0128 天駆ける白銀の騎士
──不死魔王城 監禁塔(sideリゼラ)──
壁の穴を埋め尽くす貌たち。
無数の視線を一身に浴びてしまい、リゼラはまるで身体が凍り付いたかのように動けなくなる。
するとそんな彼女の様子に嗜虐心をそそられたのか、貌たちの口角が吊り上がり、一斉に「ぐぱぁ」と口が開く。
本来舌があるべき部分には腕が生えていた。
病的なまでに細く、白い。まるで死体のような腕が。
それが粘液を滴らせ、ずるりと吐き出される。
恐怖に震えるリゼラを闇へ引きずり込もうと、こっちへおいでと誘うように、無数の手が迫る。
自慢の精神防壁も、異次元の彼方より現れた未知の存在を前にしては薄紙同然だった。
外からの攻撃には強くとも、内から溢れ出る根源的恐怖はどうしようもない。
せめてこの子だけでも守らなければ。
咄嗟に沸き上がった強い思いに駆られ、リゼラは美乃梨を一層強く抱きしめ、無数の貌に背を向ける。
「ああああああああああああああああああっ!!!!」
白い指先がリゼラの背中を、つい、となぞる。
すると皮膚があり得ない形に捻じれ、歪み、無数の顔がボコボコと浮かび上がって背中全体を覆い尽くすように増殖していく。
喉が張り裂けんばかりの絶叫に貌たちはニタニタと笑みを深め、まるで甚振るようにリゼラの背中に浮かんだ顔を端から順にプチプチと押し潰した。
潰された顔たちはギィギィと耳障りな断末魔を上げ、血と膿を吐き出し、その傷口から新たな顔が生えてくる。
「リゼラさん!? どうしたんですか!? 何が起きてるんです!?」
「だい……じょうぶ。動いちゃだめよ」
「で、でも!?」
「嘛゜ァ゜ァ゜」
「ぐっ……ああ……っ」
この世のものとは思えぬほどの激痛に苛まれながらも、それでも負けじとリゼラが歯を食いしばる。
目と耳を塞いた美乃梨の鼻を悪臭が掠める。
リゼラの傷口が腐り始めたのだ。
死体のように白い手が、背中から首筋を伝い、まるで舐めまわすようにリゼラの頬に触れようとした、その時。
「ばっちい手で触れてんじゃねーですわよっ!!!! このすっとこどっこい!!!!」
リゼラの影からアリアが飛び出し、剛腕を振るう。
魔神の右腕が無数の手を薙ぎ払い、貌の群れを壁の穴まで押し返した。
貌たちが一斉に悲鳴を上げ、不快な輪唱が大気を揺らす。
すべての貌が怒りに染まり、口から生えた手が速度を上げて三人へと迫る。
刹那、刃の軌跡が幾重にも閃いた。
絶えず色合いを変える刃がゆっくりと鞘に納められ、カチンと鯉口が合わさる。
するとようやく斬られたことを思い出したかのように無数の手がバラバラと崩れ落ち、塵と消えた。
「来るのが、遅いわよ……」
痛みを堪えながら、冷や汗まみれの顔でリゼラが力なく笑う。
少し見ない間に随分と凛々しく、そして逞しくなった少年の背中がそこにあった。
◇
──影世界(side大翔)──
夜魔のマントの力で影世界へ飛び込み難を逃れた俺は、先を行くアリアを追って暗闇の中を飛んでいく。
見渡すとあちこちに様々な形の光の窓が開いているのが見えた。
アリアいわく、あれは表世界に落ちた影なのだという。
二つの世界は表裏一体になっていて、その境界を超えられるのは本来なら霊体だけだそうだ。
影世界には重力も空気も存在しないため、肉体を持つ俺は長居できない。
だが影世界には表世界のように通行を妨げる壁が無い。
なので表世界への出口さえ分かっていれば遠く離れた場所にも最短距離で移動できる。
────なんて、精神感応の応用で一方的に知識を流し込まれていると、先頭を行くアリアがふと停止した。
彼女の指差す先には小さな光の窓がある。
どうやらあそこから出るらしい。
先陣を切り、アリアが光の窓に飛び込んでいく。
彼女の後に続いて俺も表世界へ飛び出すと、美乃梨とリゼラが化物に襲われていた。
