0129 星を断つ刃
猛スピードで空を駆ける俺たちに反応し、暗黒髑髏がこちらに右手を向ける。
すると指先から分離した無数の貌が鉄砲水のような勢いで俺たちに迫った。
呪詛をばらまき迫る顔の濁流。────あれに触れたらまずい!
「ラヴァエル!」
「ハハッ☆ 残念だけど君たちじゃ引き立て役にもならないねッ☆☆☆」
脳裏を過った直感に俺が叫んだのと同時。キザっぽくウインクを飛ばしつつ、ラヴァエルが腰の鞘から剣を抜き放つ。
刃の軌跡に追従するように紅蓮の焔が迸ると、俺たちの正面を塞いでいた顔が一斉に爆発した。
爆炎を突き抜け、俺たちはさらに高度を上げる。
見れば敵の右肘から先が消失していた。
すると再び、少し先のビジョンが脳裏を過る。
「────っ! 炎で攻撃してくるぞ!」
暗黒髑髏の顎が大きく開く。
直後、ビジョンで見た通り、ビームのような勢いで闇の獄炎が吐き出された。
「ボクに炎で挑もうだなんて、百万年早いよっ☆」
ラヴァエルの剣が閃き、空に十字の傷を刻めば、燃え盛る十字型の斬撃波が闇の獄炎を斬り裂いた。
十字型の斬撃波はそのまま巨大な鳳凰へと姿を変え、真っすぐに暗黒髑髏目掛けて飛翔していく。
──斬ッ!!!!──
切断面から聖なる火がチリチリと溢れ出し────爆発!
背骨を断ち斬られた暗黒髑髏の上半身が重力に引かれて「ぐおおん!」と落下を始める。
「はーっはっはぁ☆ さあ遠慮はいらないよ! ボクの美貌をその目に焼き付けて! そしてそのまま燃え尽きてまうがいいさっ☆」
背骨を伝って延焼した聖なる炎は、灰も残さず貌の群れを端から焼却していく。
すると暗黒髑髏の姿が霧のように解け、無数の貌へと分裂した。
巨大な一から無数の個に分かれて延焼の被害を最小限にとどめたのか。
「アイツ、思ったより賢い!」
「アッハァ☆ 観客が増えるのは大歓迎さッ!!!!」
今一度、ラヴァエルの剣が閃いた。
炎を纏った斬撃波が空を幾重にも斬り裂き、全天を派手な爆発が彩る。
だが。
「アッ、これちょっとまずいかもしれない」
────爆炎が晴れると、レギオンは元よりも数を増やしていた。
いくつかの貌が自ら盾となることで炎の被害を防ぎ、後方に控えた貌が増殖を繰り返すことで、減らした数より増えた数が上回ったのだろう。
「そこの二人ッ!!!! どけぇぇぇい!!!!」
凄まじい大声が空を揺らすと、直後、俺たちの目前に巨大な鉄の壁が現れた。
戦場を見渡せる位置まで後退すると、壁だと思っていたものが途方もなく大きな剣だったと分かった。
「ぬおぉぉぉりゃあああああああああああッ!」
天を貫く巨剣が力任せに振り下ろされる。
呆れるほどの巨大質量が空を斬り裂き、刃の通ったところだけ青空が戻った。
まるで神話の一節のような光景に思わずぽかんと口を開いていると、空を薙ぎ払った巨剣はみるみるサイズを小さくし────フルプレートを着込んだ大男が白銀の騎士の右肩に「ズシン!」と着地する。
「ダウラスさん!? 今までどこに!?」
「少しばかり遠い場所に飛ばされてなッ!!!! ラヴァエルを追いかけて走ってきたのだッ!!!!」
「ハハッ☆ そんなにボクのサインが欲し……「貴様のサインなどいらんわぁぁぁ────ッ!!!! 事情を聴く前に飛び出しおってッ!!!! この馬鹿者があぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!!!!」
鼓膜が破れんばかりの大声に一刀両断され、ラヴァエルの肩がビクリと跳ねる。
全世界の注目を浴びたい目立ちたがり屋も声のデカいおじさんは苦手みたいだ。
などと言っている間にも戦況はさらに変化していく。遥か眼下の海原で突如、巨大な水柱が天に向かって立ち上ったのだ。
うねる水柱はみるみるうちに大蛇の姿を模ると、二匹、四匹、八匹と倍々にその数を増やし、大顎を開いて腹の中にレギオンを閉じ込めていく。
腹の中にレギオンを蓄えた海水の大蛇たちは、一ヵ所に寄り集まって一匹の龍へと姿を変えた。
そこへ────。
「アメノミカヅチ!!!!」
雷の柱が降り注ぎ、空を白く染め上げる。
