0130 旅の終わり
──宇宙船内 リビングルーム──
レギオンを倒した後、俺は今回の戦いに参加した全員を宇宙船内の広い部屋に招いた。
この際だから後回しにしていた諸々の話を全員に共有しておこうと思ってのことである。
「ほぅらベイビーちゃんたち☆ たかいたかーい☆」
「きゃっきゃっ!」
「ぴぃ!」
一時は火が付いたように大泣きしていた赤ちゃんだったが、今はブレイブとラヴァエルに構ってもらって楽しいのかご機嫌だ。
赤ちゃんたちのおかげで場の空気も程よく和んだところで、俺は魔法都市の陥落から現在に至るまでの流れを掻い摘んで説明した。
「────なるほど、そういうことであったか……ッ」
俺が話を終えると、ダウラスさんは珍しく声のボリュームを下げて神妙に頷いた。
聖法国側が掴んでいた情報では、師匠たちは魔法都市が壊滅して以降消息不明のままだったらしい。
「それで、二人を戻す方法は見つかったのかッ!?」
「まだ試してないですけど、一応は」
「む!? そうなのかッ!!!!」
「待って! 私も初耳なんだけど!?」
ダウラスさんばかりか隣に座っていたリゼラまで目を丸くしたのを見て、俺はすっかり説明を忘れていたことに気づいた。
「ごめん。言うタイミング無かったし」
「いいわよそんなの! それより方法は!? どうすれば元に戻せるの!?」
「不死魔王の城で俺が貸したマントだよ。あれで包めば戻るって」
「やるわよ! 今すぐに!」
と、そんなわけで早速試してみることになった。
その場に居合わせた全員が固唾を飲んで見守る中、漆黒の杖と白銀の剣をマントで包む。
すると隙間から光が漏れ出し、布の内側でモゴモゴと何かが蠢き、みるみる膨れ上がって────……。
「……ここは?」
「どうやら元に戻れたようね」
師匠とマリエラさんがマントを押しのけ姿を現した!
「〜~~っ!!!! パパ! ママ!」
今にも零れそうなほど瞳を潤ませ、リゼラが真っ先に二人の胸に飛び込んでいく。
「おっと! ……少し背が伸びたか?」
「まさか。男の子じゃあるまいし。一度粉々に砕かれたし、私たちが縮んだのかも」
「ははは、そんなまさか。……ないよな?」
マリエラさんの冗談に師匠が顔を引きつらせる。
うーん。どうだろう。確かに少し小さくなったような気もするけど、それは俺の背が伸びたからだ。そうに決まってる。
「ごめんなさい……っ。あんなこと言うつもりじゃなかったのに……っ」
「いいんだ。俺の方こそすまなかった」
「ここまでよく頑張ったわね」
涙でボロボロのリゼラを、師匠とマリエラさんが抱きしめる。
言葉を交わせなかった時間を埋め合わせるように、再会の喜びを分かち合うように、親子はしばらくの間無言で抱き合い、静かに涙を流した。
「ぐすっ……。みんなのおかげよ。本当に、ここまでありがとう」
リゼラがこちらに振り返り、赤くなった目元を拭って小さく笑う。
アリアが嬉しそうに笑みを返し、アーシュラも尻尾を嬉しそうに振り回してニッと笑い返す。
「うぉぉおおおおおおん!!!! よがっだなぁリゼラちゃん!!!! ルキウスとマリエラもよくぞ無事に……無事に……っ、うぉぉおおおおおおん!!!!」
ついに叶った親子の再会を目の当たりにして、ダウラスさんも滝のように涙を流して大号泣だ。
なんとなく分かってたけど、見た目どおり豪快な人らしい。
あんなに泣いて自分の涙で溺れやしないだろうか。
「よかったね」
俺の服の裾を軽く引っ張り、美乃梨が微笑む。
迷宮都市の最下層で俺たちは魂を触れ合わせている。
それはつまり、あの場所に至るまでの俺の人生を美乃梨も追体験したということだ。
だから俺がこの光景に報われた思いを感じる一方で、旅の終わりに少し寂しさを感じていることも、きっと全部見透かされている。
「うん。よかった、本当に」
自分自身に区切りをつけるため、俺はあえて言わずとも伝わることを口にした。
師匠たちを元に戻す旅はこれで終わり。
文句なしのハッピーエンド。……というには無関係な人々がずいぶんと犠牲になってしまったけど。
それでも自分にできることを精一杯やって、ベストは尽くしたと思う。
そんな俺の感情を察知したのかは分からないが、ふとこちらに気付いた師匠が近づいてくる。
「────少し見ない間に随分と大きくなったな」
