0119 無限の塔
──春風の大地 河港町フラペリオ 教会内──
「雑魚は俺が受け持つ!!!! お前たちは先へ行けぃ!!!!」
不死魔王討つべしと息巻いていたダウラスは周囲の異変に気付くことなく教会の扉をタックルで破壊すると、勢いそのまま外へ駆け出していく。
「ありゃ? ここって……」
「フラペリオの教会なの」
ダウラスの後に続いて魔王城に突入したスピエルとキュレアルは、異変に気づいてはたと足を止める。
周囲を見渡せば、そこは河港町フラペリオの教会だった。
「なんだこれはぁぁああああッ!!!! どうして俺はフラペリオに戻ってきている!!!?」
と、外へ飛び出したダウラスがようやく気付いて教会へ引き返してきた。
「幻覚か?」
「ううん。間違いなくここはフラペリオの教会なの」
スピエルが尋ねると、キュレアルは首を横に振ってその可能性を否定した。
【聖水天使】のスキル保有者は、その血が万能の回復薬となるため、あらゆる状態異常にかからない。
するとここで、ダウラスに背負われていたラヴァエルがぱちりと目を覚ました。
「────はっ!? ここはボク!? ボクはどこ!? どこにいてもボクはボク!!!! ハッハァ☆ やあやあ、おはよう!!!! ご機嫌な朝だね☆」
ダウラスの背中から飛び降りたラヴァエルは三人の前に立つとその場でバレリーノのようにくるくるっと回転してポーズをとった。
「あーうるさ」
「やかましいのが起きたの」
「おや? ここはもしかしてフラペリオの教会かい? ヒロト君たちは……あっちだね☆ こうしちゃいられない! 待っててヒロト君! このッ! ボクがッ!! 助けに行くからね────ッ☆☆☆☆」
背中を丸めたラヴァエルがぐぐっと力を籠めると、炎の翼が火の粉を散らして燃え上がる。
そのまま天井を破壊して遥か大空へ飛び上がったラヴァエルは、ジェット噴射の勢いであっという間に遥か東の方角へ去っていってしまう。
「むっ!? しまった!!!! ラヴァエルから話を聞きそびれてしまった!!!! 待つのだラヴァエル!!!! ラヴァエ────ルッ!!!!」
続いてダウラスも巨体を揺らしてどっすんどっすん教会を飛び出していく。
その背中はまるで制御の効かない暴走ダンプカーのようだ。
「……これ、俺らも追いかけなきゃダメなやつ?」
「行くしかないの」
「えぇーっ!? また魔王城まで行くのかよ!? はぁ……メンド」
「先に行ってるの」
一足先に教会の外へ出たキュレアルが「ぴょん!」とその場でジャンプする。
するとどこからともなくサーフボードが彼女の足元に現れ、サーフボードの裏面から噴き出した高圧水流がキュレアルの小さな身体を空の彼方へ運んでいく。
「はいはい。行けばいいんだろ、行けば!」
最後に肩を落としてトボトボと外に出たスピエルがため息一つ、担いでいた長槍を大きく振りかぶり、東の方角に向けて勢いよく投げ放つ。
雷光の速度で槍はカッ飛んでゆき、直後、槍の石突と繋がった鎖に引かれてスピエルも遥か空の彼方へと消えた。
◇
──不死魔王城 ???階 無限の塔(side大翔)──
アリアと二人で無限の塔に迷い込んだ俺は、ひとまず上を目指して進み始めた。
幽歩を使って螺旋階段を滑るように登っていくと、すぐに上の階にたどり着く。
見た感じ、構造は下の階とまったく同じのようだ。
塔の外周をぐるりと囲うように突き出た円形の床と、上下に通じる階段があり、四方に伸びた天空回廊の先にはどこへ通じているかも分からない扉がある。
床の淵に立って下を覗き込むと、やはりどこまでも果てしなく同じような光景が続いていた。
ひとまず塔の壁に沿ってぐるりと一周してみる。
すると壁に埋め込まれた金属のプレートを見つけた。
【無限に終わりは存在せず、始まりも存在しない。ゆえに出口はどこにでもあり、どこにもない】
プレートの表面には神代の文字でそう彫り込まれていた。
どういう意味だろう。
「アリア、これって……」
「ええ、おそらくこの文章が攻略の鍵ですわね」
「ひとまず他の階も見てみよう。何か別のことが書かれてるかも」
「ではわたくしはここで待っていますわ。少し試したいことがありますの」
そんなわけで二手に分かれ、俺だけさらに上の階を目指す。
するとどういうわけか、下の階で待っているはずのアリアがプレートの前で待っていた。
「やっぱりこうなりましたわね」
「どういうこと?」
「この塔、一見上下にどこまでも続いているように見えますけど、実際は上へ向かう階段と下へ向かう階段が繋がっていますのよ」
「無限ループってことか」
「あの扉の先も気になりますわ。行ってみましょう!」
向かって右側の天空回廊を渡り、空中にポツンとそびえ立つ大扉の前まで移動する。
扉は俺たちが前に立つと勝手に開いた。
向こう側は真っ暗で何も見えない。
意を決して暗闇に足を踏み入れる。すると正面に無限の塔が現れた。
なんだこれ。向きが入れ替わったのか?
