0124 冥王の鎧
──冥界 黒夜城(side大翔)──
ぐっすり眠って元以上に元気になった俺は、キュリキア様に呼び出され冥界の城を訪れた。
相変わらず大きくて立派な城だ。
アリアと一緒に忍び込んだのがもう随分と昔のことのように感じられる。
ジョッピと一緒に玉座の間へ続く大扉の前に立つと、扉は独りでに開いた。
事前の練習通り玉座の前まで進み出た俺は、その場に片膝を突き、冥界の女王様に頭を垂れる。
「召喚に応じ参上仕りました」
「面を上げよ」
教え込まれたセリフを読み上げると、キュリキア様から許しが出る。
俺が顔を上げるとキュリキア様はまずジョッピに声をかけた。
「光の大精霊殿には多大な感謝を。よくぞこの者をここまで育て上げてくれた」
「お安い御用ネ」
キュリキア様が目礼するとジョッピは少し照れたように鼻の頭をこすって「ぐっ!」と親指を立てた。
……え? 光の大精霊!? こ、これが!?
てっきり都市伝説とか妖怪的な存在かと思ってたのに!
「誰が妖怪ネ。失礼ヨ」
しまった。思考を読まれた。
すると「真面目にやれ」と言わんばかりキュリキア様が咳払いして、俺に向き直る。すみません……。
「鈴木大翔。此度の修行にて、お前は生きながらに霊魂の禊を一〇八回経験したことになる」
途中から数えるの止めちゃって覚えてなかったけど、そんなにか。
人間の煩悩と同じ数になったのは多分偶然じゃないんだろうな。
地獄と冥界を行ったり来たり。ジョッピの華麗なステップがまだ目に焼き付いている。
叩かれた拍子に目玉がどこかへ飛んで行ってしまったりと腹の立つこともあったけど、今は不思議とすべて許せてしまう。
「よってここに剣清の称号を与え、褒美として冥王の鎧と夜魔のマントを授ける。ありがたく受け取るがよい」
「はっ! ありがたき幸せ!」
いずれ役に立つ時が来るからとお城に入る前に半ば強引に練習させられたけど、これでいいんだよね?
横目でジョッピの顔色を窺うと、真顔でキレッキレのステップを踏みながらお尻をプリプリこちらへにじり寄ってくる。
ちょww 笑わせないでwww
華麗なステップでおちょくってくるジョッピを視界に入れないよう努力しつつ、必死に笑いを堪えていると、俺の前に鎧立てにかけられた立派な鎧が運ばれてくる。
鎧を運んできた兵士の人たちも必死に笑いを堪えていたが、それはさておき。
日が沈みかけて間もない空のような、青みを帯びた黒。
瞑色と呼ばれる色だ。
鎧の肩にかけられたマントはまるで星空をそのまま切り取って仕立てたようだった。
「触れてみよ」
言われるまま鎧に手を伸ばす。
指先が軽く触れると、鎧とマントは黒い霧に姿を変えて俺の身体に纏わりつく。
次の瞬間、霧が再び鎧に変わり、肩の付け根から生えるように現れたマントがばさりとはためいた。
とても鎧を着ているとは思えないほど軽い。それに腹の底から力が溢れてくるみたいだ。
「冥王の鎧は身に着けた者の力を十倍に高め、失われた魂力を補充してくれる。とはいえ限界以上には回復せぬし、限界値は加齢や過度な肉体行使などでも減っていく。無茶をすれば己の命を削ることになることを努々忘れるな」
「はい」
「夜魔のマントは身に着けている間、影の中を自在に移動できるようになる。表地はあらゆる攻撃を跳ね返し、裏地には悪しき力の影響を退け、歪められた姿形を元に戻す力がある」
「それじゃあ、もしかして!?」
「裏地側で包めば、剣に変えられたお前の師を元の姿に戻すことも叶うだろう」
本当にすごいものを貰ってしまった。
まさかこんな形で師匠たちを元に戻す方法が見つかるなんて。
「どちらもお前が望めばいつでも現れ、平時は影の中にて付き従うであろう」
試しに鎧を脱ぎたいと心の中で念じてみると、鎧とマントが黒い霧に変わり俺の影の中にしゅるんと吸い込まれていった。
アリアの冥界収納みたいだな。
「ついでだ。その獄卒制服もお前にくれてやる」
「え、いいんですか!?」
「せっかく似合っておるのだ。記念に持っていけ」
「ありがとうございます!」
この制服、肌触りが良いし生地もよく伸びるからすごく動きやすいんだよね。
着てるだけで暑さ寒さにも強くなるし、何よりデザインが良い。いやぁ、本当に良いモノ貰っちゃったなぁ!