光が収まると、海水の龍は腹に収めていたレギオン諸共きれいさっぱり消え去っていた。
「見るからに邪悪な怪物、放っておけないの」
「あれが不死魔王? 思ったよりキモイ見た目してんだな」
いつからそこにいたのか。
声のした方へ視線を向けると、機体の左肩に二人の人影があった。
キュレアルちゃんとスピエルくんだ。
「あれは異次元からやってきた怪物だよ。不死魔王は俺が」
「倒したのか!? すげーなお前!」
「……そんなこと、ないよ」
事情を知らないスピエルくんからの賞賛を、俺は素直に受け取ることができなかった。
今回のことは不死の身体に絶望した天才科学者の自殺に付き合わされただけで、俺の逃げ道を塞ぐためだけに大勢の命が犠牲になっている。
しかもそのことは神殺し────地球への帰還にも繋がっていて、光の勇者が悪の魔王を倒してめでたしめでたし。なんて単純な話じゃない。
頭を振ってモヤモヤした気持ちを掻き消し、改めて空を見上げる。
気付けばダウラスさんの一刀で切り開かれた青空は、分裂増殖したレギオンによって再び塞がれてしまっていた。
今はとにかく一人でも多くの戦力が欲しい局面だ。聖神教がどうとか言ってる場合じゃない。
「あいつら凄い速さで分裂するからとにかく一匹残らず消滅させて!」
「了解! こういうのだよ俺が求めてた戦場は! 先行くぞ!」
俺の言葉に頷き返し、スピエルくんが長槍を構える。
再び雷鳴が轟くと、機体の左肩に立っていたはずの彼はすでに敵の群れの中で槍を振り回していた。
雷の柱が縦横無尽に迸り、レギオンの数を削り取っていく。
「アハハッ☆ 一番目立つのはこのボクさっ☆☆☆」
出番は譲らないとばかり、ラヴァエルも炎の翼を燃え上がらせて後を追う。
炎と雷が交互に瞬き、黒に埋め尽くされていた空にぽつぽつと穴が開き始める。
「みんなガキなの」
と、やや暴走ぎみの男子たちに冷ややかな視線を向けやれやれと嘆息したのは、一人だけこの場に残ったキュレアルちゃんだ。
「奴らを逃がさない役目も重要なの」
俺の視線を感じてか、キュレアルちゃんが「ん」と顎をしゃくる。
見れば網のように張り巡らされた海水が空を覆いつくし、春風の大地全土を囲う檻が完成していた。
レギオンも檻の隙間から外へ出ようと試みるが、檻に近づいた個体から順に超高圧水流に狙撃され粉々に消し飛んでいく。
「す、すごい! これだけの範囲をたった一人で……!」
「おーい! ヒロ坊!」
と、そこへ仲間たちの回収を終えたグヴォロズが超特急ですっ飛んできて、俺たちの手前で急停止した。
「なんやあの檻! その子がやっとんのか!?」
「三分が……っ、限界、なのっ。早く!」
目を剥いて驚くグヴォロズに、キュレアルちゃんが歯を食いしばって頷き返す。
やはり相当な無理をしているのか、鼻と目尻から血を流していた。
「分かった。二分で片づける! この子お願いします!」
「なんや作戦でもあるんか!?」
檻の制御に集中するキュレアルちゃんをグヴォロズに押し付け、頭上に意識を向ける。
俺の意思に反応し、背後で刃の翼が大きく開いた。
左右合計二〇枚の刃で構成された翼の合間に青い燐光が瞬き、莫大な推進力が蓄えられていく。
「一ヶ所に集めてそこに総攻撃を仕掛けます! リゼラ任せた!」
「ええ! ヒロトはトドメの一撃に集中して!」
展望デッキに現れたリゼラが風で暴れまわる髪を片手で押さえつつ「グッ!」とこちらに親指を立てる。
俺は一つ頷き返し、蓄えた推進力を一気に解放した。
◇
──宇宙船 展望デッキ(sideリゼラ)──
あっという間に小さくなった背中を見送ったリゼラは、檻の制御に集中するキュレアルを抱き寄せると、そのまま長杖を両手に握りしめ魔力の制御に集中する。
「エロトカゲ! 魔力貸しなさい!」
「そない言われても、やり方知らへんで!?」
「アンタは呼吸してるだけでいいわ!」
言われた通りグヴォロズは目一杯息を吸い込み、吐き出す。
呼吸を繰り返すたび胸部コアが光を強め、その絶大な魔力を吸い上げたリゼラが術式を組み上げていく。
大魔法の予兆を感じ取ったのか、空を埋め尽くす貌たちの口が一斉に開き、ビームの雨が降り注いだ。
