0022 怪人女王蟲ティリア 前編
ごきゅん。ごきゅん。
命を啜り、飲み込む音が鼓膜を震わせる。
何故だろう。
こんなときなのに、いつかテレビで見た昆虫特集の映像が過る。
確か、カマキリの雌は交尾中に雄のカマキリを捕食してしまうのだったか。
「ああセルブス、私のかわいいセルブス……。また一つになれて嬉しい。……お前の子など産まなければよかった」
すでに骨と皮だけになってしまった“セルブスだったモノ”さえも、どこか愛おしげに残さず取り込んだ肉塊は、支離滅裂なうわごとを繰り返しながら、ブクブク、ボコボコと醜く膨れ上がっていく。
「好きよ。好き。愛してる。私を愛して。……まさか器ごときに絆されるとは。大好き。大失敗だよ」
悍ましい呪いの言葉を吐きながら限界まで膨れ上がった肉塊は、そこから小さく萎んでいき、女性のシルエットを形作っていく。
「────ああ忌々しい。なんと醜い身体か。よもやこのプランを使うことになるとは思いもしなかったぞ」
怪人。
そう呼ぶにふさわしい姿へと変貌した女王が、触手の髪をなびかせ拳を握りしめる。
「貴様らは生かしては帰さぬ。虫の苗床として骨の髄まで使い潰してやる」
「っ!? 危ない!」
アリアに突き飛ばされた直後、目にも留まらぬ速さで突っ込んできたティリアの拳が宝箱に直撃。
砲弾のように吹っ飛んだアリアが壁に激突して、もうもうと粉塵が舞い上がった。
続けざまに繰り出された回し蹴りを幽歩でどうにか躱し、ティリアの背後に跳んで大きく距離を取る。
なんて速さだ。キュリキア様に鍛えて貰ってなかったら今ので終わってたぞ。
「ンもー! いきなり殴りかかるなんてひどいじゃありませんの!」
羽化して箱の強度も上がったのか、さしたるダメージもなく元気に跳ね起きたアリアが両腕を振り上げる。
「ほう、今のを耐えるか。中々の強度だ」
「もう怒りましたわよ! お返しですわ!」
大きく跳躍したアリアは、そのまま宝箱の中にその身を引っ込める。
すると箱がガシャガシャと巨大なドリルに変形し、ティリア目掛けて炎の尾を引きながら猛加速していく。
トランスフォーム!?
「ふん、見た目が派手なだけの物理攻撃か。所詮は子供騙しだな」
ドリルの回転が────止まった。
ティリアが片手でドリルの先端を掴み、力づくで回転を止めたのだ。
「今の私のステータスは吸収した戦闘用ホムンクルスの数値が加算されている。その程度の物理攻撃では傷一つ付かぬわ!」
回転の止まったドリルを鷲掴みにしたまま、ティリアが投球フォームに入った。
直後、凄まじい腕力でぶん投げられたアリアが俺に向かってカッ飛んでくる。
間一髪、幽歩で身体の位置を真横にずらして躱すと、まるで俺がそう動くと分かっていたかのようにティリアが一瞬で懐に飛び込んできた。
速────!?
「遅い」
「がっ!?」
幽歩で避けようとした瞬間、強烈なボディブローが俺の鳩尾に突き刺さる。
ブッ飛ばされた俺は壁に激しく叩きつけられ、腹の底からこみ上げた熱を我慢できずに吐き出した。
「がっ、は……!? ゲホッ! ゴハッ!?」
ドロッと黒ずんだ血がビタビタと床を濡らす。
痛い痛いヤバい。
痛いなんだこれ痛い痛い痛い、もしかして内臓逝った!? 息するだけで痛い!
「っ!? ブッ飛べ!!!!」
長杖を正面に構えたリゼラが砲撃魔法を発射する。
だがティリアの身体が一瞬ブレたように見えた直後、残像をすり抜けた砲弾が壁に突き刺さって大爆発した。
躱された!?