────と、いけない。一応真面目な場なんだから集中しないと。
「……今、現世では冥の大精霊が己の過去と対峙している。必要なことだったとはいえ、あの娘には大きな悲しみを背負わせてしまった。どうか力になってやってほしい」
「もちろんです。仲間ですから」
「そうか。では行くがよい。汝の生の果てに再び会おう」
冥王の鎧と夜天のマントを影の中から呼び出した俺はキュリキア様に一礼すると自分の影の中へ潜り込む。
魂と物質の境界、この世とあの世の狭間、無明暗黒の中をどこまでも飛んでいく。
◇
──不死魔王城 玉座の間正面 大扉前(sideアリア)──
鬼火の青白い明かりに照らされた廊下に、金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音が響く。
あと一歩踏み込めばそのまま口付けできそうなほどの距離で、力と力が火花を散らして激しく競り合う。
だがその一歩は果てしなく遠く、そして二度と埋まることのない溝でもあった。
「まさかこうまで凌ぐとは思いませんでしたよ……ッ!」
「あなたの剣は近くでずっと見てきましたもの! それはもうずーっと! 穴が開くほどに!」
大翔を冥界に送ってもうすぐ一時間が経とうとしている。
だが、お互い決定打を与えられないまま戦況は膠着していた。
「普通は見ただけじゃ見切れやしないんですがね」
「~~~っ! この分からず屋!」
魔神の右腕が蒸気を噴いて展開し、ロケットブースターがせり出す。
直後、右腕から炎の尾を噴き出しながらアリアがガードの上からカイルを強引に殴り抜いた。
剣の腹でアリアの拳を受けたカイルは、その勢いを利用し後ろに大きく跳んで距離を取る。
アリアがどれだけ想いをぶつけても、柳に風とばかり、のらりくらりと躱されてしまう。
それはまるで生前の二人の関係そのものだった。
「……そっちこそ人の気も知らないで。あなたが妹と同じ病気でさえなければ、妹と同じ名前でなければ。何度そう思ったことか!!!!」
剣を構えなおし、カイルが再び猛攻を仕掛けてくる。
これもやはりかつての再現。
アリアがどれだけ押しても心を開かないくせに、こうやって人の間合いには平気で踏み込んでくる。
息つく間も無い刺突の嵐をすべて紙一重で躱しつつ、アリアは右腕を諸刃の大鎌へと変形させた。
「だったら! どうしてわたくしにあんな希望を持たせるようなことを言いましたのよ!!!?」
無呼吸で繰り出される刺突の嵐と言えど、生前身に付けた剣技のクセはどうしても残る。
そこに僅かな突破口を見出し、アリアは虚空瞬在で自らの位置座標を僅かに横へずらす。
狙いの逸れたカイルの剣が空を突き体制が崩れた。
そこへすかさずアリアの大鎌が横薙ぎに振り抜かれる。
「野暮なこと聞きますね!!!!」
しかしカイルもさるもの。
膝を曲げてその場に屈みこむことで死神の刃を首で受ける。
カイルの首が跳ね飛ぶが、最初からくっついないためダメージはゼロだ。
ならばとアリアは大鎌を振り抜いた姿勢のまま、屈みこんだカイルの真上に虚空瞬在で飛ぶ。
そのまま身体を横回転させ、落下の勢いも乗せて床ごとカイルを薙ぎ払う。
ほぼノータイムで予想外の位置から放たれた追撃。
如何に天才と言えど、これを躱せる人間など存在しない。
死神の刃がカイルに迫る。
────が、カイルの胴体が忽然と消え失せ、死神の鎌が空を切り裂いた。
「もらった!!!!」
「っ!?」
空振りの勢いそのまま、空中でぐるりと半回転したアリアの視線が上を向く。
いったい如何なる手品か、眼前にカイルの姿があった。
いつの間にか背後を取られていたのだ。
呪殺剣の刃はすでにアリアの首筋に食い込んでいる。
今から虚空瞬在で逃れたところでもう遅い。
剣の呪いは僅かな傷でも発動する。
(まさか、見ただけで!?)
