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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第六章 不死魔王決戦編

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0127 終末の怪物

 ──不死魔王城 玉座の間──


 剣を振り抜いた姿勢のまま、ふと我に返る。


 目の前には空の玉座。

 不死魔王の姿はすでにどこにもない。


 周囲を見渡せば、何もかもが黒一色に塗りつぶされていた。

 そんな中、自分を含めたあらゆる物体の輪郭が、白い線で描かれ浮かび上がっている。

 何がどうなってるんだ。


「ご自分との対話はできまして?」


 振り返ると、やれやれ顔のアリアが腰に手を当て俺を見上げていた。


 口ぶりからして魔具職人の正体はすでに知っていたらしい。

 どっちも同じ鈴木大翔なんだし、魂の形を見ればすぐに分かるか。


「どういう状況?」


「不死魔王の意識が消失したことで彼を【観測者】にしていた時空魔法が暴走して、辺り一帯の時間の流れが狂ったようですわね。ここは完全に時間が停止しているようですわ」


 手品のように掌の中に出現させたコインをアリアが「ピンッ!」と指で弾く。

 すると弾かれたコインは彼女の手を離れた瞬間、空中でピタリと停止した。


 時の停まった世界で俺が動けているのは、夜魔のマントのおかげだろう。

 アリアがなんで動けているのかは分からないけど……まあアリアだしな。


 他のみんなの安否が気になるけど、アリアが何も言わないということは今のところ無事と信じるしかない。


「暴走を止めるにはどうしたらいい?」


「要領は無限ループを破ったときと同じですわ」


「分かった。やってみる」


 抜き身のまま持っていた剣を構え直し、呼吸を整え、神眼石の義眼に意識を集中する。


 ゆらゆらと。

 まるで海中を漂う紐のような時空の揺らぎに沿って、刃を走らせる。

 すると止まった時の世界に亀裂が走り────。


『佩゙◆゚ォ゚』


 隙間からこちらを覗く貌と目が合った。


 目、眼、メ、め。

 深淵を覗いてしまった俺に反応したのか、ギョロギョロと蠢いていた沢山の目玉が一斉にこちらを向く。


「ヒロトさま? お顔が真っ青ですわよ?」


 俺を心配してアリアが傍に駆け寄ってくる。

 そして固定された俺の視線を辿り────彼女もそれを見た。


 小さな顔が、貌が、カオが、顏が。

 どことも知れない異次元(むこうがわ)から、こちら側へ溢れ出ようと亀裂をミシミシと押し広げていく。


「……やーっべぇですわ」


 ひたすらに生理的嫌悪感を与えてくる悍ましいナニカを直視してしまい、アリアの顏から血の気がさぁっと引いていく。


「逃げろ!!!!」

「逃げますわ!!!!」


 二人同時に影の中へ飛び込んだ直後、世界を覆いつくす絶望が殻を破って溢れ出した。




 ◇




 ──不死魔王城 監禁塔(sideリゼラ)──


「姿勢はそう! そのまま! 見下すような感じで視線こっちにください!」


「こ、こう?」


 美乃梨(カメラマン)からの指示を受け、露出度の高いボンテージコスチュームを着せられたリゼラがポーズを取る。

 濃いめのアイシャドウと紫のリップも相まってまさしく『悪の組織の女幹部』といった風体だ。


 そんな彼女の周囲をカメラを構えた美乃梨がカサカサ動き回り、様々な角度から妖しげな美貌をレンズに収めていく。

 やけにローアングルが多いのは淫魔の性《さが》か。


 ちなみに美乃梨も深いスリットの入ったチャイナドレス風の衣装に着替えており、こちらも中々目のやり場に困るのだが、それはさておき。


 この監禁部屋でリゼラが目を覚まして、すでに三〇分近くが経つ。


 もしや破廉恥なことをされるのではと期待────もとい警戒していたリゼラだったが、そんなこともなく。

 どういうわけか今やすっかり美乃梨の着せ替え人形にさせられていた。


「むはー♡ 最高にエッチです! じゃあ次は病みかわロリータでいきましょう!」


「まだやるのね……。それよりその写真はどうするつもりなの?」


「もちろんヒロ君にあげますよ?」


「ちょっと!? 聞いてないわよ!」


 今の今まで同性だから別にいいかと深く考えずにいたリゼラだったが、大翔に見せるとなれば話は別である。

 咄嗟に大きく露出した胸の谷間を手で隠すリゼラだったが、かえってシャッターを切る指を加速させただけだった。


「その表情最高! これならヒロ君もイチコロですよ!」


「なおさらダメじゃないの!」


 カメラを取り上げようとリゼラが手を振りまわすが、ひらりひらりと躱されてしまう。

 それでも必死に食らいつくリゼラだったが、とうとう息が切れてその場にへたり込んでしまった。