……いや、それなら扉の前にいるアリアと鉢合わせになるはずだ。じゃあ別の扉から出てきた?
試しにたった今自分が出てきた扉から入ると、目の前にアリアが現れた。
「どうでした?」
「多分、別の扉に出た……んだと思う。もう一度見てくるからここで待ってて」
もう一度同じ扉に入ると、やっぱり正面に無限の塔が現れた。
今度は出てきた扉には戻らず塔に向かって歩き、塔をぐるりと一周してみる。
すると先程俺が出てきた扉の対角線上にある扉の前にアリアが立っているのが見えた。
「あら? 今度は後ろから帰ってきましたわね」
「多分だけど、この扉は塔を挟んだ向こう側の扉に通じてるみたい」
「ではやはり、この塔は上下左右前後の無限ループで間違いなさそうですわね」
とりあえず二人でプレートの前まで戻ってくる。
さて、ここからどうしよう。
すると突然、アリアが魔神の右腕を顕現させた。
「管理者権限行使。一番から三番までの機能を限定解除」
前腕部のボルトが白いスチームを噴きながら外れ、分厚い装甲がスライドして、より禍々しく攻撃的な容へと姿を変えていく。
「ちょ、ちょっと待った!!!!」
ぷしゅう。
俺が慌てて止めると、悪魔の鉤爪が大量の蒸気を噴き、今まさに開放されんとしていた破壊の力が霧散していく。
「どうして止めますの!」
「とりあえず力業で解決しようとするのやめなよ! ……なんとなくここでそれはまずい気がするんだ」
「むぅ。ヒロトさまがそうおっしゃるなら……」
不承不承といった感じながらもアリアは魔神の右腕を収めてくれた。
明確なビジョンが見えたわけじゃないけど、ここでそれを使ったら何もかも終わってしまうような気がしたのだ。
「でも、それじゃあどうしますの? 出口はどこにでもあり、どこにもない。ということは、自分で出口を開かない限り出られませんわよ?」
「自分で出口を……」
腰に下げた神霊剣に手が触れる。
やれるのか? 俺に。
────いや、できるできないじゃない。やるしかないんだ。
「分かった。やってみる」
アリアを後ろに下がらせ、俺はプレートの前に立ち抜刀の姿勢を取る。
込める闘気は最小限でいい。なんとなくそんな気がする。
薄く、鋭く、闘気を刃に込めて────抜き放つ!