飛び出しざまに鞘から刃を抜き放ち、迫りくる無数の手を斬り捨てる。
着地と同時に納刀。
鍔と鯉口を「カチン」と合わせると、無数の腕が一斉に塵になった。
「っ!? リゼラ!!!!」
「よかっ……た。無事で……」
俺が慌てて駆け寄ると、息も絶え絶えにリゼラがその場に崩れ落ちる。
身を挺して美乃梨の盾になったのか、背中に酷い傷を受けていた。
「早く夜魔のマントを! 呪いを受けてますわ! 早く!」
アリアの声で我に返った俺は、言われるまま二人の身体をマントで包んだ。
するとすかさずアリアがマントで包まれた二人に手をかざす。
「ごめんなさいリゼラ。わたくしには痛みを消すことしかできませんわ」
「ありがとう。おかげで構築に集中できるわ」
リゼラが完全治癒魔法の準備に取り掛かったのを尻目に、俺は二人を背に庇いつつ壁に空いた大穴へ向き直る。
ちょうど化物たちも、斬られて死んだ貌を押しのけて別の貌が生え変わったところだった。
「どうすれば倒せると思う?」
正面を睨み据えたまま、隣に立つアリアに投げかける。
「見た感じ、あれは無数の“よくないもの”が寄り集まった集合体のようですわね。一匹残らず滅ぼすしかありませんわ」
魔神の右腕を「ぐおん!」と振り回し、アリアが強気に笑ってみせる。
言われなくてもそのつもりだったさ。
アレはこの世にいてはいけないものだ。
まるで堰を切ったように、壁の穴から貌の群れ──レギオンが雪崩れ込んでくる。
それはさながら無数の貌が織りなす鉄砲水。
アリアと息を合わせ、怒涛のように押し寄せる大軍を剣で迎え撃つ。
斬る。斬る。斬る。
怒りのままに、斬って斬って、斬りまくる。
よくもリゼラを傷つけたな。
────俺のせいだ。
俺がこいつらをこの世界に引き込んだから。
俺が弱いから。俺がトロいから。踊らされてるとも知らずに、いい気になってた間抜けだから!
俺が! 俺の! 畜生ッ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「ヒロトさま!? そんなに前に出たら!」
構うもんか! この身体が血煙になってもあいつらだけは切り刻んでやる!
殺してやる。死ねばいい。
俺が不死魔王の封印を解いたんだ。俺のせいで多くの国が滅んでしまった。
テナーも、赤ちゃんの両親も、みんな死んでしまった。俺が殺したも同然だ!
命の償いは命で。
大勢殺した俺は、あいつらを一匹残らず切り刻んで、ここで死ね。
カツンッ!
杖が床を突く固い音が響き渡る。
すると敵も味方も、その場のすべてが停止した。
加熱した戦場に生まれた一瞬の空白。
煮え立っていた頭が漂白され、俺はふと我に返る。
「落ち着きなさい」
右に視線を巡らせると、身体にマントを巻き付けたリゼラが杖を構えていた。
「リゼラ! 傷は!? もう大丈夫なの!?」
「ええ。傷一つ残ってないわ。それよりあなた、精神干渉されてたわよ」
「えっ」
そんな、いつの間に。
「怒りにつけ込まれたのね。あいつら、思ったより狡猾よ」
油断なく前を見据えるその横顔は、いつも通りにしか見えない。
だけど、いつもと何かが違う。なんだ、この違和感は。
しかし俺が違和感の正体を探ろうとする間にも、状況は悪い方へ変化していく。
動きを止めていたレギオンが再び動き出したのだ。
「来るわよ!」
勢いを取り戻したレギオンが濁流のように押し寄せてくる。
次の瞬間、リゼラの杖先から破壊の光芒が吹き荒れた。
光は貌の群れを焼き払い、一気に押し返していく。
が、やはり相手は数の化物。
すぐさま破壊力を上回る速度で増殖を繰り返したレギオンは、ビームの射線から逃れるようにいくつかの顔を本体から切り離した。
切り離された顔は空中で瞬く間に分裂して数を増やすと、まるで羽虫の大群のように迫ってくる。
まずい!? 手が足りない!