「ぜぇ……っ、はぁ……っ。くっ……!」


 パシャリ。


「……もう好きにして」


「やったぁ♡」


 リゼラ、無念の降参宣言。

 この一ヵ月でバキバキに仕上げてきた空手少女相手に、魔法使いがフィジカルで勝てるはずもなかった。


「というか、こんなところで遊んでていいわけ?」


 大翔を探しに行かなくていいのかとリゼラが言外に問えば、美乃梨は次の衣装の準備をしつつ首を横に振った。


「それは私の“役”じゃないので」


「どういうこと?」


 姿見の前でボンテージコスチュームの紐が解かれ、リゼラの胴からハードレザーのコルセットが外される。

 息苦しさから解放されたリゼラがホッと一息つくと、休む間もなく魔法のクローゼットから取り出された次の衣装をあてられた。


 黒いゴシックロリータ風の衣装だが、やはりというか胸元が大きく開いている。


「私は囚われのお姫様でいなきゃいけないんです。ヒロ君の成長を促すためにも」


「じゃあやっぱりここ最近の世界の動きは全部……」


「ヒロ君の成長を促すため、劔君が仕組んだもの」


「待って。ツルギってまさかマサヨシ・ツルギのこと?」


 突然予想外の名前を出されてリゼラが聞き返すと、それこそ予想外とばかりに美乃梨が目を丸くした。


「あれ? ヒロ君から何も聞いてません?」


「ええ。……勇者マサヨシと知り合いなの?」


「クラスメイトです。でもそっか、こっちだと六〇〇年も前の人なんですね。つい最近会ったばかりだし、なんか変な感じ」


「でしょうね。……でもまさか人魔大戦を始めた魔王と、それを終わらせた勇者が裏で手を組んでたなんて」


 顎に手を当て、リゼラは緑の大地で起きた一連の出来事を振り返る。


 魔王ドラジスは己の復讐を果たすのとは別軸で、魔神の右腕を奪取しようとしていた。

 魔神は大翔の父親が聖神を殺すため作った最終兵器であり、それを欲するものがいるとすれば、それは故郷に未練を残した異世界人の可能性が高い。


 ならば両者は裏で手を組んでいたと見るのが自然だろう。


「え? ああ、そっか。そうですよね。この世界の人の視点だとそう見えるんだ」


「……だとしたら許せないわよ。自分で興した国をめちゃくちゃにして、かつての仲間の子孫まで殺すなんて」


 それを聞いた途端、美乃梨はたった今そうと気付いたような顔で固まってしまう。


 大翔との精神感応を通じて得た知識は、すべて実体験として美乃梨の魂に刻まれている。

 それはつまり王城や魔法都市での惨劇を、まるでそのとき自分がそこにいたかのように経験したということだ。


 だがあの病室で正義《まさよし》から話を聞いたとき、彼に対してまるで怒りを感じなかった。

 そればかりか、その行いが正しいものだと自然と受け入れてしまった。

 正義の立てた計画で多くの人が無残な死を遂げ、その現場を実際に見たというのに……。


「ミノリ? どうしたの。顔が真っ青よ?」


「ち、違……っ!? 私……なんで、こんな……!?」


「大丈夫。大丈夫だから」


 ぎゅっと。

 混乱する美乃梨を正面から抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でる。


「ゆっくり息を吐いて……吐いて……ほら、全部吐く」


 リゼラに言われるまま息を吐き切ると、苦しくなって肺が勝手に息を吸い込む。

 人肌の温もりに包まれ深呼吸を繰り返す内、次第に美乃梨は落ち着きを取り戻していった。


「落ち着いた?」


 リゼラの胸の中で小さく頷いた美乃梨が、か細い声を絞り出す。


「……私、ここに閉じ込められる前に劔君と会ったんです。それで元の世界に帰るには神様を倒さなきゃいけないって……」


「多くの犠牲が出るとヒロトの目を通じて知っていたのに、それを正しいことと受け入れてしまった?」


「ち、違……っ! 私、そんなつもりは!」


「大丈夫。あなたがそんな子じゃないってことは分かってる。きっと何かの異能でそう思わされただけよ」


 とうとう泣き出してしまった美乃梨を優しく抱きしめ、リゼラは幼子をなだめるように少女の頭を撫で続けた。


(ヒロトは、どう思ってるのかしら……)


 大翔が故郷に強い未練を残しているのは誰の目にも明らかだ。


 しかし異世界の故郷へ帰るには神を殺す必要がある。

 そしておそらくは同じ目的のために動いている正義《まさよし》の計画により、すでに多くの犠牲が出てしまっている。


 自分の我儘のために犠牲が出るような計画など、大翔は良しとしないだろう。

 だが────。


(……それでヒロトが故郷への想いを諦めるのは、絶対に違う)


 家族に会いたいと思う気持ちが悪になるなど、そんなことは絶対にあってはならない。

 なんとかしてやりたいとは思う。

 しかしどれだけ頭を捻っても上手い方法が閃かず、リゼラは己の無力に奥歯を噛み締める。

 ────と、そんなときであった。


 ゴゴゴゴゴゴ!!!!


