0118 離散
──不死魔王城 一階 正面エントランス──
正面の大扉から城内へ入ると、一瞬、奇妙な感覚が全身を包んだ。
まるでシャボン玉の膜を通り抜けたような……。
「みんな気を付けて! ……あれ!?」
「まぁ! みんないませんわ!」
気が付くとアリア以外の仲間たちが全員どこかへ消えていた。
ひとまずリゼラの顔を思い浮かべながら失せ人探しの魔法を使う。
すると光の糸は城の外へ向かって伸びていった。
どうやら結界みたいなものがあって、俺たち以外は全員弾かれたらしい。
「ひとまず外に出よう。この城何か変だ」
アリアを連れて一度外へ引き返そうとするが……。
次の瞬間、大扉が勢いよく閉ざされ、俺たちは城の中に閉じ込められてしまう。
俺はすかさず鞘から剣を抜き放ち、扉を真っ二つに斬り裂いて外へ出る。
だが、そこはすでに先程まで俺たちがいた場所ではなくなっていて────。
「なんだよこれ!?」
その光景を一言で表すなら『無限の巨塔』だろうか。
上下にどこまでも塔が伸びており、その周囲を螺旋階段がぐるぐると取り巻いている。
螺旋階段が塔を一周するごとに階層が分けられており、各階層からは四方に通路が伸びていた。
慌てて振り返ると、たった今潜ったはずの大扉はすでにどこにもなく、俺たちは無限の中にポツンと放り出された。
「こうなれば先へ進むしかありませんわね!」
「……だね。行こう!」
互いに頷きあい、俺たちは無限の塔へと足を進めた。
◇
──不死魔王城 中庭 茨の迷路(sideリゼラ)──
「……やられた」
城の正面大扉を潜り抜けたと思いきや、次の瞬間、リゼラはどことも知れぬ庭園の東屋に一人飛ばされていた。
黒曜石で作られた黒光りする東屋の中から周囲を見渡せば、茨が絡み合って壁を作っており、まるで迷路のようになっている。
屋根の下から、おそるおそる顔を出す。
中庭の空を塞ぐように分厚い黒雲が垂れ込めており、こうしている今も途切れることなく稲光がゴロゴロと迸っている。
飛んで逃げることは不可能そうだ。
「で、当然のように魔法は使えない、と」
アリアから預かった聖杖を軽く振ってみるが、うんともすんとも言わない。
どうやらこの庭園は魔法禁止エリアになっているようだ。
「ま、まあ? どうせアンデッドには何やっても効果が無いし? だから何って話よ。べ、べべべ別に怖くなんてないし! ええそうよ私を誰だと思って……」
ガサッ!!!!
「ひゃあああっ!?」
リゼラ、突然の物音に大ビビり。
涙目のへっぴり腰で物音のした方向へ杖を向けると、茨の茂みをかき分け姿を現したのは────。
「ヴァァァ……」
でろでろのグズグズ。
零れた目玉がチャームポイント。みんな大好き動く死体のゾンビさんである。
「ぎゃああああああ!? ゾンビィィィィィ!?!?!?!?」
「ヴアアアア!!!!」
べちょべちょずちょずちょ。
湿っぽい足音からは想像もつかない俊足を見せたゾンビに追われ、リゼラは迷路の中へ飛び込んでいった。
◇
──エスぺリサ王国 首都オーラン(sideアーシュラ)──
「────あ?」
気が付けば、だ。
本当にいつの間にか。アーシュラはオーランの王宮、王の執務室にポツンと立っていた。
目の前では書類仕事に勤しんでいたラルフ王がポカンと口を開けて手に持っていた書類を取り落としたところであり、床に散らばった紙束がバサリと音を立てる。
「アーシュラ……? いや待て。本当にお前なのか!?」
「そういうお前も幻じゃねぇだろうな」
これはいったいどうしたことだ。
警戒したままアーシュラは思考を巡らせる。
パーティーメンバーの一人であり、自身の大恩人でもある鈴木大翔。そんな彼の幼馴染が捕らわれているということで厳冬の台地から遥々春風の大地へ渡り、不死魔王の城へ突入しよう。
ここまでそういう流れだったはずで、そこまでは確かに覚えている。
しかし見るからに邪悪な魔王の城へ足を踏み入れた次の瞬間、自分はここにいた。
まるでわけが分からない。
「……あー。なんだ。オレは歩いてこの部屋に入ってきたか?」