逃げ場などどこにもない。
あれらが降り注げば春風の大地は丸ごと消滅するだろうとさえ思わせるほどの、圧倒的な数の暴力。
「アカン。短い竜生やったわ……」
「終わってたまるかバカッ! 制御渡せ!」
艦長席に座るアーシュラが総舵輪を握りしめる。
すると艦長席正面の表示盤が「自動航行」から「手動航行」へ切り替わり、艦長帽を目深に被ったアーシュラの口元がニヤリと吊り上がる。
「振り落とされんなよリゼラ!」
「信じるからね!?」
「海賊の娘舐めんなよッ! オラァッ!!!!」
リゼラが魔法で足の裏と甲板を固定した次の瞬間。
神業じみたアーシュラの舵捌きにピタリと寄り添い、グヴォロズの身体が意思に反してレーザーの雨に向かって突っ込んでいく。
「くえー!?」
「ぴよ!」
「わ た く し で す わぁー!」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
右へ左への激しい操艦で船体が揺さぶられ、操舵室に退避していたガルダ親子の身体が宙に浮く。
ついでに赤ん坊を抱いたアリアも一緒になって船内を縦横無尽に飛び回る。
シートベルトで身体を座席に固定していた美乃梨は、強烈なGに晒され悲鳴を上げる間もなく白目を剥いて意識を手放した。
「ぬわあああ!? あっ! ああぁっ! アカンアカンアカン死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅ────っ!!!! お母ちゃ────ん!!!!」
時に激しく、時に穏やかに。
レーザー弾幕が鱗の表面をガリガリ削る度、グヴォロズの心も削られていく。
そのまま最後にぐるんとバレルロールを決めれば、グヴォロズはすべての弾幕を避けきっていた。
「ぜひゅー……っ。ぜひゅー……っ。な、なんや今の動き! キッショ!!!!」
「ちゃんと全員生きてるんだから文句言うな!」
「生きた心地せぇへんわ! 二度とさせへんぞ!」
艦長席正面の表示盤が「自動航行」へ切り替わり、ガチャンとロックされた。
おそらく二度と手動へ切り替わることはないだろう。
「これで終わりよっ!」
カツンッ!
と、勢いよく甲板に長杖が突き立てられる。
すると見上げた空の先、魔法の起点となった貌に向かって周囲を飛んでいた貌たちが引き寄せられ、みるみる大きな塊になっていく。
塊は大きくなるほどに引力を強め、空を埋め尽くすほど広がっていた群れは数分と経たぬ内に一つの塊になった。
「この時をっ☆」
「待ってたぜ!」
空に浮かぶ凶星を見上げ、ラヴァエルとスピエルが準備していた最大の一撃を解き放つ。
「スーパーミラクルウルトラビックバンエターナルフェニックスゥゥゥゥゥッ! ラヴァエルボンバ────ッ!!!!」
ネーミングセンスはともかく、ラヴァエルが振るった剣先から迸った炎は美しい不死鳥の姿に変わり、大きく羽ばたいて一直線に空を駆けた。
「天雷龍牙衝!!!!」
そこへ紫電を帯びた槍が投げ放たれる。
空を切り裂き進むほどに槍はその身に蓄えた電荷を増大させ、槍から溢れ出たエネルギーは龍の姿を模った。
不死鳥と雷龍、二つの巨大な力が絡み合い、螺旋を描きながら突き進んでいく。
「武装変更! 聖銀大剣!」
天使たちの正面に陣取っていた白銀の騎士が、右手を頭上に大きく突き出す。
すると背部から分離した翼が組み変わり、身の丈よりも大きな剣に変形。
突き出した右手へと収まった。
背後から迫っていた炎と雷が大上段に構えていた刃に当たり、大剣が眩い光を放つ。
それは邪悪を滅する光の刃。
滾る勇気を力に変えた一撃が、今、凶星を断つ。
「これでッ! 終わりだあああああああああッ!!!!」
────斬ッ!!!!────
レギオンを一刀のもとに斬り伏せた白銀の騎士が、そのまま向こう側へと突き抜け、剣を振り払う。
直後、白銀の騎士の背後で光の柱が立ち昇り、両断されたレギオンが眩い輝きの中へと消えていく。
大剣が二〇枚の刃へと分離し、白銀の騎士の背中に納まると、異次元からの来訪者は影も形もなく綺麗さっぱり消え去っていた。




