0021 再会
顔の無い女王が驚愕に目を見開いた──ような気がした。
役目を終えて折れた刃と共に、胴体と分かたれた首がするりと落ちていく。
「…………は?」
べしゃり。
と、床に落下した女王の首を見下ろし、セルブスが素っ頓狂な声を上げる。
支配が解けたメイドたちもまるで魂が抜けたように誰も動かない。
続けて頭を失った身体が落ちてきて、槍のように尖った柱に突き刺さる。
どす黒い体液を撒き散らして暴れ回っていた身体は、やがて力尽きてぴくりとも動かなくなった。
「そ、そんな……あ、ああああ!? 頭が割れるっ!? なんだ、これは!? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!」
「────よくも変な虫入れてくれたわね! このイカレ間男っ!!!!」
「ぱぎゅっ!?」
何やら様子のおかしいセルブスの顔面を、リゼラのフルスイングが強かに捉える。
鼻血を噴いてきりもみ回転しながらブッ飛んだセルブスは、顔から地面にスライディング着地して、それっきり動かなくなった。
「フンッ! ざまぁないわね!」
「容赦ないなぁ……。ていうか大丈夫? どこか痛んだりしてない?」
「おかげさまで絶好調よ。それより、アンタこそ今までどこ行ってたのよ!」
「ちょっとトイレの床が抜けて冥界まで。……って、今はそんなことどうでもいいんだよ! こっち来て!」
「ちょ、ちょっと!?」
リゼラの手を引き、俺は急いで黒焦げの宝箱の下へと駆け寄った。
宝箱は床の上に横倒しになったままピクリとも動かない。
「この焦げた箱が何だって言うのよ」
「そんな!? リゼラに会いに行くって言ってたじゃないか!」
俺が必死に呼びかけても、黒焦げになった宝箱は何も答えてくれない。
君が会いたかった相手は、ここにいるのに。
こんなの、あんまりじゃないか……。
「……光ってる」
ふと、何かに気付いたリゼラがポケットから何かを取り出す。
捻じれた持ち手の部分がまるで髑髏のように見える、不気味な鍵だ。
鍵は深海を思わせる輝きを放ちながら、ふわりと浮かび上がると、黒焦げの宝箱に向かってまるで吸い寄せられるように飛んでいく────。
ガタガタ……!
「「っ!?」」
不気味に輝く鍵を飲み込んだ宝箱が小刻みに震え、表面に亀裂が走る。
その光景を、俺は蛹から羽化する蝶のようだと思った。
ボロボロの箱の表皮が剥がれ落ち、中から新たな宝箱が徐々に顕わになっていく。
やがて古い表皮が完全に剥がれ落ち、黒焦げだった箱は赤い塗装の施されたちょっとゴージャスな箱へと生まれ変わり……。
「完 全 復 活! ですわー!」
元気いっぱい、宝箱の中から白髪金眼の少女が飛び出してきた。
少女の姿を見たリゼラは驚きのあまり固まってしまっている。
「あら? まあ! もしかしてあなたリゼラですの!? ちょっと見ない内に随分と育ち……育ちすぎではなくて?」
どことはあえて言わないが、宝箱少女はリゼラの一部分を凝視して、それから自分の身体をぺたぺたと触り……。
「くっ! 負けた……ッ!」
心底悔しそうに歯噛みした。
こんなときに何を張り合ってるんだよ。
だいたい小学生と高校生じゃ、そもそも勝負にならな……いや、人によるか。
これ以上は何も言うまい。
「ア、アリア!? アリアなの……!?」
「久しぶりですわねリゼラ。やっと会えましたわ!」
ようやく再起動したリゼラに、満面の笑みで抱き着く宝箱少女。改め、アリア姫。
だが、あまりに突拍子もない再会で流石のリゼラも頭が追い付かないのか、喜びよりも、まだ混乱の方が勝っているようだった。
「ま、待って! ほ、本当にアリアなの!?」
「ふふっ、この顔を忘れたとは言わせませんわよ?」
アリアが茶目っ気たっぷりにウインクすると、ようやく実感が湧いたのか、リゼラはぽろぽろと大粒の涙を流してその場に膝をつく。
「あ、ああ……っ、嘘、こんな、ごめ……ごめんなさ……っ、わ、私、なんてことを……っ!」
「大丈夫、落ち着いて。操られていたんですもの、リゼラは悪くありませんわ」
ほとんどパニック状態のリゼラをアリアがそっと抱きしめる。
どうやら操られていた間の記憶が残っていたらしい。アリアが死ななくて本当によかった。
「ち、ちが……。それもだけど、違くて……っ!」
「やっぱり……。あのときのことを気にしてますのね。あなたが気に病んでいないか、それだけがずっと心残りでしたの」
