0131 魔王を倒した後の世界
──宇宙船内 リビングルーム──
「────と、ここまでがお前が剣にされている間に起きた聖法国内の動きと、大まかな世界情勢の流れだ」
「まさか法王様が……」
ダウラスさんの口から告げられたここ二ヵ月あまりの世界情勢を聞き、師匠は信じられないという顔をした。
どうにも俺たちが厳冬の大地で右往左往している間、世界情勢は相当まずい方向へ転がってしまっていたらしい。
「……で、アリアはさっきから何を書いてるの?」
「話がややこしくなってきましたし、時系列順に起きた出来事を紙にまとめてましたのよ」
ローテーブルに広げた紙に膝立ちの姿勢でガリガリと何かを書き綴っていたアリアに声をかけると、彼女はそれまで書いていたものをみんなに見せた。
◇──────────────────────────◇
聖歴六〇〇年 八月九日 ※三か月前
不死魔王により聖地マテリオペテルス陥落。
その後、不死魔王は全世界へ向け復活の声明を発表。
アンデッド軍団が春風の大地全土に対し侵攻開始。
八月一〇日
不死魔王復活の声明を受け、ダウラス大団長率いる天使三名と聖騎士隊が春風の大地へ派遣される。
八月十一日
聖盾天使エリアル迷宮都市入り。
※ゼロス抹殺の神託が下りたため。
八月十二日
勇者ヒロト・スズキ迷宮都市入り。
エリアルの独断で【天罰】が行使される。
迷宮都市第三区のほぼ全域が崩壊。死者・行方不明者多数。
※第三区はエスぺリサ王国の影響が強い地域であり、住人の七割以上がエスぺリサ出身。それを受けエスぺリサ王国は聖法国に対し正式に非難声明を発表。
※エリアルは現在も行方不明
聖歴六〇〇年 九月七日 ※二ヵ月前
アンデッド軍団の侵攻止まらず。
予想を超える進軍速度に天使三名だけでは対応しきれず、援軍要請のため高速飛行能力を持つ聖火天使ラヴァエルが戦線を離脱。聖法国へ一時帰還する。
聖歴六〇〇年 十月九日 ※一ヵ月前
聖火天使ラヴァエル、援軍要請の件をすっぽかし迷宮都市入り。
※大翔とエリアルの捜索、及びゼロス抹殺のため。
同日、ヒロト・スズキ迷宮都市を脱出。
※それに伴いラヴァエルも厳冬の大地へ飛ばされ、聖法国側と音信不通に。
十月十五日
アンデッド軍団の侵攻率、春風の大地の六割に達する。
密かに海底を進んでいたアンデッド軍団が炎の大地、及び雷鳴の大地へ到達。沿岸部を中心に侵攻開始。
聖暦六〇〇年 十一月一日
エスぺリサ王国北部の都市フェーブにて聖神教の教会を狙った自爆テロが発生。
※週末の祈りの最中を狙った凶行。死傷者多数。
同日。全世界の空に法王アマーリアの姿が映し出される。
フェーブの件がエスぺリサ王国の攻撃であると主張するも、ラルフの機転により有耶無耶にされる。
※俗に言う天空の大会談。
十一月二日
ラルフ王の発言を裏付けるように全世界の新聞社が多頭蛇関連のニュースを報道。
同日の夕刻。
朝刊の内容がエスぺリサ王国に都合の悪い内容へ書き換えられる。
※聖法国所有の魔宝具【真実の書】が使用されたか?