「……いや、私も仕事中だったのでな。お前が入ってきた瞬間は見ていない。だが音がすれば気付くはずだ」
「じゃあ飛ばされた、か」
少なくとも記憶を弄られたという可能性は低そうだ。
おそらく城の入り口に転移系の罠が仕掛けられていたのだろう。
だとしてもだ。
よりにもよってこの場所に自分だけ飛ばされるというのは、あまりにも狙いすぎているというか、正直意味が分からない。
するとおもむろに服を脱ぎだしたラルフは、ブリーフ一枚だけの姿になるやアーシュラの前に片膝を突き愛の言葉を囁いた。
「そうまでして私に会いたかったのか。これはもう結婚するしかないな。愛しているぞ」
「お断りだクソボケが!!!!」
「ぐっふぉっ!!!!」
アーシュラの無慈悲なローキックがラルフの横っ面に突き刺さり、きりもみ回転しながら吹っ飛んで壁に激突する。
「……ふぅ。この痛みと胸のときめき。どうやら本物のようだな。やはりお前はそうでなくては」
「どんな確認方法だよ」
まるでダメージなど無かったかのようにしれっと復活して素早く服を着直すと、ラルフはそそくさと元の位置に戻る。
ともすれば親の顔より見た幼馴染二人のいつものやりとりだ。
まさかこんなくだらないやり取りでホッとする日が来るとは夢にも思っていなかったが、それはさておき。
「それで、どういう経緯でここに?」
「ヒロトの幼馴染が捕らわれてるっつーから不死魔王の城へ殴り込みに行ったんだよ。そんで城に踏み込んだ瞬間ここにいた」
「なるほど。分からん」
「お前でもか」
「おそらく転移系の罠なのだろうが、こんな個人の交友関係まで特定するような真似、どう術式を組めばそうなるのか見当もつかん。……それともランダム転移で偶然? だとしてもどんな確率だ。あり得ん」
「知るか」
兎にも角にもだ。
これ以上ここにいても時間の無駄とばかり、アーシュラはすぐさま部屋を出て行こうとする。
「どこへ行くつもりだ」
「決まってんだろ。春風の大地へ戻るんだよ」
「今から行って間に合うとでも?」
「それでもだよ。それが仲間ってもんだろうが」
たとえ間に合わなかったのだとしても、それでも何もしないよりはマシなはずだ。
アーシュラがドアノブに手をかけると、その背中に再び待ったの声がかかる。
「まあ待て。それなら一つ、お前に預けたいものがある。それを使えばここからでも十分に間に合うだろう」
「あん?」
アーシュラが胡乱な目を向けると、ラルフは顔の前で手を組み不敵な笑みを浮かべた。
「勇者と魔王の決戦なのだ、それに相応しい装備が必要だろう?」
◇
──白陽の大地 アリオーン聖法国 白星大聖宮──
世界各地で同時多発的に発生した聖神騎士団による大虐殺事件から二日。
聖法国ではようやく情報の精査と仕分けが終わり、事態の全容が明らかになってきた。
「では凶行に及んだ聖兵たちは町の住人たちを“亜人”と蔑み、自らの意思で虐殺を実行し、最後は聖句を唱えながら自ら命を絶った、と?」
「はい。脳漁りの報告によれば、今回の騒動を起こした者たちは神の教えから派生した独自の信仰を掲げる秘密結社であり、長らく地下で活動していたようです」
報告書に目を通したラーハルが苛立ちも顕わに聞き返すと、白仮面に白マントのズェダ局長が首肯を返しつつ補足を入れる。
脳漁りとは、死体の脳からその人物の生前の記憶を読み取れる異能者のことだ。
その人物が生前に考えていたことや見聞きした物事など、あくまで主観的な情報しか得られないが、今回のように被疑者が自死してしまった事件の捜査などで重宝される。
「いわく、聖神とはそれを信ずる者が犯したあらゆる罪を赦し、救うモノである。ゆえに聖句を唱え神の慈悲に縋れば、あらゆる罪は帳消しになるのだそうで」
「ふん、いかにも下賤の輩の考えそうな屁理屈ですね」
あまりに穴だらけの理論にラーハルは思わず失笑を漏らす。
神を信じ聖句を唱えるだけで罪が帳消しになるのなら、聖典に人が犯してはならぬ禁忌が記されることもなかっただろう。
聞けば事を起こした聖兵たちは普段から素行の悪い者たちばかりだったらしく、脳漁りによる調査で強盗や強姦などの余罪も次々と判明しているとのことだった。
