0023 答え合わせ
──霧の館 地下研究施設──
ティリアを倒した俺たちは、地下の研究施設を完全に破壊することにした。
ここで行われていた研究は後世に残しておいてはいけないものだ。
実験の過程で生み出されたホムンクルスたちはかわいそうだけど、冥界の蟲が入っている以上、すべて処分しないといけない。
研究室を一つずつ回り、アリアの熱線で残されていた資料もろとも設備を破壊していく。
道中、不気味で不格好な怪物と何度か遭遇したが、それらもすべてアリアが飲み込んでいった。
「アリア、あなた……」
「どうかしましてリゼラ?」
「……いいえ。なんでもないわ」
怪物たちを宝箱の底へ引きずり込んで丸飲みにしていく親友を前に、リゼラはものすごく複雑そうな顔をしていた。
俺だって美乃梨が得体の知れない化物になって現れたら、あんな顔になるだろう。
人間じゃなくなったからって嫌いになるわけじゃないけど……やっぱり複雑だよな。
けど当のアリアはまるで気にした様子もなく、最後の一匹までぺろりと喰らい尽くしてしまった。
見た目は女の子でもやっぱり魔物なんだな。
「────それで結局、すべての黒幕はティリアだったってことでいいんだよね?」
道すがら、俺たちはそれぞれが持っていた情報を突き合わせて今回の件の答え合わせをすることにした。
なんだかよく分からないままティリアを倒してしまって、どうにもスッキリしなかったからだ。
「おそらく生前のティリアはオリジナルのセルブスを復活させようとしていたのよ」
「実の父親に恋人を殺され、その心の傷も癒えないまま慣れない土地に嫁がされて、さぞや苦しかったことと思いますわ。……魔王はそんな彼女の心の闇につけこんだのでしょうね」
なるほど、ここでキュリキア様の話に繋がるのか。
魔王にそそのかされて死者復活の研究を始めたティリアは、研究の過程で偶然冥界から女王蟲を召喚してしまった。
それで研究をやりやすくするために領主を操り、ここの施設を乗っ取ったのか。
「きっとティリアもホムンクルスを作った当初は、本当に魂の器としか見ていなかったんだと思うわ。だけど死んだ恋人そっくりのセルブスに想いを堪えきれなくなってしまったのね」
「ティリアにとっては一晩の過ち。でもそれがきっかけとなって、空っぽの器に心が芽生えてしまったのですわね……」
「そこがティリアにとって最大の誤算だったはずよ。そして彼女自身もセルブスへの想いに歯止めが効かなくなっていった。領主への無茶な洗脳からもそれが読み取れるわ」
リゼラの話によれば、セルブスの日記には領主の頭痛についての記述がいくつか見られたらしい。
「たぶん、ティリアは死の直前に女王の支配権をこっそりセルブスに移したのよ。彼女の死後に領主の頭痛が増えたのはおそらくそれが原因ね」
「というと?」
「領主には虫が入っていたけど、セルブスへの命令権はホムンクルス計画の責任者だった領主が持っていたのよ。だけどティリアはセルブスの子を産むため領主に無茶な洗脳を施した。おそらくそれは定期的にかけ直さないと解けてしまうものだったはず」
「ティリアは自分の死後に領主の洗脳が解けて、二人が害されることを恐れたんですのね」
「そして実際、領主の催眠は彼女の死後、時間が経つにつれて解けていった。だけど女王の支配権を持つセルブスの強い感情が抑止力になって、領主の催眠が完全に解けるのを防いでいたのよ」
「だから頭痛か。かわいそうに……」
一方的に利用されるだけされて最後は嵐の中に沈むとは、なんとも報われない話だ。
とはいえ裏では戦闘用ホムンクルスの製造計画なんて倫理に反する計画に加担してたわけだし、まったく罪がないかと言えばそうでもないんだよな。
