0018 冥府の女王
──地底世界──
煌めく地底世界を言われた通り真っ直ぐに進んでいくと、白銀の丘の向こうに大きな町と堅牢そうな城が現れた。エルデンバーグの首都よりずっと大きいけど……。
「なんか、変な町」
丘の上から町の様子を見渡して、ふと気付く。
大抵、町の建物にはその地域の特色やお国柄が反映されるものだが、この町にはそれがないのだ。
なんというか、様々な時代や地域の建物を無計画に建てまくったらこんな感じになるんじゃないだろうか。
宝箱少女を連れて町へ入ってみる。
やっぱり変だ。どうにも人の気配が一切ない。
悪いと思いつつも家々の窓を覗き込んでみると、テーブルの上でお皿に盛られたシチューが湯気を立てていた。まるでついさっきまで人がいたみたいだが、当然そこにいるはずの住人だけがいない。ひたすら不気味だ。
さっき出会ったお兄さんも『現世の側から門が開かれた』とか言っていたけど、それと何か関係があるのだろうか。
ともあれ無人の町に用は無いし、人の家のシチューを勝手に食べるなんて常識的に考えてありえない。
ぐうぐう鳴り止まない腹を擦りつつ、俺たちはそのまま城へと向かった。
「あっさり侵入できましたわね」
「勝手に入っていいのかなぁ……」
「気にしたら負けですわ! さ、コートのあるお部屋を探しましょう!」
「その行動力はどこから沸いてくるのさ」
石造りの橋を渡って堂々と正門から城内へ入ってみたが、やっぱりここにも人の気配は無い。
二人で城の一階をくまなく歩き回ると、扉の横に【獄卒舎】と書かれた看板を見つけた。お兄さんが言っていたのはおそらくここだろう。
扉を開けて中に入ると奥に向かってまっすぐ廊下が伸びていて、左右には等間隔に同じような扉が並んでいる。
ひとまず右手前の扉を開けてみると、そこはストーブの焚かれたロッカールームだった。
凍えた身体に焚火の熱がじんわりと染み渡る。あぁ、生き返る……。
身体が温まり手足に感覚が戻ってきたところで、悪いと思いつつもロッカーを開けていく。すると一番左端のロッカーに男物のコートが一着だけ残っていた。
誰かの忘れ物だろうか。
「ごめんなさい少し借ります」
誰に聞かせるでもなくボソリと言い訳を零しつつ、寒さに負けてコートに袖を通す。
もう少し温まっていこう。
「それで、キュリキア様? って人のところに行けばいいんだっけ」
「別に行かなくてもよいのでなくて? バレたら怒られちゃいますわよ」
「そりゃそうだけどさ。コート借りちゃったんだしそれくらいはやろうよ。他に行く当てもないんだしさ」
「むぅ、怒られても知りませんわよ? それでそのキュリキア様はどちらにおられますの?」
「これから探すんだよ」
十分に身体を温めてからロッカールームを出た俺たちは、人の気配を探して城内を歩き回った。
「誰もいませんわね。なんだか寂しい場所……」
「そうだね。何があったんだろう」
厨房を覗いてみるが、やっぱりここにも誰もいない。作りかけの煮込み料理だけが鍋の中でグツグツ煮えている。
料理人さえ駆り出されるほど忙しいのだろうか。
一階の探索をあらかた終え、階段を使って二階へ上がる。
するとここでようやく俺と同じコートを着た兵士と廊下ですれ違った。
「お前、見ない顔だな。新入りか? こんなところで何してる。仕事はどうした」
「急ぎの伝令を預かってきました。キュリキア様は今どちらに?」
「おお、そうか。キュリキア様なら上の執務室だ。引き留めて悪かったな」
兵士は廊下の隅に置かれた不自然な宝箱には目もくれず、忙しそうにその場を去っていく。
やがて廊下から人の気配が消えた頃、宝箱少女がひょこっと箱の中から上半身だけ覗かせ悪戯大成功とばかり「んべっ!」と舌を出した。
なんだかスパイミッションみたいでちょっと楽しいな。
まんまと情報を手に入れ、すぐ近くにあった階段を上る。するとすぐ正面に如何にもそれっぽい立派な扉が現れた。
ここかな?