新聞の内容改変から一時間後。
再び法王アマーリアが全世界の空に登場。新聞の内容改変を神の奇跡によるものとし、それを根拠に改めてエスぺリサ王国を神敵認定。聖戦を行うと声明を発表する。
法王の声明発表直後。
全世界で同時多発的に一部の聖兵が暴走開始。
多くの住人が虐殺され、暴走した聖兵たちは日暮れと共に一斉に聖句を唱え自害。
これにより長年にわたって宗教弾圧を受けてきた住人の感情が爆発。
ここ一〇〇年以内に聖神教が国教とされた国々で暴動が発生し、聖神教勢力と古き神々の勢力の対立が決定的なものとなる。
◇──────────────────────────◇
ダウラスさんと俺たち、両者の情報をまとめた紙から目を外すと、話を聞いていなかったラヴァエルを除き、全員が深刻そうな顔をしていた。
「なんつーか、こうして見ると全部が最悪の形で繋がってるな」
と、渋い顔をしたのはスピエル君である。
確かに、いくら両者の間に歴史的・宗教的な軋轢があったとしても、聖神騎士団が全世界で同時多発的に町の住民を攻撃するなんてどう考えても変だ。
聖兵の暴走は何者かが悪意的に仕組んだことだろう。そしてこんなことができる人物を俺は一人しか知らない。
「……アシュモネか」
「おそらく仕込みはすでに終わっていて、機を見て実行したのでしょうね」
俺の呟きに同意するようにアリアが悲しげに目を伏せる。
すると師匠が重々しい息を落とし、腕組みしつつ口を開いた。
「聖神騎士団の大部分を占めるのは現地採用された志願兵たちだ。その中には食うに困ったチンピラや冒険者崩れのゴロツキも当然いる。今回付け込まれたのはそういった者たちだろう」
「ええい、神の耳は何をしておったのだ! そういう連中を監視して審問所へ送るのも奴らの仕事だろう!? 普段コソコソとありもしない腹を探ってくるくせに、何たるザマだ!」
額に青筋を浮かべたダウラスさんが声を荒げると、師匠が落ち着けと視線で咎めつつ首を横に振った。
「おそらくそこもすでに取り込まれていたのだろう。あるいは淫魔王とは別軸の悪意ある何者か────例えば多頭蛇が聖法国内部に潜り込んでいて、意図的に情報を隠匿していた可能性もあるな」
「エスぺリサの王様も似たようなこと言ってたの。フェーブの自爆テロは多頭蛇の陰謀で、対立を煽って両方に武器を売りつけて儲けてるって」
余った袖をパタパタと羽ばたかせ、キュレアルちゃんが師匠の予想を補強する。
言われてみれば確かに、今の世界情勢は武器を売って儲けようとする人たちにとってあまりにも都合が良すぎる。
その名の通り、末端をどれだけ潰してもアンフィスバエナみたく首が生え変わって倒しきれない。
多頭蛇め。本当に厄介な相手だ。
「規模から見て淫魔王が使ったのはおそらく感染式の精神汚染ね」
と、別角度の視点を投げ入れたのは父親と同じポーズのリゼラだ。
こうして見るとやっぱり親子なんだな。表情とかそっくりだ。
「感染式? そんなのがあるのか」
尻尾を疑問符の形に曲げてアーシュラが尋ねると、リゼラが頷いてさらに続ける。
「無理やり命令を聞かせるようなことはできないけど、かけた相手の認識を本人さえ気づかない内に捻じ曲げて狂わせていくのよ。そしてそれは術をかけられた人間と会話することで別の人間にも感染するわ」
「じゃあオレたちも知らない間に感染してるかもしれねぇってことか!?」
「わたくしには利きませんわ! みなさまが変になったらブッ叩いて治してあげましてよ!」
腰に手を当て得意満面にアリアが「ふんす!」と鼻を鳴らす。
そんな古いテレビじゃないんだから。岐阜の婆ちゃんも何かにつけてテレビ叩いてたっけ。
「感染には条件があるのよ。特定の仕草だったり、言葉だったり、その両方だったり。仮に私が仕掛けるなら騎士団の中でしか使われない単語や宗教的な仕草を条件に設定するわね」
「ぬぅぅ……ッ! だからあれほど志願者は厳しく見よと言い含めておいたというのにッ!」
ダウラスさんが全身から悔しさを滲ませ歯噛みする。
きっと随分前から組織的な欠陥については気付いていたのだろう。
だけど現場レベルだとそうも言っていられないというのは、よくある話だ。
採用を絞れば、その分人手が減る。
人手が減ればそれだけ現状に不満を持つ人々が活発になるし、そうなれば治安も悪化する。最悪、反乱なんてことにもなりかねない。
分かっていてもどうにもできないこと、というのは、いつの時代どんな場所にでもある。
「それより気になるのは天空の大会談以降の聖法国の動きね」
と、頬に手を当てつつ口を開いたのはマリエラさんだ。
「フェーブの自爆テロがエスぺリサ王国の仕業という話の根拠は、神託によるお告げがあったからなのよね?」
「うむ。あの会談は俺もフラペリオで聞いていたから間違いない。法王様は確かにそう仰っていた」