「ほう、ステータスを貫通する徹甲弾か」
一目でリゼラの魔法を見抜いたティリアが僅かに目を見開く。
続けざまに第二射、第三射と砲撃が叩き込まれるが、やはり瞬間移動じみた動きで躱されてしまう。
「小娘、貴様はなかなか見どころがある。再調整して研究の助手として使ってやろう」
「がっ!?」
一瞬で懐に潜り込んだティリアが片手でリゼラの首を絞め上げる。
身体ごと持ち上げられ宙吊りの状態になったリゼラは、足をバタつかせて抵抗するが、ステータスが違い過ぎるのかビクともしなかった。
「無駄な足掻きを」
ティリアの全身からどす黒いオーラが立ち昇り、リゼラへと伝播していく。
「がっ!? あああああああああああああああっ!?」
オーラに触れた瞬間、リゼラの身体が大きく仰け反り、喉が張り裂けんばかりの悲鳴が響いた。
まずい、このままじゃまた操られる!?
するとリゼラの内側から白いオーラが湧き出して、黒いオーラを徐々に押し返していく。
「かはっ……! はぁ……はぁ……っ。ざっけんな……っ。誰が、アンタなんかに……っ」
「ほう、この一瞬で精神防壁の脆弱性を修正したか。だが魔力総量はこちらが絶対的に上だ!!!!」
「ああああああああああああああああああ────っ!?!?」
先程よりもさらに色濃いオーラがリゼラを蝕み、瞳から意思の光が失われていく。
畜生ッ! 動けよ俺の身体ッ!
ようやくリゼラは過去の呪縛から解放されたんだ。なのにここで全滅したら全部台無しじゃないか!
目の前の悲劇をただ見ているだけなんてもうたくさんだ!
今動かなかったら、生きて冥界から帰ってきた意味ないだろうがッ!!!!
「ぐぎぎ……っ! がふっ!? ぐっ!」
フラフラの身体に喝を入れ、歯を食いしばってどうにか立ち上がろうとするが、上手く立てず転んでしまう。
そのとき、視界の先にセルブスが落とした短剣が転がっているのが見えた。
どうにかあそこまで行ければ……!
虚空瞬在。
短剣の傍まで飛び、残った力を振り絞って手を伸ばす。
ダメだ、目が霞む。
意識も朦朧としてきた。痛い痛い痛い。
……ああ、川の向こう岸で渚が手を振ってる。
(────)
何? なんて言ったの……。聞こえないよ。
(────)
ずっと苦しかった。
いつだって誰かに与えてもらうばかりで、俺自身には人に誇れるものなんて何も無かったから。
このままじゃ何もしなくても俺は死ぬ。
頼む。リゼラを助けたいんだ。
だから────最後にもう少しだけ力を貸してよ。
ドクンッ!!!!
まるでそれが返事であるかのように、渚の心臓が力強く跳ねる。
アドレナリンが痛みを和らげ、【勇気】のスキルがほんの少しだけ立ち上がる力を与えてくれた。
震える身体を起こし、短剣を拾い上げ、目を閉じて切先に意識を集中していく。
────ドクンッ ドクンッ! ドクンッ!!
心臓が鼓動を刻むたび傷口から血が溢れ、刃を覆う闘気は赤く、赫く、その色を深めていく。
闘気剣術は剣の技量と闘気、二つの釣り合いが取れて初めて威力を発揮する。
俺の短剣術のレベルじゃ半端な闘気を込めたところでティリアに傷一つ付けられないだろう。
圧倒的なステータス差を覆すには、残りの生命を全部注ぎ込むくらいでないと多分足りない。
目を開き、敵の姿をしっかりと捉える。
真っ直ぐに構えた刃は、禍々しくも美しい光を放っていた。
この一撃にすべてを賭けるッ!!!!
