0017 異形
──地下水道 謎の横穴──
宝箱少女を連れて横穴をしばらく進むと、やがて開けた場所に出た。
目の前に広がるのは足を踏み外したらそのままどこまでも落ちてゆきそうな奈落。崖の淵にはトロッコがあって、二本のレールが闇の底へどこまでも伸びている。
ゴールはここからでは見えなかった。
「ヒロトさまー! はやくはやくー!」
気づけば宝箱少女が乗ったトロッコがゆっくりと加速し始めていた。
ちょ、待って待って待って!!!!
慌ててトロッコへ駆け寄り、奈落に漕ぎ出す寸前でどうにか身を滑り込ませる。
「あっぶな……。こら! ダメでしょ勝手に動いちゃ!」
「さあ行きますわよ! きゃ────っ!」
「うわああああああああ!?」
直後、トロッコはジェットコースターのように急加速して、レールに沿って闇の中を駆け下っていく。
猛烈な風圧で顔の肉が後ろに引っ張られる中、トロッコは右へ左へ急旋回。
すると闇の奥から巨大なミミズの化物が鎌首をもたげ、鋭い牙の並ぶ円形の口を広げてこちらに突っ込んできた。
「げぇ!? なんだあれ!?」
「まぁ、ジャイアントワーム! 本物は初めて見ましたわ!」
円を描くレールに沿ってトロッコがぐるんと大きく宙返り。間一髪ジャイアントワームの突撃を回避する。
ほっとしたのもつかの間、すぐさまワームは方向転換して俺たち目掛けて再突撃を仕掛けてきた。
「そういえば、ワーム系の魔物は熱や音で得物を探すそうですわよ!」
「熱!? これか!」
俺はすかさず持っていた松明を明後日の方向へ投げ捨てる。
すると読み通りジャイアントワームは松明を追いかけ奈落の底へ姿を消した。
「まぁ! 真っ暗! こわーい!」
きゃっきゃと楽しそうに俺の腰にしがみついてくる宝箱少女。
メンタル強すぎでしょこの子。
右へ左へ上へ下へ。俺たちを乗せて暗闇の中を爆走した死神ジェットコースターは次第にスピードを落とし、やがて完全に停止した。
「綺麗……」
視界を埋め尽くす絶景に宝箱少女が呆けた顔で呟く。
トロッコに運ばれ辿り着いたのは、輝く結晶に覆われた地底世界だった。
結晶の大きさは大小様々で、高層ビルほど大きなものもあれば、手のひらサイズの小さなものまである。
それら一つ一つが色とりどりの光を放ち、まるで天の川銀河のように煌めいていた。
「おーい! そこのお前、そんなところで何してるんだ!」
雄大で神秘的な光景に圧倒されていると、厚手のもこもこコートに身を包んだ歳若い男に声をかけられる。
なんでこんな地下に人が? っていうかここ、めちゃくちゃ寒い!
「見かけない顔だな。新入りか? コートはどうした。寒いだろう」
「え、あ、はい。慌ててたんで……」
なんとなく地上から来たとバレたらまずい気がして、話を合わせて適当に頷くと、「間抜けなやつだなぁ」と呆れつつも納得してくれた。
いいのか、それで。
「現世側から門が開かれたせいで皆忙しいんだからしっかりしてくれよ。まずは獄卒舎まで行ってコート取ってこい」
「えっと、どっちでしたっけ?」
「お前ホントに大丈夫か? あっちに向かって真っ直ぐだ。コート取ったらキュリキア様に準備が整ったからいつでも始められると伝えに行ってくれ。頼んだぞ!」
「あ!? あの、ちょっと!?」
俺に用件を告げるとコートの男は忙しなく走り去っていった。
キュリキア様って誰だろう。
「ふぅ、危うく見つかるところでしたわ」
と、男がいた間ずっと宝箱に擬態していた少女が微かに開いた蓋の隙間からホッと息を漏らす。
ダンボールに身を隠して進むあのゲームが一瞬頭を過ったのは内緒だ。
「わざわざ隠れる必要あった?」
「あら? わたくし、どうして隠れたのかしら。本能的になんとなくそうしなければいけない気がしましたの!」
やっぱりこの子、ミミックなんじゃないのか……?