「はぁぁぁッ!!!!」
轟ォッ! と、一陣の風が吹き荒れる。
高波のように覆いかぶさろうとしてきた顔の大群を美乃梨の剛脚が薙ぎ払ったのだ。
直後、巻き起こった真空波がレギオンの高波を切り刻み、粉微塵に蹴散らした。
チャイナドレス風の衣装が風圧にひらりとはためく。
見れば白いハチマキを目元に巻き付けていた。どうして目隠しなんて。
「よく分からないけど、私も戦います!」
「確かに見るなとは言ったけど、大丈夫なの!?」
「はい! 気配で分かるので!」
いつの間にそんな芸当を。
ともあれ、さっきの動きを見る限り、目隠ししていても問題ないのは本当らしい。
「絶対に見ちゃダメよ。目隠しを取られないように気を付けて!」
「分かってます!」
本当は戦わせたくないと顔に書いてあったが、手数が足りないのもまた事実。
即座に苦渋の決断を下したリゼラが指杖を軽やかに振るえば、温かな光が俺と美乃梨を包み込む。
身体強化の魔法だ。
再び剣を構え直す。
壁の穴を押し広げ、外からレギオンが次々と雪崩れ込んでくる。
俺たちの攻撃で減った分はあっという間に帳消しになり、戦況は再び五分にもつれ込んだ。
剣を振るいつつ、さっきより幾分冷静になった頭で考える。
思い起こすのは魔具職人の言葉。
あの男は仲間たちの悲劇の回避こそが目的と言っていた。
なら、こうなることも織り込み済みで、俺たちが諦めさえしなければ次へ繋がるように何かしらの手は打ってあるはず。
もし俺が魔具職人の立場なら絶対にそうする。
根っこの部分は同じ鈴木大翔なのだから、そこは信用できる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
腹の底から力を振り絞り、俺はさらに剣速を上げた。
一振りごとに百の、千の、万のレギオンが飛沫を上げて塵に変わる。
しかし斬れば斬っただけレギオンの勢いは強まり、気付けば俺たちは壁際まで押し込まれていた。
退路はどこにもなく、体力も魔力も底を尽きようとしている。
そんなギリギリのタイミングで。
「どぉぉぉりゃあああああああああああああああああ!!!!」
怒涛のように押し寄せるレギオンが内側から引き裂かれ、白銀の輝きが俺たちを照らした。
ま、眩しっ!?
しばらくして眩しさに目が慣れてくると、そこにいたのは────。
「お届け物だぜヒロト!」
巨人の胸元が開き、アーシュラが壁の穴からひらりと塔の中へ飛び込んでくる。
────そうか、陛下に頼んだ専用機!
間に合ったんだ!
「ありがとう!」
「思う存分暴れてこい!」
ハイタッチを交わし、アーシュラと入れ替わるように俺は白銀の騎士へ乗り込む。
スイッチの配置が分かりやすくなってる! 前のゴチャゴチャした感じも好きだったけど実際に操縦するならこっちのほうが断然いい。
直感に従ってスイッチ操作で前面ハッチを閉めると、コクピットの内壁に外の様子が映し出された。
UIも簡略化されて使いやすくなってる。
陛下もまずは工事現場で使う重機としての導入を目指すと言っていたし、より直感的に動かせるように再設計したらしい。
端々からこれを作った人たちの細やかな心遣いが伝わってくる。
「────シルバリオン・ソーディア! いい名前だ。……すごい、一〇倍のエネルギーゲインがある! この短期間でよくここまで!」
エスぺリサ王国驚異の技術力に感心しつつ、機体の各種数値を俺好みに再設定する。
操縦桿を握りしめると、機体がイメージ通りの挙動を返した。
完全な人機一体。これなら!
「ヒロト・スズキ。シルバリオン・ソーディア、出るぞ!!!!」
◇
──不死魔王城 直上宙域(sideグヴォロズ)──
成層圏の外へ出たグヴォロズは、地上の行く末を固唾を飲んで見守っていた。
すると闇を斬り裂いて一筋の白銀の煌めきが魔王城を飛び出し、大空へと駆けあがる。
そのまま凄まじい速度で接近してきた白銀はグヴォロズの目の前でピタリと静止した。
「な、ななななんやお前ぇ!? やんのかコラー!」
へっぴり腰で両腕を振り上げ「シャー!」と威嚇するグヴォロズ。
竜種は本来、生態系の頂点に位置する最強種である。
しかしその情けない姿はどことなくレッサーパンダのそれを彷彿とさせた。
「えっ!? 待って違う違う! 俺です!」
グヴォロズの反応が予想外だったのか、機体の手がわたわたと情けなく泳いだ。
「んぉ!? その声、ヒロ坊か!」
「俺はアイツをどうにかするので、グヴォロズはみんなの回収を頼みます!」
「どうにかって、勝てるんか? アレに!?」
「やるしかないですよ。みんなは魔王城で一番高い塔の上にいるので!」
「あ! おーい!?」
用件を告げるや大翔は機体を翻し、極超音速で再び戦場へと舞い戻っていった。
グヴォロズの遥か眼下では、今なお暗黒髑髏が世界に呪いと災厄を振りまいている。
この場から逃げることは簡単だ。
このまま母なる星に背を向け月の裏側にでも飛んで行ってしまえばいい。
しかし。しかしだ。
そうまでして繋いだ命に果たして何の価値があるのか。
前世の後悔がグヴォロズをその場に縫い留める。
────思えば、前世はお世辞にも誰かに自慢できるような人生ではなかった。
三〇代も半ばに差し掛かったある日のこと。
町で偶然、小学校からの親友と再会した。
思わぬ再会に喜び合い、その場の流れで入った居酒屋チェーン。酒の席で言われた何気ない一言が、今でも心の深い部分に刺さってチクチクと痛む。
『お前、今何してん?』
うだつの上がらない万年平社員とは、口が裂けても言えなかった。
まあ、ぼちぼち。
そんな言葉でお茶を濁して聞きに徹すれば、親友は出世街道を順調に進み、結婚もして家庭を持ち、来月には二人目の子どもが生まれるのだと言う。
惨めだった。
同じ町で育ち、小中高と同じ学び舎を卒業したにも関わらず、この差はなんだ? いったいどこでこうも差が開いた?