「だとしても、あのアマーリア様がいきなり宣戦布告なんてするかしら」
「そのアマーリア様ってどんな人なんですか?」
唯一この場で法王のことを知らない俺が尋ねると、口々に様々な特徴が挙げられた。
いわく、虫も殺せないくらい優しい人。
世界の平和を誰よりも望んでいる。とんでもなく美人。博愛主義が服を着て歩いているような人。精神的に少し脆い一面がある。などなど。
聞けば聞くほど、そんな人がいきなり暴力に訴えかけるようなことをするとは思えなかった。
「親友のエリアルが行方不明で参っておられたとしても、法王様ならまずは話し合いの場を設けようとなさるはずだ。エスぺリサ王国を滅ぼせという神託が下りたなら話は別だが……」
伸びかけの髭をジョリジョリ触りつつ、ダウラスさんが違和感を口にする。
「けど法王様はそんなこと一言も言ってなかったの」
「だよな。もしそういう神託が出たなら法王様ならちゃんと言うだろ。めちゃくちゃ悲しそうな顔でさ」
キュレアルちゃんとスピエル君が顔を見合わせ頷き合う。
「……まさか法王までアシュモネに?」
「あり得んッ!!!! 白星大聖宮の警備を魔族が掻い潜るなど不可能だッ!!!!」
俺が思い付きを口走ると、ダウラスさんが声量を大にしてテーブルを叩く。
鉄板のような手を叩きつけられたテーブルは大きな音を立てて真っ二つになった。
俺が怒られたわけじゃないのは分かってるんだけど、やっぱりこの人ちょっと苦手だな……。
「落ち着けダウラス。ここで怒鳴っても何も解決しないだろう」
「ぬ、ぬぅ……ッ。すまん」
師匠に宥められ、ダウラスさんがソファーにドスンと腰を下ろす。
「精神汚染を受けた何者かが白星大聖宮に紛れ込んでいる可能性は?」
顎に手を当て考え込んでいたリゼラが一つの可能性を提示する。
「だとしても法王様のご様子が明らかにおかしいなら精神鑑定が行われるはずよ。異能で精神支配されていたなら犯人も含めてすぐに分かるはず」
マリエラさんが首を横に振ると、アリアが何かに気付いたようにハッと目を見開いた。
「では、もしそれが異能によるものではなかったとしたら?」
「……っ! 冥界の蟲」
アリアの言葉ですぐに思い至ったのか、リゼラが苦々しい顔をする。
「でも冥界の蟲は全部焼いたはずだし、蟲が入ってた実験体たちはアリアがぜんぶ飲み込んだじゃないか」
忘れもしない。
あの館の地下で見た実験体たちの姿は今でもたまに夢に出るくらい強烈だった。
「ツェペシュトラード邸にいた分はその通りですわ。ですがもしも、あの大嵐の直前に伯爵自身の手で蟲の一部が持ち出されていたとしたら?」
「あり得ないよ! だって伯爵はティリアに操られていたじゃないか!」
「わたくしもコレを見るまでそう思っていましたわ」
そう言ってアリアは虚空から紙の束を取り出す。
タイトルは『精神支配蟲の飼育・及び改良に関する報告』とある。
中身に目を通してみると、どうやら本当にあの蟲はツェペシュトラード邸から持ち出され、それを多頭蛇が買い取っていたらしいことが分かった。
「そんな……! ていうかこんなものどこで!?」
「おほほ! 迷宮都市の多頭蛇のアジトで少々」
「……あんときか」
何か心当たりがあるのか、アーシュラが「手癖の悪い姫様だ」と呆れ顔になる。
そういえばこの二人が迷宮都市で俺たちと合流するまで何をしてたとか聞いてなかったな。
「蟲を館の外へ持ち出した理由は、万が一にも研究施設が封鎖されたときの保険でしょう。ティリアの用意周到な性格を思えばあり得ない話ではありませんわ」
「じゃあ迷宮都市で飼育改良された蟲が、俺たちが来る前に持ち出されてたってこと?」
「その可能性はかなり高いかと」
だとしたらまずいぞ。
冥界の蟲は一度体内に入ったら薬を飲まないと取り出せない。
異能での探知にも引っかからないよう品種改良されてるみたいだし、もしそうなら早く薬を飲ませないと本当に戦争が始まってしまう。
「だとするなら、聖兵の暴走と法王様のご様子の変化はやはり別軸なのか……?」
「まだ確定ではありませんが、おそらくは。少なくとも聖法国内に邪悪な考えを持つすっとこどっこいが紛れ込んでいるのはほぼ確定でしょうね」
師匠の呟きに頷きつつ、アリアが虚空から取り出した薬の小瓶をキュレアルちゃんに渡す。
「ここに品種改良前の蟲を駆除できた薬がありますわ。効くかどうかは未知数ですが、まったく効果がないということはないはず」
「ありがとなの。でもなんでわたし?」
「だって他のみなさまはアレでしょう?」
小首をかしげたキュレアルちゃんにアリアがこっそり耳打ちする。
ラヴァエルは論外として、ダウラスさんも力加減を間違えてうっかり小瓶を粉砕しそうだ。
「アレと一緒にされるとか心外なんだが?」