何かヒントになりそうなものが無いかと隙間から箱の中を覗き込んでみるが、真っ黒な闇が広がっているだけで何も見えなかった。
「うぅ、寒……っ。ひとまず獄卒舎に行こう。このままじゃ凍っちゃうよ」
「よければ箱の中に入られます? ちょっと狭いですけど暖かいですわよ」
「え、遠慮しておくよ……」
なんとなくだけど、入ったら二度と出てこれなくなりそうだ。
ひとまず俺たちは男が指差した方角に向かって歩き出した。
◇
──霧の館 地下研究施設(sideリゼラ)──
天井に張り付いていた異形の捕食者は、目が合うなり鎌のように鋭い爪を立ててリゼラに飛び掛かった。
間一髪、横に転がって爪を回避する。切り裂かれた髪が数本、はらりと宙を舞った。
即座に杖を構えて体勢を立て直すと、闇の向こうで捕食者の赤い瞳がギラリと獰猛に輝きを放つ。
長い舌を蛇のように蠢かせ、こちらの隙を伺いながら怪物がじりじりとにじり寄る────。
「シャァァァアアアアアッ!!!!」
「食らえ!」
捕食者が再び飛びかかったのと、リゼラの杖先から雷光が迸ったのはほぼ同時。
空中で電撃を浴びた捕食者は痺れて床に転がり、間髪入れず杖の石突きが床をカツンと叩く。
白い冷気が怪物の全身を覆い、その巨体が手足の先からみるみる凍り付いていく。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
「嘘っ!?」
怪物の咆哮が大気を震わせる。
ベキ、ベキ、と。凍って床に張り付いた手足が恐るべき筋力によって無理やり引き千切られ────ぶちん!
力づくで拘束から逃れた捕食者はすぐさま欠損部を再生させると、鎌のように鋭い爪をギラリと閃かせリゼラに飛びかかる。
転がるようにして捕食者の懐へ飛び込み爪の攻撃を回避したリゼラは、勢いのまま杖の石突きを捕食者の鳩尾へ突き込んだ。
石突きの先端から白い光が迸る。
すると捕食者の身体がボコボコと膨れ上がり────
「ア゛……ア゛ア゛ア゛……! アアアアアアアアアアッ!!!!」
暴走した生命力はとうとう臨界に達し、血しぶきを撒き散らし爆散。
飛び散った肉片は瞬く間に黒ずんでボロボロと崩れてゆき、最後には骨だけが残った。
術式を一部改変した治癒魔法による過回復。
敵の再生力を逆手に取った逆転の一手だった。
「うっ!? おえぇぇ……っ」
自らの魔法によって齎された、グロテスクな死。
過去のトラウマが脳裏を過り、リゼラは堪らず胃の中身をすべて床にぶちまけた。
「はぁ……っ、はぁ……っ、大丈夫。大丈夫よ。もう昨日までの私じゃない……っ」
今にも折れそうな心をポジティブな言葉で無理やり励まし、杖を支えにヨロヨロと立ち上がる。
髪や服についた肉片を震える手で雑に払い落し、リゼラは死んで骨だけになった怪物へと視線を戻した。
「人の骨格に近い。まるで人から怪物に変異したみたいな……」
解剖学的見地から捕食者の骨格を観察すると、いくつかの事実が見えてきた。
この怪物はおそらく元は人型だっただろうということ。これは捕食者の顔が館の主、ミリーアにそっくりだったことからも容易に想像できる。
そしてもう一つ、魔力暴走による突然変異の痕跡が見受けられること。
これは自然界でもごく稀に発生する事象で、新種の魔物もこのようにして生まれる。
「ミリーア本人ではないでしょうけど……まさかホムンクルス?」
考えを纏めるため、リゼラは思いついたことをそのまま口に出す。
本棚の裏にあった隠し部屋。あそこにもホムンクルスに関する書物が何冊かあった。死者復活に際し、魂の器としてホムンクルスを代用したというのであれば一応の辻褄も合う。
だが、だとするなら誰が誰を復活させようとしているのか。
そこまで考え、リゼラは一つの可能性に気が付く。
「もしかして、本当の目的は夫人の復活……?」
かつて夫人とセルブスは不倫関係にあった。
夫人がすでに亡くなっていることはミリーアの口からも語られており、それが嘘ということはないだろう。
そしておそらくだが、本物のミリーアもすでに亡くなっている。日記の日付によればミリーアが生まれたのは二〇年以上も前の話であり、当人が生きていたとするなら肉体的にもっと成長していなければ辻褄が合わないからだ。
仮にセルブスの目的が夫人の復活なのだとすれば、地上の館にいたミリーアは本番に向けて作成された死者復活実験の産物である可能性が高い。
