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【1章完結】平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第一章 霧の館編

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0020 一閃

 ──現世 霧の館──


 冥界の門を潜り抜けると、そこは円形の大ホールだった。

 向かって左右には先の尖った柱がまるで悪魔の角みたく天井付近まで伸びていて、奥の方には巨大な金属扉も見える。

 床には縦横に溝が刻まれていて、それらの溝は禍々しい赤い光を放っていた。

 どうやら部屋全体が一つの巨大な魔法装置になっているらしい。


「大人のキス、でしたわね!」


「その話引っ張るの!? ……恥ずかしいからやめてよ」


「汝らの生の果てに再び会おう、ですって! なんだかロマンチックですわー!」


「やーめーろーよー!」


 きゃーきゃーうるさいお喋りミミックのフタを閉じて黙らせる。

 と、そんな俺の頭上に、何かねっとりした液体がべちょりと降り注いできた。


「ん……? くっさ!? なにこれ!?」


 見上げると、天井付近に虫の卵のようなものがびっしりと張り付いている。

 どうやら黒い液体は割れた卵から滴り落ちてきたようだ。

 髪についた液体を手で拭うと、一センチ程度の寄生虫が数匹、手の上で触手をうねらせ踊っていた。


「キモッ!?」


「もぉー! いきなりフタを閉じないでくださいま────」


 手に着いた寄生虫を振り払うと、飛んで行った虫の一匹がちょうど宝箱から飛び出してきた少女の顔にべちょっと張り付いた。

 顔についたそれを摘まみ上げ、一瞬で宝箱少女の顔が真っ青になる。


「……な、なんなんですのぉ、これぇ……?」


 震え声で訊ねる宝箱少女。

 俺が上を指差すと、壊れた人形みたくぎこちない動きでゆっくりと少女の首が上を向き────そこにびっしり張り付いた虫の卵を見て完全に言葉を失った。

 箱入りのお姫様にはちょっとキツかったか。


「────ですわ」


 寄生虫をぶちゅっと握りつぶし、宝箱少女が小声でポツリと呟く。


「あんなものこの世に存在してはいけないのですそうですわ燃やしてしまいましょうそれがいいですわね火刑に処してさしあげましてよ生まれてきたことを後悔させてやりますわこのすっとこどっこい!」


 早口でブツブツまくし立て、少女が宝箱の奥へ引っ込んでいく。

 そして少女の身体が箱の底に隠れて完全に見えなくなった、次の瞬間。


 轟ォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 宝箱から炎の大竜巻が立ち昇り、天井に張り付いていた蟲の卵を焼き尽くした。

 熱ちちちち!? すごい熱量だ!

 燃え尽きた卵の残骸がチリチリと降り注ぐ中、炎の熱に耐えかねたのか、天井裏に潜んでいた蟲の女王が姿を現す。


 まず目を引くのは、でっぷりと大きく膨れ上がった下腹部だろう。

 全体的にヌメヌメしていて、その姿は虫というより六本脚のタコに近かった。

 上半身の形状は人間の女性に似ているが、顔に当たる部分はのっぺりとして目も鼻も口も見当たらない。

 うごめく触手がひたすら生理的嫌悪感を与えてくる。


「出ましたわね諸悪の根源! 消し炭におなりなさい!」


 宝箱から発射された極太の熱線が蟲の女王に迫る。

 さっきから炎を吐いたり熱線を出したり、なんかもういよいよ怪獣じみてきたな、あの子。

 ともあれ、アレを食らえば流石にひとたまりもないだろう。

 ────なんて、余裕ぶっていたのがいけなかったのだろうか。


 カツンッ!


 と、硬質な音がホールに木霊する。

 すると熱線は女王に直撃する寸前でぐにゃりと軌道を変え、宝箱に向かって跳ね返った。


「────っ!?!?」


 熱線の直撃を受け、黒焦げになった箱がバウンドしながら転がっていく。

 そのまま壁に激突した宝箱はぷすぷすと煙を上げて、それっきり動かなくなってしまう。

 そ、そんな!? いったい何が!?

 子供たちを焼いた元凶が黒焦げになったことに気をよくしたのか、顔の無い女王がニヤリと嗤うような気配があった。


 ふと、扉の方に別の気配を感じ、慌てて振り返る。

 するとそこにいたのは────。


「……リゼラ?」


 呼びかけてみるが、返事がない。

 こちらを見つめる瞳はどこか(うつ)ろで、長杖(ロッド)の頭を飾る宝玉は真っ直ぐ俺に狙いを定めている。


「どうしたんだよ!? 返事しろって! リゼラっ!」


 大声で呼びかけてみるが、やはりリゼラの表情に変化はない。

 それどころか、まるでこれが返事だと言わんばかり、俺に向けられた杖先に砲弾が形成されていく。

 ヤバ────!?



 ドッガァァァァァァァァァン!!!!



