0016 謎の少女
横穴の突き当たりにポツンと置かれていた宝箱を開けると、小さな女の子が入っていた。
十歳くらいだろうか。初雪を思わせる白髪は、長いこと箱の中にいたせいか少し乱れている。
長い睫毛に縁取られた金色の瞳も、どこか闇夜の雪原に浮かぶ満月めいた輝きを秘めていて、全体的に儚げというか、神秘的な雰囲気のある子だ。
と、それはさておき。
こんなところから出てくるなんて、かくれんぼでもしていたのだろうか。……こんなアンデッドも出るような洞窟の奥で?
そう考えると、仕立ての良い黒いワンピースも、どことなく喪服っぽく見えてしまう。というか喪服だよなこの服。
「えっと、俺は大翔。君は?」
「まぁ、ヒロトさまとおっしゃるのね! わたくしは……あら? 思い出せませんわ……。まあそのうち思い出しますわね! どうぞお好きなように呼んでくださいまし!」
宝箱の中で立ち上がり淑女の礼をする謎の少女。
記憶喪失にしては随分と能天気だけど、こんな場所で自分の名前すら思い出せないのに怖くないのだろうか。
「君はどうしてそんなところに入ってたの?」
「そんなとこ……? まぁ宝箱! わたくし宝箱に入っていましたのね! うふふ、面白いですわ」
俺が指差すと、謎の少女は今知ったような口ぶりでころころと笑い出す。
なんだろう、ちょっとズレてるというか。不思議ちゃんなのかな。
「わたくし、どうしてこんな箱から出てきたのでしょう? というかここはどこですの? 真っ暗で怖いですわ」
「ここは地下の横穴だよ。どこに繋がってるかは分かんないけど」
「まぁ、ヒロトさまは迷子ですのね。お先も真っ暗ですわー!」
「なんで嬉しそうなのさ……」
「どこへ通じているか分からない未知の横穴。大冒険の予感ですわ! わたくし今とってもわくわくしてますのよ!」
金色の瞳をキラキラ輝かせる謎の少女。早く行こう、と、顔に書いてあった。
連れていくしかないか……。
「ひとまず安全な場所まで一緒に行こう。俺の前に出ないようにね」
「はい! よろしくお願いしますわね。ヒロトさま!」
俺が手を差し出すと、宝箱の下から細い足がにょきっと生えて、女の子が箱に入ったまま立ち上がった。
うわっ!? なんだこれ!?
「まぁ! わたくし、宝箱に入ったまま歩けますのね!」
「まさか君、魔物……?」
「うふふ、宝箱と一体化しているなんて、まるでミミックみたいですわね!」
なんて笑いつつ、女の子はその場でシャカシャカと反復横跳びしてみせた。重そうな見た目の割に機敏だな。
……うーん。ひとまず危険な存在ではなさそうだけど、ホントになんなんだこの子は。
結局何も分からないまま記憶喪失の宝箱少女を仲間に加え、俺は来た道を引き返した。
◇
──霧の館 地下(sideリゼラ)──
地下室の床下に隠されていたはしごを伝い、リゼラはさらに地下へと下っていく。
やがて疲労で手足が重くなってきた頃、ようやく爪先が何かに触れた。
音の響きからして、おそらく天井裏だろう。
足元の板を外して下の様子を伺うと、どうやらそこは会議室のようだった。
中に誰もいないことを確認し、リゼラはひらりと床に降り立つ。
「げっ、なによこれ。きったないわね……」
部屋の中をぐるりと見渡せば、壁や天井にべっとりと黒いシミがへばり付いており、微かに異臭を放っていた。
中央には大きなテーブルがあり、その上に何かの図面が無造作に置かれている。
手に取って見れば、それは地下施設の見取り図だった。
「かなり広そうね……」
見取り図によると、この施設は巨大な円形ホールを中心に、通路が蜘蛛の巣状に広がっているらしい。
どうやら元々あった地下水道を改装・拡張したようだ。
「ヒロトは……。あっちね」
見取り図を丁寧に折り畳みポケットの中に仕舞い、リゼラは会議室の出入り口へと視線を向けた。