これを自業自得の一言で片づけてしまっていいものか。なんだかちょっと複雑だ。
「嵐で領主が死んで完全な自由を得たセルブスは、悲しみに暮れて自ら死を選んだ。だけど地下の施設はまだ生きていて、記憶を引き継いで彼は新たな身体で復活した。そこで彼はティリアの本当の目的を知ったのよ」
「それで二人を蘇らせることを決意したのか。でもセルブスはティリアの魂を娘の身体に無理やり押し込めていたんだろ? 愛する人を苦しめてまで、どうしてそんなことを」
「愛ゆえに、だと思いますわ。奇跡的に愛した人の記憶を持った魂が入れ違いとはいえ娘の身体に入ったんですのよ? できる限り留めておきたいと思うのが人情というものではなくて?」
「愛、ね……。あんな化物を何体も生み出して、私には異常な妄執にしか見えなかったわ」
愛と執着。
それらは呼び方が違うだけで、本質的には同じものなのかもしれない。
最後の瞬間、ティリアは俺のペンダントが発した光を見て穏やかな表情になった。
彼女があの光の向こうに何を見たのかは分からない。
それでも、どこか遠い場所に置き忘れてしまった温かなものを取り戻せたのだとしたら、この話にも少しは救いがあったのかもしれない。
もしかしてキュリキア様はこうなることも全部お見通しで俺を選んだのかな。
……やめよう、思い出したら恥ずかしくなってきた。
「────あれ?」
じゃあ俺をトイレに案内してくれたあのミリーアは何だったんだ?
あのときは尿意が勝ってスルーしちゃったけど、そういえばミリーアは体調不良で寝込んでいたはずじゃなかったっけ。
最後の最後で謎が残っちゃったな。
「あ、そうそう。謎と言えば、あの鍵は何だったの?」
「ああ、あれ? あくまで推測だけど、冥界の門を開くための鍵だったんでしょうね」
「それでなんでミミックが脱皮するのさ」
脱皮、という表現が正しいかも分からないけど。
「知らないわよそんなの。ミミックは色々と謎の多い魔物だから、分かってないことの方が多いのよ。……そこのとこどうなの? アリア」
「あくまで感覚的な話なのですけれど、おそらく進化したんだと思いますわ。冥界での経験に加えて鍵を取り込んだことで何らかの条件が揃ったのかと。新種でしょうし、学名は発見者のお二人がつけてくださいまし」
と、言われても困ってしまう。
リゼラもしばらく考え込んでいたが、結局何も思いつかなかったのかゆるゆると首を横に振った。
「ごめんなさい。今は思いつかないわ。いい案が浮かんだら教えるわね」
「ええ、じっくり考えてくださいまし! カッコいいの頼みますわよ!」
などと言っている内に、俺たちは最後の研究室前にたどり着いた。
「ここで最後ね」
「ブチかましますわーっ!!!!」
扉の前に立ったアリアが宝箱の奥に引っ込む。
直後、宝箱の底から極太の熱線が迸り、邪悪な研究の痕跡を跡形もなく滅却していく。
すると外壁に大穴が空いて、地下水道への道が開けた。
「どこかに外へ通じる点検用のはしごがあるはずよ。行きましょう」
杖先に魔法の光を灯したリゼラの後に続いて、俺たちも真っ暗な地下水道を進んでいく。
するとどこか見覚えのある場所へとたどり着いた。
「ここって……。そう、ここだよ! ここに冥界に通じる扉があったんだ! ほら、松明も片方無いしさ!」
「……って言われても、扉なんてどこにもないじゃない。それにこの松明も見た感じ随分前に燃え尽きてるわよ?」
冥界へ通じる扉は、最初からそんなものなど無かったかのように跡形もなく消えてしまっていた。
松明の燃えカスも数時間前に消えたような感じではなく、何年も放置されたような感じですっかり湿気っている。