「今回の事件に至ったのも、アマーリア様の聖戦宣言を受けてのようです」
ズェダ局長から手渡された別の資料にラーハルが目を通していく。
それは脳漁りによる検死報告書だった。
加害者と被害者、双方の記憶から得られた情報が客観的にまとめられており、途中まで読み進めたところでラーハルの口元に笑みが浮かぶ。
「ふふふっ、どうやら私は盛大な勘違いをしていたようですね。汚らわしい亜人と聖典もマトモに読み解けない人間モドキが共倒れしてくれたというなら、これ以上の吉報はありません」
胸の前で聖印を切り、ラーハルは喜びも顕わに天を仰いだ。
蓋を開けてみればなんのことはない。虐殺事件で殺されたのは国教に背き陰で他の神を奉じていた異教徒ばかりだったのだ。
(これでまた清浄なる世界へと近づいた)
ラーハルの目的はただ一つ。一切の誤解釈を許さない人類の完全教化だ。
そのために彼は表と裏、二つの顔を使い分け、きたる聖戦のために準備を進めてきた。────と、少なくとも本人はそのように思い込んでいた。
「すでに被害のあった国々では天空の大会談で発せられたラルフ王の言葉こそが正しいという声が多数派を占めております」
神への祈りを捧げる哀れなピエロを前に、ズェダ局長が淡々と報告を続ける。
白仮面の下には邪悪な笑みがありありと浮かんでいた。
もうすぐ。もうすぐだ。そら早く、早く俺に世界を滅ぼせと命じろ! 賢いお前なら何をすべきか分かるだろう?
「なるほど。被害者たちもさぞや無念であることでしょう。是非とも武器を渡して結束を深めてさしあげなさい」
「……っ! 御意」
溢れんばかりの歓喜を仮面の裏に隠し、ズェダは恭しく頭を下げる。
すべてはズェダの思惑通りに進んでいた。
(────くははっ! 世襲で多頭蛇を継いだクソガキを出家させて今の地位まで就かせるのは骨が折れたが、もうすぐその苦労も報われる!)
ズェダの目的はただ一つ。世界に終わりのない闘争をもたらすことだ。
幼い頃からラーハルの思考を誘導し聖職者という表の顔を持たせたのも、すべてはこのため。
(虐殺事件のあった国々に武器をばら撒いて住民感情を刺激してやれば、いずれどこかで必ずテロが起きる! それを口実に世界中を聖戦に巻き込めば、聖なる神と古き神々、どちらかが絶滅するまで争いは終わらねぇ。無限に遊べる地獄の完成だ!)
とはいえ、負け戦ほどつまらないものもない。
準備と計画は入念に。邪悪な企みをおくびにも出さず、ズェダは報告を続けた。
「それに絡んで重要な報告が一つございます。共通通貨の価値が大きく下がり、エスペリサ王国通貨の価値が上がっているようなのです」
「なんですって?」
理想の世界を思い浮かべ悦に浸っていたラーハルの表情が、俄かに凍り付く。
「こちらがその件の資料となります」
「こんな、まさか本当に……!?」
新たに渡された資料に目を通すが、ラーハルの混乱はさらに増す一方だった。
僅か一ヵ月の間に共通通貨の価値が五〇%近くも下落している。いくら不祥事が続いたとはいえ、この下がり方は尋常ではない。
さらに読み進めていくと、どうやらかなり複合的な理由によりそうなったらしいことが見えてきた。
不死魔王の侵攻が予想よりかなり早く、春風の大地にあった小国家群の多くが滅びたこと。
加えてその情報が商人たちの耳に届く速度も異様に早かった。
何者かが意図して広めたとしか思えない。
そしてこの局面でそんなことをする人物は一人しか思い浮かばなかった。
ラルフ・ガルドア・エスぺリサ。
天空の大会談で恥をかかされた記憶が蘇り、怒りも顕わにラーハルは資料を握りしめる。
十中八九、商人たちに情報を流したのはあの男の計略だろう。
「まさかたった二ヵ月程度であの広大な大地の六割が滅ぼされるとは……ッ」
「奴らは人間を殺すほど仲間の数を増やし、疲弊もせず、食事も必要としません。兵力を分散し各地の村や町を同時攻撃されては、如何に天使様が強大であろうと対応は難しいかと」
これに関しては完全にラーハルの誤算であった。
天使とは神によって選ばれ、その権能の一部を与えられた特級戦力である。