 背後で大爆発。

 幽歩で避けてなきゃ直撃してたぞ!?


 ふと、幽玄冥道(タルタロス)で虫下し薬のレシピメモを受け取ったときの話を思い出す。

 確か、宿主の意識を乗っ取って意のままに操ってしまう寄生体だったか。

 まさかそれに寄生されたのか!?


 俺が冥界をさまよっている間に、リゼラの身に何があったのかは分からない。

 ただ一つだけ分かることは、どうやら今のリゼラはあの女王の支配下にあるらしいということだけだ。

 何となく流れで押し付けられた討伐クエストだったけど、絶対に倒さなきゃいけない理由ができた。


 女王が細い指を踊らせる。

 その動きはまるで糸で人形を操る人形師のようだった。


 女王の動きに連動してリゼラが杖を大きく振るう。

 直後、俺の靴が一瞬で凍り付き、靴底が床に張り付いて動けなくなった。

 するとそこへ弓で武装したメイドたちが次々と部屋に雪崩れ込んできて、あっという間に俺を扇状に取り囲む。


「困りますね。せっかく増やした虫たちを焼かれては。というか貴方、どうやってここへ入ったのですか。鍵をかけておいたはずなのですがね」


 メイドたちの後ろからセルブスさんが姿を現し、リゼラの隣に立つ。


「セルブスさん!? リゼラに何をしたんだ!」


「質問に質問で返すなと教わらなかったのですか? まあいいでしょう、私はミリーアとティリア様を蘇らせたい。そのために彼女には少々知恵を貸してもらおうと思いましてね」


 どういうことだ。

 今の言い方だと、俺たちが会って話したミリーアは偽物だったとでもいうのか。

 リゼラは操られてて、屋敷のメイドさんたちも様子がおかしいし、何がなんだかまるで状況が掴めない。


「まさか、お前がリゼラをあんなふうにしたのか!?」


「言葉での説得も試みたのですが、フラれてしまいましてね。蟲を入れると命令したことしかできなくなってしまうので、目的を考えればあまり使いたくはなかったのですが、やむを得ず。まあ生きた辞書くらいにはなってくれるでしょう」


「リゼラを元に戻せ!」


「無論、私の目的が達成された暁には解放しましょう。ですが今すぐにと言うのであれば────」


 武装メイドたちがにわかに殺気立ち、セルブスが懐から取り出した短剣を構える。


「少々強引な手段を使ってでも、あなたにはお引き取り願うことになります」


 俺を見据える瞳はどこまでも冷たく、一切の迷いが感じられない。

 どうやら本気のようだ。


「だったら、あの虫を殺してでも奪い返す!」


「それはいけません。女王はティリア様の目的を達成するために必要不可欠。私たちの邪魔をするというのなら、容赦はしません」


 セルブスが片手を挙げると、メイドたちが一斉に弓を構えた。

 おそらく彼女たちにも虫が入っているのだろう。

 キュリキア様の話が本当なら、セルブスは女王を使ってリゼラやメイドたちを操っているはず。

 だったら俺がやるべきはただ一つ。


 思い出せ。スケルトンたちを倒したときの感覚を。


 思い出せ。幽玄冥道(タルタロス)で身に着けた死者の歩き方を。


 スケルトンから奪い取ったボロボロの剣を構え、僅かに瞑目する。

 師匠は言っていた。闘気と剣術の極みに達すれば、たとえ拾った木の枝だろうとあらゆるものを切り裂けると。


 今の俺のレベルじゃ、そんなこと無理なのは分かっている。

 師匠だってベヒモスを真っ二つにする代わりに、貴重な剣を折ってしまっているのだから。


 けど、だったらその一撃で決着をつければいいだけの話。


 できるできないじゃない。

 やらなきゃ俺は殺されて、リゼラは操られたままだ。

 それに、こんなに早くキュリキア様のところへ逆戻りしたら、気まずいなんてもんじゃない。

 やるしかないんだ。覚悟を決めろ!


 ドクンッ!


 心臓が大きく跳ねて、全身に熱い血が巡りだす。

 手足の震えが止まり、目の前の困難に立ち向かう勇気が沸いてくる。

 役に立たないなんて思ってごめん。あってよかったよ【勇気】のスキル。


 目を閉じたまま、呼吸を整えていく。

 狙うは女王の首ただ一つ。

 闘気を練り上げ、刃へと送り込む。


 メイドたちが限界まで引き絞った弓を解き放つ。

 俺を貫き殺そうと無数の矢が風を切って迫る。


 まだだ。まだ耐えろ。怖がるな。

 闘気が刃の先まで行き渡る感覚────今ッ!!!!



 ────斬ッ!!!!────



 薄紙一枚の距離まで迫っていた矢は何も貫くことなく空を切り、背後へ抜け去っていく。

 虚空瞬在(エクシスナーダ)

 女王の鼻先へ飛んだ俺は、闘気揺らめく刃を真一文字に振り抜いた。

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