書斎に残されていた日記の記述から推察するに、おそらくセルブス自身も何らかの目的で作成されたホムンクルスであり、だとするなら二人ともこの地下施設で生まれたものとみるべきだろう。
そしておそらくだが、ホムンクルスを使った死者復活には重大な欠陥がある。
セルブスがミリーアに嗅がせていたあの薬、あれこそがその欠陥を抑え込む現状唯一の方法なのではないか。
先程退治した怪物も、用意した肉の器にミリーアの魂を呼び込もうとした過程で生まれた失敗作だったとするなら、両者の顔が酷似していたことにも説明がつく。
他に目ぼしいものがないかと視線を巡らせれば、部屋の一番奥の壁際に本棚と書き物机があるのを見つけた。
「げっ……ばっちいわね……」
机の上に置かれていた黒い液体がべっとり付着した書類に目を通すと、次のようなことが書かれていた。
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【■■■計画】
当計画は■■の再■攻に備え、戦■用ホ■ンクルスの製造・運用方法の確立を目指■■■■■。
これに際し、計画■案者である■■■・ツェペシュトラード伯爵邸の地下水道遺跡を研究施設として■■。以後の研究・開発は現地にて行うものとする。
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「……ここは元々この国の極秘研究施設だったわけね」
道理で設備が充実しているはずである。
それを領主亡き後、執事のセルブスが私的に再利用したということなのだろう。
続けて本棚を漁ると、収められていたのはこの研究室内で行われた実験の記録だった。
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【研究日誌〇〇四七号】
培養過程において脳内に■■■■■■を寄生させることにより、ホムンクルスの感情抑制、及び、感情抑制の副作用として発生する複雑な命令を処理できなくなる構造的な欠陥を解消できることが判明。
■■■■■■を寄生させた個体への指令は女王個体を通じて行う。
プロトタイプとして男性型【セルブス】の生産を開始。
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「やっぱりホムンクルスだったのね、あの執事。でも感情抑制されてたようには見えなかったし……どういうことなのかしら」
他に手がかりは無いかとリゼラが部屋を漁ると、本棚の奥に隠すように置かれた日記帳を見つけた。
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神歴一八八二年 十二月十日
ティリア様が亡くなられてから、旦那様が頭痛で寝込む頻度が増えた。
体調のよろしいときなどはミリーアをよく可愛がっておられるが、時折恐ろしい目でミリーアを見ていることがある。
私がそれを嫌だと感じると、その後に頭痛で寝込まれることが多いように思う。なんなのだろうか。
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神歴一八八三年 四月二〇日
ミリーアが生まれてもう一年になる。
すくすくと育っていくあの子を見ていると、この上ない喜びが胸の奥から湧き出てくる。
戦闘人形の試作品として製造された私が、まさか父親になるなどと誰が予想できただろう。
あの子が大人になるまで傍にいてやれない我が身の短命が呪わしい。
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神歴一八八五年 二月二日
ミリーアが絵を描いてくれた。
私の絵だそうだ。私に絵の良し悪しは分からないが、見ていると胸が暖かくなる。
あの子は天才だ。
一生の宝物にしよう。
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以降もミリーアの成長記録が事細かに記されており、セルブスの娘に対する愛の深さが窺い知れた。
セルブスの最終目的は夫人の完全復活だと予想していたが、この様子だとミリーアの復活も計画に含まれていそうである。
「あとは資料室を当たってみるしかないか……」
日記帳を閉じ元の位置に戻したリゼラは、霧に覆われた館の闇に迫るべく、一号研究室を後にした。