謎と言えばもう一つ、あのとき聞こえた笑い声は何だったんだろう……。
「多分、現世と冥界では時の流れが違うのではなくって? ここも冥界の入り口が開いていたことで、時間の流れがおかしくなっていたのかもしれませんわね」
「そう言えばアンタ、髪もそうだけど、随分と身長伸びたわよね」
言われてようやく、俺は目線の高さがリゼラの鼻先の位置になっていることに気付いた。
リゼラは元々高身長で、さらに厚底のブーツで嵩上げまでしている。
会ったばかりの頃はブーツを履いた状態で頭一つ分も差があったのに、多分もう素の身長は同じくらいじゃないのか。
いくら俺が成長期でもこれは変だ。
「もしかして、あのまま蹲ってたら冥界でヨボヨボの爺さんになって死んでた……?」
自分で言ってゾッとした。
生きてる内に帰って来れて本当によかった。
「あら? 何か落ちてますわよ?」
と、アリアが通路に落ちていたモノを拾い上げて俺たちに見せる。
鍔の部分に丸い緑の宝玉が埋め込まれた短剣で、鞘にも精緻な装飾が施されている。
とても綺麗だ。
「何か書いてあるわね。冥界……の、盟主? いや、女王かしら……。随分古い文字だわ」
「きっとキュリキアさまからヒロトさまへの贈り物ですわ! 女王蟲討伐の報酬かもしれませんわね」
アリアから短剣を受け取り、鞘からそっと刃を引き抜いてみる。
すると薄青い神秘的な輝きが闇の中に浮かび上がり、その美しさに俺たちは思わず息を飲む。
「まさか純ミスリル!? ありえないわよこんなの!」
「そんなにすごいものなの?」
「ミスリルは周囲の魔素を吸収して溜め込む性質を持っているの。だから限界まで魔素を吸収したミスリルはあらゆる異能や魔法を無効化してしまう。……と、言われているわ」
「そうなの?」
「普通は精錬の過程で六割くらい魔素が抜けちゃうから、あくまで机上の空論よ」
そこまで言い終えると、リゼラは刃の輝きを見つめてうっとりと息を漏らした。
「けどこれは違う。これならきっとママが全力で構築した魔法だろうと断ち切れる。どれだけの値打ちがつくか見当もつかないわ」
そ、そんな貴重なものなのコレ!?
盗まれないよう気をつけなきゃ。
「この輝きを見せられたら、アンタが冥界に行ったという話も真実味を帯びてくるわね……。てっきり普通のダンジョンに迷い込んで幻覚でも見ていたのかと思ってたのに」
「えっ!? ああ、う、うん……」
最後のキスを思い出してしまい、顔がカッと熱くなる。
「なにモジモジしてるのよ」
「し、してないし!?」
「うふふっ、ヒロトさまったら照れちゃって」
アリアが口元を手で隠しニマニマと笑う。
「ちょっと!? 何があったのよ!?」
「い、言えるか!」
「なんでよ!?」
「あらあらあら? んもーリゼラったら妬いてますの? 可愛いですわねぇ!」
「ち、違うし! からかわないでよアリア!」
「そんなこと言って、さっきも息ぴったりだったじゃありませんの。ホントのところどうなんですの!? 白状なさいまし! ほらほら!」
「ちーがーいーまーすーっ! やめてよもう! バカ言ってないでさっさと行くわよ!」
「あーん、置いてかないでくださいましー!」
ぷりぷり肩を怒らせ速足で先へ進んでいくリゼラをアリアが心底楽しそうに追いかける。
きっと昔から二人はあんな感じだったんだろう。
「ねーねーリゼラ! 聞いてくださいまし! わたくし、すっごい大冒険をしましたのよ!」
「あら、そうなの。聞かせて聞かせて」
冥界での体験を楽しそうに語り始めたアリアに、リゼラも笑みをこぼして相槌を打つ。
仲睦まじく笑い合う二人を見て、なんだか俺まで少しだけ救われた気がした。