────斬ッ!!!!────
斬り裂かれた「空」が左右に割れる。
空間の裂け目の先に、薄闇に覆われた魔王城の廊下が見えた。
「行こう!」
「ええ!」
アリアと手を繋ぎ、二人で裂け目を飛び越える。
直後、背後から「バチン!」と裂け目が閉じる音が響いた。
「おお、マジか。もうあの塔の謎を解くとはね」
そんな俺たちに向け、闇の奥から声がかかる。
俺たちが身構えると、左右の柱に取り付けられた燭台が手前から順に灯り、青白い鬼火の光が廊下の奥に立っていた首なし騎士の姿を浮かび上がらせた。
首なし騎士の背後には、これ見よがしに邪悪で禍々しい意匠が施された大扉がある。
おそらく魔王はあの向こうだろう。
「誰だ!」
「ああ、お前とは初対面だよな」
俺が剣の切っ先を向けると、首なし騎士は小脇に抱えていた自分の首を本来あるべき位置に戻し、兜の前面を上げた。
「「っ!?」」
ハルトと瓜二つの顔立ち。
生気の宿らない瞳がまっすぐにアリアを見つめ、口を開く。
「お久しぶりです、アリア様」
「そ、そんな!? どうして!?」
「あ、先に言っときますけど本人ですよ? 俺は正真正銘、カイル・ギアハートの成れの果てだ」
カイル。
確かアリアの元専属騎士だった人だよな……。
それがどうしてアンデッドに。
「……っ。なんて愚かな! 妹の復活を条件に魔王に魂を売るなんて!」
「さすが姫様。全部お見通しですか」
「え、何!? どういうこと!?」
「……カイルには不治の病に侵された妹がいましたの」
瞬間、アリアが心を開いたことで俺たちの思考が繋がり、魂の経路を通じて彼女の前世の記憶が俺へと流れ込む。
────そうか。彼だけは違ったんだ。
不治の病に侵されていつも腫れ物扱いされていたアリアに、いつか絶対に治ると言って励ましてくれた数少ない一人。
それがアリアにとってのカイル・ギアハートだった。
そんな彼をアリアは実の兄のように慕い、幼い恋心を抱いてもいた。
「ではあの事故もやはり!」
「あのときは最悪でしたよ。嫌いな酒を飲む羽目になった」
カイルが「うへぇ」と舌を出して顔をしかめる。
あの事故、とはカイルが死んだときのことだろう。
警察の調べによれば、その晩カイルはひどく泥酔しており、改修工事中だった教会へと迷い込んだ。
そしてそこに積まれていた資材の山に誤って触れてしまい、その崩落に巻き込まれて死亡した……ということになっている。
もちろん高レベルの冒険者だろうと当たり所が悪ければ死ぬときは死ぬ。
酒で判断力が鈍っていたのなら、崩落を避けきれなかったとしても不自然な点はない。────表面上は。
アリアが不審に思ったのは、その晩だけ酒嫌いのカイルが酔っていたという点だ。
酒そのものに嫌悪感さえ抱いていたカイルが、あの晩だけ前後不覚になるまで飲んでいたなんて、やっぱりどう考えてもおかしい。
「……あの後、わたくしもメイドたちに色々と調べさせましたわ。ですがどれだけ調べてもあなたの死の真相には近づけなかった」
「そりゃ当然でしょう。偽装ってのはバレないようにやるものです」
「その首。事故で落ちたものではありませんわね」
金色の瞳が首なし騎士を覆っていた謎のベールを徐々にはがしていく。
「もし本当に資材の崩落で死んでいたなら、あなたの遺体はもっと酷い状態だったはず。その場合、行き場を失った魂は空気中を漂う塵に憑依してゴーストになりますもの」
だが、今のカイルはゴーストではなく、首なし死体だ。
アンデッドにただの物理攻撃は通用しない。
どれだけ憑代を破壊しても、魂が無事な限り元通りに再生してしまうからだ。
カイルが自分の死体に憑依してアンデットになったのなら、彼の首は生前に落ちていなければ辻褄が合わない。
「ええ。自分で落としました。すべての仕込みを終えた後にね」
カイルが腰の剣を抜き放ち、身構える。
────凄まじい剣気だ。この人……強い!
「さて、おしゃべりはこれくらいにしましょうや」
「……まさかあなたに剣を向けられる日が来るとは、思いもしませんでしたわ」
「俺もです」
カイルが刃の切っ先を俺に向ける。
「さあ坊主、ゲームの時間だ! 俺を消滅させることができればお前の勝ち。お前をぶっ殺せば俺の勝ち。俺と妹は晴れてこの奥におわす魔王様の力で完全なる復活を遂げる。単純な話さ」
「こんなことをして妹さんが喜ぶとでも!?」
「思ってるわけねぇだろ、このすっとこどっこい。……分かってんだよ。だからこれは俺のエゴで、未練なんだ」
俺の言葉にカイルの表情が苦々しく歪む。
死んだ家族を取り戻したい。
その思いは俺にも痛いほど分かる。だけどこんなのは……!
「さあ、俺程度の未練も断ち切れねぇようじゃ、この先にいる魔王様は到底倒せねぇぞ! 幼馴染を助けたきゃ俺を倒してみせろ!!!!」
言うや否や、雷光のような速度でカイルが斬りかかってきた!