大翔の居場所までの最短ルートを指し示す光の糸は、地下施設の奥に向かって未だ途切れることなく続いている。
魔法が効果を発揮している以上、ひとまず生きてはいるようだが、それでも不安はぬぐえなかった。
(もし大怪我してたら……)
魔法都市で見た血の赤が瞼の裏にこびりついて消えてくれない。
こうしている今にも、この頼りない光の糸がぷつりと途切れて消えてしまうのではないか────。
不意に湧いた最悪の予想を頭を振って追い出す。
効果の切れかけた暗視魔法を掛けなおしたリゼラは、真っ暗な廊下へと足を踏み出した。
やはり元は地下水道だったせいか、全体的にかなり肌寒く、耳を澄ませば微かに水の流れる音も聞こえてくる。
ビタ……ビタ……ビタ……。
「っ!?」
暗闇の奥から徐々に近づいてくる湿り気を帯びた足音に、リゼラは足を止める。
つんと漂う不快な悪臭に眉をひそめつつ望遠魔法で音のした方向を探ると、足音の主の姿が顕わになった。
それを一言で表すなら『人間の出来損ない』といったところだろうか。
左右で長さの違う手足は醜く爛れ、体表からは常に膿が流れ出ている。
顔に当たる部分は腫瘍に覆われいびつに変形しており、あれではすぐ近くさえまともに見えないだろう。
大きく開いた口からは黄ばんだ乱杭歯が覗いていて、粘り気の強い唾液が歯と歯の間に糸を引いている。
カツンッ!!!!
先手必勝。
相手がこちらに気付くよりも先にリゼラの魔法が発動する。
選んだのは指定した座標の温度を絶対零度に変更する魔法。凍てつく死の檻に捕らわれた異形の怪物は、瞬きの間に物言わぬ氷像へと変わった。
ステータスを持つ個体に直接魔法をかけようとした場合、彼我の「まりょく」値に開きがあるほどその効果は弱まり、十倍以上の差があれば魔法は完全に無効化されてしまう。
そのため仮に敵のステータスがリゼラより高かった場合、“個体Aの体組織を直接凍らせる”魔法では狙った効果を発揮しない可能性があった。
だが魔法が効果を及ぼす対象を空間そのものと定義すれば話は別である。
その場合、魔法が効果を及ぼすのは指定した範囲内の空間に対してであり、仮に敵の「まりょく」値がリゼラよりも高かったとしても「まりょく」値による効果の減少は発生しない。
代わりに絶対零度の空間に対して「たいりょく」と「ぼうぎょ」による抵抗が発生するが、一瞬で凍てついてしまったところを見るに、元々ステータスはあまり高くなかったのだろう。
氷像へゆっくりと近づいたリゼラは、動きを止めた怪物を杖で軽く小突いてみる。
するとその衝撃で亀裂が走り、氷像はそのまま粉々に砕けてしまった。
「……倒せたようね」
最も恐れるべき相手ではなかったと分かり、ひとまずホッと胸を撫でおろす。
アンデッドは強い未練を残した魂が死体などに憑依することで生まれる魔物だ。
そのため核となっている魂の未練を晴らしてやらない限り、どれだけ憑代を破壊しても元通り再生してしまう。
仮に憑代を塵一つ残さず焼却したとしても、魂が無事である限り何度でも蘇ってしまうため、物理的な手段で倒すことは一部の例外を除いて不可能と言われている。
母親からは魔法の才を存分に受け継いだリゼラだが、剣術の方はからきしだった。
当然、闘気剣術も使えず、こんな時こそ頼りになるはずの父親は物言わぬ剣へと成り果てている。
絶対零度という過剰な威力設定もそのためだった。
如何に不死身のアンデッドと言えど、憑代が分子レベルで停止すればしばらくは動けない。
何をやっても再生してしまう不死身の怪物にこんな狭い場所で囲まれでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。
「……それにしても、なんなのかしら。コイツ」
図鑑で見たどんな魔物の姿とも一致しない、いびつな姿。
まるで人工的に何かを作ろうとした過程で出来た失敗作のような……。