差をつけられたとするなら、やはり大学時代だろう。
それとなく水を向けてみれば、やはりというか親友は大学進学後も努力していた。
いわく、在学中はロボット研究会に所属し、そこでの先輩たちとの出会いが自分を変えたのだという。
機械工学やプログラミングについて一から学び、先輩の勧めで就活に役立ちそうな資格を片っ端から取っていたらしい。
後の話も大方予想通りであった。
サークル活動の傍らボランティアにも積極的に参加し、そこで知り合ったOBたちとのコネが就活で大いに役立った云々《うんぬん》。
自分から聞いておいて、やはり聞かなければよかったと後悔した。
対する自分はと言えば、就職を先延ばしにするためだけに三流大学へ進学し、サークル活動もせず、ボランティアなど一度も参加したことがない。
流石にアルバイトくらいはしたが、それだって新作のゲームを買うため嫌々やっていたことだし、休日は家に籠ってゲーム三昧の日々を過ごしていた。
おかげで卒業間近になっても中々内定をもらえず、一〇〇回のお祈り通知を乗り越えやっとの思いで漕ぎつけた内定先は、サービス残業休日出勤当たり前のブラック企業だった。
因果応報、とは言うまい。
あの時代、名門大を卒業していようとブラックの内定さえ貰えなかった人間など掃いて捨てるほどいた。
就職氷河期も終わりが見えてきたなどとテレビで偉そうな専門家が言っていたが、それを実感したことは一度もない。
どうせ生まれた時代が悪いのだから努力するだけ無駄。
たとえ薄給でも、正社員になれただけお前はマシ。
そんな空気が子どもの頃から世間に蔓延していたという事実と、その空気が自分に与えた影響は決して無視できるものではない。
そうやって何をやっても無駄だと斜に構えて己を高めることを厭い、楽な方へ逃げてきた結果が今のお前なんじゃないのか。
親友は一言もそんなことは言わなかったが、そう言われた気がして腹が立った。
親友の話を聞けば聞くほど、今の自分が惨めに思えて仕方なかった。
運に恵まれただけのくせに。どうしてコイツばかり。
偉そうに成功体験をひけらかしやがって。
妬む心は抑えきれず、気付けば嫌味ばかりが口をつき、結局最後は喧嘩別れになってしまった────。
「……いや、こんなときに何をしんみり思い出しとんねん」
はたと我に返り、グヴォロズは「アホか」と自分にツッコミを入れる。
こうして異世界で竜に生まれ変わった今も、ときたま当時の事を思い出して考えることがある。
もし、前世の人生をやり直せたのだとして、親友と同じくらい努力していたなら、あるいは違う結果もあったのだろうか。
大した努力もせず怠惰に生きてきたくせに、最後の最後までちっぽけなプライドを捨てきれなかった。
だからこうして畜生の道に落ちたのではないのか、と。
今は世界が滅ぶかどうかの瀬戸際。
言ってしまえば命の危機だ。逃げたところで誰も文句は言わないし、笑いものにもされないだろう。
それでも。
ここで逃げたらいよいよ自分はちっぽけなプライドさえも失い、本当の畜生に成り下がってしまうような気がした。
それでいいのか。
命の恩人を見捨てて逃げて、この先の竜生で本当に後悔しないかと、前世の影が今の自分に問いかける。
「くえ」
「姉さん……」
あなたが行かなきゃみんな死ぬ。
逃げても失敗しても同じなら、やるだけやってみればいいじゃない。
今や一児の母となったピピの言葉は、迷いの中にいたグヴォロズの背中を押した。
「~~ッ! ええいッ!」
喉にへばりついた恐怖をごくりと飲み下し、グヴォロズは目の前の脅威に立ち向かう決意を固めた。
思っていた異世界転生とは違ったが、それでも一匹の雄として生まれたからには胸を張って人に誇れる証が欲しい。
そう思わずにはいられないのだ。
「よぉ見ときブーちゃん! ワイが歴史に名前刻む瞬間を!」
「ぴよ!」
「くえ!」
背中に乗せた親子からエールを貰い「やってやる」と息巻いた黒竜は、荒れ狂う地上へ向けて流星のように急降下していく。
◇
──不死魔王城 上空(side大翔)──
両腕の高周波ブレードを展開させ、空を大きく飛び回り暗黒髑髏の巨体に斬り込んでいく。
本体から分離した貌の群れが、まるで羽虫のように俺へ迫る。
右、左、右。
すれ違いざまに刃を振るえば、斬られた顔が燃え尽きて灰へと変わっていく。
「くっ!? 数が多すぎる!」
すると視界の端を一匹の黒竜が通り過ぎていくのが見えた。
それに反応してか、暗黒髑髏の肋骨がメキメキと音を立てて広がり、大きく開いた肋骨の先端に赤黒い光が集まり始める。
ビームで薙ぎ払うつもりか!