「うぉぉぉああああああああああ────────ッッ!!!!」
虚空瞬在。
踏み込みと同時、短剣の間合いまで転移した俺は真っ赤に染まった刃を全力で振り抜いた。
両断された腕が宙を舞い、ティリアが驚愕に目を見開く。
直後、邪悪な魔力から開放されたリゼラの瞳に強い意思の光が戻った。
そのまま両足でしっかりと大地を踏みしめたリゼラは、杖を大きく振りかぶると────。
「くたばれ虫ババア!」
杖の石突きをティリアの鳩尾に突き刺した!
瞬間、白い輝きが怪人女王の全身を電撃のように迸り、その身体がボコボコと膨れ上がっていく。
「がぁぁあああああっ!? おぶあぶごぶごぼ!? ご、小娘ェェェ!!!! 何をじだああああああ!?!?!?」
みるみる元の形を失っていくティリアを無視して俺のそばに駆け寄ってきたリゼラは、すぐに完全治癒魔法の準備にかかった。
俺の身体を白い光が包み、傷が癒えて痛みが消える。
……だけど、それだけだった。
「そんな!? 傷は完璧に治ってるはずなのに!?」
ごめん。もう手遅れみたいだ。
……ごめんな、渚。俺のワガママに付き合わせた。
けど、リゼラはアリアと再会できた。俺がいなくても、きっともう大丈夫。
ああ、でも、美乃梨に好きだって伝えられなかった…………。
「嫌! 嫌よっ! こんな、待って! だめよ!!!!」
手足の感覚がもう無い。俺の身体をゆするリゼラの声が遠ざかっていく。
ああ、ダメだ……意識、が……────。
◇
────────────昏い。
真っ暗だ。何も見えない。……俺は死んだのか?
『《まったく、こんなに早く使い切るとは。格好つけすぎだ馬鹿者め》』
真っ暗闇の中、キュリキア様の声が聞こえた。
顔を見ずとも声だけで呆れられていると分かる。
……ご、ごめんなさい。
『《残された者の痛みはお前が一番知っているだろう。お前自身があの娘の新たな心の傷になるとは考えなかったのか》』
それは……!
で、でも、ああするしか他に方法は無かったし……。
『《それで死んだら元も子もないじゃん。ま、おれが言えた義理じゃないけどさ》』
この声……渚!?
そこにいるの!? 何も見えない! 顔を見せてよ!
『《ずっと大翔の中にいたよ。大翔がおれの命を使い果たしたから、おれの魂は解き放たれた。だから最後にこうして少しだけ話す時間を貰えたんだ》』
なに、勝手に死んでるんだよ……っ
猫くらいさっと助けろよ!!!! ぼくと違って運動神経良いんだから! 渚ならできただろう!?
『《お前、おれのこと何だと思ってるんだよ。ただの小学生に期待しすぎ》』
違う。
渚はずっとぼくの理想だった。
病気で動けないぼくの代わりに、ぼくの夢を叶えてくれるもう一人の自分だった! 死ぬしかなかったぼくの人生を照らしてくれる光だった!!!!
……なのに、渚が車なんかに轢かれて死ぬはずないだろ……っ。
ぼくを生かすために、わざと車の前に飛び出したんじゃないのか!?
余計なことするなよ! なんにもできないぼくなんかより、渚が生きてた方がよっぽど────。
『《それ以上言ったらいくら大翔でも許さないからな》』
……なんでだよ。勝手すぎるよ。
『《はぁ……。なんか勘違いしてるっぽいな。あれは単純におれが身の丈に合わない無茶したせいだ。おれなんかよりお前の方がずっと、ずーっと! 何万倍もすごいんだぞ?》』
嘘だ。
『《嘘なもんか。おれは仔猫助けようとして車に轢かれて死んじゃったけど、お前は山よりでっかい怪獣から女の子を助けて、自分も生き残ったじゃん》』
あれは……!
あれは、ぼくだけの力じゃない。ピピがいたからできたんだ。
あの子を助けられたのだって、運が良かっただけで。
『《運も実力のうちって言うだろ? 大翔はおれにできなかったことをやってのけたんだ。もっと自信持ちなよ》』
けど!
