た。
そしてそれをたった一人の親友に押し付けてしまった。
その一言が責任感の強い彼女にどれほどの影響を与えるか知っていながら……。
「ぐすっ……。パパ……ママ……」
夢見が悪いのか、リゼラが苦しげにうわ言を繰り返す。
余程恐ろしい目に遭ったのだろう。
頭まで毛布をかぶり縮こまるリゼラの姿は、まるで幼い子供のようで見ていられなかった。
「ひぐっ、ぐすっ……。やめて……。嫌……いや……っ」
「大丈夫、わたくしはここにいますわ」
幼い子供のように泣きじゃくる親友の熱っぽい身体を、アリアはぎゅっと抱きしめてやる。
すると次第に強張っていた身体から力が抜け、リゼラの寝顔は穏やかなものになっていった。
ふと、親友の首元を飾る輝きが目に留まる。
それはかつてアリアが死に際にリゼラへ託した魔石のペンダントだった。
(……ずっと大事にしてくれていましたのね)
かつて死に際に押し付けてしまった約束の象徴をリゼラの首から外してやり、枕元に置いてやる。
きっと自分がかけた呪いは、この先もリゼラを緩やかに縛り続けることだろう。
ならばせめて、今このときだけは────。
「わたくし、あなたのためならなんでもしますわ」
リゼラの熱っぽい額に額を触れ合わせ、アリアは思いのたけを口にする。
その夜、リゼラは随分と久しぶりに悪夢を見なかった。