「銀翼操刃!」
グヴォロズを庇うべく、俺は機体を暗黒髑髏の正面へ移動させる。
俺の脳波とリンクした翼が計二〇枚の刃へと分離し、まるで後輪のように機体の背後で高速回転し────。
「いっけぇぇぇっ!!!!」
俺の指示を受け、刃の一枚一枚が異なる軌道を描いて飛び立ち、空に無数の銀閃を刻み込む。
直後、先端に赤い怪光を宿した暗黒髑髏の肋骨が細切れになった。
制御を失ったエネルギーはぐにゃりと形を変え────爆発。
空を紅蓮の炎が埋め尽くし、燃え盛る破片が流星のように地上へ降り注ぐ。
よしっ! そのまま燃え尽きろ!
暗黒髑髏が右手をこちらに向ける。
すると指先が煙のように解け、本体から分離した貌たちが巨大な蜂に姿を変えた。
間髪入れず弾丸のような勢いで巨大蜂の群れがこちらに向かって殺到してくる。
銀翼操刃を操り、蜂の大群を振り払おうとするが、やはり手数が足りずあっという間に蜂に集られてしまう。
「ぐあぁ────ッ!?」
凄まじい圧力に押し固められ、騎士の装甲がメキメキと悲鳴を上げる。
コクピット内に警告音が鳴り響き、あちこちから火花が散り紫電が迸る。
すると、そこへ。
「お ま た せっ☆」
この一ヵ月ですっかり耳に馴染んだ聖火天使の声が耳に届いた。
すると機体を覆いつくしていた蜂の群れが塵も残さず一瞬で燃え尽き、一気に視界が開ける。
目の前には炎の翼を広げたラヴァエルの背中があった。
「ボクだよっ☆」
直後、空を埋め尽くしていた蜂の群れが一斉に爆発。
大輪の赤が咲き誇り、爆炎をスクリーンに巨大なハンサムスマイルが空に映し出された。
「ラヴァエル! ありがとう、助かったよ!」
「アッハァ☆ すまない! 君の活躍シーンだっていうのにボクの方が目立ってしまったね☆ 天に輝く太陽のようなボクのスター性の前ではどんな星の煌めきも霞ませてしまうっ☆ 嗚呼っ☆ ボクって永遠の主役……ッ☆」
「力を貸してくれ! 一緒に世界を救おう!」
「~~~っ!!!!」
俺の放った一言に、ラヴァエルの口角がにんまりと吊り上がる。
「もちろんさ友よ!!!! 派手にいこうっ!!!! 未来永劫ボクの活躍を世界に刻むために☆」
瞳の奥にやる気の炎を宿した世界一の目立ちたがりが、敵で埋め尽くされた空を見上げて前髪をさらりと掻き上げる。
扱いやすくて助かるよ。
ラヴァエルの能力はレギオンと相性がいい。彼が味方してくれるなら万人力だ。
「ここでケリを付ける!」
俺の思念を読み取り、二〇枚の刃たちがシルバリオン・ソーディアの背部へと戻ってくる。
再び翼の形を取った刃たちが大きく広がり、推進装置が甲高い音を響かせ爆発的な推進力を蓄えていく。
「行くぞ!」
「応ともッ☆」
炎の翼を羽ばたかせ、ラヴァエルがレギオンに覆われた空へと飛び出していく。
蓄えた推進力を全解放した俺は、目の前に残された紅蓮の軌跡を辿って彼の後を追った。




