0123 剣の極みへ至る道
──地獄(side大翔)──
再びマグマの沼地に戻った俺は神眼石の義眼の力を使ってみることにした。
軽く目を伏せ、周囲を漂う気配にだけ集中する。
そうすると瞼の裏に今まで見えなかったものがゆらゆらと映り込む。
それは真夏の陽炎のようであり、複雑に絡み合った糸のようにも見えた。
その中から死者たちの記憶に繋がる執着の糸を見分け────斬る。
「あ……」
執着を断ち斬られた死者から輝く結晶が零れ落ち、記憶を手放した無垢な魂が空高く昇っていく。冥界へ向かったのだろう。
どうか彼の来世が幸せでありますように……。
「コツ、掴んだネ。次はもっと速くやるヨ。瞬きより速くできたら合格ネ」
次から次からやってくる死者たちに俺は剣を振り続けた。
彼らの来世の幸福を祈りながら斬る。斬る。また斬る。
記憶への執着。その糸を何度でも────。
「……セル……ス。どこ……どこなの……」
「ティ……ア様。私は、ここに……。私を、私だけを……」
ふと、俺の前を二人の死者が通りかかる。
父親に殺されてしまった身分違いの恋人との思い出を捨てられない女の霊と、そんな彼女を愛してしまった男の霊だ。
二人ともこんなところにいたのか。
────斬ッ!!!!────
燃え盛る二人から記憶の結晶が零れ落ち、まっさらになった魂が寄り添いながら上昇気流に乗り天へ昇っていく。
不思議と俺の心まで軽くなったようだ。
俺自身、あの二人をそこまで恨んでいるつもりは無かったのだが、心のどこかに言語化できないモヤモヤが残っていたらしい。
「みんないつか必ず生まれ変わるヨ。いつまでも囚われる、馬鹿馬鹿しいネ」
「……はい」
二人の来世の幸福を祈りつつ、俺は再び修練に戻った。
どうか来世で二人が結ばれますように……。
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────
──
冥界との往復を繰り返していると、また見覚えのある霊たちがやってくる。
「おお……神よ。なぜ私を見捨てたもうた……。なぜ……どうして……」
「ああなんて可哀想な私! 殺す殺す殺す死ね。卑しい淫売のくせによくも私の人生を滅茶苦茶にしてくれたな……!」
両足に大量の鎖を引きずる男の霊と、もはや元の形が分からないほど醜く膨れ上がった女の霊。
ケルセス大司教と、四〇〇年前にレティアを殺したあの女────だけじゃないな。
あの女の念に共鳴した女たちの集合霊か。
「……そうだ。悪いのはあのラーハルの小僧だ。私は悪くない私は悪くない私は悪くない……っ」
「誰か愛して。私だけを見ろ」
「私より美しい女が目障りだ死ね」
「どうして誰も私をお姫様にしてくれないの。私はこんなに苦しくて可哀想なのに」
「あんな淫売に騙されて借金だけ残して首吊りやがって!」
「どうして私だけがこんな苦労しなきゃいけないのよ!?」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねみんな死ねああああああ!!!!」
あまりの醜悪さに、思わず目を背けそうになる。
あの二人は俺の善悪観に照らし合わせても間違いなく最低のクズで、多くの人から恨まれるだけのことをした極悪人だ。
……俺はどうするべきなのだろう。
このまま見送るという選択肢も俺にはある。
そうすればアレらは途方もない時間をかけて地獄の炎に焼かれる苦しみを味わうことになるだろう。
そしていずれ記憶は燃え尽きて、その魂は次の生へと向かうはずだ。
あんな奴ら、長く苦しめばいい。
見送ってしまえ。
俺の中に刻まれたアシュモネの記憶がそう囁きかけてくる。
「どうしても許せないなら見送テもいいヨ。お前も人間ネ。無理はだめヨ」
俺を気遣ってか、ジョッピが珍しく優しい言葉をくれた。
正直、俺はこの二人を────特にレティアを殺したあの女だけは絶対に許せない。
だけど……。
「……いいや。やる」
剣の柄に手をかける。
どうせ早いか遅いかの違いなら、こんなやつらのためにいつまでも怒り続けてやることすら馬鹿らしい。
────斬ッ!!!!────
俺自身の怒りさえ断ち切るように。
執着の糸を断ち斬られた二人は大量の記憶の結晶を落として天に昇っていった。
「こんなものっ!」
あたりに散らばった記憶の結晶をマグマの沼に蹴り落す。
怒り、悲しみ、憎しみ、嫉妬、絶望。
すべて炎に焼かれてあっという間に燃え尽きた。
「アレは現世からも怒りの糸たくさん繋がてたヨ。これで今生きてる奴ら、前向けるネ」
「……そっか」
それならよかった。
終わったことにいつまでも囚われて、それで新たな憎しみを生み出してしまうのはとても悲しいことだから。
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──
もうこれで何往復目だろうか。
今までの霊たちとは明らかに違う足音がこちらに近づいてきた。
彷徨うような歩き方ではない。俺を俺と認識し、自分の意思でこちらに向かって来ている。