俺の成長を喜ぶように、師匠が破顔する。
「師匠。その、お身体は」
「ああ。まったく問題ない。むしろ以前より調子がいいくらいだ」
ぐっと力こぶを作って師匠が笑うと、それだけで俺の不安は吹き飛んだ。
師匠は魔法都市にいたときよりも強くなっている。こうして向かい合っていると、その存在感の大きさに思わず圧倒されそうになるほどに。
一度は粉々に砕かれてもうダメかとも思ったけど、一振りの剣として打ち直されたことにもきっと意味があったのだろう。
「ありがとうヒロト。この恩は決して忘れない」
師匠が俺の肩を抱く。
エルデンバーグの王城では師匠の大きさに守られるだけの、大人と子どもの関係だった。
この旅を通じて、俺も少しは大人になれたのだろうか。
「よかった……っ。元に戻ってくれて。本当に、よかった……っ」
以前とは目線の高さが違うけど、太陽のような温かさは相変わらずで。
胸の内に仕舞い切れなかった想いが溢れて視界が滲む。
師匠の肩を抱き返すと、自分が一つのことを成し遂げたのだと強く実感した。
「────それはそうと、先程からずっと気になっていたのだが、あの赤ん坊はもしや……」
師匠がゆりかごの中でキャッキャッと声を上げる赤ちゃんを見やり、それから俺とリゼラの顔を交互に見る。
俺の肩を掴む手に力が籠り、骨がギシギシと悲鳴を上げた。
まさか俺たちの子だと勘違いされてる!?
「違います! ここに来る途中で拾ったんです!」
「そ、そうか。そうだよな。そうだとも。まだ早い、早すぎる」
慌てて俺が訂正すると、師匠は目に見えてホッと脱力した。
そうですとも。だいたい俺には美乃梨が────。
「もう、ルキウスったら。それこそ時間の問題でしょうに」
マリエラさんがちらりと自分の娘を見やり、ボソッと爆弾発言を投下すると、師匠は完全に凍り付いてしまった。
リゼラも顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くばかりで何も言わない。
なんで何も言わないのさ。否定してよ!
恐る恐る隣を伺うと、美乃梨がニマニマと謎の笑みを浮かべていた。
どういう感情!?
「……ごほんっ! さっきは恥ずかしい姿を見せてしまったが、ともあれ復活おめでとうルキウス」
と、涙でぐしょぐしょの顔を拭い、ダウラスさんがやや恥ずかしそうに咳払いする。
大泣きして喉が枯れたのか声量もやや控えめだ。
「ありがとうダウラス。心配をかけてすまなかったな」
「お前のことだ。何か事情があって姿を隠しているのだと信じていたさ。とはいえ、喜んでばかりもいられない状況ではあるがな」
「不死魔王は倒されただろう。……まだ何かあるのか?」
なにやら不穏な空気を感じ取り師匠が表情を硬くすると、腕組みしたダウラスさんが難しい顔で「うむ」と頷いた。
「……つい先日、法王様がエスぺリサ王国を神敵と認定し、聖戦を行うと全世界に布告なされた」
「なんだって!?」
どうやら俺たちの旅は、悪の魔王を倒してめでたしめでたしとはならないようだった。
◇
──エスぺリサ王国 王宮 執務室──
執務机の上に設置されたモニターを真剣な眼差しで見つめる男がいる。
ラルフ・ガルドア・エスぺリサ。この国の王である。
画面に映し出されているのは、大翔に託したシルバリオン・ソーディアから送られてくる戦地のリアルタイム映像だ。
「うおおおおっ! 勝った! 勝ったぞっ!」
光の刃が凶星を消し去ると、珍しく興奮した様子のラルフが椅子を倒す勢いで立ち上がり、汗に湿った拳を振り上げ勝鬨を上げた。
“ぼくがつくらせたさいきょうのスーパーロボ”が世界の危機を救ったのだから無理もない。
「そろそろよろしいですか」
すると勝利の興奮に水を差すかのように、ラルフに声をかける者があった。
「っ!? ……いつからそこにいた」
赤面しつつも平静を取り繕い、ラルフが声の主に視線を向ける。
気づけば執務机を挟んだ向こう側に一人の女性士官が立っていた。
肩口で揃えた雪のような白髪。整った顔立ちはどこか人形めいており、生物らしさが感じられない。
特徴的な赤い瞳は彼女が人造生物であることを静かに物語っていた。
「陛下が『いけっ! やれっ! そこだぁ!』と子どもみたく一喜一憂していたあたりから」