「法王様は女性ですし、私室に籠られたらあなたも役立たずですわよ」
赤ちゃんたちと遊んでいるラヴァエルを指差してスピエル君が異議を申し立てるが、アリアにバッサリ切り捨てられ、しょんぼりと肩を落とした。
「アハハッ☆ なんの話だい?」
「いーや、なんでも」
少し拗ねたようにスピエル君が言うと、ラヴァエルはそれっきり興味を失い火の玉お手玉を再開した。
赤ちゃんたちが楽しそうでなによりだよ。
なにはともあれ話も一区切りついたところで、これ以上待てないとばかりダウラスさんが立ち上がった。
「ではすぐさまこの船で聖法国へ向かおうではないか! 君に聖刃の称号を与えるという話も出ていたことだ。何者かに操られていた法王様を正気に戻したとあらば誰も文句は言えんだろう!」
「俺たちは聖法国には行きません」
これを言うのも何度目だっけ。
俺がキッパリと断ると、ダウラスさんは意表を突かれたようにきょとんとしてしまう。
「な、なぜだね?」
「理由は……ごめんなさい。話せません」
聖刃というのが何なのかは知らないが、聖神が俺に首輪を付けたがっていることは何となく分かる。
もしそうなれば俺は二度と元の世界に帰れない。
朱莉や母さん、美乃梨のお父さんお母さんも心配しているはずだ。
家族に心配をかけたままこの世界で暮らしていく決意なんて俺にはできないし、不死魔王のせいですでに後戻りできないところまで状況は進んでしまっている。
それに、淫魔の力に覚醒した今の美乃梨を聖法国に連れて行ったらどうなるか、まるで予想がつかない。
バレないならそれが一番だけど、万が一にも捕まって処刑なんてことになったら魔具職人の二の舞だ。
「ダウラス。聖法国にはお前たちだけで帰るんだ」
息の詰まりそうな沈黙を破ったのは師匠だった。
「しかしルキウス!」
「ヒロトがここまで言うんだ。きっと何か事情があるのだろう。ここは俺に免じて、頼む」
長年共に戦ってきた戦友に向かい、師匠が頭を下げる。
……俺のために頭を下げさせてしまった。
信じてくれたことを嬉しく思う反面、申し訳なくて居たたまれなかった。
「ぬぅぅ……ッ。分かった! 帰るぞお前たち!」
しばしの沈黙の後、ダウラスさんはガシガシと頭を掻いてソファーから立ち上がり、壁に立てかけてあった大剣を肩に担いだ。
「いいのかよ!? 神託無視して!」
「男に二言は無いッ!!!! 我が親友がああまで言うのだ! ならば俺はそれを信じるのみ! それに時期についての明言はされていないのだ。ならば次の機会でも問題なかろう!」
「そりゃそうだけどさ! あぁぁーっ、もう!」
のっしのっしと肩を揺らして退室したダウラスさんに続き、スピエル君が頭を抱えたまま部屋を飛び出していく。
周りが濃い人ばっかりで苦労してそうだ。
ごめん、俺のワガママのせいで。
「お騒がせしてごめんなさいなの」
と、キュレアルちゃんが礼儀正しくぺこりとお辞儀して、二人を追って部屋を出ていく。
「おや、難しいお話はもう終わりかい? これからとっておきの芸を見せるところだったのに☆」
「ぴぃ……」
「うぅ?」
「ああっ、二人ともそんな顔をしないでおくれ! ボクに会いたかったらいつでも星に願うといい☆ 君たちが願えばいつだってボクは世界の果てからでも飛んで行くからね!」
「ぴ!」
「あい!」
気付けばすっかり仲良しになっていた赤ちゃんたちに別れの挨拶を済ませ、ラヴァエルがくるくるっとターンを決めて俺に向き直る。
「無論、キミもだよヒロト君☆ ボクらの友情は永☆遠! 遠く離れていてもボクはいつだってキミの味方さッ☆☆☆」
「ありがとう」
差し出された手を握り返し、最後に固く握手を交わす。
思えば最悪の出会いだったのに、気づけばすっかり友達になっていた。
これも彼の人徳だろう。
全体的にうるさいけど……本当に四六時中うるさかったけど、間違いなくいいヤツではある。
今の言葉も心からのものだと分かるからこそ、ほんのちょっぴり、別れが名残惜しい。
「さらば友よ☆ また逢う日まで☆ アッハハ☆」
ラヴァエルは最後まで浮かれたテンションのまま、ルンルンスキップで去っていった。
一番騒がしいヤツがいなくなり静けさが戻ると、狭く感じていたリビングルームが少しだけ広く、寂しく感じた。
「────さて、賑やかな連中も帰ったことだし、話してくれるな?」
やれやれと一息ついてから、師匠が俺に向き直る。
その隣でマリエラさんが人差し指をくるくるっと回せば、ダウラスさんが叩き割ったテーブルが元通りになり、ついでにどこからともなくティーポットとカップが出てきた。
さて、どこから話したものか。
「かなり刺激の強い話です。覚悟して聞いてください」
そう前置きしてから、俺は頭の中を整理しつつ話を始めた。