「許してなんて言えない! 恨まれて当然のことをしてしまったわ……!」
「そもそも恨んでませんわよ」
リゼラを抱きしめたまま、アリアは苦笑を浮かべてゆるゆると首を横に振る。
それから深い後悔を滲ませた目を伏せると、まるで血を吐くように胸の内を晒した。
「わたくしの方こそ、本当のことを言ったらあなたが離れていってしまうんじゃないかと怖くて、治る見込みがないことを最後まであなたに伝えられなくて……。本当にごめんなさい」
「違う! 謝るのは私の方よ! 無知だったなんて言い訳にもならない! 私はあなたをっ、こ、殺して……っ」
涙でぐしゃぐしゃになったリゼラの頬にそっと、小さな両手が添えられる。
ボロボロの顔で見つめ合う二人。すると────。
「ていっ!」
「ふぎゃっ!?」
ゴッ! と、リゼラの無防備なおでこにアリアが思い切り頭突きをかます。
おでこを押さえながら鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まるリゼラに、アリアは小さな子供を叱る母親のような顔で口を開いた。
「お父様もお母様も、きっとあなたを罰してはくれなかったのでしょう? だから今のがあなたへの罰」
「そんな……どうして……っ」
「そもそも恨んでないと言いましたわよ。何度も言わせないでくださいまし」
リゼラの顔をむぎゅっと両手で掴み、アリアが毅然と言い放つ。
「それでもあなたが自分を赦せず、ありもしない罪を背負い続けると言うのなら、わたくしがあなたを赦します。アリア・オル・ディゼル・エルデンバーグの名において、リゼラ・クラウロード、あなたの罪はここに赦されました」
「……!」
「ほら、見てくださいまし。わたくしミミックに生まれ変わりましたのよ? いつか旅に出たリゼラが見つけてくれたらと思って宝箱の中に隠れてたら、くっついて取れなくなっちゃいましたの! ざまぁねぇですわね! おほほほ!」
「ああ……この感じ。本物のアリアだわ……。ぐす……っ」
「ふふっ、泣き虫なところは昔と変わりませんわね」
それから、リゼラは子供みたいにわんわん泣いた。
長い間ずっと抱え込んできた感情を清算するように。
泣いて、泣いて、涙が枯れるまで泣き尽くした後、リゼラはまだ少し不安そうに顔を上げた。
「……ぐすっ、夢じゃないかしら」
「ちゃーんと現実ですわ。ただいま、リゼラ」
親友の泣き虫が移ったのか、アリアも大きな瞳を潤ませ、互いの額をくっつけて優しく笑った。
よかった。本当に。
────ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
なんてホッとしたのも束の間。
突然、建物全体が激しく振動を始めた。
すると壁をすり抜けて灰色の霧のようなものが現れ、耳障りな叫びを上げてホール内をぐるぐると飛び回る。
『おのれおのれおのれ! よくもよくも私の計画を邪魔してくれたなぁぁぁぁああああああ!』
頭の中に直接、誰かの荒れ狂う感情が流れ込んでくる。
嵐のような怒りと、海の底まで届くほどの深い悲しみ。
そして気が狂いそうなほどの絶望。
ぐっ!? 頭が、割れる!?
何かが入ってくる!? ザワザワして気持ち悪い!
「~~ッ! やめろ! 入ってくるな!!!!」
俺が抵抗すると何者かとの意識のリンクが途絶え、灰色の霧が寄り集まって人の姿を形作っていく。
ミリーアによく似た顔立ちの、女の霊だ。
もしかしてあれがセルブスの言っていたティリア様か?
『台無しだ台無しだ台無しだ! 死者復活の秘法を完成させる私の計画ががががががが!!!! ああセルブス! 私の愛しいセルブスをよくもよくもよくもぉぉぉぉぉッ!!!!』
「っ! 女王が死んでミリーアにかけられていた催眠が解けたんだわ!」
「何、どういうこと!? 一人で納得してないで説明してよ!」
「ねぇリゼラ、アレ、ちょっとまずいんじゃなくって!?」
アリアが指差す方へ目を向ければ、首の無くなった女王の死骸にティリアの亡霊が入り込んでいく。
すると力なく垂れていた触手が激しく蠢き始め、鋭く伸びた触手がメイドたちとセルブスの身体に次々と突き刺さった。
ごきゅ……っ、ごきゅ……っ。
まるでストローを使ってジュースでも飲むかのように。
メイドたちとセルブスの身体がみるみる萎み、皮さえ残さず吸収されていく。
彼らの血肉を取り込んだ女王の死体がボコボコと膨れ上がり、グロテスクな化け物へと変化してゆき────。