「モノマネが上手くなったな? 芸人でも目指してはどうだ」
「御冗談を」
ラルフの軽口をさらりと受け流した女性士官は、抱えていた資料を机の上に置く。
彼女の名はヌル。特務機関『海竜の剣』所属の諜報員である。
「そちら、今回の調査報告書となります」
「うむ、ご苦労。────天使の祝福?」
目の前に置かれた資料に目を通し、ラルフが表情を険しくする。
報告書よると、それは穀物の粉とそっくりの見た目をしており、ニオイや味もそっくりなのだという。
だが、一口舐めれば強烈な多幸感に包まれ、まるで天の祝福を得たような気分になれるらしい。
それだけ聞けば危険な薬のように思えるが、摂取したからといってこれといった副作用や禁断症状もみられず、一種の精神薬として爆発的に流行しているとあった。
「本当にただの精神薬なのか?」
「そのようです。異能による分析無しでは穀物の粉と見分けがつかないため水際で止めることもできず、これといった禁断症状もないので、すでに国内でも人気が高まりつつあります」
さらに報告書を読み進めると気になることが書かれていた。
国内では『海神の微笑み』と名を変え販売されている天使の祝福だが、その仕入先を辿っていくと販売の大元はヴァイパー商会であるらしい。
しかもヴァイパー商会は共通通貨でしか天使の祝福の販売を行っていないともある。
「────なるほど。敵の意図が読めたぞ」
報告書を最後まで読み終え、しばし顎に手を当て考えていたラルフがふと顔を上げた。
「敵、ですか?」
「これはおそらく、何者かが仕掛けた金融破壊工作だ」
「何者か。というと、オルター氏でしょうか?」
ヌルがヴァイパー商会の現会長の名を挙げる。
迷宮都市の大崩落以降、行方不明になっていたリカルド・ヴァイパーの遺体が発見されたと公表されたのが一ヵ月前のこと。
それに伴いヴァイパー商会副会長だったネロ・オルター氏が会長に就任している。
普通に考えれば天使の祝福の販売元であるヴァイパー商会が黒幕と考えるのが妥当だが、しかしラルフは首を横に振った。
「いや、おそらくヴァイパー商会は隠れ蓑で、真の黒幕は聖法国の誰かだろう」
ラルフは手近にあった紙を机の上に広げ、図を書きながら説明を続けた。
「私が気になったのは、ヴァイパー商会が共通通貨に限定して天使の祝福を販売しているというところだ」
「はい。ですがヴァイパー商会の本店があるウルファール共和国は聖神教を国教としていますし、それほど不可解でもないように思われますが……」
「それがそうでもない。現在、共通通貨の価値は聖神騎士団が起こした虐殺事件と不死魔王の大侵攻が重なった影響で大きく下がっている。それこそ、我が国で発行しているレタの方が高くなるほどにな」
商売とは安く仕入れて高く売るのが原則だ。
何を売るのであれ、仕入れのコストは決して無視できないし、加工や商品の運搬、販売など、あらゆる工程で人件費もかかってくる。
だからこそ商人たちは価値の低い通貨でコストを支払いたがる。
そうして作られた商品を貨幣価値の高い国で売れば、その差額分だけ儲けが出るからだ。
地球でも発展途上国に大企業の工場がたくさん建つのも同じ理屈である。
ところがだ。
ヴァイパー商会は価値が大きく低下し、かつ回復の見通しも怪しい共通通貨でのみ、大人気商品である天使の祝福の販売を行っている。
「天使の祝福が報告通りの商品なら、売りに出せば間違いなく売れる。商人なら喉から手が出るほど欲しがるはずだ。しかしヴァイパー商会が共通通貨でのみ取引すると公言している以上、今後は国家通貨で共通通貨を買う動きが生まれるはずだ」
「みんなが共通通貨を欲しがれば、その価値もまた上がるわけですね」
「仮に天使の祝福に禁断症状が無くとも、強烈な多幸感を生むのであれば依存性はかなり高いはず。そんなものが出回り続ければ、いずれあらゆる産業が破綻するだろう」
「と、おっしゃいますと?」
「市場経済とは簡単に言ってしまえば人の欲望で成り立っている」
例えば、あれが食べたい。これが欲しい。こういうサービスを受けたい。
指折り数えてラルフは説明を続ける。
その根底にあるのは満たされたいという人の欲望と、満たされた際に生じる快楽や幸福感だ。