極限まで引き延ばされた時間感覚の中、首筋に刃が食い込んでくる不快な感触を味わいながら、アリアは思考を巡らせる。
虚空瞬在は死者の歩法。ならばすでに死んだ身であるカイルが使えない道理はない。
迫る疑似的な命の終わりにアリアが目を閉じかけた────そのとき。
鳴り響く甲高い衝突音。
折れた呪いの刃がくるくると円を描いて宙を舞い、ストンと床に突き刺さる。
突然の事態にアリアが目を白黒させていると、頭から大きな黒い布を被せられ視界を塞がれる。
「……どっから出てきた、このすっとこどっこい」
折れた呪殺剣を投げ捨て、怒りも顕わにカイルが乱入者へ問いかける。
するとアリアを包んでいた布が黒い霧へと変わり、霧は持ち主の肩に纏わりつくと再びマントの形を取ってばさりとはためいた。
いつの間にか傷の痛みが消えていることに気付き、アリアが首筋に触れる。
刻まれた呪いの傷跡はきれいさっぱり消えていた。
「どこからでも出てくるさ」
構えていた神霊剣を鞘に戻し、大翔が答える。
「ハッ、素手の相手に剣は向けないってか。弱いくせに随分とご立派な騎士道精神じゃないか」
「もう終わったよ」
「あ……?」
カイルの顔に刻まれた縦線がゆっくりと上下にずれていく。
唐竹割りにされた胴体が左右に割れ、倒れた衝撃ですべてが灰に変わった。
長い、長い沈黙があった。
瞑目したまま動かないアリアに倣い、大翔も軽く目を伏せ、カイルの来世の幸福を祈り、黙祷を捧げた。
「────今、カイルは冥界の門を潜りました」
やがてどこかスッキリした顔でアリアが目を開く。
カイルの死出の旅路に付き添い、別れの挨拶も済ませたようだ。
「……これで。わたくしもようやく、本当の意味で冥の大精霊になれましたわ」
「あっけない終わり方でごめん」
「幽玄冥道でじっくりと語らいましたもの。冥の大精霊の役得ですわね」
泣き笑いの顔で首を横に振り、アリアは目元に浮かんだものをそっと指で拭う。
カイルの最も輝かしい記憶の欠片はすでに受け取り、彼の存在はその胸の内にしかと刻まれた。
記憶が魂の形を定め、人を形作るのであれば、それを覚えている者がいる限りその存在もまた不滅のものとなる。
「さあ、参りましょう。不死魔王をぶっちめてやりませんと!」
「ああ」
決然と顔を上げ、閉ざされた扉の前に二人が立つ。
一枚隔てた向こうで待つのは、世界最古にして最凶の魔王。
世界の命運をかけた決戦まで、あと僅か。
◇
──アリオーン聖法国 白星大聖宮──
大翔たちが不死魔王との決戦に挑もうとしている頃。
天を貫く霊峰アルフェバキア、その山頂に威を構える白星大聖宮に一人の客人が訪れていた。
品のある調度品で統一された応接間で、ローテーブルを挟んで男と少年が向かい合う。
片や絢爛豪華な法服に身を包んだラーハル枢機卿。
片や六〇〇年前に世界を救った伝説の英雄、劔正義。
「────こうして勇者マサヨシとお会いできる日が来ようとは、夢にも思いませんでしたよ」
突然自分を訪ねてきた歴史上の偉人に、ラーハルは興奮を隠しきれない様子だった。
「もしかしたら信じてもらえないかもと不安だったのですが、この金貨がまだ有効で助かりました」
手の中で一枚の金貨を弄び、正義がホッとしたように苦笑を返す。
聖刃金貨。
六〇〇年前、聖者ルグェルが勇者マサヨシに与えたとされ、勇者本人だけが触れることができると伝えられている。
アポなしで突然押しかけたにも関わらず、ラーハルとの面会が叶ったのもすべてはこの金貨あってのことだ。
「しかし六〇〇年前と同じお姿を保っておいでとは驚きました」
正義の若さの秘訣を探るように羨望の眼差しを向けるラーハル。
人の身でありながら六〇〇年も生きながらえていることについては、ゼロス・バルトホークという前例もあるため然程驚くようなことでもない。
しかし目の前の少年はそのゼロスでさえ勝てなかった老いを完全に克服しているように見えた。
「つい昨日、六〇〇年前から時代を越えて来たばかりですからね。神様の采配ってやつです」