「な、なに!? 地震!?」


 突如、凄まじい激震が塔を揺るがし、二人を襲う。

 ティーテーブルが傾き、姿見が倒れて割れ、天井からばらばらと埃と一緒に砕けた小石が降り注ぐ。


「あわわわわ!? お、落ち着くでヤンス! この城は魔王様の力で守られてるから隕石が直撃しても崩れたりしな────」


 唐突だった。

 それまで元気にまくし立てていたウドがばらりと崩れ落ち、物言わぬ“ただの屍”に変わり果てる。


「ウドさん!?」


 美乃梨が呼びかけるが、やはり返事はない。

 物言わぬ白骨死体に戻ったウドは、そのまま空気に溶けるように灰となり、一切の痕跡すら残さず消えてしまった。


「……っ! ヒロトが不死魔王を倒したんだわ!」


 ウドが消えた理由に思い至り、リゼラがハッと目を見開く。

 不死魔王が倒されたことで、現世に縛り付けられていたアンデッドたちの魂が解放されたのだ。

 この揺れも城を維持していた力の供給が断たれたことで、城が崩壊を始めたのだろう。


 いつ塔が崩れても逃げ出せるようにと、リゼラは長杖を手の中に呼び出し、自分と美乃梨に防御魔法をかける。

 二人で肩を抱き合い、その場にしゃがみ込んで揺れが収まるまでじっと耐え忍ぶ。


 やがて揺れがピタリと収まり、辺りに静寂が訪れた。


「終わった……?」


 声を震わせ、リゼラが視線を巡らせる。

 すると、美乃梨がぶち抜いた大穴の向こうを巨大な影が横切り、影の姿を見てしまったリゼラの顔から血の気がさぁっと引いていく。


 アレを美乃梨に見せてはいけない。

 それは根拠も何もないただの直感だったが、リゼラは己の直感を信じて心のまま動いた。


「リゼラさん?」


「動かないで。私がいいと言うまで目を閉じて、耳も塞いでなさい」


 美乃梨の視界を塞ぐように抱きしめ、努めて冷静を装いリゼラが囁く。

 再び視線を壁に空いた大穴の方へ向ければ、正体不明のナニカと目が合った。


 ボコボコと泡立つゲル状の身体。

 その表面を歪な人間の顔が埋め尽くしている。


 やけに目の大きい顔。豆粒のように目の小さい顔。

 口の大きい顔。小さい顔。

 右側だけどろりと崩れた顔。左側が崩れた顔。


 顔、顔、顔、顔顔顔顔貌貌貌貌貌かおカオ。


 それらは皆一様に、ニタニタと嫌な笑みを貼り付け、壁に空いた穴からこちらを覗いている。


 それは、遥か時空の彼方より来たりしモノ。

 人の世に終わりを告げる終末の怪物が、今、産声を上げる────。




 ◇




 ──春風の大地 聖地マテリオペテルス上空(sideグヴォロズ)──


「ふぁぁ~っ。……暇や」


 どこか間抜けな、もとい、愛嬌のある顔立ちの黒竜が退屈そうに欠伸(あくび)を噛み殺し、爪先で大きく育てた鼻くそを空へと弾き捨てる。

 ドラゴンの膂力(りょりょく)で弾かれた鼻くそは大気摩擦で発火し、流星のような軌跡を描いて大空に瞬いた。