「君は外で待ってて」
宝箱少女を外に待たせ、俺は部屋のドアをノックした。
「伝令を持ってまいりました!」
「入れ」
「失礼します!」
許可を得て部屋に入ると、肌を刺すような冷気が全身を包んだ。まるで冷凍庫の中みたいだ。
コートを着ていても染み込んでくる寒さにブルりと身体を震わせると、執務机の向こうに座っていた美女が俺に視線を向けた。
透き通るような銀髪と黄金の瞳。
髑髏の王冠を頂き、胸元の大きく開いた漆黒のドレスを纏ったその姿は、まさに冥府の女王といった感じだ。
────この人がキュリキア様か。
「準備が整いました。いつでも始められます!」
「そうか。ご苦労だった。下がってよい」
「ハッ!」
できるだけそれっぽく見えるようキビキビと敬礼して、ボロが出ない内にそそくさとその場を立ち去ろうとする。
だが────。
「待て」
そんな俺の背中に、待ったの声が掛かった。
「貴様、見ない顔だな。名を名乗れ」
「……はっ。ジョン・ドゥであります」
「ふんっ、冥府の女王たる妾の前で身元不明死体などと。どうやらジョークのセンスは無いようだな」
「す、すみません……」
「そんな名前の獄卒は一人もおらぬ。貴様、どこから来た。冥界のものではないな」
どうしよう、もうバレちゃったぞ。
嘘は許さない。絶対零度の視線が俺を射抜く。
「……地上からです。トイレの床が抜けて地下水道に落ちてしまって、そのまま出口を探している内に迷い込んでしまいました」
俺は賭けに出た。
これ以上嘘をついて心証を悪くするよりは、いっそ全部正直に話してしまえ。
「トイレの床が抜けたぁ? ……ぷっ、はははは! おもしろい。妾は正直者を好む。部屋の外でコソコソ隠れている小さいのもお前の仲間か」
「き、気付いてたんですか……」
「妾を誰と心得る。この冥界で妾の知らぬことなど何一つないわ。そこで盗み聞きしている小さいのも入っておいで」
俺に向けていた圧を解き、キュリキア様が優しい声音で扉の外に呼びかける。
すると数秒ほど間を置いて、宝箱少女がいたずらがバレた子供みたいな顔でおずおずと入ってきた。
少女の顔を一目見るなり、キュリキア様は「ほう」と意味深に呟き、僅かに目を見開いた。
「ちょうど良い、ついて参れ。これより現世への門を閉じに行く。そこのミミックの記憶も道行きにておのずと思い出すであろう」
椅子から立ち上がったキュリキア様は一瞬で氷の鎧を身に纏うと、踵を鳴らして部屋を出て行ってしまう。
なにがなにやら分からない俺たちは顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。
ていうか君、やっぱりミミックだったのね。
◇
──霧の館 地下研究施設──
一号研究室を出たリゼラは見取り図に沿って廊下を進み、資料室にたどり着いた。
白骨死体が持っていた鍵で扉を開けるとカビ臭いニオイがむわっと広がり、リゼラは思わず顔を顰める。
資料室は背中合わせの本棚が奥に向かって列を作っており、各列は大まかなジャンルごとに整理されていた。
奥に向かうほど古い記録が保管されているようだ。
────さあ、私を手に取れ。友を蘇らせるのだ。
────力が欲しくはないか。死を遠ざける永遠の力だ
資料室の奥で眠っていた闇の魔法書たちがリゼラの心に直接呼びかける。
湿気の多い環境に放置され、どうにか朽ちる前に叡智を授けようと魔法書たちも必死らしい。
「うるさい」
リゼラが杖で床を一突きすると、騒がしかった本たちはそれっきり静かになった。
彼女の心はすでに決まっている。ゆえに闇の誘惑に屈することはもうない。
「検索、著者名【セルブス】の本。及び研究日誌〇〇四七号に関連する資料。検索範囲、資料室。────実行」
リゼラが簡素な呪文を唱えると、資料室に存在する無数の資料の中から数冊の本が彼女の手元に飛んでくる。
まだ学生だった時分にリゼラが開発したオリジナルの検索魔法だ。
飛んできた本をパラパラと斜め読みしつつ、リゼラは重要だと思った情報だけを抜きとっていく。