その力はたった一人で万の軍勢を薙ぎ払い、空を自在に駆け、国さえも滅ぼす。
そんな天使たちを三人も派遣すれば不死魔王を倒すまでは行かずとも、アンデッドの軍勢は余裕で殲滅できるだろうと高を括っていたのだ。
(そりゃ聖法国に圧勝されたらつまらねぇからな)
己の見識不足を悔やむラーハルを前に、仮面の下でズェダがほくそ笑む。
ラーハルに聖法国内での権力基盤を固めることを優先させ、世界情勢へ注意が向かないよう誘導したのもこの男であった。
負け戦は嫌いだが、あまりに圧倒的てもすぐに終わってしまってつまらない。
ギリギリのところでバランスを取り、混乱を長引かせ、骨の髄までしゃぶりつくす。
男は根っからの戦争屋だった。
貨幣価値の暴落は社会不安を増大させ、不安はいずれ不満に変わり、人々は不満のぶつけ先を求めるようになる。
そうなってしまえばあとは男の得意とするところだ。
人々の不満を煽り、火種をばら撒いて燃え上がらせる。一度燃え上がってしまえば、すべてを焼き尽くすまで戦火は止まらない。
「ええい! これからという時に! なぜこうも上手くいかない!」
床に投げ出した報告書を踏みつけ、ラーハルがくしゃくしゃと頭を掻きむしる。
春風の大地は大型の魔物がおらず、気候も安定しているため多くの小国が存在していた。
それらの国々に住まうのは、かつての人魔大戦を生き延びた難民たちの末裔である。
六〇〇年前。まだ新興だった聖神教は、核兵器によって汚染された春風の大地を浄化し、魔族に故郷を滅ぼされた人々を率いてそこに新たな国を興す手伝いをした。
そうして人々の尊崇を集め一躍勢力を拡大した聖神教は、難民たちを率いた英雄を指名し、神の名の下に王権を授けた。
そのため春風の大地に存在する小国群の殆どは、現在でも聖神教を国教と定めている。
春風の大地は信仰を柱とした世界最大の経済圏でもあった。
その経済圏が今回のアンデット侵攻によって土台から大きく破壊されたのである。
聖戦は神の御旗を掲げた戦いだ。
負けることは絶対に許されず、また撤回もできない。
すでに聖戦を行うと宣言してしまった以上、どうにかこの状況を立て直さねばならなかった。
「……っ。立て直しは」
「絶望的かと。少なく見積もっても元の水準に戻すまで百年はかかります」
ラーハルが縋るような目を向けるが、ズェダはゆるやかに首を横に振るだけだった。
今回滅びた国の多くは広大な穀倉地を抱えていた。
だがアンデッド軍団はそこに住まう人々を襲うかたわら、畑や水源を毒で汚染している。
それらをすべて浄化し元通りの状態へ戻すには、相当な人員と時間がかかるのは言うまでもない。
「すでに各大陸の沿岸地域では海神教の清め塩やエスぺリサ王国産の作物が出回り、情勢への不安からそれらの品に買いが殺到しているとか。アンデッド軍団が海を越えて別の大地へ侵攻を開始したという噂も後押しになっているようです」
共通通貨と国家通貨の逆転現象の訳を知り、ラーハルは奥歯を強く噛み締めた。
広大な穀倉地帯が潰されたとあれば、先行きへの不安から食料品への需要は否応にも高まる。
そんな中、新たに誕生したばかりの経済圏では世界の需要を満たすだけの食料が流通しており、そこでの取引は国家通貨に限定されている。
そうとなれば商人たちの間で共通通貨を売り、国家通貨を買う動きが生まれるのは当然の流れだ。
そしてその流れは春風の大地の状況がメディアを通じて広まるほど加速していく。
このまま何も手を打たねばそう遠くない未来、エスぺリサ王国の通貨が共通通貨と呼ばれることになるだろう。
するとここでズェダ局長が白仮面を外し、素顔を晒した。
ディオン・ペインロード。
多頭蛇きっての戦争屋が邪悪に嗤う。
ここからは闇の領分であると言外に示され、ラーハルの目つきが鋭さを増す。
「何か策があるようですね?」
「策、というほどのものではないですがね。やられたらやり返せばいい」
ディオンが懐から油紙に包まれた白い粉を取り出す。
天使の祝福と呼ばれるそれは、多頭蛇が開発した極めて依存性の高い新型の合成麻薬だった。