 世界一汚い流れ星である。願ったところでご利益などあるはずもない。


「くえ……」


 息子のブレイブを展望デッキで遊ばせていたピピが呆れた視線を投げる。


「何? 汚いもんほかすなて? 燃やしたしええやろ」


「くえ!」


「そういう問題ちゃう? なんやピピ姉さん、すっかりオカンやん」


「ぴよ!」


「なぁ? ぶーちゃんも暇やんな?」


「ぴ!」


 ブレイブが元気いっぱい小さな尻尾をふりふりしてお返事すると、グヴォロズの眦(まなじり)がにっこりと垂れ下がる。

 彼らは現在、広大な春風の大地が丸ごと視界に収まるほどの高空で大翔たちの帰還を今か今かと待ちわびていた。


 そんな超高度で生まれたばかりの雛鳥が遊びまわれるのも、展望デッキを覆いつくすバリアのおかげである。

 職人デオ・ミスリルの設計に抜かりはない。


「……ん? お、おぉっ!? なんやなんや!?」


 異変は突然起きた。

 この距離からでは豆粒よりも小さい魔王城から闇がボコボコと泡のように溢れたのだ。

 闇はみるみる成長し、母なる大地を見下ろすほど巨大な黒い骸骨へと成長していく。


 気づけば闇はグヴォロズと同じ高さにまで達していた。


 昏い眼窩の奥で揺らぐ青白い鬼火と視線が交わる。


 グヴォロズは顎が落ちそうなほど口を開けて思った。

 ────あかん、と。


「ッ!!!!」


 即座に反転したグヴォロズは最高速度でその場からの離脱を図る。

 すると数瞬前までグヴォロズがいた座標を闇の巨腕が薙いだ。


 たったそれだけで大気はうねり、嵐のような突風が惑星全体を駆け巡る。

 そこかしこで竜巻が発生し、未曽有の天災が各地を襲った。


「あかんあかんあかん! なんやあれ聞いてへんぞ!?」


 この星に最早安全な場所は無い。

 この世の終わりじみた光景を目の当たりにし、グヴォロズは星の重力を振り切って宇宙へ飛び出した。


 流石にこの高さまでは手が届かないのか、闇はこちらを見上げたまま悔しげに眼窩の奥で鬼火を揺らめかせる。


「……ん? なんやあれ」


 そのときだ。

 荒れ狂う大気流をものともせず、一直線に空を駆ける銀の煌めきをグヴォロズは見た。


 それは刃の翼を広げた機械仕掛けの騎士。

 音さえも置き去りにして闇に向かって突き進むその姿は、さながら魔を斬り裂く聖剣のようだ。


 もう間もなく闇の骸骨と白銀の騎士が接触しようかという頃。

 翼が無数の刃へと分離し、騎士の手元に集まって一振りの大剣に変形する。


 白銀の大剣を正面に構えた機械仕掛けの騎士は、勢いそのまま、闇が最初に噴き出した一点へ突っ込んでゆき────。


 刹那、地表に光が溢れた。

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