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【研究日誌〇〇五三号】
■■■■■■に宿主の記憶を保存させる技術を確立した。
応用研究を続ければ自らの記憶を複製個体に転写させ疑似的な不老不死も実現可能となるだろう。
死者の記憶を完全に再現できれば死者の蘇生さえ叶うかもしれない。
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【執事セルブスの手記】
神歴一八九〇年 四月十七日
ミリーアが一〇歳の節目を迎え、旦那様は彼女を連れて首都オーランの神殿へ向かわれた。
海の神に祈りを捧げる宗教的な意味と、貴族の子息たちとの顔つなぎの意味もあるらしい。
私も同行したかったが許可が下りなかった。
一ヵ月以上もミリーアに会えないと思うと気が狂いそうだ。
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神歴一八九〇年 五月一八日
南の空が真っ黒だ。
大きな嵐が近づいているらしい。
ミリーアが心配だ。
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神歴一八九〇年 五月二十日
私を長らく縛り付けていた呪縛が解かれた感覚がある。
管理者権限を持っていた旦那様が死んだのだ。
まさか、ミリーアも? 馬鹿な。無事に決まっている。そうにちがいない。
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神歴一八九〇年 七月二一日
川が氾濫した。
川下から逆流した大水に飲まれ町はあっという間に水の下に沈んだ。
この館は高台にあるのでどうにか無事だったが、町人たちを逃がす時間さえなかった。
もう誰も助かるまい。
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神歴一八九〇年 七月二三日
唯一生き残った薬屋の老人と共に町を探索していると漂流船を発見した。
船乗りの話ではオーランは壊滅したらしい。
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神歴一八九〇年 七月二四日
何もかも失ってしまった。
命よりも大事な娘を護ってやることさえできなかった。
もはや生きている意味もない。自死を禁ずる行動制限はすでに解けている。
ティリア様、ミリーア、私もすぐそっちへ行く。
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「────人の日記を勝手に読むのはあまり関心しませんね」
「っ!」
リゼラが読んでいたセルブスの手記が突如として燃え上がる。
慌てて振り返れば、右手に炎を纏わせた執事セルブスがそこにいた。
「黒幕が自分からノコノコ出てくるなんて随分とせっかちなのね。あなたは何人目のセルブスなのかしら」
「別に暗躍していた覚えはありませんがね。まだ五人目ですよ。何度自死しても記憶を引き継いで新たな身体で生まれ変わってしまうのです。どうやら冥府の女王は私がお嫌いらしい」
わざとらしく肩をすくめてみせるセルブス。
その仕草は、やはりどう見ても感情を抑制されたホムンクルスのそれではなかった。
「先に言っておきますが、私に敵対の意思はありませんよ」
「口ではどうとでも言えるわね」
「貴女に見せたいものがあります」
言うなり、セルブスは踵を返してその場を後にする。
予想外の展開に面食らいつつも、リゼラは疑念の目を向けたままセルブスの背中を追った。
迷路のように入り組んだ廊下をセルブスは迷いなく進んでいく。
道中再び「人間の出来損ない」とすれ違ったが、どういうわけか化物たちは彼を恐れているようで、一定以上近づいてくることはなかった。
「あれは何?」
「すでに予想はついているのでは?」