「よお、また会ったな」
「ドラジス……」
全身を炎に包まれた大鬼の霊。
呪いの根源は断ち斬ったはずなのに、どうしてこんなところに。
「俺は俺の意思でここにいる。このまますべての記憶を抱えて冥界まで抜ければ獄卒として迎えてもらえるらしいしな」
ジョッピに視線を振ると、神妙な顔で頷きが返された。
「でもソレ、とても苦しい。険しい道ヨ。記憶残テルほど炎の痛み強くなる。普通は痛くて一歩も動けないヨ」
「世界を焼いちまった俺には似合いの罰だろ」
燃え盛る大鬼の影が自虐的に笑う。
今だって想像を絶する苦痛を味わっているだろうに。
「生まれ変わろうとは思わなかったの?」
「微塵も。もう誰かを恨むのも恨まれるのも懲り懲りだ」
そう語るドラジスの表情は燃え盛る炎のせいでよく見えなかったけど、それでもどこか憑き物が取れたような雰囲気だけは伝わってきた。
彼自身がそれを望んでいるのなら、俺から言うことは何もない。
「じゃあな。もう二度と会うこともねぇだろうが」
ドラジスは軽く片手を挙げ、そのまま大きな身体をのしのし揺らして陽炎の向こうへ消えていった。
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いったいどれだけ剣を振るっただろう。
随分長いことそうしていたような気もするけど、現世の時間だと一瞬のことだったかもしれない。
あれだけいたはずの死者たちもいつの間にかすっかりいなくなってしまい、次が来るまで立ったまま瞑想していた、そんなときだ。
突然、マグマの沼を一条の熱線が引き裂いた。
虚空瞬在。
魂の座標を右にずらし、熱線を躱す。
そんな俺の思考を読んだかのように、一体の怪人が瞬間移動じみた速度で俺の前に飛び込んでくる。
「また会ったな小僧!」
「デリング!」
やっぱり地獄を彷徨っていたか!
ゼロスさんの支援と仲間たちがいてやっと倒せた、俺にとっても因縁の深い相手。
けど、今となってはお前なんて!
────斬ッ!!!!────
デリングの拳が放たれる直前。
瞬きよりも速い刹那の間に、俺は抜刀から納刀までの一連の動作を終えていた。
「……なぜ斬った。お前に私を許す理由などないだろう」
構えていた拳を解き、脱力したデリングが俺に問う。
「美乃梨にお前のことを引きずってほしくないから」
バラバラに斬り裂いたデリングの魂をマグマの沼に叩き落として苦しみを与えてやれたなら、どんなに胸がスカッとしたことか。
だけどそれをやったら、美乃梨の心にいつまでも辛い過去の影が付きまとう。
お前なんか、とっとと忘れ去られて消えてしまえばいいんだ。
「そう……か……」
最後に一言、そう呟いてデリングが空を仰ぎ見る。
直後、大量の結晶が辺り一面にぶちまけられ、まっさらになった魂が天に昇っていった。
「合格ヨ。心も、身体も、魂も、お前うんと強くなたネ」
俺とデリングのやりとりを後ろで見ていたジョッピが拍手を送ってくる。
するとまた景色が一瞬で切り替わって、俺は冥界の雪原に立っていた。
火照った身体に冷気が心地いい。
最初は数秒もすれば凍えて死にそうだったのに、今はぜんぜんへっちゃらだ。
あれだけ苦戦したデリングが相手でも楽勝だった。
サウナみたいな修行だったけど、得られたものは大きかったな。
「最後にギュと冷やして、一休みしたら完成ネ。よく頑張たヨ」
雪の積もった地面に身体を投げ出し、ゴロゴロと雪の上を転がって火照った身体を冷ましていく。
頃合いを見計らってジョッピが柏手を打つと、また景色が切り替わる。
今度は広々とした畳張りのお座敷だ。
「はいな。ご褒美ヨ。飲むといいネ」
と、ジョッピから手渡されたのはガラスの小瓶。
中には金色に輝く液体が入っている。
「これは?」
「ジョッピ特製、超スゴイ霊薬ネ。これ飲めば元気百倍! 健康長寿間違いなしヨ!」
作ったような営業スマイルがものすごく胡散臭い。
小瓶の蓋を開けてみると仄かに桃のような甘い香りがした。
ま、いっか。今更ジョッピも毒なんて飲ませないよね。
勢いをつけて霊薬を一気に喉に流し込む。
美味しい。ミックスジュースみたいな味だ。
「さ、横になるネ。ととのうヨ」
言われるまま畳の上に横になると、身体の隅々にまで血が巡っていくのを実感した。
あぁぁ……。ととのう……。
「うつ伏せなるネ。イイ感じのツボ押すヨ」
言われるままうつ伏せになるとジョッピが背中に乗ってきてぐりぐりと足でツボを押してくれた。
滞っていた魂力の巡りが改善され、力が全身に巡っていくのが分かる。
「あ゛あ゛……っ。そこそこ」
「お前、おっさんみたいヨ」
小さいおっさんにおっさんみたいと言われてしまった。
仕方ないじゃん、気持ちいいんだから。くぅ~っ、ほぐれる~。
……ああ、だんだん眠くなってきた。
「眠いなら寝るネ」
「うん……。ありが…………と…………────」
心地よい疲労感に誘われ瞼が重くなる。
特に抗う理由もなく、俺は微睡の底へと落ちていった。