……あのとき動けたのは、勇気のスキルがあったからだ。
その勇気だって本当は、ぼくのものじゃ……ない。
『《その心臓はもうお前のものなんだ。自分だって本当は変わりたいくせに、いつまでもおれにしがみつくなよ》』
……そうさせたのは渚だろ。
『《けど実際に行動したのは大翔で、おれじゃない。死なずに結果も残せたんだからそれでいいじゃん》』
よくないっ!!!!
……渚が死んでどれだけ悲しかったと思ってるんだ。
勝手なこと言うな、バカ……。
『《それはホントにごめん。けどさ、今の大翔には支えてくれる仲間がいるだろ。だからもうおれがいなくても大丈夫》』
違う。……違うんだ。
ぼくの命は発作を起こしたあの日にとっくに終わってる。終わってたはずなんだ。
なのにぼくだけが生き残って、渚は死んでしまった。
ぼくには人に誇れるような才能なんて何も無い。
それでも、渚の分も生きなきゃいけなかったから。それが家族の──父さんと母さんの願いでもあったから!
だから今まで少しでもお前に近づけるようにって、必死に頑張ってきたんだろ!?
『《バーカ!》』
こつん、と。おでこのあたりを小突かれたような感覚があった。
『《おれを手本にするのは別に構わないさ。けど、おれとお前は違うだろ? 自分を殺してまで、おれになろうとするなよ》』
懐かしい温もりが俺を包む。
ふわりと、いつも家で使っているシャンプーの匂いがした。
俺を抱きしめたまま、耳元で「それにさ」と渚が口を開く。
『《大翔に何も無いわけないじゃん。大翔のピアノ、おれ大好きだったのにさ。なんで弾くのやめちゃったんだよ》』
それは……。
『《自分がピアノのコンクール受からなかったからって、大翔のこといじめてんじゃねーよ。あんなの自分の方が下手だって認めたようなもんじゃん。なぁ?》』
そうだったの?
全然知らなかった。っていうかなんで渚がそんなこと知ってるのさ。
『《ま、オバケだからな。どこでも行けんのさ。そんで大翔いじめんなーってアイツん家の窓ガラスとか壊しまくってたらビビッて引っ越していきやがった。マジだっせーのww》』
そんな心霊現象の起きる家、誰でも引っ越すでしょ。
まさかアイツが引っ越した原因が渚だったとは思わなかったけど。
『《あの一家に憑いてた生霊さんたちもめっちゃ手伝ってくれてさ。父親と母親も人から恨みを買うような生き方してたんだろ。町からは逃げ出せても人の恨みからは逃げられねーよ。たぶん今頃一家全員死んでんじゃねーかな》』
こ、怖いこというなよ!
『《それよりピアノだよ。動画撮ってネットに上げれば絶対有名になれたのに》』
……そんなことない。
もういいんだ。終わったことだ、やめてくれ。
『《終わらそうとしてるのは大翔だろ? まだ何も終わってない。お前はまだ生きてるんだから》』
ふわりと。懐かしい匂いと温もりが解けるように離れていく。
『《お前は生きてるんだから、やろうと思えばなんだってできるさ。だから恐れずどんどん挑戦していけよな。そのための勇気はもうお前の中にあるんだから》』
渚の気配が遠ざかっていく。
そんな!? 待って! 待ってよ! 嫌だ!!!!
逝かないでよ……っ。ぼくを置いて行かないで!!!!
『《お前はおれなんかよりずっと凄いやつだ! 姉ちゃんのおれが言うんだから間違いないっ! だから自信持て!》』
そんな言葉を最後に、渚の気配は嘘のように消えてしまった。
……どうして。いつも、勝手にいなくなるんだよ……っ。
『《お前もいつまでも死者に囚われるな。現世はあっちだ。とっとと行け》』
この声、キュリキア様!?
待って! まだ渚と話したいことが────!
────────
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本日は前後編なので2話投稿
後編は18:30公開です。お見逃しなく!