「……ミリーア・ツェペシュトラードの成り損ない。多分、用意された器に適合しない魂が入り込んだせいで魔力暴走を起こした成れの果て、といったところかしら」
「ご明察」
「地上にいたあの子もおそらくそうなんでしょう? 近しくはあるけど、別の魂が入り込んでる」
「まさしくその通り。彼女の中には母であるティリア様の魂が入ってしまっている。強力な催眠で魂の記憶を一部改ざんしてどうにか定着させてはいますが、時折ああして拒絶反応を起こしてしまう」
そうこう話している内にセルブスはある扉の前で立ち止まった。
彼の持っていた鍵で扉が開かれ、続いてリゼラも部屋の中へと足を踏み入れる。
一号研究室とよく似た内装だが、レイアウトが微妙に異なっており、機材もこちらの方が新しいようだ。
部屋の中央にはカプセルがあり薄緑色の液体の中にミリーアとよく似た顔立ちの美しい女性がぷかぷかと浮かんでいる。
その周囲には育ちかけのセルブスが入ったカプセルも幾つかあった。
「────悪趣味ね。ただの冒険者にこんなもの見せてどうするつもり?」
「とぼけても無駄です。あなたのことはすでに調べがついているのですよ、リゼラ・クラウロード」
「……なんのことかしら」
「エルデンバーグの王城が崩壊し、独立行政区の魔法都市が壊滅したことはすでに各国の知るところです。あなたはもう少しご自身の価値を知った方がいい。剣聖と賢者の娘という肩書きはあなたが思うよりもずっと重い」
気付けば部屋の暗がりから無数の赤い瞳がこちらの様子を窺っていた。服装から察するにおそらく屋敷のメイドたちだろう。
偽名だけではやはり正体を隠すには不足だったかとリゼラが内心歯噛みすると、セルブスが無表情のまま口を開いた。
「無垢なる魂に特定の人物の記憶を持たせて現世に呼び戻す技術はすでに確立しました。ですが何度試しても用意した器に魂が定着しない。あなたには魂を器に定着させる術式の開発を手伝っていただきたいのです」
「なんてことを……! 冥界の門を開いたの!?」
「おかげであなたたちは助かったではありませんか。十年前の嵐で水没した町を死者たちが復興していなければ、今頃凍えて死んでいたでしょう?」
まるで手品の種明かしをするようにセルブスが薄ら笑いを浮かべる。
思い返せば町に着いた時点で不自然な点は多々あった。
やけに生気の無い住人。さほど賑わっているわけでもないのに満室の宿。そして夜遅くだというのに開かれていた屋敷の門。
屋敷の地下で禁忌に触れる研究を長年続けていたのなら、町の周囲に魔法的な警戒網が張り巡らされていたとしても何ら不思議はない。
二人が平原を彷徨っていた時からセルブスは彼女たちの存在に感づいていたのだ。そして行き詰った状況を打破する起爆剤とすべく、二人を屋敷へ誘導した。
「────道理で町の様子がおかしいと思ったわよ」
「あの町にいる者の多くは生前の行動パターンを繰り返しなぞるだけの不完全な亡霊だ。ですが中には記憶の欠落が少ない者もいましてね。彼らの存在は研究を進める上で大いに役立ってくれましたよ」
「今すぐ計画を中止しなさい! さもないとこの施設ごと木っ端微塵にするわよ!?」
薄気味悪い笑みを浮かべるセルブスに長杖の頭を向け、顔を青ざめさせたリゼラが声を張り上げる。
冥界の門とは「あの世」と「この世」の境界だ。
当たり前のことだが一人の人間が生まれてくるには父親と母親、二人の人間が必要になる。そしてその親たちにも二人の親がいて、その親にもまた二人の親がいる。
つまりこの地上で生きる者たちよりも死者の方が圧倒的に多いのだ。
すぐにでも冥界の門を閉じなければこの地上は行き場を失った死者たちで溢れかえってしまうだろう。
「あなたになら理解していただけると思ったのですがね」
ぷつり。
首筋に刺すような痛みを感じ、リゼラが視線を動かす。
気づけばメイドの一人に背後を取られ、首筋に注射器を打ち込まれていた。
注射器の針を通じて、小さく蠢く何かが血管の中へと入り込んでゆき────
ドクンッ!!!!
大きく心臓が跳ね上がり、リゼラの意識はそこで途絶えた。