無論、すべて嘘である。
しかし先に見せられた聖刃金貨は間違いなく本物で、目の前の少年が劔正義であることは疑いようのない事実だ。
その事実さえあれば、突拍子もない嘘話にも信憑性が生まれる。
正義の嘘を頭から信じ込んだラーハルが胸の前で聖印を切ると、正義は「さて」と一息入れ、話題を変えた。
「世間話はこれくらいにして、今日はあなたにあるものを渡すためにここを訪ねたんです」
と、正義がテーブルの上に手をかざせば、ラグビーボールのような形の機械がゴトンと落ちる。
大きさも丁度それくらいであり、ラグビーボールを知らないラーハルは素直に奇妙な形だと思った。
「これは?」
「神代の科学技術で製造されたブラックホール爆弾です。これ一つで一〇〇万人級の都市を跡形もなく消滅させられます。巻き込まれれば天使であろうと決して助からない」
「なっ!?」
「神様は今の世界の在り方を憂いています」
「……と、仰いますと?」
「今人類がこうして生きていられるのも、全部聖なる神様のおかげでしょう。なのに未だに他の神を信じている人がいる。おかしいじゃないですか。僕だって許せないですよ。青春時代を捨ててまで戦って勝ち取った未来なのに」
正義の言葉を聞き、ラーハルはこれこそまさしく神の采配だと感動さえ覚えた。
世界を救った伝説の英雄さえも自分と思いを一つにしている。
万の味方を得た思いになったラーハルは、改めて胸の内にある使命感を強めた。
やはりなんとしても地上の浄化を実行し、世界を美しく正さねば、と。
「ええ、ええ! やはりあなたも感じておられましたか、今の世界の歪みを!」
「だから僕は今日ここに来たんです」
正義がテーブル越しにラーハルの手を握り返す。
────やはりこの手のタイプは扱いやすい。
笑顔の裏に真の目的を隠したまま、正義は演技を続けた。
「そのスイッチを押せば五秒後に爆弾が作動します。起動時にスイッチを押した者が効果範囲内にいた場合、スイッチを持っている人物だけが安全圏まで転送される仕組みです」
懐から取り出した爆弾の起動スイッチをテーブルに置き、正義が道具の説明に入る。
スイッチには誤作動防止用の透明なカバーが付いており、握り込めばちょうど拳の中に隠し持てるサイズだ。
「これをいつ、どこで、どう使うか。すべてあなたに託します」
「よろしいのですか」
「僕は正しき世のためなら多少の犠牲も仕方ないと考えます。これからの世界を任せられるとすれば、ラーハル枢機卿。あなただけだ」
後のことは頼みましたよ。
そこで話を打ち切り、正義はおもむろにソファーから立ち上がる。
すると正義はたった今思い出したかのように「そうそう」と最後にもう一つ付け加えた。
「今、鈴木君と不死魔王が戦っています。おそらく彼が勝つでしょうから、英雄を迎える準備をしておくといいかもしれませんね」
ラーハルが瞬きすると、すでに正義の姿はどこにも無かった。
まるで白昼夢のような出来事。
しかしテーブル上に残された奇妙な形の贈り物が、それが夢でないことを証明している。
「奇跡だ……」
神の奇跡を目の当たりにし、ラーハルはしばらくの間、深く天に祈りを捧げた。
やがて胸の前で組んでいた手をゆっくりと解いた彼は、部屋の隅に向かって声をかける。
「聞いていましたね。ズェダ局長」
「はっ」
部屋の隅に置かれていた観葉植物が霧のように解け、白仮面の男がラーハルの前に姿を現す。
聖法国諜報部【神の耳】の局長、ズェダである。
万が一に備え幻影魔法で姿を隠し二人の会談に同席していたのだ。
「そろそろ宝物庫の定期点検の時期でしたね。準備を進めておきなさい」
「……御意」
そんな点検業務があるなど聞いたことも無かったが、ラーハルの意図を察したズェダは恭しく頭を下げるとすぐに部屋から去っていった。
今度こそ誰もいなくなった部屋で、ラーハルは口の端を三日月形に歪め、声を漏らす。
「すべては神の御心のままに」