「一度強烈な快楽を覚えた人間というのは、それ以外のものがすべて味気なく感じるものだ。天使の祝福が報告通りのモノなら、どんな美食やサービスも到底敵うまい」
そこまで説明を聞き、ヌルは何かに気付いたように顔を上げた。
「人々が天使の祝福ばかり求めるようになると、陛下はそのようにお考えで?」
「厄介なのはこれといった副作用が無く、手頃な価格で手に入るという点だ。しかも売り出しているのはあのヴァイパー商会。それだけで手を出すまでの精神的なハードルはかなり低くなる」
安く、手軽に摂取可能な極上の快楽があるなら、人は必ずそちらに流される。
一人二人程度ならまだしも、その波が社会全体にまで波及したなら、それはこの世の終わりだ。
「多くのサービス業は店を畳むことになり、街は失業者で溢れかえるだろう。一次産業を含めたすべての業種が衰退するやもしれん」
「本当にそんなことが……」
王が口にした恐ろしい未来予想にヌルの顔が青ざめる。
「もしもこのまま行けばあらゆる国家通貨は駆逐される。天使の祝福の流通量を操作すれば、狙った国の国力を低下させることも可能だろう」
「だから金融破壊と仰られたのですね」
感服した様子のヌルに頷き返し、ラルフは思考を巡らせる。
天使の祝福によって人々の欲望の矢印が一本化してしまえば、あらゆるサービスはその価値を失う。
そうなったとき貨幣としての価値が大きくなるのは、絶対に偽造不可能であり、天使の祝福と交換可能な共通通貨だ。
天使の祝福全面禁止法の草案と、輸入品の検査体制の見直し案を頭の片隅で考えつつ、ラルフはヌルに新たな命令を下す。
「ヌル、新たな任務を与える。天使の祝福の製造場所を特定し、確実に破壊しろ」
「了解しました」
「それともう一つ。必ず生きて帰ってこい。いいな?」
「はい」
ヌルが軍靴の踵を揃えエスぺリサ王国式の最敬礼で答える。
すると次第に彼女の姿が「すぅ」と透明になっていく。
数秒と経たずその姿は完全に透明になり、ラルフの前から姿を消した。
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「えへへ、モノマネ上手いって褒められちゃった」
誰にも気づかれることなく廊下に出たヌルが、ぽそりと独り言を漏らす。
彼女の声を聞いたメイドがすれ違いざまに振り返るが、そこには誰もおらず「???」と首を傾げる。
「はぁ……。今日の陛下もかっこよかったなぁ」
頬が熱を帯びたのを自覚したヌルは「きゃっ♡」と両手で顔を覆い、くねくねと身をよじる。
あらゆる感知を掻い潜る完全ステルス能力は、廊下を行き交う人々に彼女の存在を認識させない。
誰の目にも留まらず、気づかれない。
ゆえに彼女は無なのだ。
「陛下は私たちにすべてを与えてくれた」
研究所での生活を思い出し、ヌルは眉根を寄せる。
人造兵士製造計画は、なにもツェペシュトラード邸の地下だけで行われていたわけではない。
計画自体は先々代の王の時代から存在し、研究は国内の各地で極秘裏に進められていた。
クーデターで王権を奪い取ったラルフはその政治基盤を盤石のものとするべく、王位についてから真っ先に不正貴族の一斉処罰を実行している。
その際、多くの貴族邸宅に強制捜査が入り、地下で行われていた非倫理的な計画の数々が明るみに出ることとなった。
「美味しいごはん。あったかいお布団。今は毎日がとっても幸せ」
研究所での家畜同然の生活を思えば、今はまるで夢のようだとヌルは思う。
研究の過程で生み出された実験体たちは、全員がラルフの計らいによりひとまず陸軍士官学校に入学させられた。
そうして地上の常識や一般教養を身に着けさせ、希望者には望む仕事に就けるよう手配するとまで約束してくれた。
実際、ヌルの姉妹にも一人、軍属にならず町のパン屋で働き始めた者がいる。
つい先日も彼女の様子を見にいったが、戦うよりも接客の方が性に合っていたのか、充実した顔をしていた。
「私たちなんて、本当は殺処分されててもおかしくなかったのに……。だけど陛下は私たちに知識と、自由と、活躍の場を与えてくれた」
与えられたものに報いたい。
そう思ったからこそ彼女は軍属になることを選び、ここにいる。
「次の任務もがんばるぞっ!」
むんっ! と、小さく拳を握り自分を鼓舞したヌルは、誰にも気づかれることなく次の任務に向けて動き出した。