「アイツ、こんなところで何してるのよ……」
ブツブツと大翔への悪態を吐きつつ、しばらく通路を進むと、行く手に頑丈な金属扉が現れた。
大翔の居場所を示す光の糸は扉の中へと続いている。
見取り図を確認すると、ここが中央の円形ホールのようだ。
「何よこれ。こんなガチガチに魔法で防御してるなんて怪しいわね」
扉には鍵がかかっており、さらに物理的な干渉を無効化する魔法的な防御が部屋全体に施されていた。
試しに箱の中にあった不気味な鍵を鍵穴に押し当ててみるが、形が合わない。
「……ま、そう都合よく行くはずないか」
あっさり気持ちを切り替え、リゼラは再び見取り図を広げた。
施設の各所には研究室があり、内側から順に番号が割り振られている。
現在地から最も近い一号研究室へ向かうことにして、リゼラはより警戒を強めて歩き出す。
僅かに弧を描く通路を進むと、暗闇の奥に開け放たれた研究室の扉が見えてきた。
「これは……」
分厚い金属扉が拉げてしまっている。
内側から凄まじい力でこじ開けられればこんな感じになるだろうか。
扉にはやはり例の黒い液体が付着しており、付着してからそう時間が経っていないのか酷く臭った。
扉の外から室内を覗き込むと、左右には薄緑色の液体で満たされたカプセルが立ち並び、奥には用途不明の巨大な円筒形の機械がある。
警戒しつつ慎重にリゼラは部屋の中へ足を踏み入れていく。
カプセルの中には脈動する小さな肉塊が浮かんでいて、見ていると何故か心がざわついた。
いくつかのカプセルは割れていて、破片の飛び散り方から見て内側から何かが外へ出たのは間違いなさそうだ。
「何があったのかしら。それにこんな大規模な設備を作る資金、いったいどこから……」
これほど巨大な研究施設だというのに、先程から研究者の影が一人も見当たらないというのも気になるところだ。
それにいくら領主でも個人でこれほどの設備を秘密裏に建設、維持するのは不可能だろう。
となれば必ず出資者がいたはずだ。
俄かに巨大な陰謀の影が見え始め、リゼラは顎に手を当て俯き加減に考え込む。
「……どこかに記録が残っているかも」
部屋の奥まで進むと、円筒形の機械の影に隠れるように白骨死体が倒れていた。
服装からしておそらくここの施設で働いていた研究者だろう。
「どういうこと? この施設はもう使われていない……?」
今もこの施設で研究が続いているなら、こんな場所に死体を白骨化するまで放置するのはおかしな話だ。
それとも何か施設を放棄しなければならないような理由でもあったのか。
他に何か手掛かりはないかと白骨死体を調べると、ローブのポケットの中に一本の鍵を見つけた。資料室と書かれたタグが付いているだけの、真鍮製のシンプルな鍵である。
鍵以外に目ぼしいものは見当たらず、移動しようと立ち上がったリゼラの前髪を何かが掠める。
べちゃりと床に垂れたそれは、施設のあちこちに付着していた黒い謎の液体だ。
おそるおそるリゼラが天井に視線を向ける。
刹那、こちらを狙う捕食者の赤い瞳と視線が交わった。
長く節くれだった手足は蜘蛛のそれを彷彿とさせる。
異様に膨れ上がった胴体からは黒い汁が滴っており、この距離からでも異臭を放っていた。
「パ……パ……ァァァ…………」
そして何よりも悍ましいのは、怪物の顔。
それは数時間前に会ったばかりの、霧の館の幼い女主人と瓜二つの顔立ちをしていた。
伸びっぱなしの乱れ髪の奥で、まるで幽鬼のように赤い瞳がギラリと輝く。
少女の口元が「ぐぱぁ……」と糸を引いて左右に開き、肉食昆虫じみた大顎から長く細い舌をしゅるりと覗かせ────。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」
「っ!?」
直後、鋭い鉤爪を閃かせた怪物がリゼラに飛びかかってきた!




